もみくちゃ
夕方、俺の部屋にはマリーがいた。
俺はベッドに座って、椅子の方にマリーが座っている。
「見張ってないと危ないもんね。また勝手に女の子にならないでよ」
マリーはそんなことを言って、なんかいろんな小物をまとめた荷物まで持ってきている。
「もしかして……一緒に寝る気? まずくないか?」
「大丈夫だよ。女の子同士のお泊まり会だし」
「ま、たしかにね……そうなんだけどね」
男モードの時に女の子同士とか言われると違和感がすごいが、意識しないようにしておく。
また頭の中がぐるぐるになってくると大変だ。
「それに、コレットが毎日来るんでしょ」
「来るよ。多分そろそろ本を持って……あ、来た」
扉をたたく音がして、コレットがいつものように本を持って入ってきた。
「え、なんで……」
そして、呆然とした顔で俺の顔を見る。
その視線が痛い。
「アリスは私の恋人なんだから、当然でしょ?」
とマリーが俺の体に自分の体を密着してみせる。
「コレットにそんな意地悪しなくても……」
と言うと、マリーはあきれた顔で俺を見た。
「それで無理矢理キスされたんでしょ?」
「まぁ……」
気まずくて視線をそらす。
「え、マリーに言ったんですか……?」
コレットが俺の顔を見る。
うー、なんだよ、その非難めいた顔は。
俺はなんにも悪いことしてないぞ。
「アリスと遊ぶときは私がいるときにしてね」
と、マリーが優しい口調できっぱりと言った。
コレットも不服げだが頷いた。
その機嫌の悪さからして、すぐ帰るかと思ったが、そんな様子は無い。
機嫌が悪そうなまま、まま俺の右に腰を下ろした。
椅子はマリーが使っているから、座るところといったらベッドの上しか無い。
しかし、当然ながらマリーが不満げな顔をした。
「コレット、なんでアリスの隣に座っているの? 席を交換しようよ」
「こっちでいいです」
コレットはマリーを無視して本を開いた。
「へぇ、何を読んで……」
隣なので本の中身は普通に見える。
本の中身を覗こうとすると、コレットはバン!と勢いよく本を閉じた。
「見ないでください!」
「あ、ご、ごめんね……」
コレットは本を閉じて脇に置くと、俺の腕に腕を絡めてきた。
いきなりだったので、ちょっとぞわっとする。
「ちょっとコレット!」
マリーがコレットに声をかけたが、コレットは無視して俺の腕を強く握った。
誰かに強く掴まれるのは、正直そんなに嫌いじゃ無い。
でも、これは困る。
「コレット、アリスは私の恋人だって言ってるでしょ!」
「なら反対側の手を握ればいいじゃ無いですか」
コレットも譲らない。
アリスは勢いよく椅子から立ち上がると、俺の方にツカツカと近寄ってきた。
「アリス、反対側に私が座るから、ちょっとずれて」
「は、はい……」
俺が少しずれると、その隙間にマリーが入ってきてコレットと同じように俺の左腕を握った。
左右の腕を捕まれて、どうにも動けない。
心細い。
またしても扉をたたく音がした。
「え、まさか……」
入ってきたのはレベッカだった。
レベッカは俺たちの様子を一見して、大声を出した。
「な、なにやってんのあんたたち!」
「そ、そう思うなら助けてくれよ! コレットとマリーが変な風に張り合うから、俺身動きとれないんだけど!」
なんでレベッカが来てるんだと思ったけど、それを突っ込んでいるような状況じゃ無い。
「二人ともずるい!」
レベッカが二人に言う。
「は?」
レベッカはずんずんと大股で歩いてきて、ベッドに腰掛けている俺たちを見下ろした。
「どっちかどいてよ。なんで私だけ仲間はずれなの?」
「なんで、レベッカまで来てるのよ」
マリーが言うと、レベッカが顔をしかめた。
「別にいいでしょ。私たち仲間なんだから、私にもアリスを分けてよ」
まて、レベッカ。
俺は分割できない。
「コレット、どいてあげなよ」
マリーが不機嫌そうにコレットに言った。
しかし、コレットは首を横に振る。
「嫌です。マリーが変わってください」
「あのね、アリスは私の恋人なの。ここが私の定位置。コレットが変わって」
「絶対に嫌です」
コレットも頑固だ。
全然どこうとしない。
あの、俺の人権とかそういうのは……?
「ねぇ、アリス、ひどくない? なんで私だけのけ者なの?」
と、レベッカが悲しそうに俺の顔を見てくる。
「ち、違うって……見ればわかるだろ。コレットとマリーが勝手に張り合ってるだけだよ」
「ずるいじゃん。私はどこにつかまればいいのよ」
「いや、つかまらなくていいから。頼むから二人を止めてくれよ」
しかし、レベッカの顔が悲しそうな物から、捕食者のそれに変わった。
え、なにこれ怖い。
逃げたいけど、左右の腕をしっかりつかまれているので、横にずれることすら出来ない。
レベッカはなんと正面から抱きついてきた。
レベッカに胴体を抱きしめられる。
「え、えぇ?」
あまりのことに声が裏返った。
今までキス以上の接触は無かったのに!?
「し、しかたないでしょ。ここしか空いてないんだから」
レベッカが俺に頬を擦り付けた。
変な刺激がいっぺんにやってくる。
「う、うわわ……あ、あんまり触らないで、特に背中はあんまり触らないで!」
「うん」
意外なことにレベッカは素直に頷いて、普通に抱きついているだけだ。
変なことをされるよりはマシだ……マシだけど、やっぱりぞわぞわする。
ってか、なにこの状況!?
「レベッカ、ずるいです!」
右に居るコレットが怒る。
「はぁ!? そこは私の席でしょ。レベッカ、変わって!」
左に居るマリーも怒る。
「いいじゃん、空いてたんだし」
とレベッカは俺に抱きついたままだ。
「ちょっと、三人ともいい加減にしてくれよ! う、動けないし、暑いし、重いって!」
俺はもがきながら主張した。
身体を動かそうするが、全然自由がきかない。
右腕を絡め取るようにコレットがしっかりと抱きついている。
左腕も同じようにマリーがしっかりと掴んでいる。
膝の上にはレベッカが乗っている。
マリーとレベッカが俺より大分大きいので、体格的に全然対抗できない。
「重いって何よ! 男なら耐えてよ」
レベッカが無茶を言う。
体格的に絶対に無理!
「レベッカ、私がそこ変わる」
マリーが席替えを主張する。
もうなんでもいいから早く離れて!!
「た、頼むからみんなどいて! みんな怖いから! 普通に怖いから! 体格差を考えて!」
もう男モードがどうとか忘れて必死で主張する。
しかし、三人はお互いに張り合っていてどこうとする気配が無い。
「嫌」
「嫌です」
「嫌にきまってるじゃん」
もがいても、三人は全然びくともしない。
怖すぎる……!
「あの、席順を順番に交代してくのはどうでしょう?」
とコレットが提案する。
そんなことどうでもいいから、早くどいて!
息苦しくて怖い!
肉体的にも精神的にもつらい!
「それ、いいわね。じゃ、コレットがこっち来て、私が正面に行くから、レベッカはそっちね」
「仕方ないなぁ。ま、そうしてあげるよ」
レベッカが正面から離れて一息つこうとしたところを、間髪入れずにマリーが正面から抱きついてくる。
「ふふっ、どう、うれしい?」
マリーが顔を近づけてくる。
「いや、その……く、苦しい。せめて、両腕を自由にしてくれないと、逃げられなくて本気で怖い」
「え、逃げる気だったの~?」
マリーがニコニコ笑いがながら、唇を押しつけてくる。
「むぅ……」
口で息していたところを塞がれて、一瞬息苦しくなる。
「あ、マリー、あんた一人だけ!」
俺の腕を掴んでいるレベッカが悲鳴のような声を上げる。
「マリーずるいです!」
コレットも強く言う。
マリーは俺から唇を離すと、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「だって、アリスは私の恋人だもんね。当然でしょ?」
もう、めちゃくちゃだ!
「だ、だから……こ、こういうのやめてよ! 俺、仲がいい三人が喧嘩してるところとか見たくないんだけど! ってか、怖いし!」
「そうだよ。マリーがアリスを独占するからいけないのよ。私たちにも分けてよ!」
と、レベッカが言う。
「アリスは物じゃないの。それに、アリスは私が好きなんだよね~?」
マリーが俺の目をのぞき込む。
「う、うん。そうだけど、喧嘩はしてほしくないし……とにかくどいて! 本当にこの状況を真面目に考えてくれよ! いろいろおかしいからっ!」
俺は冷や汗を垂らしながら返事をする。
三人に密着されて、すでに結構汗だくだ。
他人に汗で臭くなった状態とか絶対に嗅がれたくない。
動けないのも怖い。
恥ずかしくて怖いから早く離れてほしい、
「じゃ、次、私が正面です」
コレットが主張して、また席替えが実施される。
俺の人権、本当にどこに行った。
そして、コレットが正面に回ると、間髪を入れずにキスをしてきた。
「んむっ!?」
そして前回のようにしがみついて全然離さない。
「こら、コレット!」
そこをマリーが無理矢理剥がす。
「コレット、アリスは私の恋人だって言ったでしょ!」
「いいじゃないですか! アリスはこのお屋敷全体の共有物です」
剥がされたコレットが、とんでもないことを言う。
俺には一応基本的人権があるはずなんだけど。
「二人ともずるい。私にもキスさせてよ!」
コレットがどいたところに、今度はレベッカがのしかかってくる。
「あ、レベッカ! あなたまでっ」
マリーが怒るが、レベッカは俺の正面に抱きついたまま離れない。
「い、いいでしょ? コレットがキスしちゃったんだから、私だけキスしないのは不公平でしょ」
と、レベッカがマリーに同意を求める。
「ん、んん……」
マリーが悔しそうな顔をしたが、最終的には頷いた。
公平さを持ち出されると、マリーもレベッカだけ駄目とは言えないらしい。
「分かったわよ……。でも、私の前でしかキスしちゃ駄目だからね」
「はい」
「分かった分かった」
と二人が返事をする。
ちょっと待って、なんでマリーが決めてるの?
俺には決定権が無いの?
「ま、待って! 三人とも冷静に……」
「じゃ、行くね」
レベッカが真剣な顔をする。
うわ、これは駄目なやつだ。
覚悟して目をつむる。
俺の唇にちょんと何かが触れた。
目を開けると、レベッカが恥ずかしそうにしていた
「あ、それでいいの……?」
マリーが気の抜けたような台詞を言った。
「な、慣れてないから」
と、レベッカが言う。
「レベッカ、せっかくの機会なのにもったいないです。もっときっちりやりましょうよ」
となぜかコレットがレベッカを擁護する。
「でも恥ずかしいし……」
「後で後悔しますよ!」
と、コレットがレベッカを励ます。
「そ、それもそうかなぁ……」
またレベッカが俺を見た。
「頼むから……三人ともいい加減にして……」
俺の嘆願は聞き届けられず、レベッカがまた顔を近づけてきた。
「今度はがんばるから」
「がんばってください」
コレットがなぜか声援を送る。
レベッカが唇を押しつけてくる。
今度はさきほどと違う。
「うぅぅぅぅ……」
助けて欲しくて、ちょっと泣きそうになりながら俺は目をつむった。
早く終わってくれ……。
○作者のコメント
ふざけた設定で書いた作品ではありますが、このシーンは作者としても酷すぎると思っています……




