酔っ払いはタチが悪い
ダニエルが熱く成り上がりを語り、俺が圧倒されながら頷く。
そんなやりとりがしばらく続いて、ダニエルもようやく落ち着いてきた。
「感謝、感謝だぜ。あぁ、お前に出会えてよかったぜ」
「そ、そうか。俺もそんなに自分の知識に価値があると思わなかったから、なんだか不思議な気分だ」
ダニエルが落ち着いてから、だんだんとダニエルの熱意が身にしみてきた。
もし、俺が現代の日本で遙かに進んだ世界の住人と出会って、その知識を教えられたらどうなるだろうか。
おそらく、ダニエルと同じように興奮し、その知識やアイディアに熱中するだろう。
しかも、今回ダニエルに教えたのは、コンピューターのようなこの世界にとっては訳の分からない超絶高度な技術では無く、蒸気機関やパラパラ漫画のアニメのような彼らの知識でも理解でき、実現も出来そうな技術なのだ。
名を成したいと思う男にとっては、これ以上無いほどの出来事だ。
「しかもオレっ娘だなんて、もう言うこと無いぜ」
ダニエルが陽気に言う。
「あ……話はそっちに戻るのね」
俺の方は本当はこんな話し方はしたくない。
たしかに男言葉は楽なのだが、せめて丁寧語ぐらいは使いたい。
ダニエルという目上で会ったばかりの相手に、ため口で話すのはためらわれる。
しかし、丁寧語を使うだけでも文句を言われる状況だ。
「気分がいいぜ」
ダニエルがさらに酒をあおる。
「の、飲み過ぎじゃ無いのか? さっきよりペースが上がってるぞ」
「いいんだよ。今日はめでたいんだ」
ダニエルが上機嫌で、さらに酒をつぐ。
「顔も赤いし、そろそろ控えた方がいいと思うが……」
「大丈夫だ」
まったく信用できない。
「そうだ、おい、せっかくのオレっ娘だ、それでもっとぐっと来ることを言ってくれよ」
「は……? さっき、映画とかいろんなこと教えてやっただろ? それでいいだろ」
「たしかにあれはすごい。今後の俺たちの飯の種になるぜ。だけど、もっとプライベートも充実したいじゃないか」
ダニエルが酔った目つきで俺を見る。
なんか怪しい雰囲気になってきた。
俺に、ダニエルのフェチシズムを満足させるための演技をしろって言うのか?
さすがにほどほどにしてもらいたい。
「い、いやいや、勘弁してくれよ。中身は男なんだぜ。軽い冗談なら乗るけど、ガチでこられても引くって言うの」
そういうと、ダニエルが逆に喜んだ。
「その軽い冗談だ! 頼むぜ、兄弟!」
「い、いつの間に兄弟になったんだよ」
だんだん怖くなってきて、ちょっとだけ距離を取る。
「おい、俺たちはもう商売仲間だぜ。一緒に成り上がっていこうぜ」
ところが、ダニエルが俺の腕をつかんで、引き寄せた。
突然触られてビクッと身体が震えた。
「ひょわっ!? い、いきなり触るな! な、なにすんだよ!?」
「いいな、その反応」
ダニエルが、俺を抱え込むようにして、頭をガシガシと撫でてきた。
うわ、ら、乱暴な……
この世界の人間は、なぜみんなで俺の頭を撫でてくるのか。
「ちょ! 頭はやめろよ! 敏感……なん……だよ……」
かなり乱暴にガシガシと撫でられるのだが、これはこれで新感覚で気持ちいい……かも……
……とか味わっている場合じゃ無い。
女の身体で酔っ払いにベタベタ触られるとか、普通に危ない。
「は、離せって! おい!」
「いいなぁ! いいなぁ、その乱暴な感じ! それこそオレっ娘だ!」
ダニエルがさらにガシガシと俺の頭を撫でる。
つかみ方が容赦が無い。
危険を感じていると、ダニエルが酒の入ったグラスに手を伸ばす。
そのすきに、俺はダニエルの手から逃れた。
「おい、なんだよ、つれないな。冗談だぜ」
と、少し興ざめした感じでダニエルが言った。
「酒飲みの冗談は信用できない!」
「俺は酔っちゃいないぜ」
「どうみても酔ってる!」
俺は慎重にダニエルとの距離を見計らって、少し離れた席に座った。
うかつに近づくとまたなにかされそうだが、あまり露骨に避けると気分を損ねられる。
「ガード堅すぎだぜ。男同士だろ? ほら、こっち来いよ!」
と、ダニエルが手を広げる。
逆に聞きたい。
男同士でそんなにひっつきたいか?
少なくとも俺はごめんだ。
そもそも、俺は今完全に男モードであり、男にベタベタされるのは大変心外だ。
女モードだと……普通に誘われるままに行きそう。
「はっ、その手には乗らないよ。男同士だからもっとドライに行こうぜ」
「ノリが悪いぜ。オレっ娘、こっちに来い!」
と、ダニエルが自分の隣の席をばんばん叩く。
本当に悪酔いしてやがる。
「も、もう……男言葉止める。なんか、やばいから……」
「は!? おい、そりゃないだろ!」
ダニエルが抗議するが、無視。
えーと、女言葉、女言葉……
「ん、んー……わ、私は男ですから、あんまりベタベタしてこないでください!」
そうやってぴしゃりと言うと、ダニエルが少し気落ちする。
「そんなに拒絶しなくていいだろ。そのぐらい付き合ってくれよな」
と、面白くなさそうにグラスを煽る。
本当にどれだけ飲むんだ。
それにしても、なんだか雰囲気が悪くなってしまった。
「うーん……」
なんとなく気まずくなって、小さくうなる。
そういえば、さっきメイドのおばちゃんが出ていったけど、まだ戻ってこないのだろうか。
戻ってきてくれれば、かなり雰囲気がマシになるだろう。
扉の方をチラチラと見るが、まだ帰ってくる様子が無い。
「オレっ娘……頼むぜ、オレっ娘。オレっ娘な台詞を頼むぜ。俺にはオレっ娘が必要なんだ」
ダニエルがおかしな様子で一人でうめいている。
「わ、分かりましたよ。台詞ぐらいなら言いますから、リクエストしてください」
「そんなもんは無い。とにかく、そのかわいい顔とかわいい身体で男言葉でぞんざいに話をしてくれ」
ダニエルの『かわいい身体』という台詞に鳥肌が立った。
普通、この二人だけの環境でそれを言うか?
どう考えてもセクハラ案件なんだが、言っても分からないだろう。
「そ、そう言われましてもね」
「頼む……頼むぜ」
ダニエルがグラスを持ったゆらりと立ち上がり、こちらににじり寄ってくる。
うわ!?
正気失ってるだろ!?
く、来るな!
「こ、来ないでください!」
「オレっ娘……オレっ娘なんて他に居ないんだ。頼むぜ……」
ダニエルが至近距離までやってくる。
本当に身の危険を感じる!!
「ま、待った! た、助け……」
その瞬間、扉が開く音がして、俺とダニエルはそちらに振り向いた。




