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その翌日のこと。
また、執事にジスランさんへの面会を要求したが、「今連絡しております」とすげなく追い返されてしまった。
「はぁ……こんなにのんびりしていて大丈夫かなぁ……」
なかなか状況が進展しないことに焦りを感じながらも部屋に戻ると、エミリーさんとマリーが新聞を見て何かを話していた。
「あ、アリスさん!」
エミリーさんが振り向いてこちらを見る。
「エミリーさん、すっかり立ち直っているようですけど、昨日のことはちゃんと反省してくださいね」
「あ、あぁ……はい。でも、あの後、結構音漏れしてましたけど、大丈夫ですか?」
エミリーさんが首をかしげる。
「なっ!?」
「悲鳴が結構長い間聞こえていましたけど……」
「マリー! だからやり過ぎだって怒ってるのにずっとやるから!」
「あははは……」
マリーが愛想笑いでごまかす。
「くっそー……またメイドさん達に変な目で見られる……ぬぐー」
「そんなことより、これ」
「ん?」
マリーに渡された新聞の記事に目を通す。
『今話題の英雄の銀髪美女が他の世界から持ち込んだ仰天の機械! 絵の馬が走って見える!』
「……は? この銀髪美女って自分のことだよね。なんで……」
記事を見ると、ダニエルとギュスターヴが職人に依頼して作っていた映写機の簡易版のことが書かれていた。
ドラムに絵を描いてくるくる回してのぞき穴から見るという非常に原始的な装置だ。
「あれ……でも、これを公開するならダニエルとかギュスターヴが話をしにくるはずなのに……」
「そうよねぇ。なにかあったのかしら」
マリーも首をひねる。
そんなことを言っていると、来客の連絡があった。
ダニエルだ。
ゲストルームに出て行くと、ダニエルが落ち着かないようで座っていた。
「アリス、元気だったか。アルフォンスから聞いたよ。いろいろ大変みたいだな……。やっぱりここのじいさんは黒だったな」
「うん。それはそうだけど、今日の新聞に……」
「あぁ、その話で来たんだ。くそっ……まぁ、いいと言えばいいのか? 噂にはなってる。でも、俺たちの関係の無いところで勝手に話題になってもなぁ……想定外だ」
「どういうこと?」
聞くと、ダニエルが渋い顔をした。
「あの時計技師に依頼してたことはアリスも知ってるだろ。工房の隅で空き時間を見つけてくみ上げていたらしい。あのおやっさんの弟子で結構筋のいいやつがいて、途中からそいつがかかりっきりで作っていたらしい。それで俺たちが考えていたよりも早く動く物が出来たんだ」
「なるほどね。あの時の調子だと何年かかるかっていう感じだったけど、随分早くできたなって思ってたんだ」
「そう。そうなんだ。それは喜ばしいことなんだが、あの工房には名だたる貴族がかなり出入りしているんだ。それを見たどこかの貴族が興味を持って、ちょくちょく見に来ていたらしいんだ。そして、その貴族がお抱えの絵師を連れてきて、俺たちに話が来る前に勝手に絵を入れて完成させたらしい。俺が聞いた話じゃ、まだ動きがぎこちないというが、それでも動くには動くらしい。絵の馬が走っているのがくっきり見えるとさ」
その言葉を聞いて、自分は素直に感心した。
簡素な仕組みと言っても、初めて作るのはそれなりに試行錯誤が必要だろう。
この世界の時計技師が想像以上に技倆が高かったようだ。
「へぇ……本当に出来たんだ。理屈は簡単だけど、実際にその仕組みを作るのは大変だからなかなか動かないだろうと思っていたけど……腕は本当に良かったんだね」
「あぁ、腕はいい。だが俺たちの許可も得ずに勝手に他の奴に見せるというのは、どう考えても駄目だろう。ったく、俺たちの金で作っているのに他人に見られたあげくに勝手に話を広げられるとは……」
「でも、噂になればそれだけ高く売れるでしょ。それで名を上げるつもりだったんでしょ?」
「そりゃそうだが、こんなときにそれが騒ぎになってもお前も困るだろう」
と、ダニエルが俺を指さした。
「うん、そうなんだよね……。早いところここを出て行ってバロメッシュに戻りたいけど、勝手に出て行ってジスランさんがぶち切れてアルフォンスに嫌がらせしたら困るし……」
「あぁ、そうだよな。だというのに、お前、なにやってるんだ?」
ダニエルが怪訝な顔でこちらを見た。
「なにが?」
「新聞の記事を見たぜ。なんで、お前、わざわざ自分の価値を高めることやってるんだよ。あんな宣伝したらジスランのじじいが喜ぶだけじゃ無いか。せめて、もっとしょうもない女のふりをするとかさぁ……まぁ、できないか」
「そんなことできないし、そもそもあの著述家さんがやたら私のことを褒めそやすような書き方をするんだよ! もうちょっと抑えて書こうと言っても、それではおもしろくならないって否定されるし」
「まぁ……なっちまったことは仕方ない。あの新聞に、俺たちの映写機。両方が組み合わさって、お前、とんでもない噂になってるぞ」
「やっぱ……そうなんだ」
普通に考えてそうなるのが当たり前だ。
「世間でのお前の価値がうなぎ登りだ。またオークションを開催して誰かに家に顔を出させるなんて、そろそろ無理だな。そんなことしたら、各所から大目玉だ」
「そもそもジスランさんが目をつけている時点で前から無理だったよ」
「そうだな……。それにしても、なんか雰囲気変わったな」
ダニエルがジロジロと俺の顔から胸当たりを見た。
「な、なんか視線がいやらしい……。そ、そう? 普通にしているつもりなんだけど」
「んー……そうだ。おい、俺の前なんだから男言葉使えよ。そのせいで変なんだ」
「あぁ……男言葉? お、俺……」
と言いかけて、口を閉じた。
思考の中で『俺』という事はあるが、口に出すことに違和感を感じた。
「や、やっぱりやめとく。おしとやかにしたいし」
「ん? どうした?」
「え、えっと……アルフォンスと結婚するって話をしたから……その……お嫁さんにふさわしいように振る舞いたいし……がさつなのはアルフォンスも嫌がるだろうし……」
もじもじしながら言うと、ダニエルが驚いた顔になって目を見開いた。
「カーッ! そいつは本当か!? アルフォンスの奴、大事なことを隠しやがって! それ、決定か?」
「うん……」
「うまくやりやがって……。こんなかわいい娘を自分一人の物に……くそっ、うらやましいな」
「あはは……」
あれ、ダニエルのやつ、なんか焼き餅焼いている?
そんなまさか。
「でも、ジスランさんが私のことを政治の駒にしようとしていて、どこかの貴族のお偉いさんに売り払われそうなんだよね。一人だと言いくるめられるから、今度はマリーと一緒に立ち向かって論破しようと思ってるんだけど、その肝心のジスランさんが全然来なくて……」
そう言うと、ダニエルが舌打ちした。
「おい、アリス、お前は大分甘いぞ」
「え?」
「ジスランのじいさんも、外見は人にいいじいさんにしか見えないが、結構あくどいぞ」
「それは分かってる……」
「メイドとお前で論破しようなんてお花畑もいいところだ。論破したとしても、それをしれっと無かったことにされるぞ。あのじいさんを動かすには後ろ盾が無いとな……」
「え……そんな大変なことだったの。ちょっと甘く見ていた……」
「俺もだよ。お前とコネがつくりたいくらいだと思っていたが、まさかあのじじいがこんな強引に手を突っ込んでくるとは思ってなかったよ。分かってたら、俺とギュスターヴで止めたさ」
「う、うん……。私も驚いた。執事はちょっと怪しかったけど、ジスランさんは普通に優しい人に見えたし……」
「困ったな。俺もギュスターヴも三流貴族だ。アルフォンスだって地方貴族で大貴族とは言えない。あのじいさんを動かすような手駒はこちらにない」
「じゃあ、詰んでるじゃん……」
ゲストルームの中は重苦しい雰囲気になった。
しばらく無言だったが、ダニエルがふっと顔を上げた。
「ところで、お前、外の様子は知っているのか?」
「外の様子? 街には出たりしてるけど……」
「そうじゃない。社交界でのお前の噂だよ。その様子じゃ、どんだけ噂されてるか知らないんだな」
「それは……知らないなぁ。ここにいると全然そんなこと感じ無いけど、本当に噂されてるのかな。全然実感が無い」
「一度、社交界に出てみたらどうだ? お目付役がいればこの屋敷を出られるんだろ」
「うん。まぁ……」
「ちょっと外に出て世間の評判を見てこいよ。多分、お前は驚くだろうけどな。それに、籠もっていても精神衛生上良くないぞ」
「まぁ……そうかもね。アルフォンスと結婚した後もいろいろ社交界とか出ないといけないかも知れないし……練習にもなるし」
「ははは……あーあ、アルフォンスの奴、うまくやりやがって……」
ダニエルが深々とため息をはいた。
それから、映写機の方は他の貴族に見せないと言うことを時計技師に約束させると言ってダニエルは帰っていった。




