95◇右腕(下)
殴って、倒す。
極めてシンプルだが、そこに魔法や武器や戦闘技術が絡むと、簡単とはいかなくなる。
『重く鈍い音が響きました! 大技が用意出来るまでは中距離を維持していたベリト選手ですが、それを捨てて接近戦を仕掛けます! 高い防御力で堅実な戦いを見せていたフィリップ選手は、防御を固めるのではなく迎撃を選択!』
『個人的には好みの展開ですね。一応解説なのでそれらしいことを言うなら、どちらも感情に任せた行動ではない、というところでしょうか』
『ほほう。聞かせて頂いても?』
『ベリト選手の場合は「小技」の攻撃力不足解消という意図もあるでしょう。「術者から離れても自在に動く」機能は魔力を食いますからね。超近距離で使えばその分を攻撃力に回せます』
『なるほど……! ではフィリップ選手の方はどのような意図があるのでしょうか?』
『今も殴り合っていますが、彼の「金剛」は堅固です。今の「右腕」と「小技」では大したダメージは与えられないでしょう。だから攻勢に出るのは間違っていません。ベリト選手の「右腕」が完成し、「合流」を組み込む必要がなくなることで「小技」が更に強化される――その未来が訪れる前に決着をつけようとしているのかもしれませんね』
『一見原始的な殴り合いを繰り広げる両名ですが、その頭では勝利までの道筋を描いているということですね!』
解説が続く中、ボクらの攻防は続いていた。
違うか。
これじゃあ攻攻だ。
殴る。彼の顔を胸を腹を脇を顎を。時に背中を膝をこちらに向かってくる拳を。
右腕で、あるいは地面から生える『腕』で。
だが、『金剛』は砕けない。
本物のゴーレムでも相手にする方がまだマシだろう。硬すぎるよ。
彼はといえば、防御姿勢など一切とらず、ただただボクに向かってくる。
邪魔する腕があれば千切り、立ちはだかる壁があれば砕けるまで何度でも殴りつける。
「その腕が大きくなる程に、貴女の動きは重くなる」
「全身ゴーレム装甲のキミよりマシだけどね」
「まだ軽口を叩く余裕があるようだ」
彼がゴーレムの頭部みたいな兜の奥で、ニヤリと笑った気がした。
ダメージの蓄積で言えば、ボクがどうしようもなく不利。
既に、蟲人なら自慢だったろう外骨格はボロボロだ。凹んでいたり、剥がれているところもある。
ボクらは互いに土精霊の分霊と契約したが、分霊ごとに格や得意不得意は違う。
分身のようとはいっても大昔に分裂した存在だ、性格だってそれぞれ違う。
人間の祖先も最初まで辿ればみんな一緒なんて話があるけど、あれが近いかも。
最初が同じでも、もうみんなバラバラの一個人だ。
ボクの相棒は『形成』が得意。白銀に限り、大地の変化、その一部を授けられた。
フィルの相棒は『硬化』が得意。人の手では破壊出来ない岩の如き硬さを授ける。
「多少……重くなったって……!」
彼と向かい合っていたボクは、彼のいない方向へ走り出す。
フィルが追ってきた。
僕の正面に、白銀の坂が生まれる。それはだが、途中から様子がおかしい。反り返っているのだ。ボクは構わず駆け抜け、そして天地がひっくり返る直前、白銀を蹴る。
空中で身を捻り、それを戻す力を拳へと伝達。
眼下には、ボクを追ってきた【金剛の勇者】。
高さも加えたボクの一撃は、跳躍の直後、坂に使われていた白銀も吸収して肥大化していた。
「何度やっても、同じことです」
「結果が変わるまで、何度もやるだけだよ」
彼の兜に向かって、拳を振るう。
やはり、彼はそれを防ぐことをしない。
既にオークの腕を超える太さになっている右腕だが、これでもダメージが通らないのか。
彼の腕がボクの腰に伸びる。
ボクの体を真っ二つにへし折るつもりか。
だが、寸前で彼が背後に飛んだ。
「……よく考えていますね」
彼の立っている場所から、液状の白銀が湧き出ていたのだ。
彼の装甲はゴーレムのよう。大きさのまちまちな石が組み合わさったような姿。
隙間から液状の白銀を忍び込ませることが出来れば、内側からダメージを与えることが出来る。
ボクの見せたい姿ではないが、彼としては無視も出来ない。人目がある。
妹は殴って倒すつもりだろうから無視してもこれで攻撃はしないだろう、とはいかないのだ。
「バカだと思ったかい」
フィルは答えない。
思ってるなこれは。妹をバカだと思ってるんだな。まぁ、否定出来ないけど。
「いいでしょう。動き続けながら貴女を倒す。構いませんよ」
「だから、勝つのはボクらなんだって」
フィルが駆け出す。
チャンスは二度。どちらもまだだが、必ず訪れる。そこは疑わない。
ボクは彼の行く手を遮るように壁を出し――。
「え」
唖然とする。
彼の進行を一時は防いだと思った。その間にボクの方も壁に近づき、その向こうにいる彼を殴りつけながら壁の白銀を右腕で吸収しようとしていた。
だが出来なかった。
壁が、生えている地面ごと、持ち上げられていた。
もちろん、それをしたのは彼だ。
「吸収でしょう。どうぞ存分に」
そう言って彼が壁を投げる。壁を投げるってどういうことだよと思うけど、実際投げているのだから仕方ない。
――まずい……!
その向こうに何があるかボクが把握しているから良かったが、彼に攻撃として利用されては厄介だ。『面』で迫る壁は吸収出来たとしても、ボクの視界を塞ぐ。
かといって回避を選ぶと右腕の完成が遅れてしまう。
逡巡。結局ボクは吸収を選んだ。
自分で作った白銀を、自分の拳で迎え撃つ。
「選択を誤りましたね」
――速っ……いんだよッ!
それもその筈。
彼は自分の右拳以外の『金剛』を解いていた。
ボクが吸収を選択すると読んで、最高の装甲を脱ぎ捨てたのだ。
彼が、低い姿勢からボクの顎を打ち抜くように、拳を突き上げる。
しかし、それは目標を捉え損ねる。
「……!?」
ボクが吸収しようとしていた壁は、その形を腕へと変えていた。
元壁・現腕の白銀が、己を迎えにきたボクの右腕を握り、振り上げていたのだ。
体が宙へと舞う。
「……ハッ」
随分と楽しそうな声が漏れてるよ、キャラ忘れてないかい。
一度目のチャンスは、最高のタイミングで訪れた。
「――――。……マルク?」
兄の性格からすれば、見栄えする【魔法使い】のルリを相棒に選ぶと思っていた。
だが今回は普段自分と並んで妹を守る【清白騎士】のマルクを選んだ。
観客が求めるモノを考えて、色鮮やかな魔法よりも剣術がいいと思ったのかもしれない。
勇者ショーやダンジョン攻略にも勝敗はあるが、お客さんにとっては作品としての側面が強い。
ダンジョン攻略の場合は見せ方まで自分達で決められる。
どのアングルからどう撮ったモノを採用するかまで。
だがタッグトーナメントでは、のちのち映像板放送される分はともかく、生で観戦するお客さんがいる。
そう考えた時、妖精のルリは小さくて見えづらいし、会場は魔力で満ちているとはいえ、ダンジョンほどに濃度も高くなければ量も多くない。
周囲から魔力を集めて魔法を使うというルリの長所を活かせない。
そういう考えも、あるかもしれない。
けど、多分それらが本当の理由じゃない。決め手じゃない。
レメさんを倒す為じゃないのかい?
彼を優れた黒魔法使いだと認め、警戒したんじゃないの?
だから【清白騎士】と組んだ。
その相棒が負けたら、いくら戦闘中でも、無関心とはいかない筈だ。
「来いッ」
ボクは周囲に配置していた『腕』の全てをワンサイズ縮小し、その分を球体に変えて――投げさせた。
それら全てが空中で右腕に合流。
巨大な右腕を槌のようにして、彼に振り下ろす。
会場が揺れるほどの衝撃。
ボクの大槌は彼の剥き出しの頭部に直撃――していなかった。
突き上げるような右拳で、受け止められていた。
彼の足元の地面を砕き、その身を僅かに地面に埋め、他の装甲がない分、彼にダメージは届いているようだったが。
それでも。
「最適のタイミングでした」
じゃあなんで対応してるんだよ。
クンッ、と彼の体が下がった。
一瞬の浮遊感。
彼の腕という支えを無くし、落下するボクの体。
そこへ肉薄するフィル。
「ッ」
ボクは左手を右腕に当て、掴み、引き抜く。
右腕から剣を形成したのだ。
「器用だ。そちらが向いているのでは?」
「……うるさいよ」
振るった剣は砕かれたが、彼の拳の軌道を逸らすことには成功。
頭部を叩く筈だった拳が胸部に当たり、ボクの体が吹き飛ぶ。
右腕を地面に突き立て、ガリガリ削りながら勢いを殺す。
視線を戻せば、彼の体には『金剛』が再展開されていた。
「まさか、先程のが全力ですか? 好機を得て、あれが限界ならば――俺の身を砕くことは叶わないでしょう」
「もちろん、まだだよ」
「だと、いいのですが」
見逃していると思うのか。
一瞬の出来事ではあったが、しっかりと見ていた。
先程の一撃で、彼の右拳にはヒビが入っていたのだ。
既に修繕されているが、確かにヒビ割れていた。
攻撃力は、あと少し。
次の一撃で、勝負を決める。




