旅
翌日、早速に自分とマリーとエミリーさんは馬車の上だった。
正確には馬車の中か。
馬車に揺すられながら、エミリーさんとマリーの顔を見る。
「いや~、役得ですねぇ。お仕事で故郷に帰れるなんて。運賃を自分で払わなくていいなんて、なんて嬉しいんでしょう」
エミリーさんがニコニコ顔で向かいに座っている。
マリーは自分の横で窓の外を見ている。
割と乗り心地のいい馬車だが、時々道路に段差に引っかかってガツンと揺れる。
この前ノリで買った少年用の服はあるが、女物にはろくな物がない。
いつもいつもマリーに借りるのも申し訳ないので、マリーの服はマリーに着てもらって、自分はエミリーさんの私服を借りた。
寸法は微妙だけど上から野暮ったい防寒用の服を着てしまうから気にしてもしょうがない。
この世界の庶民にはオシャレな防寒着なんて縁が無い。
「あ~、しかも乗合馬車じゃ無くて、貸しきり馬車~内装も全然違う~」
エミリーさんがとても嬉しそうな顔で隣の空いている座席を撫でる。
ソファのようにくつろげる椅子で弾力がある。
普通の乗合馬車の椅子はもっとみすぼらしくて、クッションは無いかあってもへたっているらしい。
エミリーさんが始終、快適快適と何度も言っている。
「こういう貸しきり馬車ってやっぱり高いんですか?」
「高いですよ~。お屋敷のお金で借りてるからいいですけど、自分で借りるなんて絶対に出来ませんよ」
そんな会話をしながら、途中でトイレ及び昼食で停まったりしながら、その日の晩にはカンタリナの街に着いたのだった。
◆
カンタリナの街は、バロメッシュやジスランさんの館があった王都とは少し雰囲気が違った。
日本だとどこに行ってもチェーン店が並び似たような佇まいだったりするという印象があるが、こちらは少し離れると大分風俗が違うらしい。
王都は時代を感じるレンガを積んだ建物が多かった印象だが、この街は木製の建物が多く、王都と比べると新しく見える建物が多い。
なんとなく、若々しい街という印象がある。
英雄の家もエミリーさんの家も大通りからすぐそばだというので、大通りで馬車を降りた。
御者は頭を下げて次の客が決まっているのかすぐにとって返して行った。
「ふぅ……。やっぱり馬車もずっと乗っていると疲れますね」
エミリーさんが肩をぐるぐる回しながら言った。
マリーもほんの少し疲れていそうな顔をしている。
そして自分はきっとものすごく疲れた顔をしているだろう。
「アリス、死にそうな顔をしてるわよ」
マリーが目線で「大丈夫?」と聞きながら言った。
言葉と目で二重に意味を伝えてくるなんて器用だ。
「揺れるね……座り心地はいいけど、その分不安定で揺れ……」
吐いてはいないけれども、とんでもなく疲れた。
「うーん、もう暗いし、宿をとって英雄の家は明日にする?」
マリーが聞いてくれたので、俺は深く頷いた。
「それでお願いします……」
「なんならうちの泊まりません……いや、ダメだ。マリーさんだけならとにかくアリスさんまで自分の家に泊めたとかなったら、執事がうるさい……」
大通りを歩きながらエミリーさんがうめいた。
「というか、よくあの執事さんが外出を許可しましたね。いろいろうるさそうな感じですが」
「えっと、アリスさんとマリーさんの二人だけなら許可しなかったと思いますよ。二人が勝手にバロメッシュ家に行く可能性もありますから、あの執事は絶対にそれを許しません。今回は私がお目付役としてついているので許可でたんですね」
「へぇ……信頼されてるんだ」
「いえ、単純に執事が私がアリスさんたちと仲がいいって知らないだけですよ」
「あ、そう……」
それなりに大きい街なのでエミリーさんに案内を頼もうとしたら、エミリーさんも宿の評判など知らないらしい。
たしかに自分の街の宿に泊まるわけが無いので、言われてみればそれが当然だ。
結局、大通りの目に付いた宿屋に宿を取り、エミリーさんは実家に泊まると言うことで出て行った。
一人分の宿賃を経費で浮かしてお小遣いにするそうだ。
エミリーさん、ちゃっかりしてる。




