コレットは諦めない
自分の部屋に戻って、手鏡をのぞき込んでいた。
「ふっふっふっ、いい顔してるなぁ。たしかに身長小さいけど凶暴な不良キャラとかっぽい表情だなぁ。どっちにしろかわいい……」
誰も見ていないことをいいことに、鏡を見ながらニヤニヤしていると、扉をたたく音がした。
入ってきたのはコレットだった。
「あれ、コレット?」
「はい」
コレットは無表情のまま、勝手に椅子に座って本を読み出した。
マリーはコレットとレベッカに俺に近づかないように言うつもりだったようだが、まだ言ってないのだろうか。
「あ、マリーから話を聞いていないかもしれないけど、あまり私に近づくなって言ってて……」
男言葉で言い返したかったが、いきなり男言葉で話すとおかしく思われるかと思って、女言葉で返した。
「さっき聞きました」
コレットは不機嫌そうに言って、俺の顔をじーっと見た。
「な、なに?」
「いえ」
また不機嫌そうに本を読み始める。
なんか危ないから、触らないでおこう。
「あ、そうだ。これから時々男言葉使うと思うけど、驚かないようにしてね」
そう言うと、コレットは無言で頷いた。
うわ……なんか怖い。
「さーて、私も本でも読むかなぁ……」
ついコレットを意識してしまうので、あえて口に出して適当な本を手に取る。
ペラペラめくるが、やはり内容が頭に入ってこない。
コレットの動きや物音が気になってくる。
なんで自分の部屋でこんなピリピリした気分を味わわないといけないのだろうか。
「ええっと……コレット、自分の部屋で読んだら?」
「そんなに私のこと、嫌ですか?」
コレットがバタンと本を閉じた。
「え、なんで?」
「なんでマリーはよくて、私は駄目なんですか?」
コレットが悔しそうな顔で俺の目を見つめてくる。
その表情になぜか罪悪感を感じさせられてしまう。
「駄目っていうか……い、一応、マリーとは付き合っているというか、恋人なので……。マリーが嫌だって言ったら、止めるしか無いでしょ」
「マリーが嫌がるのは分かりますけど、アリスはどうなんですか?」
コレットが、少し泣き出しそうな顔で俺の顔を見てくる。
「え、私?」
コレットの顔を見ていると、俺も好きだよって言いたくなってくる。
いや、いかん!
ここは心を鬼にしよう。
やはり、女言葉を使っているとなんか感情に従ってしまう。
ここは男言葉だ。
「ごめん、今ちょっと男モードでさ……男言葉を使うね。えーっと……俺もコレットのことは嫌いじゃ無いよ。でも、マリーのことが大切だから……」
そう言いかけると、コレットが口を挟んだ。
「男っぽい感じも私好きです」
『好き』という言葉が俺の心の深くに突き刺さった。
ぐあ……
男モードでもさすがに面と向かって好きと言われると、ちょっと耐えきれない。
「あ、そ、そう。ありがとう。じゃあ、ちょっと男言葉で話させてもらうよ」
「それでいいです。アリスは私のこと、どう思ってるんですか?」
「どうって……」
そう聞かれても、普通に年下の女の子としか思ってない。
実際に男と付き合う機会がないから、元男の自分と疑似恋愛を楽しんでいるのだと思っていた。
しかし、この視線、そんなあけすけなことをいったらすごく怒りそうだ。
怒りそうじゃなくて、絶対に怒る。
怖い。
女の子、怖い。
「か、かわいい後輩かな……。あ、ごめん、先輩だね。年下の先輩だと思ってるよ」
「私のこと、遊びだったんですか?」
コレットが視線を落とす。
いや、遊びとか言われても……。
遊びみたいな感じでキスしろって言ってきたの、そっちじゃないですか。
「えっと……俺としては無理矢理キスされた感じなんだけど……? それに、女の子同士のキスならまだ冗談で済むかもしれないけど、一応俺は男なんだけど」
すると、コレットが身を乗り出してきた。
「アリスが男言葉を使っても、女の子です。今だって女の子同士だから、いいじゃないですか」
「だ、だからさ……マリーが嫌って言うんだからしょうが無いだろ?」
「マリーが言ってるのは、恋人みたいなキスをするなってことだと思います」
コレットが必死に言う。
「ま、まぁ、そうだろうね。頬にキスとかマリーに誤解されない範囲なら、もしかしたらOKかも。でも、やめとこうよ。マリーを怒らせたくない」
「大丈夫です。私、そんな恋人みたいなキスしませんから」
コレットが立ち上がって、俺の方に寄ってくる。
うわ、マジだ。
怖い怖い怖い。
「同僚として女の子同士でのキスです。それなら、いいですよね」
「ま、まぁ、俺はいいけど……マリーが怒るからさ」
「私がちゃんと説得します。だから、いいですよね?」
「だから、俺は別にいいんだよ。でも、マリーが怒るから」
「いいんですよね!」
しびれを切らしたコレットが、俺に覆い被さってきた。
うわ、ちょっと勢いありすぎ!!
勢い余って、ベッドに倒れ込むと、コレットはそのまま覆い被さってきた。
「ちょっとコレット! この体勢はよくな……」
そのまま、コレットが乱暴に唇を合わせてきた。
「はむぅ!?」
こ、これのどこが友人としてのキス!?
突っ込みたいが、コレットが必死でしがみついてくる。
身体を起こしたくても、全体重をかけられていてとても身を起こせない。
「んむぅ! むむぅ!」
振り払おうとしたが、あんまりにもしっかりつかんでくるので諦めた。
あんまり無理矢理はがすと絶対に気を損ねる。
気が済むまで待つしかない。
「むむぅ……」
さすが、コレット。
長い。
「んー…………」
もうどうしようもないので諦めて脱力する。
コレットの息づかいや微妙な力の変化が全部伝わってくる。
やはり、身体の敏感さは男言葉を使おうがなにしようが変わらないみたいだ。
ああ、くすぐったい。
「……っはぁ」
ようやく、コレットが唇を離す。
コレットはすごく満足そうな顔をして、じーっと俺を見つめている。
完全にキス中毒者だ。
「気、気がすんだ……?」
ベッドに手をついて起き上がる。
うう……後で口を洗おう。
本当にコレットのキスは怖い。
「あのさ、コレット……これのどこが友人としてのキス……?」
口元を手元のタオルで拭きながら聞くと、コレットはトロンとした目のまま聞いてきた。
「よかった……ですか?」
「え?」
「私のキス、よかった……ですか?」
ここで否定など返そうものならひどいことになるだろう。
「あ、うん。ちょっと長すぎたけどね……」
「よかった」
皮肉を込めたつもりだったけど、それは通じなかったらしい。
コレットはニコニコして頷いた。
「今日のアリス、なんかすごいよかったです」
「そ、そう……?」
「いつもと違う感じで、すごく興奮しました」
「いや、いつもと同じ気がしたけど……。あのさ、一応聞いておくけど、恋人としてのキスとかなしだって建前だよね?」
「え?」
コレットが怪訝な顔をする。
「だからさ、マリーが怒るんだよ」
「キスしておいてそういうこと言う男の人ってどうかと思いますよ」
ぐあ!
男言葉を使って男らしくしたら、そう来たか。
ああもう、面倒くさい!
正直に言おう。ものすごく面倒くさい!
しかも、キスしてないから!
したのはそっちだろう!
「ぐ、ぐぬぬぬ…………」
いろいろ言いたいが、何を言っても地雷を踏みそうだ。
ここは我慢だ。
「また明日もお願いしますね」
コレットは自分で持ってきたのに結局ほとんど読んでいない本を抱え、部屋を出て行った。
「明日も……って、明日も来る気かよ!」
その突っ込みは誰にも届かなかった。




