表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でTSしてメイドやってます  作者: 唯乃なない
第1章 バロメッシュ家
39/216

男←→女

「私が運ぶから、アリスはスープと飲み物をついで」


「了解」


 俺とマリーは二人で食堂に入った。

 さすがに男はまだ来ていない。


「そういえば、置き方をちゃんと教えてなかったね。お皿の順番はこうね」


「やっぱりそういうのあるんだ」


「一応ね。ご主人様はあんまり気にしてないみたいだけど、お客様が来たときに間違えるとあまりよくないから」


「なるほど」


 いい勉強になると思って、マリーから作法について学んでいると、ちょうど男が入ってきた。


「お、二人とは珍しいな。研修か?」


「そんなところです」


 マリーが適当にはぐらかす。


 準備が終わったので、マリーと俺は部屋の隅で待機する。

 じっとしてるのは意外と疲れるんだよなぁ。


「うーん……」


 食事をしている男をじっと見る。

 男は何かの書類を見ながら食事をしている。

 あまりお行儀が良くないが、メイドとしてはあれこれ言える立場では無い。


 当たり前だが、アルフォンスは普通に男だ。


 なんで自分はあれを相手にして、胸がときめいたり、身体を触らせたりできたんだろうか。

 今の感覚ではとてもあり得ない


「ん? どうかしたか?」


 うっかり視線が合ってしまい、男に聞かれた。


「いえ、なんでもありません」


 視線をそらす。


「おい、この後書斎に来い。俺も今日は暇でな」


 男が気楽に言ってきた。

 書類を見ているから忙しいのかと思ったが、どうも違うらしい。


「げ」


 思わず変な言葉が出た。

 あわてて、口を押さえる。


「は、はい、分かりました」


 そつなく返す。


「あの、私も同伴してよろしいでしょうか?」


 横に居たマリーが言った。


「ん? マリーが? まぁ、いいぞ」


 男は不審な表情ながら頷いた。


 食事が終わり、書斎に行くと、俺は椅子を勧められてその椅子に座った。

 マリーは部屋の隅で立っている。


 気になるのだが、慣れているからいいという。


「今日は暇でなぁ。困ってるんだ」


 男がざっくばらんに切り出した。


「はぁ、そうですか……」


 ものすごくどうでも良さそうに返すと、男の表情が崩れた。


「お、おい、アリス、どうした?」


 男がマリーに聞いた。


「女の子になりすぎていたので、できるだけ男っぽくしているそうです」


「この前のやつか……まだ終わってなかったのか」


 と、男が俺を見ながらつぶやく。


 当然だ、終わってしまっては困る。

 この調子を維持し続けないと、またどんな失態をするか分からない。


「はい、基本的には男言葉で行こうと思います。今は一応女言葉にしていますが」


「なにか、隙が無いな……」


 と、男が寂しそうな顔で俺を見た。


 いや、隙ってなんだよ。


「そもそも私……は男な訳で、というか、今は『私』という一人称を使うだけでもかなりの違和感があってたまらないくらいなんですよ」


「そうなのか? 今まで全然そんな感じはしなかったがな」


 男が首をひねる。


 演技していたとかそういう情報は全然読み取れてなかったらしい。

 やっぱり男はその辺鈍いんだな。


「まぁ、別に俺の前で男言葉を使ってもいいぞ。どんな感じか興味もあるしな」


 と、男は答えた。


「それではお言葉に甘えて……。まぁ、俺は男な訳ですよ。でも、体が女なわけじゃないですか。それで不審がられないように演技をしていたわけですが、いつしかそれが普通になってすっかり女になりきってしまっていたんですよ。だから、この目の前の変態ご主人様にキスされて舞い上がってしまっていたんです。本当に我ながら自分のことが信じられない」


 そう言いながら、やってられないという表情をする。


「へ、変態……」


 男が目を白黒させる。


 しまった、言葉が乱暴になりすぎた。


「あ、すみません。ちょっと久しぶりに男言葉を使うので、たがが外れてしまいまして」


「な、なるほど、元々そういう性格なんだな。なかなか辛辣だな……。心細そうに俺を見上げていたアリスはどこに行ったんだ……」


 と、男がさみしそうな顔をする。


 恥ずかしいのでやめてもらいたい。


「ま、あれは役に入ってたせいなんで、忘れてください」


「おい、それはひどくないか? 人をその気にさせておいて」


「いや、させてないと思いますけどね。なんかノリでそうなっちゃっただけですよ」


「ノリか……そうか……」


 男がしばらくの間、うつむく。

 そして、顔を上げるとマリーに視線を向けた。


「なんか、このアリスはやけにサバサバしてるな。メイドたちは驚かないのか?」


「ちょっと驚きますけど、こういうアリスも好きですよ」


 と、マリーが笑う。


「そ、そうか。やりにくいな……」


 男がうめく。


「見た目は女ですが、中身男なので、男だと思って接してください」


 またうっかり女モードに入っては困る。


 俺はきっぱりと言った。


「それはそうだが……もう少し可憐だったのに……もったいない」


 と、男がため息を吐く。


 いや、なんだよ、それ。


「可憐とか言われてもうれしくないんですが……」


 本当は微妙にうれしかったりするのだが、そっちに流されると危ないので否定する。


 うん、俺は男、俺は男。


 可憐とかおかしいから。


「本当にやりにくいな……」


 男が頭を抱える。

 そんなにやりにくいだろうか。

 

「男同士だと思って気楽にやっていきたいんですが」


「まぁ、お前の言いたいことは分かるが、その容姿でそう言われてもな」


 男がじろじろと俺の体を見る。


 うわ、なんか気持ち悪い。


「気色悪いんで、そういう視線やめてもらえますか?」


 そう言うと、男が苦い物を飲み込んだような顔をした。


「気色悪い? おい、待て、アリスはそんな子じゃ無いだろ! もっと優しかったはずだ!」


 男が嘆く。


 なんだか不安になってきて、俺はマリーに視線を向けた。


「そ、そんなにいつもと違うかな?」


「違うよ。なんか格好いい」


 と、マリーが小さく親指を立てた。


「え、そう?」


 マリーに格好いいとか言われるとなんかうれしい。

 ウキウキ気分で、なんかもっと男らしくなれそうな気がする。

 やはり俺の理性は男なのだ。

 いくら体が女だろうと……


 と、書斎の壁に掛かっている鏡を見た。


 そこには、余裕の笑みを浮かべた美少女が立っていた。


「うわっ……」


 一瞬めまいがする。


 椅子に座っているので転ぶことは無いが、頭の中がぐるぐるとかき回された。


 男だという認識と見た目のギャップが良くなかったらしい。


「ん、どうした?」


 男が俺を見た。


「う、うっかり鏡を見てしまって……。また身体感覚の不一致がぶり返しそうで……」


「アリス、大丈夫?」


 立っていたマリーが近づいてきて、俺の手を取った。

 マリーの手を握りながら、気持ちを落ち着ける。


「お、女になりきってたときはなんとも思わなかったんだけど、完全な男モードで男だと思い込みながら自分の姿を見たらなんか……こう」


 鏡を見なくても自分の体を意識しすぎると変な気分になってくる。

 かなり難しいバランスで自分を維持しているらしい。


 本当に面倒だな……。


「な、なんか、あんまり極端なことをしちゃいけないみたいだな。あんまり男っぽくしようとすると気分悪くなる……」


 その様子を見た男が安心したような顔をした。


「ほら見ろ。女なんだから女らしくしてりゃいいんだ」


「は? 俺、男……うわっ、また頭が回ってきた」


「おいおい、大丈夫か?」


 男も心配そうな顔をする。


「だ、大丈夫、落ち着いてきた……」


 本当はまだぐるぐるしているが、自分に言い聞かせるためにそういった。

 男モードの時は自分の体を意識しすぎても駄目だし、鏡を見ても駄目だ。

 今後、気をつけよう。


 もしかして完全に男になろうとするのも駄目なのかもしれない。


 男っぽく振る舞う女の子になりきるとか?

 そんな複雑な演技は嫌だ。


「なるほど、アリスには男の時と女の時があるんだな。じゃあ、また今度女の時に書斎に来てくれ」


 と、男が冗談交じりに言う。


 こっちがまだ気分悪いのに、気楽なものだ。


「も、もう、女モードとかならないから。ざ、残念だったな」


「そりゃ残念だったな。だけど、そうとも思えんなぁ」


 男がからかう。


 以前であれば、男にいろいろ言われると、心のあちこちが反応したものだが、今はそういうことが無い。

 よしよし。


「いや、もう無いですから」


「そうか。ま、男言葉を使うアリスもなかなか様になってるな。ボーイッシュな美少女なんて、芝居でしかみないからな。こうやって現実に歩いていると、これはこれでおもしろい」


 男が笑う。


「ボーイッシュって言うか、男なんで」


「ところで、お前、その状態でちゃんと演技は出来るのか? 別に俺やメイドたちの前では男言葉を使ってもかまわないが、来客があるときにそれだと困るぞ」


 男がもっともなことを言う。

 それもそうだ。


「それは大丈夫。ええっと……今からモードを切り替えます」


 私はメイド、私はメイド、私はメイド。

 自分に言い聞かせて、自分が女だと思い込んで、役に徹するんだ。

 そんで、目の前の男がご主人様で、隣のマリーは同僚。

 うーん、よし、こんな感じで。


「ご主人様、お呼びでしょうか? この感じでいかがでしょうか? まだなにかおかしな点があれば、ご指摘ください」


 立ち上がって、台詞を言いながらゆっくりと頭を下げた。

 身体がすっとなじんでくる感覚がある。


「お、おお。とっさによく出来るもんだな」


 男が本気で驚いた顔をする。


 よいリアクションでうれしくなるが、ここは冷静なメイドとして表情を崩さず軽く頷くだけで済ませる。


「アリス、すごいね。動きもなんか変わってる」


 マリーも賞賛の言葉を投げかける。

 うん、うれしい。


「なるほど……だが、ボロが出ないだろうな」


 男が立ち上がって、私の方に近づいてくる。


「ええっと、かなりうまくなりきってるつもりですが、なにかおかしいですか?」


「いや、今のところおかしくはないが……」


 男が私の顔を左右から見る。


 う……さすがに恥ずかしい。


「顔、近づけないでもらっていいですか。恥ずかしいので」


「あ、恥ずかしい? さっきは気色悪いとか言っていたくせに」


 男が不機嫌そうに言い返した。


「も、申し訳ございません。つい勢いで暴言を吐いてしまいました」


 と、頭を下げる。


「ほお、勢いなぁ」


 男が軽く笑いながら、もっと顔を近づけてくる。

 逃げそうになるが、全身の力を込めてなんとかそこに踏みとどまる。


「本当にこれでボロがでないんだろうな。せめて2~3時間は持ってくれないと困るぞ」


「だ、大丈夫だと思います」


 実際、今だんだん感覚がなじんできている。

 この調子ならずっといけそうだ。


「ま、でも、一応ぼろが出ないか確認はしないとな」


 男がいたずらっぽい顔をしたかと思うと、手を後ろに回した。

 

 背中やばっ……


 と思ったが、お尻だった。

 

 あぁ、よかった。


「ご主人様……それはちょっと酷くありませんか?」


 と文句を言ったのは、『私』では無くマリーの方だ。


「あくまでボロがでないかの確認だ。それに、こいつは中身男なんだからいいだろう」


 男が弁解がましく言うが、アリスは不審な目を男に向けている。

 しかし、男は私のお尻から手を離さない。


「あの……そろそろ離してもらっていいですか?」


 さすがにむずむずしてきたので、そう声をかけた。


「お、おお。そうだな」


 男が手を離して、そして私の全身をじろりと見る。

 その無遠慮な視線に全身がなんだか熱くなってくる。


「あ……」


 思わず、顔を背ける。


「ん?」


 男が私の横顔をじっと見つめてくるのを感じる。


「み、見ないでください……」


「うまい演技だな」


 男が私の肩に手を乗せた。


「ひゃっ」


 思わず、正面を見ると、男に目が合ってしまう。


「あ……ご主人様……」


 見つめられて、つぶやいてしまう。

 心臓の鼓動がどんどん早くなる。


「ちょ、ちょっと、ストップ!」


 横からマリーの声が響いた。


「え?」


 振り向くと、マリーが近づいてきて私の手を取った。


「ね、ねぇ、アリス、大丈夫?」


「え、なにが?」


 私は首をかしげた。


「なにが、じゃないでしょ。本当に演技なのかもしれないけど……なんか女の子に戻ってない?」


「え?」


 何をおかしなことを言ってるのか。

 だって私は女の子だし、鏡を見ても分かるように誰もがうらやむような美少女で……


 ん……ん……?


 いや、違うって!


「あ、そうだ。え、演技だ! ま、まずいまずい……」


 待て待て。

 俺は男だ、男だ。


 咳払いをして、姿勢を崩した。


「お、俺は男ですよ。変なことをしないでください」


 と、男の顔を見ずに乱暴に言った。


「途端に仕草が男になったな……」


 と、男が残念そうにコメントする。

 しかし、マリーはそれどころじゃなかった。


「アリス、駄目でしょ! 簡単に女の子になりきっちゃ!」


 マリーは今にも俺を叩きそうな剣幕で言った。


「ご、ごめん。なんか、自分が女の子だって思い込むのがすごく簡単でさ。思い込むと全然そこから抜けてこなくて……」


 この身体、女の子になりきるのが簡単すぎる。


 やばい。

 ちょっと簡単に流れすぎだろ。


「気をつけてよ」


「うん、ごめん……」


 謝っていると、男が口を挟んできた。


「またずいぶんと自己暗示がかかりやすいんだな」


「べ、別にそんなことありませんよ」


「そうか? まぁ、俺はあっちのほうが好きだが」


 と、男がつぶやく。


「ご主人様、アリスであまり遊ばないでください!」


 マリーが俺の代わりに男に抗議した。


「人聞きが悪いな。だけど、気をつけろよ。外でそんな極端な振る舞いをするなよ。普通に女として振る舞っておけ」


 男が冷静に言った。


「それはそのつもりです」


「ま、いい。もういいぞ。また女の時に遊ばせてもらう」


 と、男が半分笑いながら言った。


 やっぱり遊んでるんじゃ無いか。

 本当にしょうがないやつだ。


 俺とマリーは頭を下げて書斎を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ