93◇右腕(上)
攻略映像を観るようになったのは、兄の影響だった。
兄は父に影響されて観始めたようだ。
母はあまり好きではなかったようだ。
兄妹して【勇者】に憧れた。
そして兄妹共に、十歳で【勇者】になった。
目指すなという方が無理な話。
画面越しに自分の心を震わせてくれた、格好いい勇者。
なりたいと思ってしまったものは仕方ない。
でもボクも兄さんも、自分の夢を叶えようと努力して、結果を出せなかった。
あの時の気持ちは、正直思い出したくない。人に語ろうとすると途端に表現が陳腐になってしまうが、それでも言うなら世界の終わりのような気分だった。
それで言えば、兄が世界を創り直してくれたのだ。
新しい世界では、ボクに憧れてくれる人達がいて、黄色い声援があちこちから上がって、ボクは美しく紳士的な『白銀王子』。
でも、それは兄が用意してくれた仮面の効果。
役割通りに動く努力をしたのはボクだけど、脚本を書いたのは兄。
その世界の何がダメなのだろう。ダメなところはない。
目に見える部分では。
お客さんは喜んでいるし、他の仲間は満足しているし、お金も沢山入ってくるし、実績も順調に積んでいる。
問題があるとすれば、ボクが満たされていないことだけ。
スポーツで、人気選手が違うチームに移籍することがある。
その選手が上を目指す為だとか、昔からの憧れだったとか、当人がそうする理由があるのだろう。
応援してくれるファンもいれば、裏切りだと批判する人もいるだろう。どちらが正しいかは分からない。正しい方なんてあるのか。あるなら誰が決めたのか。
ただ言えるのは、その選手達は全部自分で考えて、自分の責任で決めた。
チームメイトやファンが何を思うか、考えられないわけではない。考えた上で、自分のことだから自分で決めた。
ボクに無かったのは、そういう心の強さ。
いつだって過去の失敗が心の底にあって。
結果を出した兄に、パーティーのことで口を挟むことが躊躇われた。
あの日。レメさんとミラさんのいる部屋を訪れた日。
兄さんとの会話で、ボクが泣いたのは。とても悲しかったのは。
兄が変わってしまったと思ったから。
売れるパーティーを否定するつもりはないけれど。それは過程だった筈なのだ。
ボクらは勇者に憧れて、挫折を味わって、再起した。
けどそれは、大金を稼げる人気パーティーになる為じゃなくて。
いつか憧れの勇者みたいになる為には、まず人に見てもらう必要があるから。
人に見てもらうには、分かりやすく興味を引くような個性や要素が必要だったから。
ボクには、ボクの憧れがあった。現ランク三位【魔剣の勇者】ヘルヴォールさんみたいになりたいという夢があった。
ある。まだ、あるのだ。
兄さんにもあったじゃないか。
キミの憧れた勇者が、キミの目指す夢が。
――『いい加減大人になれ。お前の目指す勇者じゃあ、金にならない』
――『金がなければ生きていけない。これを仕事に選んだのはお前だ。結果も出ている。子供染みたわがままは止せ』
あの日、ボクは思った。
そうか、フィル兄さんは、大人になってしまったのだ。
自分だけが、食い入るように映像板を観ていた頃のまま。
ふと隣を向いた時に、同じくらい勇者の戦いに興奮していた少年はもういない。
そう思ったら、悲しくなった。
けど、きっと違うのだろう。
ベリトに向けて語られた彼の思いが嘘とは思えない。
じゃあ、彼は軽い気持ちで妹の夢を肯定した、過去の償いの為に今を生きているのか。
その方がずっと悲しいけど、そちらには救いも一つある。
それは――。
「【黒魔導士】のサポートがなければ、大技は使えないようですね」
「【清白騎士】のサポートがなければ、白銀も砕けないみたいだね」
戦いは膠着状態だった。
ボクは地面から白銀の腕を生やし、時にその拳で、時に武器を握らせ攻撃を試みる。
だが【金剛の勇者】の防御を突破することは出来なかった。
更に、彼はその全身を岩石めいた質感の鎧で覆う『金剛』を展開。見た目が人工亜獣・ゴーレムに似るので彼は好きではないようだが、敏捷と引き換えに防御力は格段に上がる。
逆に、彼の方もつい先程からボクの魔法を破壊出来なくなっている。
正確には破壊に必要な攻撃回数が増えたことにより、破壊よりも回避を選ぶようになった。
マルクは優秀だが、白魔法による強化は気休め。
ただ魔法なのだから、条件次第で効力を上げることが可能。
対象を絞り、注ぐ魔力を増やす。
それによって、元々僅かに白銀を砕けない程度だった彼の攻撃力が、なんとか白銀を砕ける域に到達していた。
それをレメさんが中断させ、現在に至る。
ボクの攻撃は決定打に欠け、彼の攻撃は後一歩ボクに届かない。
でも、ボクの方はただ魔力を無駄にしていたわけではない。
考えること全てをレメさんに丸投げでは、何も変わらない。
自分がなりたいものがあるなら、そうなる為の戦い方くらいは自分で考え、実行しなければ。
準備は整った。
「フィリップ殿、この勝負ボクらが勝つよ」
「マルクがレメ殿を倒すのに、どのように我らを打倒するのです?」
彼一人も倒せないボクが何を言っているのか。
そう言いたくなる気持ちは分かる。
レメさんには助けられっぱなしだし。
事前の作戦通りなら、最後の後押しも得られる。
けれど、もし、それが無くたって勝つくらいで挑まないと。
ここまで散々、色んな人に助けられてきた。
今日、ここで、これから、今くらいは。
自分で。
この白銀の魔法で、金剛も、彼の抱える後悔も。
砕くのだ。
ボクの右腕に、薄く白銀が纏わりつく。
「行くよ」




