いつもと違う商店街
いつもの商店街に行くかと思いきや、いつもより三つ先の駅まで馬車に乗っていった。
馬車を降りると、小綺麗な商店街の前だった。
いつもの商店街はもう少し雑然とした雰囲気だったが、ここはクロエと行った商店街のような高級さがある。
道にゴミも落ちていないし、店や看板も綺麗で洗練されている。
「ここは……初めてだけど、どういうところ?」
「僕もこんなところ入りにくいんですけど、友達に店を教えてもらったんです」
とジャンが少し元気が無く答えた。
なんか先ほどから元気がない。
「なんか……大丈夫か? 調子悪いなら無理しなくていいけど」
「え? な、なんですか? 別に大丈夫ですよ」
ジャンが強がる。
「無理しなくていいからな。大丈夫ならいいけど……。それにしても友達に教えてもらった店って、また高級な飲食店? 正直な話、フィリップの料理がおいしいから、相当おいしいところに案内してもらわないと満足できないと思う。無理しないで普通の安いところでいいってば」
「飲食店じゃ無くて……アリスさんが喜びそうな店です」
ジャンが微妙に躊躇している様子で言った。
「俺が喜びそうな店?」
首をかしげる。
全然ピンとこない。
「とりあえずお昼にしましょう」
ジャンと一緒に入ったのは、前回入ったような普通の大衆料理屋だった。
オシャレな商店街の表通りには無くて、ちょっとした裏通りにあった。
前回のように肉があるメニューを頼んだが、前回よりもかなり匂いがきつかった。
『なるほど安い肉ってこういうことか』と思いながらもおかず類だけは無事完食した。
そして、ジャンと共に向かったのはやはり裏通りだった。
「え、こっち? あのオシャレな表通りじゃ無くて?」
俺はちょっと不満そうに言った。
男の時だったらオシャレな店とか全然興味なかったが、やっぱり女の身体になってから感覚はかなり変わった。
せっかくこんな素敵な所に来たんだから、ちょっとぐらい見てみたい。
「そっちは後で見ましょうよ。アリスさんが疲れないうちに本命の店に行かないと」
ジャンが手書きの地図のようなモノを見ながら歩いて行く。
ジャンも行くのは初めてのようだ。
「どういう店なの?」
「行けば分かります」
どうしてもジャンはお店を教えてくれない。
そこはちょっと気になるが、ジャンがちょっと元気になってきているようで良かった。
さっきはかなり意気消沈していたからなー。
オシャレな感じの商店街なので、いつも行く商店街のように庶民でごった返していることはないが、それでも結構な人通りがある。
しかし、裏通りに来ると人通りはかなり減り、逆から来る人とぶつかりそうになりながら抜けるような所もある。
自動車とかを使わないから、人がギリギリ通れるような狭い道がたくさんあるようだ。
そして、人通りが少ないから、通り過ぎる人が絶対にこちらを見ていく。
ちょっとお金持ちそうな格好をしている女の子も俺を見て目を丸くするし、男は露骨にジロジロみてくる。
やっぱりこの見た目は相当に目立つ。
この世界でも珍しい銀髪だからまず目につくし、その後顔を見られたら自分でも自慢したくなるような美少女だ。
そりゃ見るよなぁ……
「あー……」
「どうしました、顔赤いですよ?」
ジャンが不思議そうにする。
「な、なんか、みんな俺の顔見てくから恥ずかしくて……」
「この前、堂々と男の格好したり、堂々とエロ本を山積みにしてたじゃないですか」
ジャンがあきれたように言う。
「そ、それはそうだけど! ふと恥ずかしくなったりするときがあんの! わかんだろ!」
と、抑え気味の声でジャンを叱ると、またしても通行人がこちらをみた。
年配の夫婦のようだが、奥さんの方が「あらかわいい娘ね」と言っているのが聞こえた。
うっ、見られてるー。
「…………」
黙り込んで歩く。
ジャンが怪訝な顔をしながらも黙って歩く。
すると、前の方から若い男の集団がやってきた。
服装からして金持ちの子供だろうが、二十代ぐらいの男たちが7・8人で固まって歩いてくる。
狭い通りなので威圧感がある。
「うわっ……」
思わずつぶやくと、ジャンも緊張した顔をした。
「アリスさん、脇に寄りましょう」
すでに結構道の脇を歩いているが、壁にぶつかりそうになるくらいに脇により、男たちとぶつからないようにする。
しかし、男たちは広がって歩いてくるし、声もでかい。
もしかしたら酔っ払っているのかもしれない。
いやだなー。
早く通り過ぎろ。
壁に囲まれた狭い通りで男たちとぶつかる。
最初の数人は面倒くさそうな顔をしながらもジャンを避け、俺の顔を見て口笛を吹いた。
こういうのは別にうれしくない。
憮然とした顔で見送っていると、後ろにいた男がジャンにぶつかり、その厳つい顔でジャンをにらみつけた。
「す、すみません!」
フォローに入ろうと思って、ジャンの腕を掴んで引っ張ると、その男は俺を見た。
「なんだよ、若造のくせにいい女を連れているじゃねぇか……ん……?」
男は立ち止まって、俺の全身をジロジロとなめ回すように見た。
うっ、気色悪い。
「おい、よしとけ」
仲間のもじゃもじゃ頭が肩を叩いたが、その男は面倒くさそうにその手を振り払った。
どうも酔ってるようだ。
「おい……お前……やけに美人……酒に酔ってるせいか? いんや、こりゃ本当の美人だな……」
男はずっと俺のことをジロジロ見続ける。
「ぼ、僕たち、これから用事があるので……」
ジャンが勇気を出して俺の腕を握ってこの場から抜け出そうとすると、その男はジャンの肩を突いた。
「うるせぇっ」
「わっ」
ジャンが情けない声を出したが、すぐに覚悟を決めた顔になった。
あ、これやばい。
喧嘩になりそう。
「ま、まぁまぁ、ぶつかってすみませんでした。通してもらっていいですか?」
丁寧な口調で、ニコッと笑って見せる。
男は美人に弱い。
大抵の男はこうやって頼めば、断れない。
「ん、お、おう……」
その酔った男も頷いた。
よし。
ところが抜けようとしたところで、その男が俺の肩を掴んだ。
「ひゃあっ!!」
突然だったので、悲鳴が出た。
身体に電気が走ったような感覚になった。
な、なんだよ。
びっくりするだろ!?
ってか、怖!
「な、なんですか?」
負けじと声を上げると、男は肩を掴んだまま下品な笑いを浮かべた。
「へへへ、いいな……どうだ、一晩。金ならいくらでも払うぜ」
「は……?」
呆然としていると、ジャンが拳を振るわせ始めた。
うわ、まじで危ない。
それを察したのか、仲間の男が割って入った。
「おいおい、いい加減にしろ! 本当に酒癖悪いなお前は! 俺たちはお前のおもりじゃ無いんだぞ」
そして仲間たちが引きずるようにして酔った男を引っ張っていった。
俺たちに対して謝るそぶりもなかったのが腹が立った。
憮然としか表情で男たちを見送ると、ジャンが悔しそうな顔をした。
「すいません。助けられなくて……」
「いや、気にするなよ。むしろ喧嘩にならなくて良かった」
その後、二人で歩いたが、すでにかなり気分は盛り下がっていた。
「友達に勧められた店に案内しようと思いましたが、もう止めましょうか? そんな雰囲気じゃないですし」
ジャンが落ち込んだように言った。
「い、いや、いいって。ここまで来たんだから行こうよ。折角友達に薦めてもらったんだろう?」
「そうですか……わかりました」
ジャンが少し明るい顔になった。
よし、ジャンをちょっとは勇気づけないとな。
まったく男というのは意外と世話が焼ける。
……ん?
あ、俺も男だった。
いけないいけない。
「次にこんなことがあったら、ちゃんとアリスさんを守りますから」
ジャンが真面目な面持ちで言った。
その言葉と態度に、胸がキュンキュン言った。
って、なんだこれ!?
守ってあげる発言って、結構来るんだけど……。
「そ、そう……」
恥ずかしくなって声が小さくなる。
ジャンって、本当にいいやつだ。
ここで褒めると変な雰囲気になりそうだから、あえて黙っておく。
でも、俺の中ではジャンの評価が爆上がりする。
「だ、大丈夫だって……心配するなよ」
「いえ、アリスさんかわいいのにちょっと無防備だから危ないです」
か、かわいい言うな。
「む、無防備って……みんな言うけど、そんなに無防備かな? 普通のつもりなんだけど……」
なんだか、どんどん恥ずかしくなってうつむいてしまう。
「普通だからダメなんですよ。もっと警戒感を持ってください。僕から見ても不安になります」
ジャンが真面目な顔で言う。
「け、警戒感って言われても……」
「だって、初対面の僕たちにキ、キスしたし……ああいうのはどうかと思います」
ぐはっ
あれは黒歴史だ。
「あ、あれは……ちょ、ちょっといかれててな。ちょっと正気じゃ無かったんだ。あ、あれは、無し! 無しだから」
「それだけじゃないです。今だって……」
と、前を向いて歩いていたジャンが俺を見た。
思わずドキッとする。
「な、なに?」
「なんか……すごく無防備なんですけど」
「な、なにが!? ふ、普通だろ?」
居心地が悪くて、視線をそらして拳を握りしめる。
顔も赤くなっているのを感じる。
「全然普通じゃないですよ……」
俺の様子を見てジャンがつぶやく。
「う、うるさいっ!」
顔を見ずに言うと、ジャンがさらにジロジロ自分を見ているのを感じた。
な、なんだよ……。
「それに、アリスさんぐらいの年頃でかわいかったら男に対して相当警戒してるのが普通ですよ」
と、ジャンが眉をひそめる。
自分の周りでは、マリーやレベッカしか知らないが、その感じはよく分かる。
日本でも年頃の男女には一定の距離があるが、この世界の常識ではそれ以上に距離があるようだ。
恋人同士が一緒に行動することはあるみたいだが、集団で男女で遊んでいる風景はまず見ない。
男は男同士で固まるし、女は女同士で固まっている。
そんな環境だから、心理的にも距離感がかなりある。
自分としてはもうちょっと普通に交流してもいいと思うが、文化的な物なのでそうもいかないようだ。
「俺からすれば、この世界の男女の距離感がありすぎなんだよ……」
「そうですか?」
ジャンがチラチラ俺を見てくる。
「っていうか、そ、そもそも俺は男だから。男と普通に接するのは当たり前だろ?」
「だとしても、なんか無防備過ぎますよ」
「う、うっさいなぁ」
乱暴に吐き捨てる。
とにかくさっきから恥ずかしくて仕方が無い。
「とにかく、次からは僕がちゃんと守りますから」
ジャンがちょっと照れくさそうに言った。
こういうのは反則だ。
心の奥底にぐっと来すぎる。
「うん、ま、まぁ……頼むよ……」
適当に返して、そのまま黙り込んだ。
しばらくの間、二人で無言で歩き続けた。




