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異世界でTSしてメイドやってます  作者: 唯乃なない
第1章 バロメッシュ家
26/216

セクハラ

 レベッカからようやく解放されて、うんざりした気分で廊下を歩いていた。


 ふと、書斎の扉が目に入る。


 アルフォンスに身体を触ってもらって気まずくなった後、まだ顔を合わせていない。


「こういうのは早めに済ませた方がいいか……」


 と、扉に手をかけた。


 気まずい状況がずっと続くより、早めに決着をつけてしまった方がいい。

 少なくとも俺はあまり気にしていないので、それを伝えればアルフォンスも安心するだろう。


「失礼します」


 そう言って書斎に入ると、男が手を止めて俺を見た。


「ア、アリスか。な、何の用だ?」


 見るからに気を張っている。


「あの、この前のこと、気にしてませんから」


 と言うと、男のおどおどした振る舞いがちょっと収まった。


「す、すまなかった。あのときはつい悪乗りしてしまってな……」


「い、いや、私も元々男だから普通に分かりますって。これだけかわいい見た目の身体をベタベタ触っていたら、変な気分になりますよね」


「ば、馬鹿を言え! 変な気分になどなっていない! ちょっと悪乗りしただけだから、勘違いするな」


 と、男が少し恥ずかしそうに言い張る。


 いや、見え見えなんだけどなぁ。


 そこは普通に認めた方が楽だと思うし、こちらもやりやすいんだけど。


「そ、そうですか……。とにかく、私は気にしてないんで、あんまり気に病まないでください。男という生き物のことはよくよっく理解してますから」


「なら、あんなことやらせるなよ……」


 と男が小さくつぶやいたのが聞こえてきたが、それは無視する。


「用はそれだけか?」


「あ、えっと……」


 実は用はそれだけなんだけど、それもちょっと味気ない。


 どうでもいい話題を振ってちょっとぐらい会話をしよう。


 どうでもいい話題は……


「あ」


 そういえば、三勇士の話をコレットに聞いて知らないと言われたんだった。


 あの話を聞こう。


 というか、どうでもいい話題じゃ無くて、めちゃくちゃ重要な話題じゃん!


 なんで俺ちょくちょく忘れてるんだ!


「さ、三勇士の話をもっとよく聞かせてください!」


「ん?」


 男が首をかしげた。


「そ、その、私は全然三勇士のこととか知らないので、いろいろ聞かせて欲しいんです。コレットにも聞いたんですが、全然知らないみたいで」


「ああ、そういうことか。しかし、俺だって前に話したことくらいしか知らないぞ」


 当てが外れた。


 なにか情報を得られると思ったのだが、本当に知らなさそうだ。


「本とか……なにかないでしょうか?」


「さぁ、どうだろうな。少なくとも、この屋敷にはないな」


 と、男が首を振った。


 ということは、情報を集めるには屋敷の外に出ないといけない。


「う~ん……外か……行けるかな……?」


 と、うつむいて考え込むと、男が首をかしげた。


「どうした?」


「ええと、最初の頃はすごく警戒感が強くて、ご主人様に会ったときもすんごく心が動揺してたんですよ」


「そういえば、そうだったかもな」


 と、男が視線を上に向けて何かを思い出すように言った。


「最近はようやく慣れてきて、この屋敷内での生活ならそんなに動揺したりせず居られるようになったんですよ。でも、この屋敷の外となると、やっていけるかどうか不安があるんです。動揺しすぎて冷静じゃなくなるかもしれないし、そもそも外が安全かも分からないし……」


 と窓の外に視線を向けた。


「おいおい。ここをどこだと思ってるんだ? 貧民街じゃ無いんだぞ。そんなに危険なことがあるか」


 と男があきれたような顔をする。


「そ、そうなんですか? 追い剥ぎとか人さらいは……」


「居ないとは言えないが、普通に暮らしていてそうそう出会う物では無いぞ。お前、この世界のことをどう考えているんだ?」


「え……だ、だって、私にとっては得体の知れない世界ですから……」


「気が小さいな……」


 と、男がつぶやく。


 ちょっとイラッとした。


「は!? 慎重だと言ってください! ちょっとした間違いが命取りになると思って、危ない橋は渡らないようにしてるんです!」


「そ、そうか。そんなに怒鳴るな」


 と、男がたじろぐ。


「た、たしかに一人で出歩くのは不安があるのかもしれないが、今度俺や他のメイドたちと外に出てみたらどうだ?」


「あ……それもそうですね。街に図書館とかありますか?」


「図書館?」


 男が首をかしげる。


「ないんですか?」


「少なくともこのあたりには無いな」


 その答えにかなり落胆した。


 人に聞いても当てにならない以上、書籍を漁った方がいろいろ情報を得られるだろう。

 しかし、図書館が無いとなると書籍を漁るのも絶望的だ。

 本屋はあるだろうが、それほどの蔵書は期待できないだろう。


「そうですか……」


「まぁ、図書館は無いが、サロンにでも顔を出してみたらどうだ?」


「サロン?」


 聞き慣れない言葉に俺は顔を上げた。


「ああ。趣味の合う人間同士が交流するお茶会のようなものだ。そこでいろいろと話も聞けるだろう」


 と、男が何気なく言うのを聞いて、本能が拒絶した。


「い、いやいや! 無理ですって! し、知らない人たちが、しかも貴族とかが集まるんでしょう? そんなところに行ったらすごく怖くて……」


「そんなに人見知りなのか?」


 と、何も分かっていない男が首をかしげる。


「違いますよ! 前の世界でも誰とでも交流できるほどのコミュ力はありませんでしたけど、そういう問題じゃ無くて、この身体がびっくりするんですよ! 知らない人に会うと、本能レベルで最大限警戒しちゃうんです!」


「そ、そういうものなのか?」


 やはりよくわからないようで、男が首をかしげる。


「だが、ずっと屋敷から出られないようでも困るだろう。慣らしていくべきじゃ無いか?」


 男の言うことはもっともだ。


 不承不承、頷いた。


「そ、それもそうですね……。でも、貴族の方相手の礼儀とか全然分かりません」


「ああ、そういうところは気にするな。俺が出入りするサロンは緩い奴らばかりでな。小うるさい格式張ったサロンが面倒な連中が出入りするところだから、そんなに気を張ることは無いぞ」


「そ、そうですか」


 ちょっとだけ気分が軽くなる。


 でも、やはり怖い。


 知らない世界の知らない人たちと出会う。


 本能も怖がっているが、実は男の理性も結構怖がっている。


 前の世界でも、学生仲間とは普通に交流していたが、当然のことながら上流社会との交流なんてなかった。


 日本で大学生やっていたときに突然教授から『明日、ヨーロッパから貴族の血を引くやんごとなき方々がやってくるから、応対してね』とか言われたら、絶対に断っていたと思う。


 この世界で貴族の人たちに会うなんて、それ以上の重圧だ。


「で、でも、やっぱり怖い……」


「そんなに真面目に考えるな。ただなぁ……」


 と、男が少し不安そうな顔をした。


「な、なんですか?」


「お前、やたら敏感だろう? ちょっとくだけたやつに軽く触られたぐらいで、大声で悲鳴を上げたりしないでくれよ。場が白ける」


 男が真面目に言う。


 それもそうだ。


 貴族の方々が楽しく会話している中で、悪気無く身体を触られた俺がガチの悲鳴とか上げたら、ものすごく気まずい雰囲気になると思う。


「それは……そうですね。背中とか触られますか?」


「そうだな……」


 と、男が近づいてきた。


「俺の知っている連中だと、例えば気さくにこうやって後ろから肩を叩いたり……」


 男が手を後ろに回して、見えないところから肩を叩いた。


「ひっ……」


 思わず悲鳴を上げそうになったが、小さな悲鳴で押さえ込んだ。


「ま、それぐらいなら大丈夫か」


 男が俺を見る。


「こ、これぐらいなら大丈夫です。まさか、背中をつーっと撫でられたりしませんよね?」


「見ず知らずの女性にそこまでするやつはいないと思うな」


「よかった……」


 安堵のため息を吐いた。


「だけど、たまに尻ぐらい触るやつがいるな」


 と、男がなんでもないように言った。


「お尻を!? セクハラじゃ無いですか!」


「ん? なんだセクハラって?」


 セクハラは完全に日本語発音だったので通じなかった。

 この世界にはセクハラに相当するよい単語がない。


「こ、この世界の男は女の子相手にそういうことを普通にするんですか!?」


「おい、誰でもやるわけじゃ無いぞ。少なくとも俺はやらない」


 と、男が弁解するように言った。


「で、でも、そういう人も居るんですよね。ど、どういうかんじですか?」


「そうだな……こんな感じか?」


 と、男が手を伸ばす。


 とっさに刺激を覚悟するが、お尻に触られたのを感じても意外とたいしたことが無かった。


 もちろんぞわっとするが、背中や肩を突然触られたときのような驚く感じは無い。


「あ……意外と平気かな」


 そう返事すると、男も意外そうな顔をした。


「ほお。あとはこのくらいのことはするかもな」


 と、男が俺のお尻の肉をぐっと掴んだ。


「うわっ……こんなことします? 前の世界だったら絶対に警察案件ですよ?」


「ずいぶんと厳しい世界だったんだな」


 と、男がつぶやく。


「それが普通だと思ってましたけどね。実際、女だってこんなことされたら嫌ですし」


 お尻の肉をぐいぐい掴まれるのを感じながら答えた。


「そうか。まぁ、これぐらいやっても平気なら大丈夫だろう」


 と、男が俺のお尻をぐいぐい揉む。


「そうですね。こういう類いのなら大丈夫そうです。ずっと触られているとだんだん変な気分にはなりますけど、悲鳴を上げるとかは無いですね」


 お尻がむずむずするのを我慢しながら答えた。


「おい、変な気分になっちゃ駄目だろう。耐えろ」


「だから耐えてますってば」


 ますますお尻がむずむずして逃げ出したくなるが、なんとか踏みとどまりながら答えた。


「ふーむ……」


 男が無言になる。


「あの……こんなにお尻揉まれるんですか? サロンに行くのが怖くなってきたんですけど」


「ん? いや、そんなことはないだろう。せいぜい軽く掴まれる程度だ」


「そ、そうですか……」


 お尻のくすぐったさに耐えながら答えた。


 ん……?


「あれ……? じゃあ、なんでまだ触ってるんですか?」


「あ」


 男が小さくつぶやくと、何食わぬ顔で手を離した。


「…………」


 俺が男の顔を見ると、男が気まずそうに視線をそらした。


「き、気にしないって言ったよな?」


「この前のは許しますが……今回のはちょっとどうかと思います」


 お尻がまだむずむずするので、自分でお尻を軽く叩いて感覚をリセットした。


「な、なんか、この前に比べてあまりにも反応が鈍かったので、もっとやらないといけないような気がしたんだ」


 と、男が視線を泳がす。


 どういう言い訳だ。


「い、意味が分からないんですが……?」


「う、うるさい。とにかく、今のも俺が悪かった。これでいいか!」


 男が照れ隠しのように言う。


 んー。


 普通に触りたかったとか本音を言えっての。


 隠すから余計に気まずくなるんだよ。


「ま、まぁ、いいですけど……」


 と、唇をとがらせる。


「ところでお前……自覚してるか?」


 男がちらりと俺の顔を見た。


「なにがですか?」


 首をかしげる。


「お前……どんどん女が板についているぞ」


「え?」


 言われて、書斎の壁に掛かっている鏡をのぞき込んだ。

 すると、完全に女の子の立ち振る舞いの美少女が映っていた。


 もちろん、見た目は前と変わらない。

 しかし、なにか『馴染み方』というか『自然さ』というか、そういうパラメータが前回より上昇している。


「あ、あれ……な、なんか思った以上になじんでる」


 しげしげと鏡を見る。

 完全に美少女だ。

 胸は無いが。


 違和感が無いことに違和感を感じる。


「お、おい、自覚してくれ。その振る舞いであんまり無防備に近づかれると、俺だって困るぞ」


 と、男の声に困惑が混じる。


「え、嫌なんですか?」


 振り返ると、男がなんとも言えない顔をした。


「嫌というわけでは無いが……正直、どう扱っていいか困るんだよ。完全に女扱いすると怒るし、男扱いすると泣き出すし……俺の身にもなってくれ」


「あ……そ、そうでしたか。いろいろご迷惑をおかけします」


 と、形だけだが頭を下げた。


 なんか自分で自分のことがよく分かっていないので、なんで泣いてるのか自分でも分からなかったりする。


 とにかく、かなり迷惑をかけてしまっているようだ。


「はぁ……話はそれだけか」


「と、とりあえず。じゃあ、あの、失礼します」


 俺は頭を下げて、書斎を出た。




○作者の一言

まず尻を触られていることに対して疑問を持てと主人公にツッコミを入れたい。

それが出来ないのが一人称視点作品のもどかしさ……


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