278◇沸き立つ勇気と共に
ニュースでは、黒組を勝ち抜いたレイスパーティーを含めた、四つのパーティーが紹介された。
その次に、伝説の強者達。
最強の魔王と、彼が実力を認めた世界トップクラスの魔物たち。
【不屈の勇者】パーティー。
そして、何やら特別ゲストも登場するとのことだ。
数時間後には彼ら彼女らと対峙しているかと思うと、不思議な感じだ。
現実味がない、というのとは違う。
これは、なんだろう。
緊張? 興奮?
逸り、だろうか。
待ち遠しいのだ、僕は。待ちきれないのだ。
「はい、出来ましたよ」
ミラさんの朝食をいただく。
やはり、美味しい。
「どうですか?」
「美味しいよ。宿のご飯も美味しかったけど……なんていうんだろう、ミラさんの料理は……ホッとする? ごめん、上手く言えないんだけど」
ミラさんは目を瞬かせたあと、頬を染めた。
「いえ、とっても嬉しいです。あの、レメさんは……」
「ん?」
「たとえば、この料理を毎日食べられたら嬉しかったりします、か?」
ミラさんの顔には緊張が宿っている。
「それは幸せだろうけど、毎日作るのって大変だろうし、そろそろ僕も料理作れるようにならないとなぁと思うよ。今回の大会が終わったら、さすがに時間を作れる、はず……」
元々僕は料理のセンスが壊滅的らしく、師匠に師事していた時もミラさんと一緒に料理しようとした時も、すぐに台所から追い出されてしまった。
料理は必須技能ではないかもしれないが、外食や出来合いの料理ばかりというのもお財布に優しくないだろう。
料理が出来て損はない筈だ。
同じ職場で働いているミラさんにばかり頼るのも申し訳ない。
忙しいのは、僕ら二人とも同じなのだから。
「ふふふ」
ミラさんを見ると、彼女は赤い顔のまま、子供みたいに笑っていた。
「僕、変なこと言っちゃったかな」
「いえ、ふふっ、レメさんらしいな、と。それと、私も同じなんです」
「同じ?」
「レメさんが毎日『美味しい』って言ってくれるなら、それはとっても幸せなことだなぁと思います」
息が止まり、胸が跳ねる。
戦いの高揚とは違うこの胸の高鳴りは、僕から容易く平常心を奪ってしまう。
僕はなんだか彼女の顔を直視できなくて、食事に集中するフリをしてその場を凌いだ。
だが、ミラさんの視線が時折映像板に向いていることには、ちゃんと気づいていた。
食後。
少し早いが、僕は出発することに。仲間と合流する前に、二箇所ほど寄りたい場所があるのだ。
「忘れ物はありませんか?」
「うん、大丈夫。何度もチェックしたよ」
魔力体情報の記録された登録証の他、武器などは本体も必要。
魔力体で魔剣を持っていることになっていても、本体が魔剣を所持していなかったら、その情報は再現されないのだ。
そうしないと、たとえば複数の人間が同時に同じ魔剣を振るうことが出来てしまう。
聖剣の場合はそういう不正はそもそも成立しないが、適用されるルールは同じだった。
だから、父に貰った聖剣は忘れず装備している。
頭の上では、僕にしか視えない黒ひよこが寝息を立てていた。
精霊のダークだ。
「それじゃあ、いってらっしゃいませ」
「うん、行ってきます」
「頑張ってくださいね」
「頑張るよ」
「それと――」
ミラさんが僕に顔を近づけてきた。
一瞬で、彼女の体温と香りを感じられる距離になる。
呑み込まれそうな赤い瞳が真横を通り過ぎ、つややかな唇が耳に触れるのが分かった。
「悔しいですよ」
あぁ、カーミラの言葉だ。
カーミラパーティーは、最終段階に進出できなかった。
レイスパーティーとの戦いに敗れたからだ。
そのことを、彼女はちゃんと認めていて。
その上で、僕のことを心から応援してくれている。
けれども、全ての感情に整理がついたわけではない。
鮮烈な記憶が、年老いても頭から消えないことがあるように。
真剣であればあるほど、敗北の記憶は脳にこびりついて消えてはくれないのだ。
叫びだしたくなるような悔しさは食べものみたいに消化はされず、ふとした時に顔を覗かせる。
まだ消化できていないぞ、ここに残っているぞと訴えかけてくる。
「それでこそ、ミラさんだね」
僕はだからこそ、笑った。
最強決定戦に食い込めなかったことを心から悔しく思える彼女は、きっとこれから先もっと強くなれるから。
「私、欲張りなんです。レメさんにもらった立場は、何一つ諦めるつもりはありませんから」
僕はかつて、ミラさんに言った。
彼女は恩人で、仲間で、友達で……そして、ライバルだと。
「忘れていないとも。ミラさんは僕のライバルだ」
顔を離したミラさんが、好戦的に笑う。
それから、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「おそらくレメさんが今思い浮かべたのとは別に、もう一つ諦めていない立場もありますけれど」
また自分の顔が熱を持つのが分かった。
ミラさんはそんな僕の姿を満足そうに眺めると、今度こそ送り出してくれた。
◇
「レメさーん。サインくださいサイン」
カシュの家を訪ねると、彼女の姉であるマカさんが出迎えてくれた。
マカさんは確か十二歳くらいだったと思う。活発そうな雰囲気の、犬耳の少女である。
【役職】は【料理人】で、本人の努力もあってとても美味しいご飯を作れるのだ。
「こら、マカ。いきなり失礼でしょう」
「えー、うちに飾っときたくない? ねー、カシュもほしいよねー?」
料理を食卓に運んでいたカシュが、耳をぴくんっと揺らす。
「レメさんの……サイン……っ……!」
彼女の瞳が輝く。
「あはは、僕で良ければいくらでも書くので」
「いえーい! あ、うちの店にも飾りたいんでお願いしていーですかー?」
マカさんは家計を支えるべく、知り合いの料理店でお手伝いをしているのだったか。
「構わないけど、飾ってもらえるかどうか……」
僕が苦笑していると、マカさんが「大丈夫ですよ!」と両拳を握る。
「てんちょーにフキョーカツドーしといたんで! 今やってるやつの動画とか見せたら『熱い!』って泣いてたんで」
今やってるやつ、というのは全天祭典競技か。
「……そっか。それはとても嬉しいな」
僕は【黒魔導士】のままだ。聖剣を手に入れたり、フェニクスパーティー時代と違って自分のサポートを仲間に理解してもらいながら戦うようになったり、自分自身戦闘に参加するようにもなったが。
【役職】が変わったわけじゃない。
仲間のおかげで勝てているところも大きい。
でも、そうか。
僕らの戦いを見て、まったく逢ったことのない人の胸にも熱さが届くような戦いが見せられているのなら、良かった。
「あー、レメしゃんだー! かえってきたー! わーい!」
カシュの妹であるミアさんが、僕を見つけて駆け寄ってくる。
「れめ! ふんっ、もう来ないと思ったぞ!」
カシュの弟であるナツくんも、なんだかんだと嬉しそうな表情だった。
「あらあら、いつの間にか、レメさんは我が家の人気者ね」
みんなのお母さんであるヘーゼルさんが、微笑ましそうに言う。
そして、僕の秘書である童女が、食卓の準備を終えて僕のところにやってきた。
仕事をきっちりこなしてからにするあたり、真面目で良い子だ。
「あ、あのっ、レメさん」
「うん」
「おかえりなさいっ……!」
カシュの笑顔を見ていると、やはり心が温かくなり、自然と笑みが漏れた。
「ただいま」
それから僕はカシュ家の食事をいただき、お土産を渡したり、祭典競技のために訪れた街の話などをした。
いつまでだっていたいくらいに居心地のよい場所だが、今日はそういうわけにもいかない。
僕は時間を見計らって、お暇することに。
ミアちゃんとナツくんは寂しそうにしていたが、こればかりは仕方がない。
「応援いきますねー。てんちょーも休みくれたし、魔王様ぱわーでいい席のチケットもらいましたしー」
さすがは魔王様、僕が頭から抜けていた部分もしっかり手配していてくれたようだ。
そうか、カシュ家のみんなは僕を応援してくれている。
しかし全天祭典競技の最終段階の注目度は凄まじい。よほどのことがなければ観戦チケットは用意できなかっただろう。
僕は選手なので、そのあたりの交渉をして知人に席を用意するくらいは出来たはずだ。
今度魔王様にお礼を言おう、と僕は心に誓った。
カシュ家の玄関を出る。
「レメさん……!」
すると、カシュが追いかけてきた。
「どうしたんだい?」
カシュは自分の手と手を絡ませ、顔を真っ赤にして俯いた。
何秒かして、意を決したように顔を上げる。
「あの、あのっ、わたし、信じてます! レメさんが――必ず、勝つって!」
「――――」
ぶわり、と。
胸を何かが満たすのを感じた。
喜びとか、感動とか、そのような言葉では表しきれない感情が、滾々と溢れて止まらない。
気を抜くと、その感情は涙になって瞳からこぼれそうだった。
「……あはは。奇遇だな、それ、僕の一番好きな言葉なんだ」
カシュの前に屈み込む。
パーティーを追い出された時、冷静に脱退したふうを装ってはいたけれど、本当はとても辛かったんだ。落ち込んだ。悲しかったし、まさに絶望していた。
フェニクスと一緒に目指すと決めた一位に、【黒魔導士】でもランク上位に至れば世間に認められるのではないかという希望に、僕は届かなかった。
師匠が示してくれた『長く険しい戦い』を、戦い抜くことが出来なかった。
そのことが悔しくてならなかった。
自分の十年の価値が消滅してしまったような挫折だ。
諦めるつもりはなかったけれど、諦めないのと絶望しないのは違う。
立ち上がれるからって、痛くないわけじゃない、辛くないわけじゃない、苦しくないわけじゃないのだ。
あの日。
一生懸命に果物を売っているカシュに、僕は勇気づけられたんだ。
こんな小さな子でも、頑張っているじゃないか、と。
自分も負けていられないな、って。
あの日から、僕はカシュを見ていると元気が湧いてくるんだよ。
僕は自然と、カシュの頭を撫でていた。
「君がそう信じてくれたなら、それを嘘にするわけにはいかないね」
きっと、それは戦いの場に現れるみんなが同じなんだろうけれど。
みんな、彼らの勝利を確信しているファンの期待を背負っている。
どちらか一方だけが勝つべき戦いなんてものはない。
それでもやはり、みんな同じようにこう思うしかないのだ。
「必ず勝つよ」
それが、勝負の世界というものだから。




