本屋
店を出た後、なんとなく会話が止ってしまってしばらく黙ったまま歩いた。
大通りに出てちょっと賑やかになったところで、自分の方から話しかけた。
「さっきの奴、知り合いだよな?」
「え、ええ。別に嫌なやつじゃ無いんですけど、アリスさんにすごく絡むと思うので今日は出くわしたくなかったですね」
「あぁ……なるほど、そんな感じだったな」
そう言ってから、ふと気がついた。
「全然気がついてなかったけど、端から見れば、俺とジャンってあのリア充カップルと同じに見えてたんだよな?」
そう聞くと、
「まさか……気がついてなかったんですか?」
と、ジャンが微妙な表情で俺を見た。
「だってさ……ジャンと居ると、なんか男友達と遊んでたときのことを思い出すから、なんか男で居る気分になってた」
「そうなんですか……?」
ジャンが不思議そうな顔をする。
よくよく考えてみれば、他人から見ればジャンと俺が恋人に見えてしまうわけだ。
うわ、恥ずかしい!
それはちょっと頂けない。
あくまでデートの練習であって、恋人では無い。
「さっきの、恋人じゃ無いってちゃんと否定した方がよかったか? デートの練習だってぶっちゃければよかったかな」
「い、いや、いいですよ」
ジャンが恥ずかしそうに言う。
「な、なんか、変な雰囲気になったな。でも、俺は行くからな、本屋」
「どうしても……行くんですね」
ジャンが諦めた顔をした。
「行くよ。行くから、荷物持ち頼む」
「それはいいですけど……前の本屋はやめてください。僕が後で行きにくくなります」
「他に本屋があるのか?」
「あります……あんまり女の子を連れて行くような場所じゃ無いけど」
なるほど。
この世界にも、エロ本ばかり置いてある本屋があるようだ。
「あ、むしろそっち行きたい」
「本気ですか!? 本当に……行くんですか」
「行くよ」
「はぁ……」
ジャンをため息を吐いた。
ジャンに案内されたのは、通りから外れたところにあるこじんまりとした店だった。
これみよがしな看板が出ているわけでも無く、普通に『本』という看板があるだけだ。
「え、ここ……?」
呟きながらジャンを見ると、ジャンは辺りを気にして躊躇しているようだった。
「え、普通の本屋じゃん。そんなに構えなくてもいいんじゃ無いか?」
「仲間内で有名な本屋なんですよ。アリスさんと一緒にここに入るところとか見られたら、後でいろいろ言われるに決まってます」
「さっきのやつもいないし、大丈夫だろ」
「そうだとは思いますが……」
ジャンがやたら警戒しながら店に入る。
ドキドキしながらついて行くと、中は拍子抜けするほど普通の本屋だった。
この前の本屋の4分の1程度の規模しか無いが、別に変なところは何も無い。
「ん……? 別に普通」
「こ、こっちです」
ジャンが小声で店員を気にするようにささやくと、奥の棚に移動した。
すると、その通りに並ぶすべての棚に、例の色つきの線が書かれた紙が垂れ下がっていた。
店の規模からすると4分の1ほどがエロい棚のようだ。
「あー、なるほど。でも、こんなものか。てっきり、店の端から端まで全部この紙が垂れ下がってるんだと思った」
「そんなところ入れませんよ!」
ジャンが小声で抗議する。
「よーし、選ぶぞー」
腕まくりをしてまずは大型の本に取りかかる。
まず手に取ったのは、黒い表紙の本だ。
この地域の言語では無い文字でタイトルが書かれていて全く読めない。
「なんだこれは……?」
そして封がしてあって開けない。
他の本も見ていくが、ハードカバーの高そうな本はあらかた封がしてあって中を見ることが出来ない。
「なぁ、ジャン」
「な、なんですか?」
落ち着かない様子のジャンが小声でささやいた。
「どうやって買う本を選んでいるんだ? 中身が見れないんだけど」
「こんな高い本、僕たち買いませんよ。買ってるのは主にあっちの小説系です」
ジャンが恥ずかしそうに言う。
官能小説か。
年頃の少年が視覚的刺激を得られるエロコンテンツが無いなんて、なんてつらいんだろう。
同情のあまり、俺の身体見てもいいよ、とか言いたくなる。
というのはさすがに冗談だ。
でも、本当に恵まれないなぁ。
「ま……そっちも買ってみるか」
ペーパーバックの小説を適当に手に取って、できるだけ変態っぽいのをどんどんジャンに渡していく。
普通の純愛物はアルフォンスの秘密の本棚で読んだから、ここはもっと攻めたラインで行きたい。
「こんなに買うんですか!? しかもこんなえげつないの……。よ、よく、女の子の姿で恥ずかしくないですね」
なにげに酷いことを言われている気がする。
「う、うるさいな。今、男になりきってるんだから、そういう目を覚まさせることを言うなよ」
「人目も考えてください!」
チラリとみると、店内に数人の客がいる。
中にはチラチラこちらを見ている客もいる。
個人的に二度と会わないであろう人のことは、あまり気にならない。
こんなところを知り合いに見られたら最悪だが、知らない人に見られてもなんとも思わない。
「ま、気にするな」
さらに適当な本をひょいひょいジャンに渡す。
「え、ええ? アリスさんって大胆……」
ジャンが赤い顔をしながら、本を受け取っていく。
小説を15冊程度渡して、後は中身が分からないハードカバーの本を適当に3冊ほどジャンに渡した。
「こんなに買うんですか? た、高いですよ」
「大丈夫、お金はあるから」
「メイドの給金は安いと聞きましたが……」
「大丈夫だから、これで買ってきて」
ジャンに金貨を渡す。
「き、金貨!? わ、わかりました……」
金貨に驚いたジャンが、カウンターに向かう。
俺は何食わぬ顔で一般書籍のところに行って、他の客の視線も気にせず適当に本をめくった。
ジャンが会計が終わったところで、タイミングを合わせて店を出た。
ジャンが荷物を持ちながら、ため息を吐いた。
「店員にジロジロ見られましたよ。顔覚えられたかな」
「いや、気にするなよ」
「気にしますよ! なんでアリスさんはそんなに堂々としてられるんですか!?」
それはもちろん、男だったときに買い慣れているからだ。
「いやぁ、いい買い物をしたなぁ。ん……そろそろ帰るか」
空を見上げたら、なんとなく怪しい雲行きだ。
一雨来るかもしれない。
ジャンも本が重そうだし、俺がこの前みたいに疲れて具合悪くなっても困る。
「あ、そうですね……」
ジャンががっかりした様子ながらも頷く。
乗合馬車の駅に歩きながらジャンが話しかけて来た。。
「次はいつがいいですか?」
「ん、次?」
次かぁ……。
次はいつがいいか……。
ん?
「待てよ、そもそもデートの練習で俺を誘ったんじゃ無いのか? だったら次は本命の子を誘わなきゃダメだろ」
「あ、そ、そうでしたね」
ジャンが初めて気がついたように、ぎこちない返事をした。
「俺もよくなかったな。今日も全然デートの練習になってなかったし……」
「そ、そうです。今日はちゃんと練習できなかったので、次はちゃんと練習したいんです」
ジャンが焦った感じで言う。
「ん、そ、そうか? でも、別に練習なんてしなくても、普通に本命の子を誘えばいいじゃないか」
「不安なんで……お、お願いします」
ジャンが必死な顔で俺を見る。
そういう顔をしないで欲しい。
「はぁ……じゃあ、あと一回だけな」
ジャンの態度があまりに真剣なので、断り切れずに折れた。
「ありがとうございます!」
ジャンが頭を下げる。
「ま、今日はちょっと無理してもらったしな。それぐらいは付き合うか……」
頭を下げているジャンに向かって、ため息を吐きながら言ったのだった。




