214◇どんな強敵との戦いよりも君の手を握ることの方が遥かに難しくて
フェニクスとリリーがドラゴンに乗って駆けつけてきた理由は、つまりこうだ。
元々、フェニクスパーティーは映像板を観て、僕のオリジナルダンジョン参加を知っていた。
これは何もおかしくない。
魔王城のある街を出てから村に来るまでの期間や、オリジナルダンジョン調査に掛かった日数を思えば、あのニュースはとっくに放送されているだろうから。
で、それを観た時は、フェニクス達はとあるダンジョンの攻略途中だった。
エクスさん達やあの魔王城四天王もいるし、魔力体で調査するのだから心配するほどのことではない。
当然、彼らは攻略を続けた。
ドラゴンに乗ることになったのは、村の住人がオリジナルダンジョンへ誘われた件を、カナリーさんがメールしたから。
いつも動画編集を頼んでいる者に攻略映像を送ろうと、冒険者組合の施設に向かったパーティー。
端末を借りられる施設を探すよりも、その街の組合に向かう方が確実。
で、ついでにとメールを確認したわけだ。
あとはもう「村へ行く」と言い残して組合を飛び出し、ドラゴンに飛び乗った。
リリーはフェニクスが急に飛び出すほどのことだから、よほどの緊急事態と判断。
『村』から僕を連想し、咄嗟にフェニクスを追いかけたらしい。
「エルフは友誼を重んじます。友の危機とあれば駆け付けることに何の不思議がありましょう」
とは、リリーの弁。
表情はいつものようにキリッとしていたが、落下中に受けた風の所為で美しい金髪はボサボサで、頭頂部からぴょんと伸びているクセ毛はくたびれたように垂れていた。
気持ちが嬉しかったので、僕は「ありがとう」と感謝を述べた。
カナリーさんは最初リリーをフェニクスの恋人かと思っていたが、彼女の話を聞き「レメ、モテ期ですか? 来ちゃってますね? しかしミラちゃんのママになると決めた以上……」とかなんとか言っていた。
よく分からないが悩ましい問題らしい。
リリーが誤解を解こうと懸命に言葉を紡ぐ近くで、僕とフェニクスは苦笑する。
「お前、帰りはどうするんだ?」
「あぁ、ドラゴンが三日後に来てくれることになっている」
「へぇ。あぁそうだ。一応、どうも。助けに来てくれたんだろ?」
「村のみんなをね」
フェニクスが冗談っぽく笑う。
「あはは、僕の心配はなしか?」
「どんな試練でも突破するだろう、君なら」
「……そりゃどーも」
うん、ものすごく苦戦したことは言わないでおこう。
『あはは、火精霊の契約者にこんなに信頼されちゃ、期待に応えるのも大変だね』
黒ひよこが楽しげに言う。
「…………?」
フェニクスが、急に僕の頭に手を伸ばした。
他の人には、何故かこいつが僕の頭を撫でようとしたように見えたかもしれない。
だが僕には、黒ひよこを掴もうとしたように見えた。
『おっとっと。まぁ避けなくても触れられやしないんだけど、なんとなくね』
僕への説明なのか、そんなことを言いながら黒ひよこが空を飛んで回避。
――そもそも、見えない筈じゃ?
『見えてないよ。重めのオタクちゃんと同じ。君を見て、こっちの存在を察したんだ』
黒ひよこがそう呼ぶのは、ミラさんだ。
確かにミラさんも、僕がこいつと喋っているのに気づいているようだった。
……あー、フェニクスが虚空を見つめてる時があって、精霊と対話してるのだろうかと思うことがあったけど、その逆をやられたわけか。
いや、僕はどのあたりに火精霊がいるかまでは分からなかったけど……?
【勇者】の研ぎ澄まされた感覚の為せる技か。そういうことにしておこう。
「レメ、何かいるのかい?」
「……そう、いるよ。後で話す」
「そうか。……それと、その剣」
「分かるのか?」
一応聖剣なのだが、ちょっと変なのだ。
聖剣の格は精霊の格で決まる。
火精霊本体と契約しているフェニクスの聖剣は、現存する武器の中でも最高峰の名剣となっている。
並ぶのはエアリアルさんの聖剣と、いつか武器を持った時はレイスくんのも。
だがこの剣からは、聖剣特有の力を感じない。
同じ精霊の加護という意味で、マーリンさんの杖も聖剣化したと言える――本人以外が持っても力を発揮しないあたり、まさに聖剣だ――が、あれはもっと分かりやすく気配のようなものを感じた。
『そりゃそうだよ。聖剣にはしたけど、力は注いでないもん』
何か条件があるのだろうか。
『君が楽しませてくれる度に、その剣を強くしてあげるね』
……なるほど、実にこの精霊らしい。
「ついに、君を認める精霊が現れたんだね。嬉しいよ」
キラキラした笑顔で、そんなことを言う。
……こいつの中で、僕が精霊に憑かれるのは驚くことではないようだ。
だがすぐに、斜め下を見た。困ったように。
「だが、精霊は扱いが難しいから……どうか気をつけて」
「あぁ、既に実感してるよ」
『ちょっと、ツンデレ火精霊と一緒にしないでくれるかな? こっちは自分の気持ちにいつも正直なんだから、言葉の裏を読むとか必要ないし楽だよ』
言葉をそのまま受け取って、それが面倒なこともあると思うよ。
『君ちょっと相棒に冷たくない? 村人の件まだ怒ってるの?』
まだも何も、数時間しか経ってないんだけど。
「レメくん。あんまり放っておかれるとシトリー寂しいんだけど」
そう言って、シトリーさんが僕の腕をとる。
「精霊? 今精霊と言いましたか? レメが精霊と何かあったのですか?」
カナリーさんがどこからか取り出した櫛で髪を整えてもらっていたリリーが、驚いたようにやってくる。クセ毛は活力を取り戻し、元気にぴょこっとしていた。
エルフにとって精霊は尊い存在なので、精霊契約者はそれだけで尊敬や嫉妬の対象になったりするのだと、以前彼女に聞いた。
リリーの場合は、四大精霊本体に気に入られたフェニクスを、すごいやつだと認めているわけだ。
「……レメ、ニコラ嬢の時もそうだが、ミラ嬢がいるのにそういうのは感心しないな」
「うるさいな、そんなんじゃないよ」
「え? レメくんとシトリーって仲良しじゃないの?」
「いえ、友達ですけど、フェニクスが言っているのはそういうことじゃなくて……」
「あの、精霊の話は……」
「あぁ、リリー。どうやらレメが精霊に気に入られたようだ。きっとオリジナルダンジョンの――」
「ふふ、慌てちゃって。レメくんってば可愛いなぁ」
「……からかわないでください」
「なっ、精霊の加護……!? レメ! 本当なのですか……!」
「え、あ、あぁ、うん。そうなんだ」
「く、詳しく話を聞かせてください。……それとわたくしもそういったことは感心致しません」
「だから、違うって」
「え? レメくんとシトリーって――」
なんかもう会話が大混乱だ。いや、意外と成立してるけど。
パンッ、と手を叩いたのは、カナリーさんだった。
「取り敢えず、パーティーを開きましょう! 宴です……っ!」
ホークさんも、嬉しそうに頷いた。
「そうだな。みんなが無事に戻ったことと――息子たちの帰還を祝って」
「あと、可愛い子がいっぱい来てくれたこともお祝いしましょう!」
夫妻の言葉を機に、状況を見守っていた村のみんなも乗り気になって騒ぎ出す。
まず、フェニクスがご婦人や女の子達に囲まれた。
どの街でもこうだったなぁ、とフェニクスパーティー時代を思い出す僕。
「レメくん。人は顔じゃない……とは言わないけど、顔だけじゃないよ! 【役職】も大事だけど、それだけでもないし……!」
シトリーさんが励ますように言う。
「その通りです。人間関係において見るべきは生まれ持ったものではなく、生きる中で培われたものであるべきです。仕事などが絡むとまた別ですが……」
僕のパーティー脱退を思い出したのか、リリーが言いにくそうに付け加える。
【黒魔導士】適性は十歳で判明しただけで、生まれ持ったもの。
それを理由に僕はパーティーを抜けることになったが、それと個人的な人間関係は別。
ちゃんと分かっているし、そこを分けて考えられるのは大事だ。
「ありがとう、二人共……」
と言った時には、二人も囲まれていた。
……僕はほら……その、さっきもうみんなとは……話したしさ……。
いつの間にか近くに来ていた父に、ポンッと肩を叩かれる。
慰めかと思ったら、真剣な顔をしていた。
「数時間前までが嘘のように、みんなが笑っている。きっと、こういうことが出来る者を――勇者と呼ぶんじゃないか?」
「……みんなを起こしたのは、順番的にフルカスって人で……」
ぽすっ、と頭を叩かれる。
「そのフルカス殿が言っていたそうだ。『自分はレメについていっただけ』と」
「――――」
「困っている人を助ける為に最初の一歩を踏み出し、その勇気で後に続く者も集めた人間が、自分のやったことを卑下するんじゃあない。胸を張るのも、勇者らしさだろう」
「……父さんの方が勇者に詳しいんじゃない?」
「誰の所為だと思ってる」
父がわざとらしい不満顔で言う。
「あはは、攻略動画にどっぷり嵌ってた息子の所為かな」
「その甲斐はあったな」
改めてみんなを見る。
確かに、笑っている。
「うん。そうだね。そうだといいな」
僕の行動が、この結末に少しでも影響しているのなら。
それは誇れるものだと、そう思った。
『宴かー。いいね、あ、鶏肉は食べないでね? 今の姿だとちょっと気分が沈むから』
……台無しなんだけど。
◇
宴の準備があるということで、僕とシトリーさんは一度キャンプに戻った。
フェニクスはカナリーさんに捕まり、リリーもそれに巻き込まれた。
まぁ、まったく帰ってこない息子との再会なのだから、仕方のない反応だろう。
僕は自分が巻き込まれる前に逃げるように馬車まで戻った。
報告などで戻る必要があったのだ、うん。
さて、その後のオリジナルダンジョン調査について。
第五層に挑むか否かは、意見が割れたようだ。
何も報酬欲しさ……ではない。
精霊の行動を危惧してのものだ。
よく考えてみると頷ける話で、更なる挑戦者が現れない場合、またどこからか人を誘惑して連れてきてしまうのではないかと考えたわけだ。
『こっちと君の関係を知らない人間からすれば、当然の反応だね』
まったくその通り。
これについては、また光の塊になった精霊がみんなの前で説明し、一応の決着となった。
参加者は拒まないが、一般人を人質のように使う真似はしない。
精霊は嘘をつかない。
第五層への参加は無しと決定。
惜しむ声が無いでもなかったが、あのエクスさんが一度は呑まれるほど。自分なら出来ると驕る者はいなかった。
次、第四層までの調査・攻略。
これは続行。
ダンジョンが数日内に消えるという話を聞き、どちらかというと宝物の回収目的での攻略が行われるとのこと。
ちなみに、攻略者に適応するダンジョンへの対策の一つとして、ダンジョン内に転移用記録石を設置する、というものがあった。
セーフルームにではなく、モンスターが出てくるエリアにだ。
これならば、敵が『今いる冒険者』に適応した構成で来ても、キャンプにいる人材を転移させて対応出来る。
一見名案に思えるし、使えないことはないのだが、難点もある。
転移用記録石は、しっかり固定しなければならないのだ。それから、座標の登録をする。
この作業にそこそこ時間が掛かるので、急な戦闘からこの策を使うのは現実的じゃない。
普段の攻略で出来ることではないし、物は試しということで何度かやってみるらしい。
あと、僕に憑いた精霊について。
マーリンさんは難しい顔をした。
「そうか……アーサーだけが例外というわけではないのは朗報だな。レメ、出来れば詳しく話を聞かせてもらえないか」
アーサーさんは微妙な顔をした。
「君に加護がつくのは喜ばしいが……あの精霊というのが気がかりだな。何かあったらすぐ相談するといい、同じ精霊憑きだ、力になれることがあるかもしれない」
エクスさんは豪快に笑った。
「あはは! 見る目のある精霊だ。君が嫌でないのなら、これからの人生を見せてやるといい。彼らは自由だが、友にも相棒にも成り得る。少なくとも、俺が困らされた件は気にしなくていい」
フルカスさんは無表情で魔力料理をもぐもぐ食べながら言った。
「……どのような力を手に入れようと、己自身の力の重要性は変わらない。帰ったら訓練を再開する。ミラに襲われても押し倒されないよう、稽古をつける」
シトリーさんは村で既に知ったが、その時に言っていた。
「その精霊可愛い?」
ミラさんは複雑な表情になった。
「レメさんが加護を得るのは……とても、とても嬉しいのですが……くっ、あの精霊ですか……あの精霊なのですか……」
マルさんは固まった。
「…………はっ。な、なるほど……精霊の加護……さ、さすがはレメ様ですね?」
彼女のように混乱するのが普通の反応だ。
ちなみにヨスくんは「えぇ……!? 精霊……!?」とものすごく驚いていた。
その後キャンプではオリジナルダンジョン踏破を祝して、昼に豪勢な食事が振る舞われた。
エクスさんとアーサーさんが酒を飲み交わしたり。
そこに一緒に戦った仲間達が混ざったり。
マーリンさんが飲みくらべをする者を募り、挑戦者がことごとく負かされたり。
魔力料理だけでなく普通の料理もちゃんと食べまくるフルカスさんがなんと――僕が知る限り初めて、ちょっぴりお腹を膨らませたり。
それを見たヨスくんが震え出し「フルカス殿ほどの方のお腹が膨らむとは……彼女、もっと強くなりますよ」と真剣な表情で言ったり。
いつの間にかシトリーさんの周りに女性陣が集まり「ご飯の食べ方にも『可愛い』はあるんだよ」との言葉に熱心に聞き入っていたり。
みんなが楽しそうにしている。
僕は今、飲み物を取りに歩いている。
ミラさんは食べ物を。
『相棒』
……。
『ねぇ相棒』
――その呼び方、定着させるつもりなのかな。
『だって親友も師弟も親子も既にある関係性じゃん? こっちが入れそうなスペースって、そこくらいかなって』
まぁ、呼ぶなと言っても無駄なのだろう。
『そうそう、相棒は覚えが早いなぁ』
それで、何か用かな?
『こっち来て。大事な話、ほんとほんと。時間掛からないから、すぐ済むから』
黒ひよこがぱたぱた飛ぶので、仕方なくついていく。
少しキャンプを離れただけだったが、瞬間――景色が入れ替わる。
『驚いた?』
森の中だ。しかしみんなの声は聞こえない。
転移したのだ。
――まぁ、何かするとは思ってたし。
『つまんなーい。まぁいいや。数日以内にオリジナルダンジョンが消えるって話したでしょ?』
他に誰もいないので、僕は声を出すことにした。
心の中でも会話は出来るけど、その都度心を読まれていると実感して微妙な気分になる。
喋っても同じかもしれないが、気持ちの問題だ。
「聞いたね」
『それはこっちの干渉が無くなるから消えるわけ。魔力溜まりにあった魔力は、まだまだ残ってるんだよね』
黒ひよこがある場所をくるくると回るように飛ぶ。
気づけば、そこにはコアを模した結晶が出現していた。
この精霊が作ったのだろう。
コアの機能は真似出来ていない。見かけだけだ。
その見かけも僕にそう見えているだけで、実際はただ魔力溜まりがそこにあるだけなのだろう。
でなければ――。
『君が吸えるのは、何物にも染まっていない魔力。あとまだ、「手に取る」という意識が必要みたいだね。コアに触れ、そこから吸うという行為を経て「己のもの」とするわけだ』
記憶を覗かれているので、そのあたりも知られている。
周囲の魔力を吸収するといえば妖精だが、妖精にも吸えない魔力がある。
たとえば、他人の魔法だ。
魔法式という形で他者の命令が刻まれているので、それを無理やり己のものにするのは非常に難しいらしい。
ダンジョンの構築物は、誰のものでもない魔力と『設計者の意図』の掛け合わせで創られている。
これが魔法式に該当し、そんなわけで、たとえば柱を創るのに使った魔力を角に吸収! とかは出来ないわけだ。
不可能ではないのかもしれないが、僕には出来ない。
「これを……吸収しろってこと?」
『どうせ世界に溶けて消えるんだ。面白いことに使ってほしいね』
「……」
『他の精霊が見つけて、小さなダンジョン作って遊べるくらいは残ってるよ? 君以外に誰が解決出来る? ……あの腹ペコちゃんが全て料理に変えることは、もしかしたら出来るかもしれないけどね』
想像して、笑ってしまう。
「君、名前は?」
『おや? 現金な人の子ですなぁ。……黒ひよこでいいよ。名前なんてないし』
そういえば、聞いたことがある。
精霊の名前というのは人が必要として付けられたもので、精霊達に本来名はないのだとか。
『どうしてもって言うなら……そうだな、ぴよちゃんとか』
「嫌だな……」
『あはは。……じゃあ、うん、そうだな』
悩むような間の後で、精霊は言った。
『――ダークは? 君の相棒っぽいだろ?』
黒ひよこよりは、らしい名前かもしれない。
「それじゃあ、ダーク。ありがたく、いただくよ」
コアに手を伸ばす。
『元々誰のものでもないよ』
「うん。だからこれは、君の選択への感謝だ。僕をここまで連れてきてくれて、ありがとう」
『もう怒ってない?』
「それとこれとは別」
『ちっ』
舌打ちしながら、僕の頭の上に戻ってくる黒ひよ……ダーク。
僕はそんな精霊に小さく笑い、コアに見た目を寄せた大量の魔力を――角に吸収する。
◇
「レメさんは酷いです」
ミラさんは機嫌が悪かった。
「私、とっても心配したんですよ? それに、あとで話すって約束してくれたではないですか。なのにすぐシトリーと村に行かれただけではなく、お昼にはどこかに消えてしまわれて。みなさんと一緒にすこーし精霊の話をしただけで。私、二人きりで詳しく聞かせてもらえるものかと思っていました」
「ご、ごめん……」
僕らは今、馬車に乗っていた。
村の宴は明日開かれる。
今日は帰宅の許可が下りたので、再びミラさんを伴って実家に顔を出すことにした。
今の仕事について、家族にちゃんと話すつもりだ。
「そ、それに……そのっ。あ、精霊は今いますか?」
『はいはい、ぷらいばしーね』
ダークが飛んでいく。
「どこかに行ったよ」
「そうですか」
ほっとした様子を見せたのも一瞬のこと。
ミラさんはジトッとした視線で僕を見る。
「ふ、不公平だと思うのです」
「……うん」
何のことを言っているか、僕には分かった。
「私の願いは……その、レメさんのお察しの通りなわけですがっ。私がその……レメさんを対象にしたのに対し、レメさんの加護が誰に与えられたかは分からないままです……!」
ミラさんの願いは、僕と同じ。順番的には逆か、僕がミラさんと同じ願い事をしたのだ。
大事な人が健やかに暮らしていけますように、と。
精霊が対象を愛する人に変えたわけだが、ミラさんが願った時に……僕の体が光った。
つ、つまり……そういうことなのだと思う。
しかし僕の時は、ミラさんが不満を漏らしたことを理由に精霊が光る演出を無しにした関係で、その場にいた誰も光らなかった。
だが両親はもちろんのこと、カナリーさんとホークさん、あとはフェニクスも家族同然。対象に含まれていることは間違いない。師匠も含まれているだろう。
愛と言っても、色々ある。
ミラさんは実のところ、不安なのではないかと思う。
自分は対象に含まれていたのだろうか、と。
実際、不公平だ。
彼女が願った途端に、僕は答えを得たのに。
ミラさんの側には、結果が伝わっていないというのだから。
気まずい空気の中、馬車が村の前に到着する。
いつかの夜みたいに、月が綺麗に出ていた。
いつもと違い、並んで歩くのではなく数歩先を進むミラさん。
その背中はひどくさみしげに映った。
ただ一言、言えればいいのに。
まだ僕の心は、胸の内の感情を言葉に落とし込めずにいる。
けど、このままでいいとも思えなくて。
僕は早足で彼女に追いつき、勇気を振り絞る。
いつもははっきりしている体の感覚が、今にも宙にふわりと浮いてしまいそうなほど、定かではない。胸はドキドキするし、頬が熱を持つのが分かる。額に汗が浮き、手も湿る。なのに喉は乾いていた。歩くのにも注意が必要なほど、体が震えている気がした。
これが戦いなら、どんな強敵が相手だろうと迷わず立ち向かえるのに。
彼女が立ち止まり、気を遣うような微笑を浮かべて何か言おうとする。
「ごめんなさい、レメさん。意地悪を言ってしまいましたね、私、待つと言っ――た……の……に……っ?」
彼女は言葉の途中で起きたことに、上手く反応出来ずにいた。
勇気を振り絞って、僕がやったことは。
人によっては、大したことがないのかもしれない。
だけど今の僕にとっては、精一杯の意思表示だった。
ミラさんの白魚の手に、僕の手が重なり、握られている。
あぁ、夜でよかった。
きっと顔が真っ赤になっていて、とても見せられたものではないだろうから。
でも、無駄だった。
僕は、この月明かりが全てを照らし出していると知ってしまった。
「~~~~っ……!!」
だって、ミラさんの顔が真っ赤になっているのが、ばっちり見えているから。
彼女はぴくっと震え、それから、おそるおそる、消えてしまわないか怯えるように、僕の手を握り返した。
そして、その感触に驚くみたいに、また震える。
僕は何も言えず、ただなんとか笑顔を浮かべようとした。
彼女が返してくれた微笑みの固さを見るに、僕の笑顔もそんな感じなのだろう。
大きすぎる感情を前にすると、正しい表現の仕方なんて分からなくなってしまうようだ。
僕らはしばらく、そうしていた。
月の光を浴びた彼女が、僕には光って見えた。




