マリーとデート
翌日、朝起きるとマリーの姿がなかった。
昨日は夜もかなり雑談しまくったけど、マリーが全然手を出してくれなかった。
「うー……なんでさぁ……前はもっとキスしたりしてくれたのに……」
と呟いてから、自分が相当変な事を言っているのに気がついた。
いやいや、そういうのが嫌だったのに、何を言っているんだ。
そして、なんで構ってくれない彼氏にヤキモキする彼女みたいな事を言っているんだ。
マリーは女の子だし、俺は一応男だ!
変な気分を振り払って朝食を食べる。
もやもやした気分で廊下を歩いていると、マリーがのんびり歩いているのと出くわした。
雰囲気的に誰かと話をしていたから戻ってきた感じだ。
「あ、マリー、ちょっと今いい?」
「今、朝食食べたの? アリスもちょっと生活リズム戻した方がいいよ。ま、私もあんまり人のこと言えないけど……。で、なに?」
なに、と聞かれて答えに困った。
マリーともっと仲良くしたいだけで、特に用事は無い。
どう答えるか迷っていると、マリーが怪訝な顔をした。
とにかく早く答えるしかない。
もう素直に言うしか無い。
「よ、用事は無いんだけど……マリーと話したくて……」
マリーが目を丸くする。
声には出ていないが、「うわー」と口の形で言っている。
「中庭とかでお茶を持ってゆっくり……でも、屋敷だと誰かに聞かれちゃうかな。出かけてどこかの喫茶店の方がいいかも。マリーはいい店知らない?」
「あら、デートのお誘い?」
マリーが笑って、いたずらっぽく言った。
ちょっと、ドキッとする。
「そんなたいそうなことじゃないけど……」
「そうね。ちょっと出かけよっか。でも、今日はあんまり遠出する気分じゃないのよね。歩いていける所にちょっとオシャレなお店があるって聞いたから、そこでどう?」
「あ、それでいいよ! ちゃんとおごるから!」
尻尾をぶんぶん振っている子犬みたいになっているのを自覚しながら、マリーに食いつく。
マリーが奢るというセリフを否定しようとしたのが表情の変化で分かったが、ふっと表情を変えて頷いた。
「そうね。たまにはそうしてもらおうかな」
「よかった! いくらでも奢るから!」
それから、早歩きで部屋に戻って、お出かけ用の服に着替える。
お出かけ用の服がいつも同じなので、ほんとなんとかしたい。
マリーが「焦りすぎでしょ」とツッコミを入れながら準備をするのを待って、二人で屋敷を出る。
マリーが人から聞いた道をうろ覚えな様子で歩いて行くので本当にたどり着けるのかと心配だったが、15分程度で難なくその店にたどり着いた。
外観はお店らしくない素っ気ない建物だったが、装飾の着いた看板でお店だと分かる。
中に入ってみるとアンティークな感じの椅子やテーブルとほどよく外から入ってくる外光が組み合わさり、かなり品のいいお店だった。
この辺りは貴族の館が多いので、客は使用人と思われる男たちが多かった。
ちなみに、この世界では分煙とか無いので、ものすごい勢いでたばこを吸っている人からは遠い場所に陣取ることにした。
「いい店だけど、ちょっとたばこが匂うね」
と、他の人に聞こえないようにマリーにささやく。
「あぁ、ご主人様も吸わないし、今のお屋敷でも人前で吸う人がいないもんね」
「あんまり得意じゃないから、周りの人が吸わなくてよかったよ」
「そうね」
マリーがテーブルの上に置いてあるメニューを熱心に見だしたので「自分が奢るから自由に選んで」と言って、注文はマリーに任せた。
マリーはウェイターにちょっと緊張した感じで小声で注文を伝える。
マリーがちょっと緊張している姿を見ていると、普段見られない姿を見ることができたといううれしさを感じた。
「どうしたの、そんなに私のことを見て?」
マリーが俺の視線に気が付いて言った。
「あ、べ、別に……」
すぐにパンと飲み物が運ばれてきて、二人で乾杯して飲み物に口を付ける。
マリーが何を頼んだか知らないが、メインディッシュはまだ来ないようだ。
ちなみに、飲み物はリンゴジュースとブドウジュース。
マリーは軽いアルコールなら行けるらしいが、昼間だからアルコール類はさすが避けたようだ。
「へぇ……なんかただのジュースなのに味がいいね」
「なんか香辛料とかちょっと入れてある気がする」
「あ~そうかも」
そんなたわいのない会話をしていると、ふと視線を感じた。
マリーから視線を外して店内を見回すと、店内の男性客たちが結構がっつり俺たちを見ている。
しかも、目が合っても特に視線をそらそうという様子もなく、結構無遠慮に見てくる。
うぐっ……最近屋敷にこもってるから忘れてた。
マリーも自分も見た目いいから目立つんだよなぁ……
「アリス、そんなにおどおどしないでよ。女は見られて磨かれるって言うじゃ無い」
とマリーが余裕の表情で言った。
うー、美人はずっとこんな視線にさらされているのか、そりゃ強くなるわ。
街中で歩いているときに視線を感じることはあったが、座った状態で視線にさらされるとさらに居心地が悪い。
もしかして、いままでも気が付かなかっただけで結構見られていたのかな。
うー……俺はそういう注目されるのは苦手なんだ。本当に止めて欲しい。
「うーん……落ち着かない……。ゆ、ゆっくり話したかったけど、ちょっと……」
もじもじしながらもう一度横目で店内を見回す。
年配の客たちは手元の新聞や本に視線を戻している。
ただ、二十代と思われる若い男たちは熱視線を俺とマリーに送っている。
こちらが気付いているのを分かっていてもまだ視線を送ってくる。
これ、へたしたらナンパとかされるんじゃないか?
「アリス、そんなに心配しなくても大丈夫だから」
マリーが余裕の表情を浮かべる。
頼もしい。
胸がキュンキュンする。
……いやいやいや!
俺は男! マリーは女!
立場が逆!
頭を振り払って、視線のことを頭から追いやる。
「えっと……いきなり誘っちゃたけど、迷惑だったりしない?」
「え、どうして?」
マリーが意味が分からないという顔をした。
「その……正直なところ、自分でも自分のことがよく分からなくて、マリーとどうしたいのかもよく分からなくて。それに、マリーが自分のことをどう思っているのかもよくわからなくて、どういう風に距離感をとればいいのかな……」
「ん? だから、アリスは考えすぎだって。好きにやってくれていいから。無理なときは無理って言うから」
マリーがあっけらかんと言う。
本当に悩んでいなさそう。
もやもやしている自分が馬鹿みたいだ。
「うん、そっか……」
マリーが気楽そうにしているのを見てこっちも気が緩んだ。
自分の表情が緩むのを感じた。
「ほんと、アリスは慎重だね。私、そんなこといろいろ考えないけどなー」
と、マリーがグラスを揺すりながら言った。
「たしかにそうだよね……。ノリでいきなりディープキスしてきたりするし」
「だってアリスがかわいすぎるんだもん」
その言葉に背筋がゾクゾクッとした。
変な快感物質が脳内にばっと振りまかれて、夢心地の気分になってくる。
いつもながら、この身体の感受性はおかしい。
そんな、かわいいなんて……
うれしいけど、こんなところでいきなりそんなことを言わないでほしい……
少し身体をもじもじさせてからマリーを顔を見ると、マリーがにへら~という笑いを浮かべていた。
「ほんとかわいいなぁ」
「も、もうやめてよ!」
「かわいいよ」
「やめっ! やめてってば!」
顔が赤くなるのを盛大に感じながらうつむく。
「あはー、楽しい。きっと、女の子を引っかけて遊んでいる男ってこういう楽しさなんだろうね」
マリーが軽い感じで笑った。
「な、なんだよそれ……。調子に乗っちゃって……。この前、あんな姿でいきなり誘惑してきたくせに」
と口をとがらせて言うと、視線の隅に入っていた年配の男が新聞から顔を上げてすごい眼力で俺を見てきた。
うわ、やば!
周りの人に聞こえてた!
「だって、アリス、全然私のこと構ってくれなかったじゃない?」
マリーはそれに気が付かず会話を続ける。
「そ、そうかな? 普通にしてたつもりだけど……。え、えっと……」
「完全に私のこと背景扱いしてたよね」
と、マリーが目を細める。
「う、うー……そこはごめんね……」
こういうときは謝るべきと言う本能に従うと、マリーが軽く頷いた。
特にそこは責めるつもりはなく、納得してくれたようだ。
ここでパンとスープがやってきたので、会話を中断してパンとスープを受け取る。
ちなみに、注文したのはマリーなので何を頼んだかは分からない。
それにしても、パンとスープだけかぁ……どうせならまとめて持ってきてくれればいいのに。
とりあえず、メインの料理が来るまでお腹いっぱいにならないように加減しつつ食べよう。
パンを小さくちぎってスープに浸して口に放り込む。
「うーん……雰囲気はいいけど味はちょっといまいちかも……」
と、マリーが小声で言った。
たしかに。酷いわけじゃないけど、よくもない。
「それにしても、アリスが私を誘うなんて珍しいわよね」
「マリーと一緒に居たくて……」
と素直に言うと、マリーがとても奇妙な物を見たような顔をした。
「あ……そう……? ふーん……なんか、ほんと、どうしちゃったの?」
マリーが不思議そうに言う。
その態度からマリーが自分のことをそんなに思ってくれていないのが伝わってきて、心が重い鉛のように水底へ沈み始めた。
なんだか、ものすごく嫌な気分になってきた。
「や、やっぱり、重かったかな……ほどほどにするね……」
無理矢理笑顔を浮かべながら言うと、マリーがまたしても変な顔をした。
「あの……アリス? そんなに不安なら、やっぱり恋人に戻る?」
「あ……」
その申し出はすごく魅力的だった。
マリーが他の女のところに行かないか心配しなくていいし、この不安からもきっと逃れられる。
でも、それじゃ元の木阿弥だ。
この世界とこの状況ではうまくいくはずがない女同士の恋愛とかは止めた方がいいに決まってる。
「そ、それは……やめとく……」
自分でも分かるほどか細い声が出た。
ダメだ、なんでこんなに気が滅入っているんだ。
と、そこで数人の男性客とおばちゃん二人組がこちらをガン見しているのが目に入った。
む!? やば!?
そんなに聞こえてるの!?
声を抑えているから大丈夫だと思ったのに!
しかも、あのおばちゃんたち、わーわー言ってるけど明らかにこっちの噂話してる!
「あ、マ、マリー、この店出ない!? でも、まだメインの料理来てないんだっけ!?」
メインの料理が来たら速攻で胃に流し込んで出よう!
「ん? 私はスープとパンしか頼んでないけど」
マリーが当たり前のように言った。
え!?
そりゃメイドの給料から考えると質素倹約が当たり前だけど、奢るって言ってるんだし高い物頼んでくれてよかったのに。
「じゃ、じゃあ、早く出よう!」
スープだけ流し込んで、パンは残す。
はっきり言って非常に残念な味のパンなので、残すことに躊躇はない。
あんまり俺が焦るので、マリーもちらっと視線を走らせて状況を理解したらしく、マリーも慌ただしく準備を整えて、二人で店を飛び出た。




