ただいまバロメッシュ家
貸し馬車で屋敷に戻ってくると、なんだか疲れが一気に出てきた。
休暇に行ったはずだったのに、よけい疲れた。
日本に帰れるかもしれない方法が見つかったのは良いことだけど、ダニエルとギュスターヴはちょっと大変すぎる。
「ただいま……」
ぐったりとした気分で屋敷に入ると、通りかかったマリーが驚いた顔をして話しかけてきた。
「アリス! あれ、もう帰ってきたの? ご主人様の話だと一週間ぐらいって聞いていたけど」
「あぁ……いろいろあって」
帰って早々にあの面倒な話をしたくない。
靴を履き替えて、屋敷に上がる。
「ふふっ、やっぱりアリスその服似合ってるね」
マリーが俺の姿を見て微笑んだ。
そういえば、この服はマリーに借りた服だ。
出かけるときも散々褒められて、結構恥ずかしかった。
「そ、そう?」
改めて自分の姿を見る。
いつもメイド服を着ているのでちょっと着慣れていない感じだが、たしかに爽やかな感じでいいかもしれない。
「ねぇ、お茶を入れてあげるから食堂に行かない?」
と、マリーが言った。
こういう誘われ方をしたのはあまりない。
「うーん……でも、食堂はちょっと広すぎて落ち着かないんだよね。ゲストルームは……」
そういえばソファを書斎に運んでしまったので、ソファが一つしか無い。
やっぱりこの屋敷の調度品は不足しすぎている。
いつか買わないといけない。
お金もあるし、俺の金で買ってしまおうか?
って、どんどん思考がずれていく。
「着替えもしたいし、自分の部屋に行くよ」
「そっか、じゃあ、私がお茶を持ってくね」
「うん」
廊下を歩いて自分の部屋に行く。
レベッカとコレットに会わずに自分の部屋までたどり着いた。
自分の部屋に入ると、気分が落ち着くとともに、その殺風景さにちょっと驚く。
さすがにそろそろもうちょっと何とかしようかな……
そんなことを思いながら着替えていると、マリーがお茶を入れたポットを持って入ってきた。
「あれ、もう着替えちゃったの?」
「あーうん……なんか落ち着かなくて」
「そう」
マリーがちょっとだけ残念そうに、カップを俺に渡した。
「なんか、マリーがお茶を入れてくれるなんてめずらしいね」
「たまにはいいでしょ?」
マリーが微笑む。
よく冷ましてからちょっとだけ口に含んだ。
少し気分が和らいだ。
「うん、ありがとう」
「どういたしまして。それで、ご主人様のご友人のうちはどうだったの?」
その問いにちょっと言葉が止まった。
あのゴタゴタをマリーに言わない方がいい気がする。
でも、いろいろ隠し事をするのも不誠実かなと思う。
どっちがいいんだろう?
「うーん……」
「どうしたの、そんなに悩んで?」
マリーが不思議そうな顔をする。
やっぱり、言っちゃおう。
その方がすっきりする。
「それがさ……本当かどうか分からないけど、もしかしたら元の世界に帰れるかもしれない」
「え」
マリーがショックを受けた顔をする。
「あ! でも、別にそんなすぐじゃ無いよ! ダニエルが言うには、この世界に来た使命を果たすと元の世界に帰れるらしいんだ。今まで使命が分からなかったんだけど、ダニエルとしては前の世界の知識を広げることが使命じゃ無いかって言われたんだ」
その言葉にマリーの表情が和らぐ。
「あ……そういうことね。それ……嘘だといいね」
マリーがぽつりと漏らす。
え?
「え、嘘だといいって……」
すると、マリーがうつむいた。
「ごめんね。アリスは前の世界に帰りたいんだよね。でも私、アリスと別れたくない……」
あ、俺の方がデリカシー無かったかも。
「こっちこそ、ごめん。俺だってマリーと離れたくないよ。それに、ダニエルの言うこともそれほど納得してないし。世界を救うとか国を救うみたいな使命なら分かるけど、そんなふわっとした使命とかおかしいと思う。まぁ、他にやること無いからダメ元でやってみるけど……」
「そ、そうなんだ」
マリーの表情がちょっと明るくなる。
「たださぁ……マリーだから言うけど、俺を手伝ってくれるという二人がちょっとアレで……」
「アレ?」
「もちろん、俺のことを手伝ってくれてるわけで、悪口を言える立場じゃないんだろうけど……でもさぁ……」
「なに? 嫌なことされたの?」
マリーが心配そうに俺の目を見る。
「なんか、オレっ娘好きらしくて、俺が男言葉を使うと喜ぶんだ」
「なんだ……それくらいいいじゃない」
マリーがなんでもないかのように言った。
あ、そこはそういう認識なんだ。
「それで、なんかまとわりついてくると言うか、すごく絡んでくる……ちょっと不安になるくらい」
「え、それって……」
マリーが表情をゆがめる。
「貴族だと言うからこのお屋敷みたいな感じだと思ったら、全然違うんだね。おばちゃんメイドが一人通ってきてるけど、基本的に一人で暮らしてるみたい」
「だ、駄目じゃ無い! 一人暮らしの男の人のところにアリスみたいな女の子が行ったら、危ないよ!」
マリーが焦った声を出す。
「わ、分かってるよ。でも、そんなこと知らなくて……」
「ご主人様ったらなにを考えてるのよっ」
マリーが怒る。
それについては同意見だ。
男の一人暮らしだと知っていたら、いくら俺でも行かなかっただろう。
「でも、夜はそのメイドさんの住んでいる家に泊まったよ」
「そ、そっか、よかった。じゃあ、間違いは無かったのよね?」
マリーが真剣に俺の目を見てきた。
え、間違い?
「いや、間違いって……さすがに俺もそこまでしないよ」
「寝ては無いとしても、クロエみたいにキスとかしてない?」
寝たとか、ちょっと冗談きっつい。
「い、いや……無いから、そこまで無いよ。でも、あそこまでガツガツこられると身の危険を感じるよ。あともう一人が問題で……」
と、ギュスターヴのことを説明すると、マリーが表情を変えた。
「もう、絶対にそんなとこ二度といっちゃダメ!」
「うーん、でも一応企画は進めたいし……」
「気持ちは分かるけど……そんなとこに行くなんて私耐えられない」
マリーが俺の顔を心配そうに見る。
「ごめん、余計な心配させちゃったね。本当は言わなきゃ良かったんだけど、説明しないと良くない気がして」
「説明してくれたのはうれしいけど、でもそんなとこに行くのはダメ」
「今度は誰かと一緒に行くからさ……」
「それなら……許すけど……一人は絶対にダメだからね」
「うん」
マリーと話し込んでしまっていたが、ふと男のところに挨拶に行ってなかったのを思い出した。
「あ、ちょっと書斎に行くよ」
「え? もっと話を聞きたいのに……」
マリーが残念そうな顔をする。
「一応、顔を出しとかないとね。後でなんか言われるの嫌だしさ」
「じゃあ、また後でね」
マリーが残念そうな顔をしたが、カップをマリーに渡して、部屋を出て書斎に向かった。




