46◇両雄、向かい合う
「ハッ。ハッハッッハッ! なんという火力! なんという圧力! 離れているというのにこれだけの熱波! これが生身ならば我らはとうに呼吸が出来ずに倒れていよう!」
「待たせてしまったな、マルコシアス殿。だが後一人先客がいよう。カーミラ殿」
「私はレメゲトン様のご命令に従います。貴方と一騎打ちしろとは、言われていない」
「そうか、承知した。では、今度こそ――」
「あぁ、オレの番というわけだ!」
マルコシアスが正面から突進してくる。
鋭利な爪による突きを半身になってギリギリで回避し、撫でるように腕を斬る。
そこから発火し、彼もまた――。
「ハッハァッ! よくぞ避けたな【炎の勇者】よ!」
退場しなかった。
咄嗟に反転し剣を構える。
衝撃。
剣身で彼の突きを受け止めようとするが、後方に吹き飛ばされてしまう。
流れる視界の中で一瞬前の攻防の結果を確認。
――なるほど。
彼は右手で突きを繰り出した。そしてそれは確かに燃えていた。
マルコシアスは斬られた次の瞬間には左手で右腕を引き千切ったのだ。
魔力体とはいえ、己の身体に対して何の躊躇もなく。そして捨てた。
身体から切り離された右腕だけが燃え、彼の身体は残った。
そして左手で突いたわけだ。
その左手も剣身に触れた。予測済みだったか、彼は牙で肘から先を噛み切った。
見事だ。
私は柱に激突するその寸前、炎を噴かせた。火精霊は私に炎で飛ぶ魔法も与えてくれた。正確には火で飛んでいるわけではないとのことだが、細かい理屈はどうでもいい。
風精霊程自由ではないが、空を飛ぶことが出来るということが分かればいい。
衝撃を殺し、すぐに推進力を得る。
グッ、と身体が加速した。
「ほうッ! さすがは四大精霊の契約者! そうこなくてはな!」
「貴殿のおかげで、私はまた一つ学びを得た」
「そうだろうなぁ! 撫でただけで敵を倒せるなどと勘違いしないことだ!」
「己の不熟を恥じるばかりだ。感謝する、マルコシアス殿」
「不要だ! オレはただ、貴殿を倒す為に此処にいる!」
残る両足で、彼は私を打倒するつもりのようだった。
その心の強さに、敬意を抱く。
彼我の距離が凄まじい速度で縮み、そして――凄まじい速度で離れる。
「……また闘おうぞ」
その言葉に込められた意味を、私は汲み取る。
つまり、私がレメに敗北することで攻略し直しになるから、また闘える。
彼は信じている。レメが私を打倒すると。
親友を認めてくれていることは喜ばしいが、【勇者】としては頷けない。
「その機会は得られない」
彼の身体が上半身と下半身で二つに分かれ、同時に燃え上がった。
地に足を戻した私に躍りかかってきたのは、黒騎士フルカス。
性別不詳の騎士、その槍だけは私の聖剣に耐え得る。
断ち切った先から、先端をトカゲの尻尾のように落とし、再び穂先を生やす。柄も元の長さまで伸びる。
「先程までとは状況が違う」
剣と槍でフルカスと戦い続けるのでは時間が掛かり過ぎる。
聖剣を振るう。
斬撃の軌道上に炎が走り、爆発するように広がった。
「……ごめん、参謀」
そう呟いた声は、どこか少女のように聞こえた。
フルカスも、退場。
残るはマルコシアス配下の【人狼】、ナベリウス配下【黒妖犬】が数体ずつ。
迫り来る彼らを焼き尽くして退場させる。
もうすぐだ。
【吸血鬼の女王】カーミラと、その亜獣。
「レメゲトン殿と戦いたい。貴女はどうされる」
グラシャラボラスが退場した時から、彼の姿は見えていた。
階段に腰掛け、こちらに顔を向けている。
「カーミラ」
「レメゲトン様、どうかご命令を。私は――四天王です」
二人の視線が絡み合う。いかな心のやり取りがあったのか、レメゲトンは静かに立ち上がった。
「――【炎の勇者】を退場させろ」
「はっ」
魔王軍参謀は、部下の意思を尊重する方針らしい。
私を囲むように飛んでくる蝙蝠も、剣も、一瞬で炭化する。
それでも彼女は血で生み出した剣をこちらに飛ばし続けた。
……なるほど、忠臣だ。
私の魔力を可能な限り消費しようと言うのだ。
私は地を蹴って彼女に肉薄、襲い来る剣を全て弾き、すぐに剣の間合いへ。
「前回貴女を倒したのも私だ。アルバにどんな恨みが?」
彼女は確かに残虐な魔物として知られるが、それはあくまで演出だ。だがアルバへの態度には明確な怒りが感じられた。
腹を聖剣で貫かれた彼女は、フッと笑う。
「私の怒りよ。貴方にはあげない」
そのまま、彼女は首だけで彼を見る。
「申し訳ございません、レメゲトン様」
「気にするな」
「ご武運を」
「あぁ」
カーミラの身体が赤に染まり、すぐに魔力の粒子と化す。
「これで、貴殿と戦う権利は得られたかな」
辿りついたら相手をする、と言われていた。
「……あぁ、よくも我が配下を全滅させてくれたな」
「静観されていたように思うが」
「奴らの望みだ」
「では、貴殿の望みは?」
「知れたこと。貴様らの全滅。つまり、貴様の退場だよ」
「私に勝てるとお思いか」
「勝たねばならぬ、それが責務だ」
彼がゆっくりと近づいてくる。
「それにしても、凄まじい力だな。仲間がいない方が強いのではないか?」
試すような質問。
「……昔、そのことで悩んでいたことがある」
「ほう?」
「四大精霊はあまりに格が高過ぎるとね。並び立つ仲間などいないのではないか、自分一人で戦う方が良い結果が出せてしまうのではないか。それが怖かった」
「それで」
「親友に叱られてしまった。『お前一人が強いだけなら何も面白くねぇだろ』とね」
「そうか」
想像してみた。毎回、たった一人でダンジョンに潜る男。苦戦も何もせず、淡々と敵を燃やして最深部へと至るのだ。最初はいい。二回目は? 十回目は? 百回目は? 観たいだろうか、そんな退屈なダンジョン攻略を。
ダンジョン攻略はエンターテインメント。その大前提を決して忘れてはいけない。
アルバの果敢な攻めに派手な魔法剣、リリーの流麗な動きと『神速』、ラークの安定感と時に繰り出されるシールドバッシュと斬撃、ベーラの見るも美しい氷結魔法。
かつては、レメのサポートによって完璧な一体感を演出出来ていた。
それらが視聴者の目を引き、心を躍らせる。
そして、敵だ。
アルバの魔法剣が奪われた時、防いだ筈の魔法剣がラークを貫いた時、ベーラが敵の策で魔力を使い切り一騎打ちで破れた時、リリーが弓勝負で敗北し退場した時。
この配信を観るだろう者達は目を瞠るだろう。叫ぶ者もきっといる。
仲間がいて、私がいて、敵がいて、ダンジョン攻略なのだ。
そこにある戦いに、人々は心惹かれるのだ。
自分が強過ぎることを心配するなんて馬鹿だと、レメは言った。
そして、こうも言っていた。
仲間がいるから、面白い攻略が出来る。
仲間を失ってから、出せる本気がある。
普段は仲間を巻き込むから使えない魔法を、存分に扱える。
孤独な攻略とは違う。
こういう状況こそ、特別な強さの使い所。
仲間が退場したからこそ、これは窮地に立たされた【勇者】の、逆転の物語になる。
「仲間を全て失った【勇者】の本気が、我は楽しみでならないがな」
「配下を全て失った【魔人】の本気を、私も楽しみに思っているよ」
私は、思ってしまった。
――あぁ、邪魔だな。
カメラもマイクも、邪魔だ。
熱で自分に仕込まれたマイクを破壊。
そして周囲一帯を炎で包み、カメラも全て溶かす。
私の意図に気付いた彼が、声を親友のそれに戻した。
「……おい馬鹿、弁償しろよ」
「君と全力で戦う為だ。あれはカメラに映せないだろう」
「【勇者】としてどうなんだそれは……」
一番の盛り上がりどころを見せられないのは残念だが、こんな機会は逃せない。
彼の本気を世間に見せるわけにはいかないし、ここまで来て本気で戦えないなんて受け入れられない。
【勇者】にあるまじき行為だ。一生に一度と心に決める。
「どれくらい猶予がある、レメ」
「三十秒とか一分かな」
誰かがカメラを持って、この部屋に転移してくる。
なんとか勝敗は見せられるようにしよう。それくらいはしなければ。
「充分とは言えないが、贅沢も言っていられないな」
レメゲトンは、仮面を外した。
ローブのポケットに仕舞う。
現れたのは、レメ。
「どちらが上か、だったね。決めようか、レメ」
「あぁ、フェニクス」
私は聖剣を構える。
「【炎の勇者】フェニクス、君を倒す」
レメの名乗りには、数秒掛かった。
【闇魔導士】レメゲトンを名乗るべきではないと考えたのだろう。彼はレメとして立ってくれているが、【黒魔導士】も違う。彼には、名乗りたい名がある。
やがて、彼はこちらを見据えた。
「【隻角の黒魔術師】レメ、お前に勝つ」
誰にも言えない、だが彼が敬愛する師より受け継いだモノ。
「最後に勝つのが勇者だ」
「そうだな、だから僕が勝つ」
第十層最後の戦いが、始まった。




