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異世界でTSしてメイドやってます  作者: 唯乃なない
第2章 豪商のお嬢様
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クロエの部屋

 結局、俺はメイド長と一緒にクロエの部屋の前に来ていた。


 マリーはお留守番だ。

 メイド長にマリーは戦力外通告されてしまって、俺一人で戦場に来ることになってしまった。


「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」


 と、メイド長が扉をたたいて声をかける。


「いらない」


 と冷たい言葉が返ってくる。


「お菓子もお持ちしましたよ」


「いる!」


 と言葉が返ってくる。


 さすがメイド長、策士だ。


 おなかがすいているところを見計らって、お菓子で釣るとは。


 メイド長が引っ張ってきたカートには、実際に紅茶の入ったポットと先ほどのテーブルの上に並んでいた豪華なフルーツの盛り合わせが載っている。

 これだけでも結構腹が膨れるだろう。


「失礼します」


 メイド長が扉を開けて二人で部屋に入る。


 なかなか広い部屋だ。

 クロエは小さな机の前のソファに座っていた。


 明らかにわくわくしてお菓子を待っていたクロエの顔が、俺を見た途端固まる。


「え、なんで……」


「新人メイドの研修でございます」


 と、メイド長が済ました顔をする。

 うーん、なかなか意地が悪い。


「ではアリス様、お願いいたします」


 と、メイド長が部屋の隅に下がって、こちらの様子をうかがう。

 

 え、ここからフリーハンド?


 結構、難易度が高くないか?


 仕方が無いので、とりあえず普通に紅茶を注いで、ソファの前の机に置く。

 お菓子類やフルーツの盛り合わせも机に置く。


 クロエが用心深そうにティーカップを受け取って、用心深そうに俺の顔を見ながら、用心深く紅茶をすすった。

 ものすごく警戒されている。


 それから、用心深くフォークを持って、用心深くフルーツタワーのてっぺんのリンゴのような果物に突き刺して、用心深く口に持って行く。

 本当に警戒している。


「……おいしいですか?」


「ええ。あげないわよ」


 クロエがフルーツタワーの載った皿をずずっと自分の方に引き寄せる。

 実を言うと、俺も昼飯を食べていないので腹が減っている。


 クロエがフルーツを順番に食べるところをつい見てしまう。


「なに見てんのよ。メイドがそんな主のことをじろじろ見るもんじゃ無いわよ。しつけがなってないメイドね」


 とクロエが憎まれ口をたたく。


「ええ。どこかのお嬢様がいきなり給仕をしろと言い出したので、私も昼食を食べれていないので、空腹なんですよ」


 と、言い返す。


「あらかわいそうね」


 しかし、クロエはそのままフルーツを食べ続ける。

 このまま早くクロエにこのフルーツタワーを食べさせて、戻って昼食を食べよう。


 しかし、メイド長の方に視線を向けると、その目が「さぁ、何をやってくれるんだい?」と期待をしている。

 やっぱり、なんかしないといけないのだろうか。


 仕方ない。

 なんか適当にやってごまかそう。

 たぶん煽り耐性が低いから大丈夫だろう。


「……ところでお嬢様、お客様を呼んでおきながら、そのお客様を差し置いて一人でむしゃむしゃ食べるのはいかがかと思いますが」


「は? あんたのこと? あんたはお客様じゃ無くてメイドだから」


 とクロエが言う。


「そうですね。メイドですね。メイド服を着てこいと言ったのもお嬢様ですよね」


「そうよ。メイドはメイドらしくしてなさいよ」


「なるほど」


 そう来たか。

 いいぞ、ナイスな言質をくれた。


 俺がやたらいい笑顔を浮かべたらしく、クロエが怪訝な顔をした。


「では、お嬢様はお嬢様らしくしていただかないといけませんね」


「は?」


「は? じゃ、ありません。ほら、背筋を正してください。そんな猫背は駄目です」


 先ほどの食堂では俺たちに見せびらかす意図があったようで、衣装も仕草も意識していたようだ。

 しかし、部屋に戻った今、クロエはドレスなんか脱いでいるし、背中を丸めてフルーツを頬張っている。


「そんなの別に……」


「口答えは許しません」


 クロエの背中をつかんで、背筋を立たせようとすると、クロエがビクッと震えた。


 ……あれ?


 俺ほどではないとしても、この人も触られるの敏感系?


「触るな!」


 クロエが手元のクッションで俺の手をたたいた。


 ほほお、なるほど、いい弱点をつかんだ。

 よし、ここから一気にたたみかけてやる。


「ほら、お嬢様、ちゃんと背筋を立てましょう」


 嫌がるクロエをつかんで、背筋を伸ばさせる。

 クロエが座ってるソファは低くてふわふわなので、ちゃんとした椅子と違って背筋を立てようとしても難しい。

 無茶なのは承知で、背筋を伸ばさせる。


「え、ちょっと」


 体勢的に無理な姿勢を取ろうとしてクロエが無理をする。

 後ろからちょっと支えられれば、ギリギリ背筋を立てられる。

 そんなバランスだ。


「ほら、背筋をシャキッとさせる」


 俺が背中から支えて、クロエがぎりぎり背筋を伸ばす姿勢になった。


「これでいい!? なによ、いきなり……」


 と、クロエが悪態をつきそうになったところで、偶然を装って背中を軽くつついてみた。


「ひっ……」


 クロエが反射的に背中を丸める。


 おう、これ面白いな。


「駄目ですよ。背筋をシャキッとさせてください」


「わ、分かったわよ」


 クロエがまた背筋を伸ばす。


 背筋を伸ばしながら俺から離れようとするが、そもそもバランス的にそれは出来ない。

 どうしても俺の腕に支えられる形になる。


 で、また背中を突っつく。


「ひゃっ……」


 またクロエが背中を丸める。


「どうしたんですか。ちゃんと背筋を伸ばしてください。お嬢様らしくシャキッとしてくださいよ」


 あー、楽しい。


「あ、あんた、わざとやってるでしょ?」


「なんのことです?」


 クロエは勢いをつけて、ソファから起き上がった。


 そのまま皿を持って部屋の隅の机と椅子に移動した。

 一人用の小さな机と二脚の椅子がセットになっている。

 その机の上に皿と置いて、紅茶も自分で移動すると、そこでまたフルーツを突っつき始めた。


 ま、これぐらいでいいかな、と思ってメイド長を見る。

 すると、メイド長はすました顔で手もおなかの上で組んだまま、親指だけをすっと立てて見せた。

 しかし、まだやるよな、という態度をしている。

 まだやるの?


 仕方ない。


 クロエが座っている机の方に近づく。


「なによ。背筋はちゃんとまっすぐになってるわよ」


「そうですね。でも言葉遣いがなっていませんね。『なによ』とか言ってはいけません。もっと上品に」


「はぁ?」


「その『はぁ?』もいけません」


「じゃあ、なんて言えばいいのよ」


「おや、それをメイドの私に聞きますか? その程度のことが分からないほどお嬢様はお馬鹿でいらっしゃるんですか?」


 クロエはキッと、きつい目で俺を見てから、もごもごとつぶやいた。


「あの……えっと……」


 フォークを運ぶ手を止めて、必死に言葉を探している。

 煽り耐性が低くて大変助かる。


 結局、何を言っても馬鹿にされると思ったのか、黙ってまたフルーツを食べ始めた。

 食い意地は張っているらしい。


「ほお、お嬢様、無言の行ですか。それはなかなかつらいですよ」


 無言の行なんて概念はさすがにこの世界に無いだろうが。


「なにそれ」


「おっと、『なにそれ』というのはお嬢様にふさわしい言葉ではございませんね」


「ふん! もう、何も言わない!」


 むしろクロエが進んで無言の行に突入した。

 どれだけ煽り耐性が低いんだろう。


 クロエが座っている椅子は、背面が板では無く縦に渡した木の棒を組み合わせてある。

 早い話が、椅子の背面には隙間があるのだ。


 俺と同じように背中が弱いとなったら、これほど簡単なことはない。


 その隙間の一番下側、お尻のあたりに指を突っ込み、そこから上に指を走らせる。


 うん、これだけ。


「ひっ……」


 クロエが動きを止めて、その刺激に耐え忍ぶ。

 俺ほどでは無いにしろ、かなり効いている模様だ。


「な、なにをするのよ!?」


「おっと、お嬢様、何も言わないんじゃ無かったですか?」


「なん……」


 クロエは言葉を押しとどめると、俺の様子をチラチラ見ながら紅茶を飲んだ。

 紅茶を飲んでいるときに背中を突っつかれた吹き出すので、それを警戒しているのだろう。

 さすがにそこまでやる気は無い。


 メイド長の方を見ると、まだすました顔をしていて、全く止めに入る気配は無い。

 むしろ親指さえ立てていないので、「こんなものかい? もっとすごいのを期待していますよ」と言っているようだ。


 クロエは紅茶を飲み終わると、フルーツを残して立ち上がり、警戒深く俺のほうを見たままそろそろと距離を取る。

 なるほど、背中を見せないようにしているようだ。


「おやおや、お嬢様、なんですかその態度は。お嬢様らしく、もっと背筋をピンと立てて歩いてくださいね」


 しかし、クロエは警戒感をあらわにしてそのまま動かない。

 まぁ、背筋をピンと立てたまま即応できるような姿勢を取るのは難しい。

 どうしても警戒すると、そういう姿勢になってしまう。


「ほらほらお嬢様、もっとお嬢様らしく……」


 近づくが、絶対に背中は取らせない、とクロエが構える。

 これは正面から行くしか無い。


 うーん、よし、あご。


 腕を伸ばして、あごに触れる。


 クロエが後ろに逸れようとするので、そのまま反対の手を首に回して逃れられないようにして、あごをさする。


 クロエが目を丸くする。


「お嬢様、駄目ですよ。こんな口元を汚したまま席を立っては」


 黙ったままのクロエを抱えたまま、カートのところまで数歩移動して、そこからナプキンを取って口元を拭く。


「あ」


 そうしたら、ナプキンに紅色がついた。

 薄いけど口紅をしていたらしい。


 そして、無理矢理拭いたモノだから、口紅が口の横に広がってしまった。

 あまりにみっともない。


 ナプキンの面を変えて、クロエの口を拭き直す。


「うーん……」


 これがなかなか落ちない。


「じ、自分で拭くわよ!」


 と、クロエが嫌がって離れようとしたが、そこも離さない。


「おっとお嬢様、そんな口元で部屋の外に出てはいけませんよ。しかも、言葉を出しちゃいけないんですよね?」


 クロエが黙り込む。

 声を出してはいけないなんて無視すればいいのに、なんてノリやすい性格だ。


 口元をあらかた拭いて、変に伸びた口紅も拭き取った。

 しかし、まだここで終わるわけにはいかない。


 メイド長がまだ親指を立てていないのだ。

 なんかもっとやれということらしい。


 しかし、何をすればいいのか。


 うーん……なにも思いつかない。


 だが、ここで終わるとメイド長のOKが出ない。

 あれだけの大金をもらっておいて、期待を裏切るわけにはいかない……!!


 仕方ない。

 アルフォンスみたいなことはしたくないが、背中が弱い系を相手にするとなるとこれしかない。


 クロエの背中に手を回す。

 クロエが驚いた顔をするが、そのまましっかり抱きしめて、背中に回した手で背中をなでる。

 クロエがみるみる脱力する。


 うわ、くそ雑魚!

 俺の方がくそ雑魚だけど、こっち側になってみると、本当にくそ雑魚!


 あ、あぁ、そうだ。

 ここでなにかメイド長が納得する流れに持って行かないと。


「お嬢様、あんまり言うこと聞かないと、こうやっていじり回しますよ? いいんですか?」


 と、今度は背中全体をさするのではなく、指でつーっとなでる。

 敏感族として、面で触られるより点で触られる方がきついことはよく分かっている。


「ひっ」


 と、クロエが小さく声を上げる。


「あんまり困らせると、もっとやりますからね。いいですか?」


 クロエは今の指で完全に脱力して、体重がこちらにかかってきている。

 正直きっつい。

 そろそろ離れよう。


 しかし、クロエが完全にこっちに体重を預けてきている。

 これでは離れるに離れられない。


 メイド長に助けを求める。

 しかし、メイド長は親指を立てようか立てまいか悩んでいるようで、親指を上げたり下げたりしている。


 まだ足りないの!?

 このぐらいいじれば十分じゃ無いのか!?


「ええっと……ちゃんと言うことを聞いてくださいよ? 聞かないと、こうですからね」


 と、指をもう一回背中を走らせる。

 クロエが体をびくっと震わせる。

 なんかこれ、もういけない領域じゃ無いかな。


 しかし、メイド長はまだOKをださない。


「私の言うことを聞きますよね?」


 ゆっくりというと、クロエは視線をそらしながら頷いた。

 まだ不承不承と言った感じだ。


「ほら、こっちを見て」


 クロエの顔をつかんで、正面を向かせる。

 クロエは視線をそらし続けていたが、しばらくすると視線が合った。


 そのまま、お互いに視線を動かせないまま数秒経過する。

 

 そこで俺は思い出した。

 あぁ、この体勢っていつもマリーやレベッカとキスするパターン。


 あ、やば、反射で身体が勝手に……


「んむっ」


 と、思ったらキスしていた。


 唇に柔らかい感触が伝わってきて、ほんのりとフルーツの味を感じた。


 動揺を見せないように、ゆっくりと唇を離す。


 クロエは無言のまま、目だけが驚いたことを表現している。


 やばっ……やっちまった。


 こわごわ、メイド長の方に視線を向ける。

 すると、メイド長は、おなかの前で組んでいた手をほどき、右腕を高々と上げ、そして満面の笑みで親指を立てていた。


 それでいいのか!?


「あぁ……も、申し訳ありません」


 俺は気まずくなって、クロエを離した。

 皿とティーカップをカートに乗せて、メイド長と共に部屋を脱出した。


 廊下に出てから、横にいるメイド長の顔を見た。


「よ、よかったんですかね……あれ」


 自分の唇を舐めて、フルーツの味を感じながら聞いた。


「いいんですよ、あれくらい驚かせてやらないと駄目なんですから」


 メイド長はすました顔をしている。

 いいんかい。


 どうやら、俺は至近距離で目が合うとキスをする反射が完全に無意識にすり込まれてしまっているようだ。


 いつのまに、こんなキス魔になってしまったんだろうか。


 ああ……もう、レベッカとコレットのせいだ、こんちくしょう。


「もしアリス様が男性でしたらもっての他の行為ですが、アリス様が女性で本当に良かったですわ。そもそも男性でしたらあそこまではできなかったでしょうし」


 メイド長が満足げに頷きながら言った。


 あっ、そうか。

 メイド長も執事のおじいさんも、俺の正体とか知らないんだ。

 ただ単になにか珍しいどこかのメイドとしか思われていないんだろう。


 ってことは中身が男だとばれたら……結構まずいのでは。


「そ、そうですね。で、でも、やりすぎました。もうこれからは慎んで行動を……」


「いえ、それは駄目です」


 メイド長がぴしゃりと否定した。


「え?」


「お嬢様は他人を振り回すばかりで、我々一同、本当に迷惑してきたのです。その迷惑を一度味わってみるべきです。アリス様」


 と、メイド長が歩くのを止めて、俺に向き合った。

 その表情があまりに真剣なので、思わず俺も背筋が伸びる。


「どうか、お嬢様に振り回される側の気持ちを分からせてやってください」


「は……?」


「アリス様の胆力と言葉遣い、そしてそれに説得力を与えるそのご容姿。完璧でございます。アリス様のお力でお嬢様を思いっきり振り回してやってくださいまし」


「い、いや、そう言われまして……」


「そんなに構える必要はありません。単純なことです。もっとわがままと無理難題を押しつけてやって、困らせてやってくださいな。私の立場で言うのも何ですが、お嬢様は困ったという経験があまりに少なすぎます」


「え……そ、そうですか」


 難易度が、また上がった。



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