64◇新人に光を、小賢しき者に支払いを
ぼく達は完全に詰んでいた。
冒険者はとにかくお金が掛かる。
育成機関の学費だって馬鹿にはならないし、組合の年会費だって新人には安くない。
余程の金持ちでなければ、しばらくは学費ローンの返済をしながら冒険者をすることになる。
動画の編集も、トップはプロに任せるらしいが、新人の頃は自分達でやる。自分達でやるといっても、世界を旅する冒険者が機材を持ち歩くということはあまりなく、やっぱり特定の店で借りることになるから金が掛かる。そもそもぼくらに機材を買う金はないし。
金、金、金だ。
世間のイメージだと、バッと戦ってキャー素敵ってなってお金がドバドバ振り込まれるって感じを想像するけど、現実は厳しい。
新人冒険者は大抵兼業だが、これも複数の仕事を兼ねるって言えるかどうか。いや、言えるかな。でも、普通は兼業っていうと二つ以上の職を持つってことだと思う。
でも売れない冒険者は、自分達の人気に火が点きそうなダンジョンを探しては、お金をやりくりしてそこへ向かうわけだ。
【役職】に関係なく雇ってくれるところは給料も低く、またいつ辞めるともしれない人間が稼ぐには必然、日雇いとなる。
「うぅ……どうしよう。次ダメだったらあたし……いよいよ身体を売らないと」
ぼくの幼馴染でもありパーティーの【調教師】であるソフィが泣きそうな声で言う。
そんな彼女を慰めるように頭を寄せるのは、彼女の亜獣である蒼狼のコルちゃんだ。オスだが、みんなにコルちゃんと呼ばれている。深海のような毛並みと、青空のような瞳を持つ狼だ。
「フッ、それもまた定め……」
そう言いながらぷるぷる震える少年は【暗黒騎士】。
「あ、あはは……そしたらソフィちゃん……せめて同じ店で働こうね」
虚ろな目でソフィに声を掛けたのは、【魔法使い】の女の子。
「ばか! 最後まで諦めるなよお前ら!」
みんなを元気づけようとしている少女は【拳闘士】。
つまり、残るぼくが【勇者】となる。
精霊と契約することも出来なかったので、【○○の勇者】と呼ばれることはないだろうな。
余程の活躍をすれば別だが、基本は精霊持ちが二つ名を付けてもらえる。
ぼくらは機関を出てから中級ダンジョンに挑んで全滅。しかも、三度続けて。
こういうのはスパッと抜けられる者もいれば、停滞してしまう者もいる。
でも、みんな自分達は前者だと思うんだ。
現実は厳しい。
「あ、あのさ……みんな、こんなのを見つけたんだけど」
基本的には【勇者】がリーダーを務める。パーティーを勝たせることが出来なかった自分にそれが相応しいか悩んだが、まだ諦めるには早い。
僕らは決して弱くない。三回中二回は、ダンジョンマスターとの戦いまで行けたのだ。
「最後のダンジョン……?」
ソフィの目は死んでいる。
「最後にしない為のダンジョンだよ。ほら見て」
僕は電脳カフェでプリントしてきた紙をみんなに見せる。
「ダンジョンを探してたら、見つけたんだ」
「フッ……一応はリーダーということか……ぬっ、初級だと!?」
「あはは……中級をクリア出来ない私達にはお似合いかも」
「お前らしっかりしろって! でも初級かぁ……ん? ん!? クリア報酬!?」
【拳闘士】だけが気づいてくれた。
「そう、そうなんだよ! 額を見て!」
『初級・始まりのダンジョン。全ての新人冒険者を応援する当ダンジョンは~』みたいな説明から始まるのは、まぁ大体どこのダンジョンも同じ。公式サイトがあるならね。
ただし、このダンジョンの面白いところは開催中のキャンペーンだ。
なんと、全三層の初級ダンジョンを踏破するだけで、僕らの生活がグッと潤うだけの賞金が出るのだ。
クリア報酬自体は他のダンジョンにもあったりする。魔力体修復薬二十回分とか、再生成無料券とか。
他にもダンジョン内の宝箱に換金アイテムや薬が入っていたりすることがある。
クリア報酬はそのほとんどが初回限定だが、何の問題があろう。一回でも充分救いになる。
「でも、そんな美味しいお話があるのかな……」
少し目に力が戻ってきたソフィが、コルちゃんを撫でながら言う。
「ざっと調べたんだけど、最近ここの映像をアップしてるパーティーがほとんど無いんだよ。超不人気ダンジョンが、起死回生を掛けたキャンペーンを開催って感じだと思う」
「定めに抗うか……それもまた良い」
「え、じゃあほんとにクリアしたらお金貰えるの? 娼館で働かなくていいの?」
「でも幾つか条件もあるな。連日攻略、攻略成功時は三日以内に映像配信、また賞金獲得時はそれを動画内で必ず宣伝すること、か。なるほど、楽して稼げる分、宣伝に協力してくれって感じかな。これなら分かりやすくていいじゃんか」
【拳闘士】が全部説明してくれたので、みんなも話が理解出来たようだ。
不人気ダンジョンが、注目を集めようとしている。
底辺冒険者は、お金が欲しい。
利害の一致、というやつだ。
「行こう、みんな。ぼくらはこんなところで終われない、そうだろう?」
◇
「でもレメさん、ほんとにお金渡しちゃっていいんですか?」
「大丈夫ですよ」
「でもでもですよ、レメさんのお金ですよね? そりゃあ返すつもりでいますけど、この調子で新人冒険者にお金をバラまくと……その、元四位パーティー所属とはいえ、貯金が尽きませんか?」
「ご心配ありがとうございます。でも、手伝うって決めたのは僕ですから」
ダンジョンのコンセプトは変わらない。
中々芽が出ない、あるいは機関出たてで自信の無い新人冒険者達に、勝つ喜びを教える。
もちろん負けっぱなしでは儲けが出ないので、全三層の内二層までで勝利の味を覚えてもらって、最深層で全滅してもらう、ということもあったようだ。
だが、今回は新人冒険者に限り、なるべく勝ってもらう方針。
僕個人の好みで言えば、全力同士のぶつかり合いが良いなと思うわけだが、あくまで好み。
手抜きは好きじゃないが、この場合は違うだろう。相手を見下したり、自分が楽したい気持ちはないのだから。
むしろ逆。職業的には敵同士なのに、冒険者に自信を持ってもらおうと経営している。
その理念を知って、僕は協力したいと思った。力を尽くすと言ったことに嘘は無い。
クリア報酬は、僕が出すことにした。
正直かなり痛いが、こういうのは顔に出さない方がいいだろう。
「それに、予約が殺到してるそうじゃないですか?」
「は、はい……!」
トールさんの目が輝く。
「ご提案の通り、報酬目的の中級冒険者達からの予約もガンガン受け付けてます」
そう、これが今回の作戦の肝。
コンセプトは変えない。新人が勝つ喜びを覚えられるダンジョンとして活気を取り戻す。
ただし、抜け道を作っておいた。
クリア報酬を受け取ることができるのは、新人だけじゃない。
十組を越えるパーティーが攻略映像を配信し、賞金ゲットを伝えたところ、このダンジョンは一気に話題になった。
世間的には微妙だが、冒険者界隈ではダンジョン関連の噂が広まるのも早い。
クリア報酬は、ダンジョンの難度と比べると破格。
ちょっと寄ってパッと稼げると思えば、かなり得だと思えるくらいに。
もちろん上級パーティーはそんなこと考えもしないだろうが、中級以下には無視出来ない額。
『最近話題の初級ダンジョンを最速でクリアしてみた【ラクラク賞金ゲット】』みたいなタイトルで投稿すれば、閲覧数も稼げるだろう。
新人ばかりがクリア映像を投稿している今が狙い目、と思わせた。
結果、この街に来られる範囲の中級冒険者から予約が殺到。
「ここは新人向けのダンジョン、そうですよねトールさん」
「えぇ、レメさんのおかげです。これを見たらバアちゃんも喜びます」
「新人向けダンジョンに、お金目当てでやってくる中級以上は、全滅させてもいいですか?」
トールさんにも、今回の作戦は話してある。
「既に勝利の喜びを知っているのに、容易に攻略出来るダンジョンに金目当てでやってくる……た、確かに当ダンジョンの目指すダンジョン攻略には合わないお客様ですね……」
「では、全滅させても構わない?」
「は、はい……それに、実を言うと、僕はケイ達にも勝ってほしいんだ」
そう。冒険者に勝つ喜びを覚えてもらう。素晴らしいことだ。
じゃあ、魔物達は? 負け続ける日々を送るのが素晴らしいことか? もちろん、コンセプトを理解して働いてくれているのだから問題はないのかもしれない。
けど、トールさんは大切な部下にも勝利を知ってもらいたいと思っている。
そして事前に話を聞いた限り、部下達も思いは同じ。
ケイさんも「蹴り飛ばしたい冒険者というものは、確かにおりますね」と言っていた。
うん、勝ちたいと受け取っておこう。
「では、勝ちましょう」
コンセプトは変えず、新人を笑顔にして、その上でお金を稼ぐ。従業員も笑顔になる。
何の問題があろう。
「……これが……魔王軍、参謀……」
トールさんが何か呟いている。
「みなさんを呼んで下さい」




