69◇シスコン(?)勇者のお迎えと次回の約束と、火精霊使い
「兄さん……なんで此処が」
「お前の行きそうなところくらい想像がつく」
彼はつまらなそうに言っているが、僅かに息が上がっているしうっすらと汗を掻いている。
常人を遥かに凌ぐ身体能力を持つ【勇者】がこうなるということは、相当走り回って探したんだろうな。
『様子が変だった』というだけでそこまでするあたり、相当心配性なのか、妹思いなのか。
「素直に気持ち悪いんだけど」
「黙れ。誰だこいつらは……亜人の童女と、『男』? どういう知り合いだ?」
「と、友達だよ。ボクが誰と何しようが勝手だろ」
「勝手じゃあない。万が一にも正体がバレてみろ。男と食事だと? 騒がれるに決まっている。そんなことも分からないのか」
「……二人きりじゃないし、カシュちゃんもいるし」
いきなり現れたフィリップさんに、カシュが不安げな顔をしていた。
フィリップさんはこれまでの冷たい表情から一転、優しげな笑みを浮かべる。
「あぁ、いや済まないねお嬢さん。俺は怪しい者ではないよ。このお姉さんの兄だ」
「ニコさんの、おにーさん、ですか?」
「そうなんだ。心配で探しに来たんだが、君と一緒に御飯を食べていたんだね。妹の相手をしてくれてありがとう……そして、そちらの方だが、妹との関係をお聞きしても?」
フィリップさんにはしっかりと『混乱』が効いている。
僕を『どこにでもいそうな男』としか認識出来ないし、その認識に違和感を持つこともない。
カシュへ向けた笑顔はどこへやら、僕を睨んでいた。
「彼女の言っていたように、友人ですよ」
「どこで知り合った? どんな知り合いかな?」
「に、兄さん、失礼だろっ」
兄に僕の正体がバレていないことに気づいているだろうが、彼女もそこには触れない。
「申し訳ないが、妹には近づかないで頂きたい。――おい、帰るぞ」
「ボクのプライベートまで、兄さんに干渉されたくない」
「そういうのは、普通の兄妹が話すことだ。お前は誰だ、ニコ? 何者で、何を目指し、何が起きたらまずい?」
彼女は【銀嶺の勇者】ニコラ。冒険者で、高みを目指している。王子キャラで売り、美しさと紳士的な振る舞い、スマートな魔法が人気を集めている。盗賊姫との絡みでファンは沸き、数多くの女性が彼女に憧れている。
だから、普通の人みたいに普通に恋人を作るなんてことも、一大事になり得る。
それも僕みたいな冴えない男となんて、噂が立っただけで面倒なことになるだろう。
フィリップさんの言っていることが、僕には理解出来た。
理解出来ることと共感することは別だけど、理解は出来た。
「……兄さん、嫌いだ」
反論出来ないのか、感情を口にするニコラさん。お兄さんの前だからだろうか、ほんの少し幼さが出ている気もする。
「そうか。愛してるぞ妹よ」
フィリップさんは鼻で笑い、それから僕らを見た。
「店には話を通しておきました。どうぞ心ゆくまで食事を楽しんでください。お嬢さん、よければまた妹と逢ってやってくれ。そこの殿方は抜きでね」
カシュに笑顔を、僕に鋭い視線をくれた彼は、そのまま店外へ向かう。
「あの」
僕は彼を呼び止めた。
「なんでしょう」
「様子が変だったと言いましたよね。心配なら、話を聞いてみては?」
「……そうですね」
僕に言われたのが嫌だったのか、彼は一瞬不快そうな顔をしたが、結局は頷いて背を向けた。
「ご、ごめん二人共。兄さんは性格がアレなんだ」
「君を心配しているように見えたけど」
「……どうかな。『白銀王子』って商品に傷がつくのが嫌なんだよ、兄さんは。これは兄さんが作り上げたものだから。……まぁ確かに、嫌な奴だけど悪い人間ではないかな」
『白銀王子』というキャラクターは、彼の兄が考案したものらしかった。
冒険者は人気商売。メンバー脱退やスキャンダル、不祥事などでランクが下がることはよくある。
そういう意味でも、不動の上位三パーティーは凄いのだ。
「あ、あのさ、レメさん」
席から立ち上がったニコラさんが、僕の近くに寄ってくる。
そのまま耳許に顔を寄せてきた。
ふわりと漂う、爽やかな匂い。近くに感じる体温。
一瞬ドキリとしてしまう。
「また逢えるかな、その……今日、話せなかったこともあるし、さ」
「そうだね、分かった」
僕は宿の名前と場所を彼女に伝える。
「その時もカシュと一緒になると思うけど、いいかな」
ニコラさんと逢う為に宿で留守番させるとか、保護者失格もいいところ。
決してメモが怖いとかではない。これは責任の問題だ。
「もちろんだよ。カシュはいいかな、またボクと逢ってくれるかい?」
「は、はいっ」
「嬉しいな。ボクは職業柄、亜人の友達が少ないんだ」
友達、という言葉にカシュが嬉しそうな顔をする。
ミラさんやシトリーさんとも仲のいいカシュだけど、どちらかというと二人は同僚。
カシュは幼いながらに苦労人なので、お仕事抜きにしての友達となると少ないのかもしれない。
「わたしも、うれしいです」
「甘いものが好きなんだよね。オススメの店があるから、そこにお連れするよ」
ぱぁっとカシュの表情が明るくなる。
「それじゃあ二人共、またの機会に」
そうして、ニコラさんは店を後にした。
カシュは彼女が店を出るまで、手を振っていた。
ニコラさんも時折振り返って、応じてくれた。
「仲良くなれたみたいだね」
「ニコさん、良い方です」
「だね」
「ほーこくしょにもそう書いておきますっ」
「……そっか。ところでカシュ、僕はお腹いっぱいだから、このケーキ食べるかい?」
「っ。いいんですかっ」
「うん、今日もカシュは頑張ってくれたしね」
すすす、とカシュの前に僕のケーキを差し出す。
賄賂ではない。
◇
組合施設地下に設けられた、訓練場。
円状の空間の中心で、私は火精霊と交信していた。
「精霊よ、応えてくれ……」
全ての【勇者】は、【役職】判明後に『精霊の祠』を訪ねる。
そこで自分を気に入る精霊がいれば、契約してもらい精霊術を行使出来るようになる。
つまりそう、精霊には精神がある。ものを考え、人の好悪を判断することが出来る。
だが普段、私達は精霊と言葉を交わさない。
彼ら彼女らは気に入った人間の人生を『観る』のが趣味らしく、加護を与えた後は非干渉が基本なのだとか。
どうしても話したい時は、こうして精神を研ぎ澄ませ、呼びかけるしかない。
「君に頼みたいことがあるのだ――サラ」
彼女は自分の名前が嫌いなので、この愛称で呼ぶことにしている。
『……どうしたの、負け鳥』
声がした。どこから発せられているのかは分からないが、声が耳に届く。
「負け鳥……? いや、確かにレメには負けたが」
応えがあったことに安堵しつつ、応じる。
『神々の焔を貸したげたのに、どうして負けられるの? 神々の焔なんだけど? かっこつけで神々とか付けてるわけじゃないんだけど?』
「相手がそれを上回る強者だったんだ、悔しいけれどね」
『……魔王の角にだってね、劣るものじゃないんだけど。君の使い方が悪いよ、君の戦い方が悪いよ。ヘボ鳥。私の契約者なのに負けるな』
あの時の敗北を、彼女も気にしているようだ。
「済まない。君の焔は本当に素晴らしかった。負けたのは私の力不足によるものだ」
『……ふん。それが分かってるならいいケド。それで? 何の用?』
「君に魔法……精霊術を教わった時、一つだけ教えてもらえなかった術があっただろう」
『当時の君には扱えなかったからね』
「今の私ならばどうだ?」
『どうかな。でも、習得に失敗したら……君は灰になるよ』
サラの深刻そうな声。
「訓練は魔力体でするつもりだ」
『うわー現代っ子。確かにそれなら灰になってもいっか』
よくはない。私の魔力体生成にはかなりの金が掛かる。
『でもね、身体はよくても精神が保つかなぁ。こう、自分の身体の仕組みを変える術だから、人間の心は耐えられないかも』
「先々代は耐えたのだろう? 伝説に残っている」
火精霊と同化したという、勇者の伝説があった。
『あの時は戦争中だったしね。なにがなんでも勝たねばって状態だったから。そういう時の人間って強いでしょ?』
「人類の為ではないが、私も気持ちは同じだ」
『なにがなんでも勝たねば?』
「あぁ」
『魔王の角を人間が継承するのと同じくらい、厳しいよ』
「素晴らしい。レメが耐えたんだ。私も同じくらいのことが出来なければ、勝利は得られまい」
『あはは、その理屈は分かんないけど、君らしいね。精霊の祠でもさ、神や精霊に怒ってたよね。レメこそが勇者だ~って、そんなにあの子が好きなの?』
「憧れだ。幼い頃からの」
『その感情はよく分からないけど、でもそうか。憧れとやらの対象が、いつまで経っても落ちぶれない。変わらず憧れた頃のままを維持しているなら、憧憬の念も消えなくて当然なのかな』
サラは何やら納得したような声を出した。
『でも、面白いよね。憧れた存在に、人間は近付こうとする。時に上回ろうとする。遥か高みに置いておきたいわけじゃあないんだね』
「他の人は分からないが、私達は友達だから」
『だから?』
「対等でいたいじゃないか」
『ふぅん』
「協力してくれるかい」
『いいよ、イケ鳥くん。この術を使えるようになった時、君は不死鳥と呼ばれるだろうさ』
いずれくるレメとの再戦の為に、私は強くなる。
精霊術に頼らない戦い方を鍛え、その上で――精霊術の奥義を習得する。




