61◇経営難に苦しむ初級ダンジョン
冒険者がダンジョンを選ぶ時に見るポイント。
傾向。どんな魔物が出てくるのか。
難度。『攻略推奨レベル』が足りないとそもそも挑めないし、全何層か見ておかないと配信の予定も立てられない。
評判。ダンジョン攻略はお金が掛かるので、不人気ダンジョンに潜って時間とお金を無駄には出来ない。
「こちらがわたくし共の職場になります」
どんなダンジョンにもコンセプトというものがある。
魔王城は魔物のバリエーションが豊か過ぎるが、それだって『魔物の王の居城』という設定があればこそ。
火属性魔物が出てくる火山風ダンジョンだとか、迷路とトラップまみれのダンジョンだとか、無重力ダンジョンだとか。
分かりやすい特徴を一つ用意しているところが多い。
火属性が出てくるなら、水属性持ちのパーティーで挑むと攻略しやすい、と事前に分かる。
迷路トラップが主なら、戦闘力に自信がなくとも知力で好成績を出せるかもしれない。
無重力の場合は、風属性さえ使えるなら空戦に対応出来る。
自分達のパーティーに合っていて、上手く攻略出来て、その上視聴者も喜びそうなダンジョンを探す。これが重要。
「『初級・始まりのダンジョン』ですね」
到着したのは柵で仕切られた、広大な敷地前。柵の向こうには木々が広がっている。
今回僕らが派遣されたのは、『攻略推奨レベル』もといダンジョンランク1のダンジョン。
ダンジョン名称の付け方は大まかに二通りある。
『魔王城』みたいにシンプルものか、ある法則に沿ったものか。
『○○・◇◇のダンジョン』というもの。○○には難度、◇◇には傾向が入る。
先程のたとえで言えば『上級・豪炎のダンジョン』とか『中級・陥穽のダンジョン』とかになるわけだ。
「栄えある魔王城の方々には、木っ端の如きダンジョンでしょうが……。何卒よろしくお願い致します」
「難度が高ければ偉いというわけではありませんから。先程も言ったように、力を尽くします」
『初級・始まりのダンジョン』の場合、『始まり』が傾向にあたるわけだが、これは初級でも特に初心者向けということ。
今では考えられないが、大昔ではゴブリンを討伐することを比喩的に『童貞を卒業する』なんて言ったらしい。その感覚の、現代版とでも言おうか。
一般人から冒険者になる為、戦闘に慣れる為の場所。魔物を退場させ、ダンジョンを踏破する喜びを覚えさせる場所。
童貞を卒業する場所、というわけだ。
「感謝します。これより主の許へご案内致しますが……その、現在塞ぎ込んでおりまして。お見苦しいところなどあるでしょうが、どうか寛大なお心で接して頂けますと……」
困ったようなケイさんに導かれながら、敷地内を進んでいく。
「自分のダンジョンが失われるかもしれないとなれば、誰でも落ち込んでしまうと思います」
「レメゲトン様はお優しいのですね。わたくしとしては、こういう時にこそ主の威厳を示して頂きたいものですが」
「あはは……」
ダンジョン攻略黎明期にはこういうダンジョンが沢山あったという。魔物と冒険者が職業になったばかりの時は、みんな適応に時間が掛かっただろう。こういった形態のダンジョンに大きな需要があった。
だが近年ではこういうダンジョンは減りつつある。
冒険者育成機関が出来てからは、基礎はそこで身に着けるものとなった。
三年も訓練を積んだ【勇者】が一人いれば、他の四人が足手まといだろうと初級はクリア出来てしまう。
それならば仲間と協力して中級に挑もうというわけだ。
ダンジョン側も時代に適応し、ダンジョンランクを上げたり『ウリ』を考えたり生き残りの道を模索しているわけだが、このダンジョンは昔ながらの初心者向けを貫いているようだ。
「謎。何故やり方を変えない?」
フルカスさんは、モグモグと串焼きの肉を頬張りながら言う。
「このダンジョンは主の祖母……先代から継いだものでして。彼女の愛したダンジョンを歪めたくないのだそうです」
「その結果が、経営難」
「ですから、どうにかしようと……」
「塞ぎ込めば、可能?」
「……」
「何事も、ただ貫く、無意味。貫き通す為、考えて、動く。出来ないなら、消える」
ケイさんは一瞬、悔しそうに唇を歪めたが、やがて頷いた。
「フルカス様の仰る通りです。あの男に騙されたのも、考えが足りなかったから。差し出された手に縋るばかりで、自ら動くことを怠ったが故のもの。……それでも。それでも諦めきれないと思うことは無意味でしょうか?」
「不屈『だけ』なら、無意味」
「……そうですね。我が主も、心の底では分かっている筈なのです」
フルカスさんの言っていることは正しい。
口を挟めないくらいに。
同時に、僕はまだ見ぬダンジョンマスターさんの気持ちも分かるのだ。
時代に合っていなくとも、諦めきれないことはある。
【黒魔導士】が不要とされる業界で、冒険者を諦めきれない者がいるように。
最終的には自分で考えて、決定し、行動しなければならない。
僕らに出来るのは手伝い。僕らに手伝いをさせるかどうかを、まずダンジョンマスターさんに決めてもらわなければならないわけだけど。
「わっ」
それを見て、カシュが驚きの声を上げる。
これまで森のような景色だったのだが、急に視界が開けたかと思うと巨大な岩石が鎮座する空間に出た。
その岩石には、まるで洞窟のように人の通れる穴が穿たれている。
ちなみにここまでの道には進む方向を示す木板が幾つか立っていたので、案内無しでも迷うことはないだろう。
「こちらからどうぞ」
僕らは岩石ではなく、少し離れたところにある巨木へと向かった。
僕ら全員が入れるくらいの樹洞が出来ていた。普通は木の中が腐って出来る空洞だけど、どうやら人工的に創られたものらしい。
台座と記録石。見慣れた装置が置かれている。
「お話を頂いたのが急なものですから、ゲスト用の登録証発行が間に合わず……」
フルカスさんが頷き、ケイさんの馬部分の胴に触れる。
カシュは乗ったままだ。
フルカスさんが、僕に手を伸ばした。
「ん」
一緒に移動するには登録証を持っている人と触れるか、触れている人に触れるかが必要。
この場合ケイさん本人か、カシュあるいはフルカスさんということになる。
移動の為とはいえ、逢ったばかりの女性の体にこちらから触れるというのは良くない気がした。
そのあたりを考えて、フルカスさんは手を差し伸べてくれたのか。
僕はフルカスさんの小さな手を握る。
少し遅れて、こちらに手を伸ばしかけていたカシュが目に入った。
だがもうフルカスさんと手を繋いでしまっている。
カシュに声を掛けようとした瞬間、フルカスさんがぼそっと言う。
「手つきが、えっち」
「え!?」
「冗談」
心臓に悪いことを言わないでほしい。カシュがメモを取り出しかけたじゃないですか。
「では、行きます」
ケイさんのクールな声と共に、僕らは『始まり』のダンジョンに転移した。




