28◇パッとしない勇者パーティーの反省会(後)
「何言ってんだベーラ、意味が分かんねぇぞ」
「アルバ先輩、貴方は本当に自分の調子が悪いだけだと思っているのですか?」
ぐっ、とアルバが呻く。
「……確かに魔力体は肉体の『最高の状態』を再現したものです。故に体調面での不調というのは有り得ませんね。あるとすれば精神面ですが……」
リリーが苦々しげに言った。
「レメが抜けて、僕達の心に大きなダメージがあるってのは変な話だね。こっちがやめてくれって言ったんだから……」
ラークも同意する。
体調が悪くなることはなく、心を病んでもいない。
ならば、『不調』とやらの原因は?
「私はどちらかと言えば魔法主体なので中衛となるのでしょうが、この役割が増えて動きが阻害されることもないでしょう。前任のレメさんが無能だったなら、同じ位置に【勇者】が加わることで純粋な火力強化が見込めた筈です」
皆もそれを期待していた筈だ。
それは不完全な形で果たされた。
ベーラは期待以上の力を発揮したが、三人は何故か思うように結果が出せなくなった。
何故か、というのは彼ら視点での話だ。
私はもちろんのこと、ベーラもおおよそ見当がついている様子。
黒魔法が原因だと推測出来るだけでも大したものだが、きっと彼女が冒険者の常識に縛られていないから推測出来たのだろう。
【勇者】になったことを喜んでいる様子もなく、冒険者稼業にも思い入れがないようだった。
そんな彼女だからこそ、先入観無しにものを見ることが出来るのかもしれない。
「だけどなベーラ、そりゃあねぇだろ。黒魔法ってのはマジでカスなんだよ。攻撃力防御力を一割でも下げられんならまだいいぜ? だが大抵の奴はその半分も下げられやしねぇんだ」
「はぁ。ですから『大抵の奴』ではなかったと仮定しましょう、という話なのですが」
「確かに以前から不思議ではありました。フェニクスが友だからと無能を側に置き続けるとは思えません。とはいえ、彼の黒魔法が特段優れているようには見えず……」
「いや、あのさ。レメが仮に僕らを実力以上に引き上げてくれる【黒魔導士】だとするよ? じゃあレメはなんでそれを一度も僕らに言わなかったのかな。ベーラは知らないだろうけど、レメは何を言われてもヘラヘラして、アルバのむかつく悪口にも反論しなかったんだよ。それって実力不足を認めているからじゃないの?」
「あるいは何があっても実力を明かせない理由があったのかもしれません」
「はぁ? んな馬鹿な妄想があるかよ」
「アルバ先輩の魔法剣ですが、操作精度が落ちていないのに命中率が落ちてますよね?」
「……っ」
「レメさんが当てられるようにしてくれていたのでは?」
「ふ、ふざっけんなッ! んなことが――」
「ラークさんは、以前より敵の狙いが的確になっていると感じられているのでは? それと、攻撃力が上がっているように」
「まぁ……ね。魔王城だけなら、これが最高難度かって納得出来るけど……慣らしで入ったダンジョンでも、正直違和感あったかな」
そう、ベーラ加入の際に魔王城攻略を一度中断し、他のダンジョンに潜ったのだ。
非公開なので世間は知らないが、その時点で彼らは不調を感じていた。
「リリーさんは――」
「分かっています。以前よりも矢が当たらなくなっています」
「加えて、過去の映像では動く相手の急所も見事に貫いていましたが、今は命中するだけといった感じですね」
どうやらベーラは自分の想像を確信に変える為に、過去映像を確認したらしい。
「ハッ、じゃあなんだよ? オレらはレメの野郎がいないと何も出来ない無能だってか?」
「何故そう極端な意見になるのでしょう……。皆さんは一線級の冒険者です。それを実際以上に引き上げる力が、レメさんにあったというだけではないですか」
「……だから、彼の優秀な黒魔法が消えたのだと考えて動くべきだと?」
リリーはなんとかベーラの言わんとすることを理解したようだ。
「そうです。これまでお三方は漠然と違和感を解決しようとしていましたね。何か調子が悪い、という前提の元に戦うことで大きく失敗をしないように立ち回った。他のダンジョンならばまだしも、魔王城でそれは通じません。実際……六層で二人も落ちてしまいましたし」
五層で自分が落ちたからか、ベーラは最後の部分を躊躇いがちに言った。
確かに彼女の言う通り、フロアボス戦手前で【海の怪物】フォルネウスにラークが喰われた。
フォルネウスは、大きな建造物程のサイズをした鮫のような魔物だった。
人語を解し、名乗り上げの後でこちらを襲撃。ラークが退場した後でアルバが魔法剣をその全身に巻き付け、私とベーラが力を貸すことで釣り上げ、そしてベーラの用意していた氷の杭で串刺しにして倒した。
また、フロアボスの【水域の支配者】ウェパルはその発見と接近からして困難を極めた。
ただでさえ細い冒険者用の通路を、彼女の引き起こした嵐に耐えながら進まなければならなかったのだ。
途中で謎の船団まで現れ、砲撃や魚人の襲撃も加わった。
そこでリリーが退場し、ウェパルを見つける頃には三人になってしまった。
フロアボス戦になったことでベーラが残存魔力を全て海面の凍結に回し、配下の動きを鈍らせつつウェパルが水中に逃げることを封じた。
そこを私が一息に距離を詰めて打倒した。
「もちろん、納得は出来ないでしょう。色々と常識外のことを認めなければなりませんし、先程まで無能だと断じていた輩が実は自分達を支えていただなんて受け入れられる筈もない。分かりますよ。だから仮定なのです」
確かにベーラは最初にそう言っていた。
そういう仮定で、七層に臨もうと。
「……つまりだ、レメの黒魔法がなくなった今の状態が、本来の実力。そう考えて立ち回れってことか?」
「そうですね」
「自己評価を修正する、ということですね。自分を実際より大きく見ていては、正しく能力を発揮出来ない」
「えぇ」
「……これで上手く行ったら、僕らは馬鹿なことをしたってことになるよね」
「見方にもよるでしょう。私が思うに、お三方……特にアルバ先輩はレメさんの実力にはそこまで興味が無かったのでは? 仮に一割以上……二割三割の能力低下が可能であっても、パーティーから抜けるよう言ったのではないかと」
「……【黒魔導士】ってだけで、足枷だろうが」
アルバのそれは、肯定。
「人気の面で、ということですよね。彼が優秀な【黒魔導士】だとして――実際そうだったと私は思いますが――【役職】の時点でパーティーの人気底上げに貢献出来ないのは事実です。もちろん彼が真の実力を明らかにし、それを自身でもウリにすれば別ですが、しないでしょうね。あれだけ世間で酷評されても、頑なに自分の仕事に徹した方ですから」
冒険者や【勇者】に憧れていないからこそ、ベーラは公平にものを考えられるのか。
「意味が分かんねぇ。お前の話は理解出来るぜ、ベーラ。何を言ってるかは分かる。だがその通りだとしたら、レメは何を考えて冒険者をやってたんだ? 力があんなら、見せつけなきゃ意味ねぇだろ」
「私も彼の考えまでは読めませんよ。誰にも明かせないような力を持っているなら、冒険者なんかやらなければいい話ですし。でも、馬鹿にされる毎日に耐えていたことを考えれば、何か求めるものがあったのでしょうね」
――『レメとなら一番になれる。百三十年ぶりの【炎の勇者】と最強の【黒魔導士】で、一番になろう』
自分が誘い、彼は乗った。
彼は夢を諦めない。
私がいなくとも、勇者を、一番を目指すだろう。
「フェニクス……貴方はレメと古い仲でしたよね。知って、いたのですか?」
リリーの問い。
「これまで幾度となく君達には伝えた筈だ。その全てに嘘はない」
「……あのさ、それがほんとならレメはなんで力を隠してるの? パーティーを追い出されそうになっても黙ってるって、相当だよね」
「彼が語らなかったことを、私が語ることはないよラーク」
本来ならば私にも知られてはならなかったのだ。
彼の師が面倒くさそうに許可しなければ、私も知らないままだったかもしれない。
もしそうだったら、私はレメの力に気づけただろうかと、たまに思う。
「まぁ、そのあたりは今回の『仮定』に必要ではないので無視しましょう。とにかく、次の攻略までに今言ったことを頭に染み込ませて下さい。実際の実力よりも良い結果を出そうとしなければ、相応の力は発揮出来るでしょう」
「……偉く上からだなオイ」
「【勇者】が自信を持つのはよいことです。新人の足を引っ張ることがないように、私達は気を引き締める必要があるでしょう」
「リリーはベーラに甘いんだよな。……でもまぁ、他に代案を上げられないんなら、それで行ってみるしかないよね」
三人も正体不明の違和感には困っていたようで――私でなくベーラの提案だからということもあるだろうが――ベーラの案は採用されることになった。
そうして、私達は第七層へ進む。
補足・ダンジョン攻略の退場ペナルティは、『その回(日)の攻略に復帰できなくなる』というものです。
つまり第五層で退場したら、その日の第五層攻略に復帰出来ないわけですね。
同日に連続で第六層を攻略する場合も復帰出来ませんが、日を空ければ攻略に参加出来ます。
一つの階層で全滅すると、第一層からのやり直しになるというルールです。




