57◇炎の勇者と赤き魔人
「新しい時代の【勇者】?」
男は三十代だろうか。上背があり、背筋もピンとしており、立てば私が見上げることになるだろう。
常に笑顔を絶やさず、言葉は穏やか。
だが何故だろう、どうにも胡散臭く感じる。
「えぇ、そうです。もちろんこれは冒険者組合からも許可を得ている活動ですよ。偽の取材依頼を出したのは、単純にその方が話を聞いてもらいやすいだろうとの判断でして」
冒険者組合を通さずに仕事の依頼を出すのは禁止されている。この男が冒険者組合の許可を得て動いている、というのは事実だろう。救いようのない愚か者で無い限り、そのような虚言は吐かない。
とはいえ、冒険者組合を通した依頼を受けるかどうかは、パーティーや個人が決めること。
確かに、普通に仕事の依頼だと聞かされていれば、今の私達は聞く耳を持たなかっただろう。
「ツラ見せる為に嘘吐く奴の話を信じられると思うか?」
アルバが男を睨みつけながら言った。
小さなテーブルを挟むように、三人掛けのソファーが二つ。四方の内残る二方を埋める形で一人がけのソファーが一つずつ。
男が三人掛けに一人で座り、私とアルバとラークが三人掛けに、女性陣はそれぞれ一人掛けに座っている。
「これは手厳しい。ですがそうでもしなければお逢い出来なかったでしょう? 魔王城攻略失敗を踏まえ、鍛え直すと発表したばかりだ。ここでダンジョンと無関係な仕事を引き受けては世間からの印象がよくない」
「それを承知の上で来たってことは、余程良い話なんだろうね」
「それはもちろんですとも、ラーク殿」
ニッコリと、男は微笑む。
最初に名乗っていた名はなんだったか。確かそう、フェローだ。
「わたし達は正々堂々とランクを上げるつもりです。今は己を磨き直す時、組合とどのような話をされたかは存じませんが、他をあたられた方がよいかと」
「いいえ、リリー殿。貴方がたに注目が集まっている今だからこそ、引き受けて頂きたいのです。それに、これは貴女のような方の為にもなる」
後ろの言葉は、リリー個人へ向けたもの。
「それは、どういう……」
怪訝な顔をするリリー。
「あの、席を立たないなら話を聞いた方が早くないですか?」
【氷の勇者】ベーラが、面倒くさそうに言った。
全員が私を見る。
確かに、話が違うとこの場を去っても問題ないだろう。
退席の判断を下す寸前。
「あぁそうだ。これはレメ殿のような不遇【役職】の方々の未来も拓けるかもしれないお話です」
――この男……。
核心部分に触れずに、人の心を誘導しようとしている。興味を煽り、聞く耳を持つよう促している。
「……手短に」
私の言葉に、フェロー殿はやはりニッコリと微笑んだ。
「冒険者ランクの上位三位は固定化されている。貴方がたの快進撃があるまでは、十位まで固定化されていましたね。それくらい、人気が不動のものとなっている。新しく攻略映像に興味を持った人がいても、人気のパーティーに目が向いてしまう。冒険者は余程の『ウリ』を持つか、人気パーティーと似た構成にすることでしかファンを獲得出来ないのが現状です」
事実だった。
だがそれは、十位までのパーティーの攻略が変わらず面白いからこそ。
「それはよいでしょう。人気者には人気者になるだけの何かがある。一向に構いませんとも。ですが、今日までに築き上げられた『人気を集めるのに必要なもの』を持たない者は、たとえ実力的に優れていても、日の目を見ることなく消えてしまう」
私達が黙って聞いている中、男の話は続く。
「たとえば不遇職である【黒魔導士】や【白魔導士】。戦時中は重宝された彼らも、今は無能扱いです。何故か。パーティー構成が五人までであることと、見た目の派手さに欠けるからです。敵の能力を下げることも、味方の能力も上げることも、本来は素晴らしい魔法である筈なのに」
ダンジョン攻略が流行したことによって、立場の変わった職といえばその二つが筆頭だろう。
人数制限さえなければ、その二つの【役職】が仲間にいて邪魔になることはない。数が集まれば更に心強くなる。その場合は守る人員も必要になるが。
それが出来ないから優先順位が低くなり、結果として不要という認識が広まってしまった。
「たとえばエルフは、かつての敵対種でこそありませんが、当時は聖なる森にこもって外界との接触を断っていました。戦いに干渉しなかった歴史がある。だからエルフの冒険者は敬遠されがちです。かつて戦わなかった者達が、死なない戦いが出来てから参戦するのかとね」
そういう事情もあって、かつてアルバはリリーに魔力体では耳を人間のものにしろと言った。
結果としてリリーは実力で認められたが、加入当初は冷たい意見も少なくなかった。
「最も酷いのが魔物とされる亜人の扱いです。極めて人間に近い種でなければ冒険者登録で弾かれてしまいますし、実際はエルフやドワーフ、耳付きの亜人までしか認められていません。魔人や夢魔、龍人や鳥人、多くの獣人はビジュアルが『勇者パーティー』という設定に不適格だとね」
そういった現実があるのも、本当のところだ。
「ただこれは、設定上仕方のない面もあります。水着の美女特集で、筋骨隆々な男性は呼ばないのと同じ。差別ではなく、純粋に『作ろうとしているもの』に適していないという事実があるのみ。それでも、悲しくはありませんか?」
その時ばかりは、彼が笑顔を消した。
取り繕った言葉ではない、少なくとも悲しみに関しては。
「ダンジョン攻略以外の方法で、冒険者を目指す者達が活躍出来る場を用意する、というお話ですか?」
「えぇ、えぇその通りです。冒険者が正義で魔物が悪? そんな古臭い設定に囚われる必要がどこにありましょう。えぇ、無いのですよ。私は新たなエンターテインメントを提供するつもりです」
「それは、たとえばどのような?」
「ダンジョンを買い取り、改修したのちに戦闘フィールドを形成します。単純な陣取りや、従来のように全滅すると敗北でもいいですし、特定の目標を果たすまで復活可能というルールでもいいかもしれませんね。とにかく、勇者パーティーと魔物ではなく、誰もを『選手』として扱います。そこに正義も悪もない。構成の自由な、競技としての戦いを作り上げたい」
亜人と人間が好きに組んでいい、そんな競技。
話を聞く限り、面白い試みに感じられる。
「ダンジョンを用いれば、特定の箇所に立っている間のみ、黒魔法白魔法の効果を十倍にするなどのエリアも作れましょう。ダンジョンが魔力を提供することで効力を上げるわけですね。現状は魔物側といえどダンジョンを構築する魔力の利用は禁止されていますが、双方が利用出来るならば公平性も保てるでしょう」
なるほど、たとえば参加人数が五対五だとしても、それならば【黒魔導士】や【白魔導師】を入れるメリットはある。
それ以上になれば、一チーム一人は組み込むだろう。
効力が十倍になれば放置出来ないし、味方としては敵への圧力にもなる。
「団体競技が苦手な者には、トーナメントや一対一の戦闘を用意します。現在進行中の企画で言えば、この街で開催予定のタッグ戦がありますね。冒険者・魔物の区切りなく、好きな者と組んで参加出来るトーナメントです。こういったものが増えるほど、ダンジョン攻略では輝けなかった優秀な人材に注目が集まる」
そして、と彼は締めくくりに入る。
「実現すれば、これらは全て冒険者組合公認。つまり、ランク決定にも影響を及ぼします。
魔法具持ちのみの戦いに出るのはどうですかアルバ殿。
弓術を競う勝負などは如何ですかリリー殿。
どれだけの攻撃に耐えられるかを攻撃魔法で行えば、派手な見世物になるとは思いませんかラーク殿。
【勇者】は仲間を率いる者ですが、いざという時に個人で強大な敵と闘える者でもある。最初から全力で、自由に戦ってみたくはありませんか、お二方」
なるほど、彼の考えが少し分かった。
上位三位のパーティーは、既に業界の頂点に立っている。
だが私達は今もなおトップスリーに入れず、それでいて強く一位を望んでいる。
最近、最高難度ダンジョンの魔王城攻略で注目を集め、その失敗で今後の動向に関心を持たれている私達。
そういう私達を、フェロー殿が引き込めばどうなるか。
彼が単に人を呼び込むよりずっと効果的に、参加者を集められる。
私達にも利を提供しつつ、客寄せに使おうというのだ。
一体どんな根回しをして、己の企画を冒険者組合に認めさせたのか。
ヘラヘラしているが、底知れない男だ。
「いかがです?」
「一つ、尋ねたいことがあります」
「なんなりと」
「貴方の目的は?」
「……なんです?」
一瞬、彼の笑みが不自然に歪んだように見えた。
「ここまでの行動に出るには、執念ともいうべき感情が必要でしょう」
「新たな娯楽を創出することで、莫大な利益を――」
「嘘ですね。貴方は私達を説得するつもりでいた。金が一番大事な人間は、説得にもそれを推すのでは? ですが貴方は話し始めてから一度も、そこには触れなかった」
「貴方がたの関心が、そこにはないと理解しているからですよ」
「そうかもしれません。ですが私には、貴方の関心もそこにはないと感じられた」
「勇者の勘ですか?」
「お好きなように受け取ってください。それよりも、質問には答えて頂けないのですか?」
次の瞬間、私達は咄嗟に立ち上がり掛けた。
彼から、莫大な魔力が立ち上るのが分かったからだ。
「――いえ、あぁ、失礼しました。申し訳ない、少し、感情が高ぶってしまって」
――今の魔力、圧だけでいえばあの時のレメに極めて近い……。
疑念が確信に大きく近づくのを感じながら、私は再び席につく。
「いや、それにしても素晴らしいですね。さすがは四位パーティー、良い反応をしてらっしゃる」
魔力に関しては説明するつもりがないようだ。
彼は再び笑みを顔に貼り付け、質問への答えを出した。
「私の目的は、『公平』ですよ。本当に、ただそれだけなんです」
一つのやり方にこだわるから、不遇【役職】なんてものが生まれる。
一つの設定にこだわるから、設定上の善悪が一般人にも浸透してしまった。
それを解消し、【役職】と種への偏見を取り除きたい、というところか。
話だけ聞くと、素晴らしい考えに思えるのだが……。
「……そうなると、貴方にとってダンジョン攻略の続行は不都合なのでは? 不公平の象徴でしょう、貴方からすれば」
「素晴らしき慧眼にございますね、ベーラ殿。えぇ、私はいずれダンジョン攻略を過去のものとしたいと思っています」
なんてことのないように、彼は言った。
その言葉に、私達は衝撃を受ける。
「つまり、新たなエンターテインメントの追加ではなく、ダンジョン攻略の終了までが貴殿の目的であると?」
「組合には秘密にして頂けますか?」
しぃ、と人差し指を口許に当てるフェロー殿。
言ったところで、信じてはもらえまい。
今のダンジョン攻略が男一人の野望で消えるなどと、本気で取り合う者はいないだろうから。
「さて、どうでしょう。悪い話ではないと思いますが? 皆さんもそうですし――フェニクス殿。貴方の親友に活躍の場を与えられるのですよ? 第三者である私にも彼の屈辱と苦労は察するにあまりある。考えてみてください。彼の力を誰もが認め、彼の活躍に喝采が起こる様を。貴方がたが力を貸してくだされば、その未来はずっと早く現実のものとなるでしょう」
ダンジョン攻略をなくしてしまいたい男に協力することで、【黒魔導士】レメが表舞台で活躍する未来が、やってくるかもしれない?
――この男は、何を勘違いしているのか。
私の中で、答えはもう出ていた。




