マリーとのキスについて
「あ~も~……レベッカのやつ…………」
口をゆすいでから、廊下を歩いていた。
「もう、本当にやだ! もうやだ! せめて普通にキスしろよ! なんで煽るんだよ!」
小さい声で悪態をついてから、なんかぐったりとしてきた。
そうだ、ゲストルームでゴロゴロしよう。
ちょうど暇になったところだ。
「さてと……」
と、ゲストルームに入ると、すでに先客がいた。
マリーがソファに座っていた。
マリーがちょっと目を開けて俺を見て、すぐに目をつむった。
「あれ、マリーがサボりって珍しいね」
「私だって仕事がなければ休むわよ」
と、目をつむったまま言う。
「ふーん」
「アリス、隣に座ってよ」
「そ、そう?」
ゲストルームにはソファが二つ置かれているので、もう一つのソファに座ろうと思っていた。
マリーに言われたので、マリーの隣に座る。
すると、マリーが手を背中に回して抱き寄せてきた。
「マ、マリー? どうしたの?」
「さっき、レベッカとキスしているのを見ちゃったのよね」
と、マリーが笑っているような口調で言ってきた。
なにか怖くて顔を見られない。
「だ、だからなに……? レベッカが言うから仕方なくキスしてるだけで……」
「分かってるよ。分かってるけどさぁ……」
視線を感じてそっとマリーを見ると、マリーはすでに目を開いて俺を見ていた。
うわっ!
「な、なに? な、なにか言いたいことがあるの?」
「あるに決まってるんだけどな~。わっかんないかな~」
と、マリーが笑ってない笑みを浮かべる。
本当に怖い。
「ちょ、ちょっとマリー止めてよ! 私にとってはマリーが唯一の癒やしなんだから、そういうことは止めて! もうコレットとレベッカでいっぱいなんだから」
「え? 別に私はアリスの事いじめてないよ?」
と、マリーがキョトンとした顔をする。
自分の笑みの怖さが分かっていないらしい。
「で、でも、怖いんだよ。そういう真綿で首を絞めるような言い方やめてよ。な、なに?」
「え~、だからさぁ、恋人と思っている相手が私の目の届かないところで他の人とキスしてるってすごく嫌だと思わない?」
と、マリーが首をかしげる。
「だ、だから、そういうの止めてよ! 私だって好きでやってるんじゃ無いんだから!」
「それは分かるけどね……。すんごく悔しいの!」
と、マリーが顔を近づけてきた。
マリーに焼き餅を焼かれるうれしさと恐怖が入り乱れる。
でも、やっぱり恐怖が勝つ。
「だ、だから、ごめんってば。そもそも、最初にキスをしたのが間違いだったんだよ……。あのときの対応が悪かったから……」
「とにかく、私にもキスをして」
と、マリーが俺の頬にちょんとキスをした。
「も、もうしてるじゃん。それにさっき厨房でもキスしたし……」
すると、マリーが不満そうな顔をした。
「いっつも私がキスしてるじゃん。さっきのレベッカみたいに、アリスからキスをしてよ」
「え、い、いいじゃん……そんなのどっちからでも……」
と、俺は本音で言った。
本当にどっちでもいいと思っている。
キスそのものよりもキスが出来る関係に意味があると思っているのだが、どうもマリーは違うらしい。
マリーが顔をしかめた。
「アリス、私のこと嫌いなの?」
「ち、違うって! なんで、マリーまでレベッカみたいに煽ってくるわけ?」
「煽ってなんかない! 好きだったら態度で示してよ。なんか、私が一方的にアリスの事を好きなだけな気がして……」
と、マリーが言いよどむ。
「え……? 私としては結構精一杯好意を表現してるつもりなんだけど」
いくら見た目が白人美少女だろうと、中身は日本人だ。
そんな、欧米人みたいなオープンであけすけな好意表現は気恥ずかしくて出来ない。
人前でキスとか絶対にしたくない。
「わかるけどさぁ……あのレベッカのキスを見ると……私だって、して欲しいし」
と、マリーがちょっとうつむく。
「そ、そう……?」
でも、マリーがそんなに寂しそうにしているとなると、ちょっとここは努力した方がいい気がしてきた。
「じゃ、じゃあ、するね」
「うん」
マリーが目をつむる。
唇を軽く当て、ちょっと間を置いて離した。
これで伝わったかな?
「え?」
マリーがぱちっと目を開いた。
なにその、疑問形の発音。
「ど、どうしたの?」
「これだけ……?」
マリーがじっと俺を見る。
「え゛……ふ、不足ですか?」
「だってレベッカにすごいキスしてたじゃん。ああいうのを私にもして!」
マリーが俺の肩を掴んで揺する。
「うわわわ! 止めて! あ、あれは、レベッカに煽られて乱暴にやっただけだから! あんなキスをマリーしたら嫌われるからやらないよ!」
「えー、ずるい!」
「ず、ずるくない!」
そんな話をしているうちに、顔がだんだんほてってきた。
顔がほてること自体はいいんだけど、ほてった顔を見られて勝手にいろいろ思われるのがすごく恥ずかしい。
「ほらほら、恥ずかしがらないで私にも情熱的なキスをしてよ」
と、マリーが俺の頬を指でつついてくる。
「か、勘弁してよ……。そ、そんなに言うなら、マリーからやってよ」
と、視線をそらしながら答える。
「いつでもそうやって私からやらせるの?」
「だって、レベッカにするようなキスをしたら、絶対にマリーに嫌われると思うし……。嫌われたくない」
と答えると、マリーが突然唇を押しつけてきた。
「うぷっ!」
そして唇を離すと、マリーは目を輝かせながら、笑みを浮かべた。
「やっぱり、アリスってかわいい! 嫌われたくないから私にああいうキスしないんだ?」
「そ、そうだよ。それに恥ずかしいし……」
と言いかけたところで、マリーがまた唇を押しつけてきた。
しかも、舌までねじ込んでこようとする。
やめろー!
やめてやめて!
舌までねじ込まれると感じすぎるし、今昼間だし!
いろいろ自重して!
抵抗していると、マリーが諦めたように唇を離した。
「……アリス、ガード堅すぎない?」
「マ、マリーこそ、積極的すぎない? あ、あっけにとられてるんですけど」
「このー。恋人が同僚に飛びつくようにキスをしていたのを見た私の気持ちがわかってないでしょ」
と、マリーが俺のほっぺたを掴んで引っ張った。
「いたっ! 皮膚敏感だから! 痛い、痛いって!」
「あ、ごめん」
マリーが手を離した。
俺は掴まれた部分を手でさすった。
「も、もう……オ、オーバーすぎでしょ。だったら、レベッカとコレットを止めるのを手伝ってよ」
「……聞いてくれると思う?」
と、マリーが冷静に聞いてきた。
「あ……聞かないだろうね」
「それに、多分本当に喧嘩になると思う。レベッカも怖いけど、コレットも結構頑固だから」
と、マリーが独り言のように言った。
たしかにそうだろう。
「うー……なんか余計に気が重くなった。じゃあ、私は行くね」
とソファから立ち上がった。
「うん。私ももうちょっと休んでから行く。5分くらい寝たいのよね」
「そっかー」
と、軽く返して、ゲストルームを出た。
廊下に出ると後ろから
「アリス」
と声をかけられた。
振り返ると、レベッカだった。
「さっきのやり直しをしなさい」
やる気満々の表情で俺を見下ろした。
本当に勘弁して欲しい。
○作者の解説
ここまで読んでもらった方には、ちょっと面倒な解説をしてもいい気がするので、ちょっと解説します。
この作品は一言で言えば、「真面目なコンセプトにふざけた状況設定を組み合わせた作品」です。
下記、興味のある方は読んでみてください。
・真面目なコンセプト
異世界に全然違う身体で転生したと考えてみてください。
その世界でやっていけるかだけでも不安なのに、自分の身体まで変わってしまって自分のことすらよくわからなくなるわけです。
それだけでも知的好奇心をそそる設定じゃないですか。
なので、それを自分なりに考察しながら書こうとしたのがこの作品の始まりです。
だから、主人公は不安になって泣いちゃうし、自分のことがよく分からなくなったりするし、悩んだりするわけです。
ところが、この素材だけで作品を作った場合を考えてみてください。
主人公がひたすら悩んでうじうじするような作風になるでしょう。
それはそれで興味深いしおもしろいと思いますが、作者はもうちょっと明るくふざけた作品を書きたいんです。
え? そんな真面目な考察をしながら明るくふざけた作品なんて無理だって?
その無理をなんとかするために、このコンセプトの上にいろんな要素を積み重ねたんです。
・ふざけた状況設定1 過敏設定
主人公は身体がいきなり変化して神経に負担がかかってしまったこともあり、身体が大変に過敏です。
それに、感情もすごくダイレクトに感じてしまうので、感受性もとても過敏です。
身体や心が変わったことの描写のために用意した真面目な設定なのですが、結構悪ふざけにも使えるんです。
ちょっといじられるだけで過剰に反応するので、ちょっとエロいし、心情描写も会話が派手になります。
・ふざけた状況設定2 礼節ある大人でありたい雇い主
アルフォンスはかわいい姿の主人公に頼られただけで、最初から完全にメロメロなのです。
ところが、主人公に男だと告げられたので、理性でその気持ちを抑え込み、礼節ある大人の態度を保とうとして努力している状態です。
アリスのことを男だと思い込んで冷静に対応できるときもあれば、つい意識してしまってうろたえるときもあります。
ある意味、一番つらい立場の人です。
そこを主人公が悪気なく誘惑するので、毎回毎回彼の脳内は大変なことになっています。
本当にご愁傷様です。
アルフォンスが理性がゼロの下半身に忠実な人物だと、こういうおもしろさは生まれません。
アルフォンスの出てくるシーンでは彼の内心の葛藤に思いをはせながら、「よく耐えてるなー」と思いながら読んで頂けると、より趣深く味わえることでしょう。
・ふざけた状況設定3 肉食系女子
前作が女性キャラが全然出てこないという酷い作品だったので、その真逆に酷くしてみました。
女性キャラ達も男慣れしていないので、もし主人公が男の姿で転生してきたらあそこまでベタベタしてこないでしょう。
ところが、主人公の身体が女の子なので、忌避感無く容赦なくゼロ距離まで近づいてきます。
そして、普段接していない男の子の要素を求めて主人公に容赦なくアタックしてくると言う……。
企画段階では単純におもしろいと思ってだけだったのですが、実際にやってみると、本当に酷い感じです。
主人公は明らかに捕食される側なので、たまに気の毒になってきます。
でも、がんばれ。主人公はたまには苦労もしないとな!(作者の勝手な言い分)
・まとめ
以上のように、真面目なコンセプトにふざけた状況設定を組み合わています。
だから、「貧乳美少女に転生しましたが、毎日無理矢理キスさせられています」みたいなふざけたタイトルも正しいし、「異世界に違う身体で転生したときに起こる心理的変化の考察」みたいな固いタイトルをつけても正しいのです。
読者側としては、「なんだこのふざけた状況w」という楽しみ方をしてもOKですし、「えちえちでしょ」と女性キャラ達にツッコミを入れてもOKですし、真面目に主人公になりきって読んでもOKです。
それぞれの人なりに楽しんで頂ければ、幸いでございます。




