表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/216

マリーの決意

 その晩、マリーの部屋に出頭すると、マリーは完全に俺を待ち構えていた。


「私もちょっと頭冷えてきたけど……あれはどういうこと?」


 マリーも大分落ち着いてきているみたいで、ちょっと安心した。

 ベッドに座っているマリーの横に座る。

 すると、マリーが腕を回して肩を掴んできた。


 あれ、なんかマリーが独占欲が出てきてる。


「単純に言い寄る男を追い払う訓練をしてただけだって。れに付き合っていたら酔っ払ってたアルフォンスが悪乗りしちゃったんだよ」


「本当? 最初から訓練を口実にアリスを襲うつもりだったんじゃないの?」


 マリーがいろいろ警戒している目で言った。

 相当心配しているらしい。


「そ、そんな感じじゃなかったけどなぁ……。というか、アルフォンスが気の毒なんだけど、大丈夫だった? すごく落ち込んでたけど」


 アルフォンスが俺にも見放されたと思って落ち込んでいた顔が脳裏に残っている。

 同じ男として同情してしまう。


「ご飯は食べてたから大丈夫よ。明日になったら酔いも抜けてるだろうから、釘刺しに行こう。私も一緒に行くから」


 と、マリーは俺の腕を掴んでぎゅっと握った。

 マリーはアルフォンスがどうとかより、とにかく俺が心配らしい。

 もちろんうれしいけど、アルフォンスもちょっと心配してあげて欲しい。

 アルフォンスのマリーにコテンパンにされるのは結構つらいと思う。


「べ、別に大丈夫だって……」


「大丈夫じゃないでしょ。どこが大丈夫なの?」


 マリーが俺の目を見た。

 真面目な顔をして言っている。


「あのね、アリスは元々男の子だったかもしれないけど、今は女の子なんだよ、わかってるの?」


 マリーが俺の目を見たまま言う。


「い、いや、中身は男だから」


 いつものように言うと、俺の肩を掴んでいるマリーの手に力がこもった。


「中身は男でも、身体は女の子なの! それに、男だって言うけど、振る舞いだって普通に女の子でしょ?」


「そ、そうだけど……」


 マリーの迫力にタジタジになる。


「だから、気楽に男の人と二人きりになっちゃだめ。アリスはかわいいし優しいから、男からしたらいいカモなんだからね」


 言いたいことは分かる。

 でも、やっぱり自分は男なので、毎日女の子だけと交流していると息が詰まってしまう。

 やっぱり同性と普通に接したい。


「ア、アルフォンスは一応俺とマリーの雇い主なんだから、もうちょっと信用してあげようよ」


「あんなことをされておいて?」


 マリーが眉をひそめる。

 何も言えない。


「その……男と二人きりはダメって言うけど、女の子はいいわけ? レベッカとかクロエとか」


 そう聞くと、マリーは微妙な顔をした。


「もちろん私としてはよくはないけど……でも、女同士じゃどう間違っても限度があるでしょ。男の人相手だと間違ったときは赤ちゃんできちゃうのよ?」


「赤ちゃん……」


 言われて衝撃を受けた。

 そういえば、女だから妊娠も出来るんだ。

 全くもって1ミリも考えていなかった。


 するとマリーが顔をゆがめた。


「え? もしかして考えてなかったの?」


「う、うん。変な相手に襲われたら嫌だなーとかは思ってたけど、こ、子供までは考えてなかった……」


「もう……本当にお子様なんだから」


 マリーがため息を吐きながら、俺の額をつついた。


「分かった? だから、女の子は自分の身体を大事にしないとダメなの。男の人相手には気をつけるの」


 マリーが俺の手を握って言った。

 なんか子供扱いされているみたいで微妙な気分だが、反論できない。


「わ、分かった……。でも、マリーはアルフォンスと俺を応援してるのかと思ったけど……違ったんだ」


 聞きにくいことを聞いてみると、マリーは嫌な顔をした。


「前から仲がいいのはわかってるし、どうせアリスが男と結婚するならご主人様がいいかなと思っていたのは本当。でも、本気で嫌がっているアリスをご主人様が襲ってるところを見て、許せると思う?」


「うん、そうだね……」


 それはそうだ。

 俺だってマリーが無理矢理襲われているところを見たら、その相手のことをものすごく嫌いになるだろう。


「だから、もしアリスがご主人様と結婚することになったら応援するけど、あんななし崩しはダメだから。私が許さない」


 マリーが怒ったように言う。


「結婚……」


 そういえば、婚約の話をマリーに言ってなかった。

 なんか怒られそうな気がして言っていなかったのだ。


「なにか言いたいことがあるのね?」


 マリーが俺の顔を見て一発で当てた。


「う、うん。そ、その……アルフォンスと婚約した……」


「はっ!? 何言ってるの!?」


 マリーが大声を出した。


「い、いや、違うって! この前アルフォンスが奴隷だ何だと言っていたときあっただろ?」


「うん。それが?」


 マリーが苦い顔で話を促す。


「あのときに話し合って奴隷契約の書類は破棄してもらったんだけど、その代わりに婚約しろって……」


「それを受けたの!? なんて酷い……」


 マリーがアルフォンスに対する怒りですごい顔になる。

 う、どんどんアルフォンスへの印象が悪くなっていく。


「い、いや、違うって! 変な男が言い寄ってきたときに追い払うために名目上でも婚約者が居た方がいいだろうという話になったんだよ」


「アリスはそのつもりかもしれないけど、ご主人様は本気でしょ? なんでそれがわからないの?」


 マリーが真剣な顔で俺を怒る。


「そ、その……アルフォンスが盛り上がってるのは分かってるよ。でも、そ、そのうちなんとかなるかと……」


「なんで?」


 マリーがぶち切れた顔で俺を見る。


「俺もつい甘えちゃうからアルフォンスはその気になってるけど、冷静に考えれば『男と結婚するとか無い』って気がつくはずなんだよ。だから、そのうちアルフォンスが我に返って結婚とかそういう話はなくなると思うんだけど……」


 そう言うと、マリーはすごい目で俺を見た。


「それ、本気で思ってるの?」


「う、うん。だってそうだろ? 今は俺のことがかわいく見えていても、絶対どこかでボロが出るし、嫌な点とかでてくるに決まってるんだよ。そうしたら、『そういえばこいつ男だったな』と思い出して、一気に冷めると思うんだ。正直、好意を持ってくれている相手が幻滅するのはつらいけど、絶対にそうなると思う」


「自分がすごくかわいいの分かってる?」


 マリーが俺の目を見て聞いてくる。

 息がかかる至近距離だ。


「う、うん、うぬぼれみたいだけど、分かってる」


「で、ご主人様がアリスに幻滅するのはいつのこと?」


「え? それはどれくらいかな……数ヶ月か、数年か……」


 その言葉に、マリーの頬がぴくっと動いた。


「あのさ……それまで襲われずに済むと思ってるわけ? 何を考えてるの!? 今日だって襲われるところだったのよ?」


 たしかにそう言われると、マリーの言うとおりだ。


「あ、そうだね……」


「そうだね、じゃないわよ! ……で、アリスはどうしたいの?」


「お、俺? 俺は……まぁ元々男な訳で、戻れるか分からないけど元の世界に戻る気でいるんだよ。だから、女になりきる気は無い」


 マリーがなんとも言えない目で俺を見た。


「よく言うわよ……。誰よりも女の子でしょ」


「つ、ついそう振る舞っちゃうけどさ。でも、女になりきる気は無いんだよ。そういう風に振る舞ってるだけ。だから、男と最後の一線を越える気は無いよ」


「アリス、あなたの見た目と性格じゃ、男の人が居るところでそれは無理」


 マリーがゆっくりと首を振った。


「女の私だって襲いたくなるのに、どうして男の人が襲わずにすむと思うの?」


 それはマリーがそういう性格なだけでは。

 すべての女が俺に襲いかかってくるわけじゃないはずだ。


「う、うー……たしかに自分の振る舞いは自覚したよ。さっきも鏡を見て、自分の表情が思ったよりも相手を誘惑することがわかったし」


「でしょ? だから、男の人と二人きりになったらダメ。わかった?」


「い、いや、でも、別にアルフォンスが嫌いなわけじゃないし……」


「襲われたくないんでしょ!?」


 マリーが完全に切れている。


「そ、それはそうなんだけど……別に普通に仲良くはしたいし……ネックレスまで買ってもらっちゃったし」


「……なにそれ?」


 マリーの声が低くなる。


「えーと……男を追い払うときに婚約者がいるということを示すために、アルフォンスに買ってもらった物を身につけていた方がいいだろうって……」


「そんなのただの口実で、アリスを縛りたいだけじゃん」


「わ、分かってるよ。だから、婚約指輪とか言われたんだけど抵抗してネックレスにしたんだよ」


「例えそうだとしても買ってもらっちゃったんでしょ? どうしてそういうことをするの?」


「な、なんか、断り切れなくて……」


 マリーは俺から手を離すと、あきれたように天井を見た。


「あのさぁ……そういう態度がご主人様を調子づけてるのわかってる?」


「わ、分かってるけどさ。でも、相手の気を損ねたくないから……」


「はぁ……」


 マリーが深いため息を吐いた。

 それから、気を取り直したように、また俺の手を掴んだ。

 マリーも俺に触るのが好きだよね……


「アリス、ちゃんと決めて」


 マリーが俺の目を見ていった。


「な、なにを?」


「覚悟を決めてご主人様と結婚するか、それとも縁を切るか」


 息が止まった。

 どちらも俺には選べない。


 結婚はあり得ない。

 それこそ、アルフォンスは歯止めが無くなって、最後まで事が及ぶに違いないし、下手したら子供まで出来る。


 縁を切る、というのも難しい。

 これまでにいろいろ世話になっているし、仲もいいし、それを絶交するなんて現実的じゃない。


「そ、そんな……」


「選べないの?」


 マリーが怖い目で俺を見た。


「む、無理無理」


「じゃあ、とにかくご主人様と距離を取るしかないね。毎日会えるような環境じゃダメ」


「ん?」


「アリス、このお屋敷を辞めなさい」


「え……?」


 頭に染み渡るまでに時間がかかった。


 この世界に来てからずっとここで働いているわけで、それを辞めるという発想がなかった。

 それに、そうしたら住み慣れたこの環境やみんなと離れないといけない。


「そ、それは極端でしょ」


「なにが? 別にメイドの仕事を辞めるくらいたいしたことないでしょ。ゲストに呼ばれればお金だって稼げるし、他にもいろいろお金になることがあるんでしょ?」


 マリーが目を細くして、横目で俺を見た。


「お、お金の面はそうだけどさぁ……。でも、みんなと別れるのはどうかと……」


 そういうと、マリーは短く息を吐き出して、俺の目を見た。


「私がアリスと一緒に出て行ってあげる。それでどう?」


「う……」


 なんかすごい覚悟を決めてきている。


「そ、それなら少しマシだけど、でもアルフォンスがさみしがると思うし……」


「そんなにご主人様のことが好きなの?」


「ま、まぁ、女モードの自分はあれだから、優しくしてくれるアルフォンスが好きになってるのは間違いないよ。男としても、まぁ……いろいろ親切にしてもらってるし、そこそこ信頼してるんだ。アルフォンスに嫌な思いをさせるのはよくないと思ってるんだけど」


「あのねぇ……」


 マリーが怒鳴り声を出す寸前の様子でうめいた。


「そこまで思ってるなら、覚悟を決めて結婚すればいいでしょ? それが嫌だって言うなら、距離を取ってお互いに冷めるのを待つしか無いでしょ。なにか間違ってる?」


「い、いや……多分正しいけど……」


 たしかに現状がまずいのは分かっている。

 おそらく今日みたいに襲われそうになることが起こるのは間違いない。

 あるいは、この前みたいに女モードで暴走した俺が襲ってしまうかもしれない。


 かといって、縁を切るって言うのは……。

 アルフォンスに気の毒な思いはさせたくない。

 っていうか、俺もつらいし……じゃなくて、俺は全然平気平気。


「う、うーん……距離を取れば冷静になるかな?」


「少なくとも毎日会ってるのはダメ。アリスって誘惑するのがうますぎるから、アリスと毎日一緒に居たら冷静になれるわけがないから。男は野獣だって分かってる?」


 俺も少し前までその野獣だったんですが。

 たしかに、元男としてこの見た目となにより表情の破壊力のすごさは分かる。

 この姿でアルフォンスのまわりをうろうろするのは良くないかもしれない。


「わ、わかった……。距離を取ることには賛成する。でも、いきなり辞めるって言うのは……」


「なら、長期休暇でいいじゃない。ダニエル様とギュスターヴ様がアリスのアイディアでなにかを作っているんでしょ? そっちに協力するって事で長期休暇を取ればいいじゃない」


「あぁ……まぁ……それはそうかも。前からもっとあっちの企画に協力した方がいいとは思ってたんだ。でも、一人で行くと二人がまたセクハラしてきそうで」


「私が一緒に行くから大丈夫」


「いや、あいつらに対抗するのに、マリーみたいな美人を連れて行ったらカモがネギをしょっていくような物だよ。あっちに行くなら女の子じゃなくて男の方がいいと思う」


 そういうと、マリーが変な顔をして俺を見た。


「男の人って、誰のことを考えてるの?」


「お、俺も知り合いが少ないからなんとも言えないけど……気安い相手ならジャンかな」


 そう言うと、マリーが『救いようがない』とでもいいたげな目で俺を見た。


「アリス……それって三人の男全員から襲われるわよ」


「い、いやいやいや! そんなわけないだろ!」


「あるから。連れて行くのがガストンみたいな堅くて年かさの人だったら大丈夫だと思うけど、あんな子供を連れて行っても頼りになるわけないでしょ。襲う方に回るわよ」


 マリーとジャンは同じくらいの年齢のはずだが、マリーから見ると子供に見えるようだ。

 まぁ、その感覚はちょっと分かる。


「い、いや、ジャンはそういうやつじゃないけど……で、でもまぁ、なんかあいつもこの見た目は好きみたいだし、あ、危ないかな……?」


「危ないに決まってるでしょ。男だったなら分かるでしょ?」


 マリーが完全にあきれた顔で俺を見る。


 そう言われても、男として育ってきたからこそ、美少女の感覚なんて分からない。

 男に襲われるという感覚をいまいち現実感を持って感じられない。


「うーん……じゃあ、マリーと長期休暇を取るかな。でも、マリーは大丈夫? あいつら外面はまだマシだけど、ダニエルの家だと本当に危ないよ」


「まさか、ダニエル様の家に住むわけないでしょ」


「あ、そうなんだ……」


 俺はてっきり、マリーと一緒にダニエルの家に住むのかと思った。


「近くに家を借りて、そこに住むの。昼間だけ私と一緒に顔を出すのよ。男の家に泊まるなんて馬鹿なことをするから危ない目に遭うのよ」


 いや、俺だって一応向こうのメイドさんの家に泊まったから、男の家には泊ってないけど……

 ただ、マリーの言いたいことは分かる。

 俺が無防備だってことだ。


「そ、そっか……」


「とりあえず家を探さないとね。あと、私とアリスが居なくなるから、補充のメイドも探さないといけないかな。知り合いに声をかけてみるか……」


 マリーがブツブツと呟く。

 話がどんどん進んでいく。

 まぁ、たしかにアルフォンスと距離を取るのも大切かもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ