92◇戦いに戻る前にやるべきことが一つ、許されるべきことが一つあるだろう
「おいおい……あいつ単騎で勝っちまいやがったぞ」
アルバが驚いたように言います。
「わかっていますよ、見ていましたので」
怒っているようだとよく勘違いされるわたくしの口調ですが、そのようなことはありません。
いつもはわたくしの言い回しが癪に障ると噛み付いてくるアルバですが、今はそれどころではないのか窓に張り付くようにしてフィールドを見ています。
「ラークよぉ、お前でも負けるんじゃねぇか?」
「かもね、どこかの誰かが魔法剣をプレゼントした所為で一度やられてるし」
「……チッ」
よく人を苛つかせるアルバですが、今回はラークが軽く受け流しました。
ですが同時に、冗談でもアルバがレメの勝利を口にしたことに、ラークもわたくしも驚きの表情を浮かべます。
とはいえアルバのことなので、どうせ気まぐれでしょう。
「ベーラはともかく、リリーはレメの勝ちに驚いてないね」
ラークの言葉に、わたくしは首を横に振りました。
「驚いていますよ。ですが我々が魔王城で目の当たりにしたものと根本的には同じです。相手を深く知り、何をした時にどう対応するかまで予測し、策を講ずる」
わたくしの言葉に、【氷の勇者】ベーラが頷きました。
レメの脱退の件には胸に靄が残るわたくしですが、ベーラは何も悪くありません。
それどころか新人とは思えぬ冷静さと鋭い意見にはよく助けられています。
「リリー先輩の仰る通りですが、私は反応に困ってます。あの【清白騎士】は決して弱くない」
「うん、優秀だよね。魔法耐性に加えて白魔法適性があるから、黒魔法を弾きやすいと言えばそうなんだけど、それにしてもレメの魔法効果を上手く減衰させてたと思う」
同系統の【役職】持ちだからか、ラークはいつもより饒舌。
「ですね。ただ私が一つ気になるのは――」
「うん、それはぼくも思ったかな」
「……えぇ、そうですね。彼の黒魔法は、あんなものではない。防衛時ほどの力を出せない理由があるのだとしても、あれでは弱過ぎる。そもそもこれまでの試合よりも……まさか」
全員が同時に気づいたようだ。
違った。約一名、アルバだけが違うことを気にしていた。
「なぁ、フェニクスどこよ?」
わたくし達は、ようやくそれに気づきました。
パーティーのリーダーがいないのです。
いえ――。
「あそこにいるのがリーダーじゃないですか?」
ベーラの指差した場所は、普通の観客席。
そこに、フェニクスの姿があったのです。
◇
『いやぁ、非常に濃密な戦いでしたね』
『……えぇ』
『色々見方はあるかと思いますが、個人的には両選手に拍手を送りたいですね。こうも新鮮な気持ちで冒険者の戦いを見られる機会は中々ありませんから』
『……』
『見事な勝利を収めましたが、レメ選手のダメージも甚大です。魔力体の退場は致命傷、または擬似血液が本物だった場合において当人が死に至る量の魔力漏出で起こります。彼は致命傷こそ避けていますが、片手片足を失ってしまいました。勝負はフィリップ選手とベリト選手の一騎打ち次第でしょうか』
『………』
『エアリアル殿?』
解説さんが何か言っている。
僕は魔力を練っていた。正確には、練り続けていた。
決して手を抜いて戦ったわけではない。
マルクさんが僕と戦いながらもしばらくフィリップさんに白魔法を掛けたように。
タッグバトルだからこそ、パートナーとの勝利に向けて自分の力を使うのは侮りではない。
真剣だからこそ、力の配分に頭を悩ませたのだ。
ベリトの望む戦い方はどうしても隙が出来る。それを経ての超高火力。
そこを封じて手の早さで戦うことも彼女には出来るが、これは彼女の戦い方を示す目的もある。
パートナーとして、【黒魔導士】として、手を貸すのは当然。
バラバラに戦い、僕がなんとか勝利した今、退場するよりも先にフィリップさんに黒魔法を掛けなければ。
漏れ出す魔力は無視して、健在な魔力器官を最大限に稼働させる。
「レメ」
マルクさんは強敵だった。腕の一本は必要経費とも考えていたが、片腕骨折の片手足切断とは。
これでは動いてフィリップさんを撹乱することは出来ない。
「レメ!!」
声が。誰かの。いや、聞き覚えがある。聞き慣れた声だ。間違えようもない、フェニクスの声。
なんだか近いな。
顔を向けると、一般客が驚く中、最前席より更に前、手すりから身を乗り出して、幼馴染が僕を呼んでいる。
その顔は興奮気味で、なんていうか、嬉しそうだった。
なにやってんだよ。大騒ぎになるだろ。というか今、試合中なんだけど?
「いいんだ、レメ」
何がだよ。
お前が何を言ってるか、僕には――。
「君は、勝ったんだよ」
「――――」
真正面から敵を倒して、仲間を勝たせる。
そんな勇者に、僕は憧れた。
でも現実は厳しくて、【黒魔導士】なりに仲間の勝利に貢献することも在り方の一つとして好きだけれど。
やっぱり、憧れは捨てられなくて。
フェニクスとの戦いは凄く楽しかった。
でもあれは、師匠の角と、仲間の協力と、レメゲトンとしての立場があって実現したもの。
あぁそうか、僕は今――嬉しいんだ。
震えるほど嬉しくて、なのに気づかないフリをして戦いに集中しようとした。
それが間違ってるとは思わないけれど、フェニクスは良いと言っている。
『フェ、フェニクス氏が観客席でなにやら叫んでいるようです。エールを送っているのでしょうか……』
魔力の生成は継続中。
殴り合う二人を注視し、最適のタイミングを計らなくてはならない。
喜ぶのは、後でも――。
『彼の言う通りだレメ。押し殺すことに慣れていい感情ではないよ。最大の時に、一瞬で良いから表現するんだ』
聞こえる距離ではない筈だが、エアリアルさんにはフェニクスの気持ちが分かるのか。
フェニクスが、開いた手を前に出した。
僕は腕が折れてるし切り落とされてるから、その代わりか。
「……そんなことの為に下りてきたのかよ、馬鹿だなぁ」
いいよ、じゃあ、借りるぞ。
幸いにして、ほんの僅かにだが時間はある。僕の魔法完成までの時間が。
心の中で今か今かと発散の時を待っていた感情の激流が、僕の許しを得て解き放たれる。
僕の声と、彼の拳が握られるのは――同時。
「――しゃあッッ…………!!!」
勝った。僕は、勝ったのだ。
師匠に鍛えてもらった、僕の黒魔法と肉体を使い。
フルカスさんに鍛えてもらった、剣術を活かし。
これまでの経験と知識を用い。
僕が、冒険者の前衛職に。九十九位の【清白騎士】に、単騎で、僕が。
【黒魔導士】レメのまま、勝った。
自覚すると、馬鹿みたいに大きな声が出た。
無駄ではなかった。
無意味ではなかったのだ。
僕の十年は、努力は、小さい頃の僕の夢に、ちゃんと繋がっていた。
喜ぶことさえ一人では出来ないとは、まだまだ未熟者。
既に視線は親友から外れている。でも分かる、僕と同じで、笑ってるんだろ。
僕は親友と第一位に感謝し、準決勝最後の黒魔法を、放った。
これまでは多少時間が掛かろうとも、杖に魔力を流して使うようにしていた。最後の速度低下以外はそうしていた筈だ。
そうすることで、魔力を節約し、少ない魔力で大きな魔法効果を得ていたのだ。
だが今放たれたのは、試合開始から体内で生み出し続け、魔力操作で隠匿していた、僕の魔力の全て。
ベリト、君に最高の一瞬を届けるよ。
だから君の全力を思いっきり――。
「ぶちかませ」
魔法発動の直後、僕は退場した。
――後は、任せたよ。




