48◇魔王の角と神々の焔
「……これ、実際に見せるのは初めてだよな」
フェニクスだけは例外で、師匠や僕の力のことを知っている。
「あぁ、とっておきなんだろう?」
隻角を――解放する。
僕の右腕が変化した。
黒く、硬質で、光沢のある何かが皮膚を覆う。
肘から尖った角のようなものが飛び出すが、これの色もまた漆黒。異変は肩まで及び、肩甲骨周りから、翼の骨めいた何かが生える。
そして、魔力体に付けた偽物の片角の逆。
右側頭部に、魔王様や師匠と同じ角が生える。
フェニクスが、一歩引いた。
醜かったからではない。
本能が感じ取ったのだろう。
そのあまりに膨大な魔力に当てられ、危機を察知したのだ。
魔力の余波で、第十層が揺れる。
「こんなものを、隠していたのか」
【嵐の勇者】エアリアルさんは、僕を初めて見た時に師匠を思い出したのだという。
もしかしたら、感じ取ったのかもしれない。
僕の中にある、師匠の角を。
魔人の角は魔力を溜め、洗練する。より高密度、高純度の魔力は同じ魔法でも桁違いの効力を発揮する。
魔人は優秀な魔力器官から生み出される魔力を、己の二本角に溜めるのだ。
大昔、勇者は精霊、魔人は角によって常人を越える魔法を行使した。
貯蔵量は魔人によって変わるが、【魔王】ともなれば桁違いの膨大な量を受け入れられる。
僕の魔力体披露の際、魔王様が言い掛けていたこと。
本来、魔人が片角になるということは――後継者に角を与えたということ。
自分の強さを支える角の一本を、誰かに継がせたということ。
僕の場合は違う。元々ゼロ本だった角に、一本追加されたもの。
当時は知らなかったが、師匠は【魔王】。
田舎のガキに、与えていいものではなかったのに。
本当のところ、理由は分かっていない。
だが師匠は我が子でも孫でもなく、僕に角を与えた。
本来は人に適合しない角を、師匠は古の秘術を使いまくってなんとか適合させた。
ただし、砕いて粉末にした角を、一日にひとつまみずつ。
それを取り込んだだけで、僕の平凡極まりない肉体は悲鳴を上げた。
当たり前だ。人間から、魔人に近づくのだから。別の生き物になるようなもの。楽に済むわけがない。
角一本分を身体に馴染ませるのに、そこから一年以上掛かった。
更にはどういうわけか今、角はこんな感じになっている。
……最初に取り込んだ時より、絶対に質量が増している。角の域を逸脱しているし。
魔人への移植の場合は肘や額に付けるらしいので、僕への処置は例外中の例外。師匠だから出来た荒業。その所為か、イレギュラーが起こっているようだ。
「何年分だい?」
フェニクスは、笑っている。少し引きつっているが、実に楽しそうに。
「角の一部を取り込んでから、今日この日までに溜めた全ての魔力だ」
僕の魔力器官は、いかれた訓練によって鍛えられ過ぎた。
日常で、魔力を生成した先から使い切るのは段々と難しくなったのだ。
それもあって、僕は黒魔法を鍛えながら角にどんどん魔力を溜めた。
ちなみに角は血中に溶けて流れているわけではないので、ミラさんの吸血で一部が彼女に取り込まれたとかそういう心配はない。
魔王の弟子の、約九年分の魔力だ。
魔力体を生成する時に、注ぎ込んでおいた。
今この時、僕の魔力は四大精霊持ちに匹敵する。
それを肌で感じているだろうに、フェニクスは一歩前に出た。
「いいのかい、それを私に使ってしまって」
「僕の知る限り、お前に単騎で勝てる奴はいないよ」
エアリアルさんあたりなら分からないが、敢えて断言する。
僕は言葉を続けた。
「――僕以外はな」
フェニクスの全身が炎に包まれた。視線を向けるだけで苦しさを覚える程の炎。
それが、ゆっくりと彼の聖剣に集まる。炎が凝縮され、剣に纏わりつく。
その炎は、白かった。
「神々の焔、と言うらしい。精霊が言うには、この世のものならどんなものでも、灼き尽くせるそうだ」
触れたらどころではない。近くに寄っただけで塵一つ残さず世界から消される。
白い炎は、そういう代物だと分かった。
それでも僕は、一歩踏み出す。
「いいのかよ、僕なんかに使っちゃって。ポンポン使える魔法じゃないんだろ」
精霊の加護にも限度はある。いずれ回復するにしても、一度にこれだけ強力な力を引き出しては、疲弊するだろう。
ここで僕に勝っても、それではどうやって魔王様に勝つのか。かなり長く休養期間が必要になるぞ。
「私の知る限り、君より優れた勇者はいない」
一呼吸置いてから、フェニクスは続けた。
「――私は、そんな君に勝ちたい」
僕は、嬉しくなった。
こいつは何故か、ずっと僕に憧れていた。
それはいい。負けていられないと張り合いが出る。
でも、どうなんだよ。
お前、【炎の勇者】だろ。
人類最強に相応しい冒険者だろ。
いつまでも、僕を自分の上に置いていたらだめだろ。
そう思っていたが、本当に良かった。
お前は、ちゃんと僕に勝ちたいんだな。
すごく嬉しいよ。
僕は、拳を握った。
「時間がないのが不安だったけど、そもそも要らなかったな」
互いにこの魔力量。それを一気にぶつけようというのだ、長期戦にはならない。
フェニクスは一つ頷いてから、こう言った。
「思えば、君を斬るのは初めてだ」
もう勝った気でいるのか。いや、自分を鼓舞しているのだ。分かっている。
いいよ、乗ってやろうじゃないか。
「僕が、お前を本気で殴るのもな」
フェニクスが、剣を構えた。
互いの唇に笑みが刻まれ、刹那でそれが消える。
そして僕らは、互いに地を蹴り。
激突した。




