62◇引きこもりダンジョンマスター
転移したのは、高級宿のロビーのような場所だった。
魔王城で働くようになってから実感したのだが、ダンジョンはあくまで職場。客に見せる部分と、職員が使用する部分はまったく別。
驚くほどに近代的で、機能的だ。清潔感があり、『ダンジョン』のイメージとは大きく掛け離れている。よく考えれば当然なのかもしれないが、最初はどうにも違和感があった。
どうやらダンジョンマスターは転移石の設置されていない部屋にいるらしく、僕らは歩いてその場所まで向かう。
到着したのは、ノブのついた扉の前。このあたりも、宿の一室前という感じだ。
ケイさんがノックする。
「主、魔王城の方々をお連れしました」
返事は無し。
「チッ……」
ケイさんが舌打ち、したような気がした。
「主……トール。開けなさい」
口調が砕けたものに変わる。職場の上下関係がない時は、こうなのかもしれない。
「わたくし達を助ける為に来て下さったのよ? ダンジョンマスターとして挨拶なさい」
すると、扉の向こうからぼそぼそと声が聞こえてきた。
「……今はそっとしておいてくれよ、ケイ」
「は? あと何日そうやって引き篭もるつもり? そうこうしている間にも支払期限が迫っているのよ?」
「分かってるさ……分かってるから、そんな風にチクチク言わないでくれよ。更に気分が沈むじゃないか」
「まだ沈めるとは、すごいわね。とっくに底についたと思ったけど、余裕があるみたいで安心したわ」
「君の皮肉は好きだけど、今は笑って聞ける気分じゃあないんだ。えぇと……そう、明日にしよう。明日、魔王城の方々に挨拶するよ……」
「ふっ」
ケイさんが扉に背を向けた。
蹄の音でそれを察知したのか、扉の向こうから「まさか……いやいやいや……」という声が聞こえる。
次の瞬間、ケイさんの後ろ脚が跳ね――扉を粉砕した。
「あぁくそ……! やっぱり!」
中から叫び声。
「お待たせしました皆様。中へどうぞ」
扉の前についた時にカシュは下ろしていたので、蹴りで転落などの心配は無かった。
が、ばっちり後ろ脚蹴りを目にしたカシュは小さな口をあんぐり開き、耳をぷるぷる震わせている。
身を寄せてきたので、安心させるように頭を撫でた。
「良い蹴り」
串焼きを食べ尽くしたフルカスさんが、短く褒める。
扉を蹴破ったことに誰か突っ込みを入れた方がいいのではないか。
どうやらそういう空気ではなさそうなので、僕はケイさんに促されるまま入室。
簡素な部屋だった。最低限の家具と、シャワールームだけがある。
ダンジョンマスターさんは、布団にくるまって部屋の角で膝を抱えていた。
「ああああ、もう。扉を直す魔力も惜しいってのに」
「直さなければいいでしょう」
「あはは、その手があったね。ケイ、君は天才だ……はぁ」
乾いた声で笑うダンジョンマスターさん。
布団に隠れていてよく見えないが、声からして男性で、身体は僕より大きそうだ。
「いいから、挨拶なさい。ダンジョンマスターでしょう、貴方みたいなのでも」
「……そりゃあ、僕はダンジョンマスター失格のバカ野郎だけど、もう少し優しくしてくれたっていいじゃあないか。君にまで冷たくされたら、僕はもう立ち上がれないよ」
「優しくしたって立たないじゃない」
「ぐはっ……」
「早くしないと、貴方も蹴るわよ?」
「やめて。人生から退場しちゃうから……」
言いながら、渋々といった様子で立ち上がるダンジョンマスター――トールさん。
緑色の肌に、常人と比べると太い手足と胴。
トールさんは、オークだった。
「はぁ……お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ないです。当ダンジョンのダンジョンマスター、トールです。この度はー、えー……とにかく、ありがとうございます」
僕らも名乗る。
「あー……レメさん? え、レメゲトンって、え、元フェニクスパーティーのレメ!?」
今気づいたのか、トールが飛び上がって驚く。
「いやいやいや……え? だって【炎の勇者】の腹に穴開けてましたよね?」
「ですね……」
「でもパーティー追い出されましたよね? 【戦士】アルバがインタビューで言ってましたよ」
「正確ではないですけど、まぁ大体そんなような感じです」
「ぶっちゃけ僕もなんで四位パーティーに【黒魔導士】がいるんだって思ってましたし。あ、すみません……!」
ケイさんにギロリと睨まれ、トールさんはビクッと震え上がる。
彼女は驚かなかったが、トールさんの反応の方が自然というもの。
「え、でも……そんな強いならなんで追い出されたんですか? いや、実力を疑ってるとかではなく! 連絡はちゃんと魔王城からでしたし」
「色々ありまして。それよりも、ダンジョンのお手伝いについて話が出来ればと」
途端にトールさんの目が濁る。
「あ、あぁ……ふふふ、そうでした。人のことを気にしている場合じゃなかったですね……」
初級・始まりのダンジョンは元々経営難が続いていた。
そこに金銭援助を申し出たのが魔王様のお父さん。祖母の知り合いだというその男性を信じたトールさんは、契約書をよく読むことなくサインしてしまったらしい。
期日までに返済出来ないと、ダンジョンが差し押さえられてしまう。
「……どうぞ、好きに罵って下さい。僕は契約書も読めないアホオークなんです……」
「愚か者。クズ。わたくしに一言の相談もなく馬鹿な行為に走った挙げ句、見事に騙された救いようのないアホ」
すかさず罵倒したのはケイさんだ。
「あ、あの……今のはレメさんに言ったんだけど」
「失礼。メイドに罵られた方が嬉しいかと」
「そういう性癖はないかな……。あっても、人前で頼まないし」
ダンジョンはほぼ無尽蔵に魔力を生み出す性質があるが、その出力や生成量にはダンジョンごとに差がある。
たとえば無限に水が出てくる水道があったとする、でも数秒に一滴しか出てこなかったら?
無尽蔵だからといって、なんでも出来るというわけではない。
そのあたりを考慮して、全何層にするか、職員用の施設をどれだけ・どう作るか決定するわけだ。
「僕だってですね、ただ引きこもったわけじゃあないんだ。色々考えたんですよ……でも、法は破れないし……」
ダンジョンのエンターテインメント化にあたって、魔力の用途は法で厳格に定められた。
ものすごく簡単に言えば、ダンジョン業務以外に使ってはならない、という法律だ。
映像板や電脳板、冷蔵庫や繭などを動かすのは魔力だ。魔力源は魔石。魔力を蓄えられる石で、自分の魔力や、購入した魔力を入れて使う。
他にも、魔力は魔法の源でもある。
流通している魔石は魔法への転用が出来ないよう創られているが、たまに改造魔石を使った魔法犯罪も起きる。
そう、無尽蔵の魔力は生活を豊かにする可能性もあるが、危険も大きいのだ。
「そのあたりも、一緒に考えましょう」
戦争が終結したばかりの頃、ダンジョンマスター達でさえその仕組みを正確に理解していないものを利用しよう、とはならなかった。考えた者もいたかもしれないが、実現していない。
その利用価値を思えば、何かしらの問題があって利用出来なかったと考えるべきか。
代わりに強い制限を掛けたわけだ。
現代に至るまで、この法はほとんど変わっていない。冒険者の魔力体生成を一部許可したり、職員用施設として認められるものが増えたくらい。
つまり、ダンジョンの魔力で金儲けは出来ない。違法だから。
倒した冒険者に魔力体生成させるのは許可されているが、そもそも冒険者が来ないのが現状。
「考えるって……参謀って言っても分野は防衛ですよね? 経営じゃなくて。そりゃあ第十層の防衛は僕もクるものがありましたよ。というか最高でしたね。こんな状態じゃなきゃ録画したのを無限リピートですよ。でもね、ここは初級ダンジョンなんです。『特別ゲストに魔王軍参謀が!』みたいな謳い文句で冒険者を誘うことはしたくない。そこを歪めたらダメなんです……」
フェニクスパーティーを撃退した僕の来訪を喧伝すれば、近場の冒険者が押し寄せるだろう。
だがそれでは、実質的にダンジョンランクが上がってしまう。
僕を前面に押し出すやり方ではダメ。
そのこだわりを否定するつもりはない。
「――分かりました」




