85◇一回戦
「ふっ、認めましょう。あなたはどうやら優秀な【黒魔導士】のようだ」
対戦相手の【魔法使い】が、メガネをクイッとしながら言った。
認めると言いながら、なぜか蔑むようにこちらを見ている。
「だが、どうしようもなく地味であることには変わりない。杖の先端で貫くというのは面白かったですが、二度も通じる技じゃあないでしょう」
「うんうん」
青年【魔法使い】のパートナーは、筋骨隆々な男【勇者】。
【勇者】は青年の言葉に頷くばかり。
「魔物と組んだあたりもそうですが、なんとか目立とうと必死ですね。でもねレメさん、工夫や努力でなんとか出来なかったから、追い出されたんでしょう。エアリアル氏も何を考えているのか、あなたをパーティーに誘ったなどと。まぁ冗談なのでしょうね、彼に誘われて断るバカはいない」
ああ、エアリアルさんのファンなのか。
尊敬する世界一位が、少しはやるとは言え【黒魔導士】を称えればモヤッとするだろう。
エアリアルさん本人が語っているにもかかわらず信じていない者がいるのは、それだけ有り得ないことだから。
レメがそんなに優秀だということも、彼の誘いを蹴る者がいることも。
「パートナーの力も把握しました。レメさん、悪いがここで敗退していただきます」
そうして、試合が始まった。
「っ!」
ベリトの大技は威力が高い分、時間が掛かるし動きも速くない。
大きく速くを目指すと、肝心の威力が足りない魔法になる。
今回はそれで構わない。
並んで立っていた【魔法使い】と【勇者】が、フィールドを二分するようにせり上がってきた白銀の壁によって分断される。
壁は薄く脆いが、問題ない。
彼らがそのことに気づくまでに、勝負を決めるつもりだった。
【勇者】とベリト、僕と【魔法使い】が互いを正面に収めている。
壁の出現と僕の疾走は、ほぼ同時。
「【黒魔導士】が突進だって? 舐めた真似を!」
彼の杖の先端に洗練された魔力が集まり、炎球が発射された。
僕の胴体に直撃する軌道。
だが、ほとんどの人が僕のことで知らないことがある。
僕は、まず体を師匠に鍛えられた。
そして、ここ最近濃密で有意義な訓練をフルカスさんにつけてもらっている。
適性を持っていないから、【黒魔導士】はロクに動けない。あくまでサポート要員として最低限の動きが出来るくらい。
そういうイメージは、僕にも適用されていることだろう。
だから、彼は驚いていた。
前方へ飛び込むような姿勢での跳躍。地面で玉のように一回転し、勢いそのまま跳ねるように疾走を再開。
飛び込みによって炎球を回避したのだ。
「必死だよ。君は違うのかい?」
「くっ……!」
彼が再度魔法の準備をするが、それは為されない。
杖と、それを持っていた右手が床に落ちたからだ。
からん、と乾いた音がする。
「え?」
彼の腕は切り落とされていた。
僕の杖によって。違う。違った。正確には――。
「しっ、仕込み杖……!?」
そう。杖の持ち手は柄であり、その先は刃になっていた。
杖としての機能もあるが、鞘としての機能も隠されていたのだ。
【魔法使い】は多彩な魔法の発動が可能な万能ジョブだが、肉体は脆いことが多い。
白魔法と黒魔法は使えない者がほとんど。
僕の剣は、何の問題もなく彼を切り裂くことが出来た。
当然、各種黒魔法も使って。
「な、え、今の動き……それに、魔法……あなた、どういう――」
体を斜めに裂かれた【魔法使い】が退場する。
確かに彼の言っていたことは間違っていない。
ベリトを知らぬ者たちの油断が、予選突破を楽にしてくれたのは確か。
相手がこちらを知らない、ということは有利に働くことがある。
僕の動きと杖の機構を知らなかったことを利用し、短期戦に持ち込んだように。
相棒の退場に、勇者の動きが一瞬止まった。
――今だね。
僕の黒魔法と、ベリトの攻撃魔法は同時。
今度は【勇者】を囲むように四方の床から白銀が生み出され、それぞれが巨人の拳かと言いたくなるほどの塊と化した。
そのまま体格のいい【勇者】に向かって拳が落ちる。
相棒の早すぎる退場に動揺し無防備なところに最初の一発を食らう。二発目で足が床に沈み、三発目でなんとか押し上げようと奮起していたが、四発目で沈んだ。
拳の上に拳を落とすような連撃で、相手は退場。
『しょ、勝者――レメ・ベリトペア!』
解説の声に、一部――魔王城のみんながいるあたり――から歓声が上がる。
だが他の観客には、戸惑う者も多いようだ。驚く者も。
――まだ……まだだ。
今はまだ仕込みの段階。
いきなり現れ、いきなり人気を掻っ攫っていくような分かりやすい魅力を僕は持っていない。
そしてベリトは正体不明の魔物だ。
観客はまだ、僕と彼女の戦いに乗り切れないのだ。
だが今ので下地が出来ただろう。
レメは冒険者時代とは違うことをするつもりのようで、ベリトは派手な攻撃を好むようだと。
僕の方の手がどんどん減っていくのは、もう仕方がない。
初見のインパクトが大事なものでない限り、使えることには使えるわけだし。
【黒魔導士】が剣を持って近距離戦を仕掛ける、という常識外の行動に対する驚きが、【魔法使い】の対応を遅らせた面はある筈だ。
そういった効果は二回目以降期待出来ない。戦うかもしれない相手の試合について知ろうとしない者であれば、別だが。
控室に戻る途中で、ベリトがぼそりといった。
「順調……なのかな」
今回の目的は優勝だけではない。
客を沸かせることの証明もまた必要。
勝利だけあればいいというわけではないのだ。
「優勝するまでには、みんな君から目が離せなくなっているよ」
「……うん。うん、そうだね。魅了してやるぜって気持ちでいないと」
「あぁ、次も頑張ろう」
一回戦突破。
フィリップさん達とフルカスさん達も、同様に二回戦に駒を進めた。




