女モードで大暴走
目の前が真っ白になったと思ったら、気がついたときには私はマリーに抱きかかえられていた。
「あ、あれ……?」
「ど、どうしたの?」
マリーが目を丸くして私を見下ろしていた。
「な、なんで私……」
「いきなり力が抜けて倒れこんできた。……大丈夫?」
「う、うん」
体にうまく力が入らないが、なんとか体を起こした。
「本当に大丈夫? えっと……女モードになった?」
マリーが不安そうな顔で私を見た。
「女モード……え、ん?」
なにか聞き覚えがある言葉だけれども、よく意味が分からない。
女モードって、私は女だから……やっぱり意味が分からない。
「なってるみたいね。……体おかしくない?」
「分からないけど……なんか体の芯が熱い……」
率直に言うと、マリーが頬を引きつらせた。
「ア、アリス、そういうことはあんまり堂々と言う物じゃ無いから……」
「だ、だって熱いし……なんでだろう……」
マリーがやってられないとばかりに額に手を当てた。
「なんで本当に発情してるのよ……あなた、男でしょ?」
「え、お、男!? 女に決まってるじゃん!」
訳の分からないことを言うマリーに文句を言うと、マリーは顔をそらした。
「もう……私、こっちのモードのアリスはちょっと苦手かも……。ね、ねぇ、私があなたの恋人だってことは覚えているわよね?」
「え? うん……」
頷いてから奇妙な気分になってくる。
なんで女同士で恋人関係になってるんだっけ?
あれ? あれ?
「なにその顔?」
マリーが眉をひそめる。
「えっとぉ……おかしいかな……って」
「もう……どうすればいいのよ、これ……」
マリーが心底困った顔をしている。
「早く戻ってよ……。えーと……すっきりすればいいのよね? アリス、今何をしたい?」
それを聞かれて、アルフォンスの顔がぶわっと浮かんできた。
「ア、アルフォンス! アルフォンスに会いたい! ご主人様!」
立ち上がろうとすると、マリーに腕を掴まれた。
「ちょ、ちょっと! いきなり何をしようとしてるの!?」
「なにって、ご主人様に会って……えっと……」
何をしたいか?
そう言われても具体的なイメージは無い。
とにかくアルフォンスに会って、抱きつきたい。
それからどうなるかはなんでもいい。
「も、もう……本当に暴走してるなぁ……。分かった分かった。ご主人様に会わないとすっきりしないのね?」
「う、うん」
「本当は嫌だけど、仕方ないか……」
マリーが気乗りしない顔で立ち上がって、私の腕を掴んだ。
「え?」
「勝手に動いちゃダメだからね。何するのか本当にわからないんだから」
「へ、変なことしないから……」
「絶対するからダメ」
マリーに手を引かれて廊下に出る。
寝間着姿で歩いていたレベッカとコレットとすれ違った。
「ん、マリー、なにしてるの?」
レベッカがマリーに声をかけた。
「今アリスが『女モード』って言う……変な状態になっていて暴走してるの。ちょっとご主人様のところに連れて行くところ」
「またおかしくなってるんだ……。大丈夫?」
レベッカが心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫です。ただ私はご主人様に抱きつきたいだけなのに、マリーが騒ぐんです」
私がそう言うと、レベッカが顔をしかめた。
「ほんとだ」
「でしょ?」
マリーが脱力した声で言った。
「アリス、今おかしいんですか?」
コレットが興味津々な顔で私を見る。
「マリー、おかしくなったアリスで遊ぶつもりですか? ずるいです! 私は最近全然キスもしてもらってないんですよ!」
「ちょっとコレット……冗談じゃ無いのよ。とにかく、私はアリスを書斎に連れてくからアリスをいじらないでね」
マリーが私の腕を引く。
「邪魔じゃなかったら私もついていっていい? アリスが心配だから」
レベッカが言う。
「私も付いていきます!」
コレットもテンション高く言った。
「いいけど、変なことしないでね。今のアリスに変な刺激与えたくないから」
「わかってるわよ」
レベッカが頷いた。
そのままマリーに手を引かれて、私とマリー・レベッカ・コレットの4人で書斎に入った。
ソファに寝転がっていたご主人様は体を起こして、驚いた顔をした。
「ん……4人揃ってどうした?」
「アリスが女モードで暴走していて……」
と、マリーが話を切り出す。
私は怒って、マリーの手を振り払った。
「私は暴走なんかしてません! 放っておいてください」
そのままソファの前に駆け寄る。
ソファから身を起こしたご主人様が、ぽかんとした顔で私を見ている。
「ん……ど、どうしたアリス?」
「あ、あの……」
思いがあふれてきて、何を言っていいか分からない。
今すぐにでも抱きつきたいが、そんなことをして変な女だと思われたらとても嫌だ。
「お、おい」
ご主人様がマリーの方に顔を向ける。
「その……暴走しているみたいなので、すっきりするまでいじってあげてください」
マリーが嫌そうに言った。
「い、いいのか?」
ご主人様がうれしいような困ったような顔をする。
「よくありませんけど、しかたないので……」
と、マリーが苦しげに言う。
ご主人様は私に視線を向けて、曖昧な表情をした。
「またおかしくなったのか……。で、何をすればいいんだ?」
「な、なんでもしてくれるんですか?」
私はご主人様の顔を食い入るように見つめた。
「してやってもいいが、お、おい、マリーたちが居ることを考えろよ?」
「だ、抱きついていいですか!?」
「ん……」
ご主人様がマリーに視線を向けると、マリーはぎこちなく頷いた。
「いいらしいな……」
ご主人様がそうつぶやいた瞬間に、私はご主人様に抱きついた。
「うおっ」
ご主人様が驚いた声を上げる。
「ご主人様! 私のご主人様! アルフォンス!」
ご主人様の体温を感じて、息を吸う。
あぁ、男臭くてクラクラする。
この匂い好き……
「えへへ……私の全部上げます……」
抱きつきながら、自然と笑ってしまう。
この人に私の全部を上げてしまいたい。
「お、おい! おい!」
ご主人様が焦ってマリーを見る。
「お、おい、どうしたこれ!?」
「だから……暴走してるんです。私がドM体質なアリスにいたずらしたのも悪かったみたいですけど、ご主人様が弱っているアリスの頭を撫でたりするから……」
マリーが不機嫌そうな声を出す。
「お、おい! 勘弁してくれ! 俺はアリスが落ち込んでいたから慰めただけだ! それが悪いのか!?」
「悪くないですけど……」
マリーがまたしても不機嫌そうに言った。
「お、おい、アリス。今、マリーもレベッカもコレットもいるんだぞ。正気に戻れ!」
ご主人様が私の肩を掴む。
あれ?
私のことを引き剥がそうとしてる?
「え……私のこと、嫌いですか……?」
ご主人様が困った顔をして、私の肩から手を離す。
「お、おい……」
ご主人様がしばらく固まってから、ため息を吐き出した。
「はぁ……今日は明細書を書きっぱなしで疲れてるんだ……いい加減にしてくれ……」
そして、脱力してソファに沈み込む。
抱きついている私も一緒にソファに倒れ込む。
あれ、なんか全然私のことを見てくれていない。
「私……そんな魅力無いですか……たしかに胸は無いですけど……」
そうつぶやくとご主人様は慌てたように、私の頭をひと撫でした。
あ……この感覚好き。
思わず笑みを浮かべてしまう。
「み、魅力が無いとかそういうのではなくてだな……。お……俺にどうしろと!?」
ご主人様がまたマリーに声をかける。
む、なんで私のことを無視してマリーに聞くんだろう。
「とにかく、すっきりさせて上げてください。その……変なことはしないでくださいね。私の恋人なので」
マリーが気まずそうに言う。
「変なことをするなって……アリス振り切れてるぞ。おい……」
ご主人様が泣きそうな顔になる。
さきほどからマリーが邪魔をしてくる。
見てるだけなら許せるけど、私とご主人様の間を邪魔するのは許せない。
私は振り返ってマリーをにらみつけた。
「マリー、放っておいてよ……。っていうか、3人とも邪魔だから出ていってよ」
マリーは一瞬無表情になってから、怒気をあらわにした。
「わ、私だってこんなところ見たくないわよ。でも、放っておいたらどうなるかわからないからっ……」
レベッカがマリーの背中を軽く叩いた。
「マリー、気持ちは分かるけど落ち着きなよ」
「う、うん……」
マリーが頷いて息を吸う。
ちなみにコレットはずっと黙って私とアルフォンスを見ている。
「その……お前は何をして欲しいんだ?」
ご主人様がぎこちなく私に聞いてきた。
私はご主人様を見上げた。
「え? あの……ご主人様がやりたいことなら、なんでもいいですけど……」
そう答えると、ご主人様は変な顔をした。
「お前なぁ、そういうことは時と場合をわきまえろ……って言っても無駄か。困ったな……」
ご主人様がまたしてもちらりとマリーを見る。
「マリー、キスは……」
ご主人様が言いかけると、
「駄目です!」
と、マリーが叫ぶように言った。
「そ、そうか……まぁ、そうだろうな……」
ご主人様が困った顔で、マリーと私を交互に見る。
「そうだ……頭を撫でよう。それならいいだろう?」
「それなら……いいです」
マリーが頷く。
「よ、よし、アリス、頭を撫でてやろう」
ご主人様がぎこちなく言った。
みんなに見られているのは少し気になるけど、撫でてもらえるのならなんでもいい。
「はい」
「よし……」
ご主人様が私の頭に乗せた手をゆっくりと動かす。
「ふあぁ……あぁ……あっ……あっ……」
すごく気持ちがいい。
目を瞑って、ご主人様に体を擦り付ける。
「だ、駄目でしょ、それは!」
後ろからマリーの声が響いた。
「お、俺は頭を撫でているだけだぞっ。どうしろってんだ」
「くっ……わ、わかりました」
悔しげなマリーの声が聞こえた。
その後も、ご主人様は私の頭をなで回した。
身体が熱くなって、痙攣して、身体をなすりつけて、匂いを嗅いで、体温を感じて、幸せを噛みしめる。
「ん……んん……」
幸福感に溶けながら、ゆっくりと目を開く。
ご主人様がやさしく私を見ていると思ったら、ご主人様は不安そうな顔でマリーを見ていた。
あれ?
「ご主人様?」
「ん、な、なんだ?」
ご主人様は焦った顔で私を見た。
「私のことを見てください……」
「で、できるか、この状態で」
ご主人様が引きつった笑顔を浮かべる。
「え……?」
私の何かがいけないのだろうか?
「あの……大分気持ちよくしてもらったから……」
「ば、馬鹿、そういうことをいうな。余計に怒らせるだろうっ」
ご主人様がマリーの顔を伺っている。
なんで私のことだけを見てくれないんだろう。
「私も……ご主人様のことを気持ちよくしてあげます」
そう言うと、男は口を開けて天井を見た。
それから、私の肩を掴んだ。
「ひゃっ……優しくしてください」
「おい! お前、他のメイドたちが見ていることを忘れているのか!?」
「え? 別に気になりませんけど」
私の目にはご主人様しか映っていない。
邪魔さえしなければ、誰がいても関係ない。
「ご主人様を気持ちよく……」
シャツのボタンに手をかけようとすると、その腕をご主人様が掴んだ。
「や、やめろ! 頼むから元に戻ってくれ! 俺が殺される!」
「え……私じゃ駄目ですか?」
「違う! おい、この……」
ご主人様は困った顔で迷っていたが、ふと真顔になった。
「いいか……俺はお前のことを大切に思っている」
「え……」
突然の言葉にふわっと体が浮くような幸福感に包まれた。
「だから、こういうことを勢いでやるのを止めよう。そもそも、そんなことをしたら嫌われるだろうしな……」
ご主人様が照れくさそうに言う。
その様子に気持ちがますます燃え上がる。
「わ、私もご主人様のことが大好きです! じゃあ……け、結婚してください!」
「お、おい……」
ご主人様が慌てる。
そういえば、ご主人様は貴族で私はただのメイドだった。
結婚なんて不釣り合いなことだ。
「も、申し訳ありません。あ、愛人で……だ、駄目なら奴隷でもいいですから……」
「ちょっとアリス!」
後ろからマリーの悲鳴が聞こえた。
ご主人様は口をぽかんと開けたまま、私の手を握った。
「あ、あー……き、気持ちはうれしい……い、いや、変な意味じゃ無いぞ? 好意を持ってくれているというのはうれしいが……後ろにお前の恋人がいるだろう? それはいいのか?」
「え? あぁ……」
振り返ると、マリーが怒気に満ちた顔で私を見ていた。
レベッカはぽかんとした顔をしていて、コレットはじっと無表情でこちらを見ている。
「ねぇ、マリー、女同士で恋人っておかしいと思う。私はご主人様が好きだから、それでいいよね?」
「よ、良くないわよ!」
マリーが恨みがこもった目で私を見る。
うわ、やな感じ。
なんで、こんな険悪な関係で恋人なの?
「私、もうマリーとは恋人でも何でも無いから」
「ちょっ……」
マリーの顔から怒りが消え、驚きに変わる。
「マ、マリー……」
レベッカがマリーの肩を叩こうとして叩けない様子で、マリーの肩の上に手を浮かせている。
「もお……もお……」
マリーは肩を震わせてから、黙って書斎を出て行った。
レベッカがその後を追う。
コレットもその後を黙って付いていく。
あれ……なんか険悪なことになってる。
あれ、あれ?
私はどうしたらいいんだろう?
目の前には困った顔のご主人様。
そして、先ほどまでマリーたちが居た場所には誰も居ない。
「お、おい、アリス……いいのか?」
ご主人様が怪訝な顔を私に向ける。
まるで私を批難しているみたいだ。
「わ、分かりません……。だってご主人様が好きで、マリーは私に怒るばかりで……」
気が動転してきた。
私は何をやっているんだろう?
あれ、頭が回らない。
今の状況って何?
「あれはまずかっただろう……っておかしくなっているお前に言っても仕方が無いか」
ご主人様はぱっと私を手放すと、ソファの離れた位置に倒れ込んだ。
「だ、だって、女同士で恋人とかおかしい……」
私は正しいはず。
そう思ってご主人様を見るが、ご主人様は私に笑顔を向けてくれない。
「ご、ご主人様……奴隷でもいいからかわいがってください」
懇願するが、ご主人様は困った顔をするだけだ。
「そういう趣向ならまだしも、真顔で言われちゃ困るんだけどな。まぁ……」
ご主人様がぎこちなく私の頭を撫でた。
私は必死にご主人様にすがりついた。
「ご主人様、見捨てないでください……」
「おいおい……」
ご主人様が頭を撫でて、その手が下にすっとずれた。
後頭部に変な刺激が走る。
「あぅ……」
力が抜け、眠くなり、そのまま意識が遠くに行ってしまったのだった。
○作者コメント
ここまで思い切り振り抜けておいて、後で男モードに戻るという。
主人公にとってはとんでもない地獄です(笑)




