出発
サロンに行った二日後、俺はいつものメイド服のまま玄関で荷物の確認をしていた。
「本当に大丈夫か?」
その俺に男が心配そうな顔をして話しかけてきた。
「大丈夫だと思う。たった三日だし」
例のお嬢様が三日で50万エリスを払うと言ったのだ。
これはもう行くしか無い。
「だけどなぁ……あいつは評判悪いんだ。なにをされるか」
どうも男が言うとおりらしく、あのお嬢様は豪商の娘らしく、お金は持っているらしいのだが評判が悪い。
もっと堅苦しいサロンに出没していたらしいが、居づらくなって今のサロンに来たらしい。
道理で場違い感があったわけだ。
しかし、今のサロンでも偉そうにするために、あまりよく思われていないらしい。
「まぁ、俺を最初に招く栄誉がほしくて金を払ってるんですよね。じゃ、大丈夫じゃ無いかな」
「いや……どうだろうな。どうも、あいつはお前のことを気に入らなかったみたいだな。話題の中心が自分じゃ無かったことに腹を立てて、最高額を入札して注目を取ろうとしただけかもしれない」
確かにそんな感じはしていた。
「あー……そうかも。しょうもない」
俺がそのお嬢様のところに行ったらどうなるのか。
無視されるとか嫌がらせをされるのだろうか。
しかし、今の俺は50万に目がくらんでいる。
何者も俺を止めることが出来ない。
ちなみに、客人として行くべきかメイドとして行くべきか悩んだのだが、向こうの執事さんから「メイドとして」という指定があった。
着慣れている服だし、楽は楽だ。
「んー、しかし、心配だな……お前一人をあそこにやって何も無いといいが……」
荷物の確認をしている俺を見ながら、男が心配そうな顔をする。
「アルフォンス……俺の父親じゃ無いんだから、そういう心配しなくても」
「おい、俺の名前を呼びつけるのは気になるな。前はご主人様って言ってくれただろ?」
「男モードだと言いにくいんで。恥ずかしすぎる」
ちょっとぶっきらぼうに言う。
「せめて様をつけろ」
男が顔をしかめる。
「えー……。おっと、確かに砕けすぎかな? すみません。俺もどういう距離感で接するべきか困ってるんですよね」
「こっちもだ。まぁ、とにかく一人じゃ心配だ」
玄関のところでわたわたしてると、マリーが顔を出した。
「あ、マリー、今から行ってくるから」
「話は聞いてるけど、本当に大丈夫?」
マリーまで心配している。
「おお、そうだ。マリーにも行ってもらったらどうだ」
と男が手を打った。
「え? でも、二名も抜けたら困ると思いますよ」
「なに三日だ。たいしたことは無い」
「そうしてください」
なんとマリーも同行を主張した。
「そうですか……マリーとアルフォンスがいいなら、そういうことにしましょう」
マリーが手早く荷物をまとめ、俺とマリーは荷物を馬車に積みこんだ。
アルフォンスが微妙な顔をして見守る中、馬車は出発した。
前回は俺とアルフォンスの二人旅だったが、今回はマリーと俺の二人旅だ。
「貸し切り馬車なんて贅沢~」
マリーが楽しそうに外の景色を見る。
「楽しそうだね」
「そうね。ま、ちょっと心配だけど。アリスがいじめられたら助けてあげるから」
マリーが言葉に力を入れる。
「さすがに……大丈夫だと思うけどね」
「だって、すごく性格が悪い成金お嬢様なんでしょ。きっと酷い目に遭わされると思う」
どうも風の噂とかいじめられる話とかを聞いて、想像をたくましくしているようだ。
俺としてはそこまでのことは無いと思っている。
自分をむげに扱っても彼女の評判は上がらないだろうし、ほどほどに扱ってそつなく済ますだろう。
「それにしても、アルフォンスは心配しすぎだろ……別に取って食われるわけじゃないし」
そう言うと、マリーが首をかしげた。
「この前、サロンに行くときにすごく怯えてた人が言うセリフ?」
痛いところを突かれた。
「あれは……ちょっと過敏になっていたというか。でも、サロンに行って良かったよ。そんなに怖がらなくて大丈夫だって安心できた」
「性格が悪いお嬢様のところに行くのは怖くないわけ?」
「んー……不安はあるけど、逆に言うと気に入られるように演技しなくていいと思うと楽かなって」
「ふーん……そうなんだ」
マリーがあまり分かってない様子で頷いた。
「あと、お金の魔力がですねぇ……」
「アリスって案外現金だね」
マリーが笑った。
馬車に揺られながら、久しぶりにマリーとの会話を楽しんだ。




