179◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域12/箱庭踏破
彼が動き出したのは、終点まで残り二つのブロックというところだった。
僕は進行方向へ指を向け「盾」と短く呟く。
【黒き探索者】フォラスが弾かれるように動き出し、僕を守るために盾を構えた。
ほとんど同時、甲高い音と共にフォラスの巨体が後退する。
エアリアルさんの『風刃』だ。
「よくやった」
「ハッ」
フォラスはミノタウロス――【牛人】。だが、平均的な同種族が戦闘系や運動系など肉体を動かすことを得意とする【役職】ばかりの中、彼は【黒魔導士】だった。
暴力の化身としての働きを求められる【牛人】だというのに、フォラスはその部分で他の同族に劣っていたのだ。
いくつもダンジョンをクビにされ、門前払いも珍しくない中で、それでも彼は諦めなかった。
僕と同じ、『己に黒魔法を掛け続ける』鍛錬を積み、黒魔法を磨き続けた。
そして僕と同じく、適性がないなりに体も鍛えている。
共に訓練したこともあり、指示にも迅速に反応してくれた。
僕らは足を緩めず進む。終点まで残り一つのブロック。
フォラスに手振りで盾を構える方向を指示しつつ、杖である方向を指し示し「矛」と呟く。
それらの動きと同時進行で、自らは後ろに跳ねた。
直後、三つの『風刃』がそれぞれ僕ら三人を襲う。
一つはフォラスの盾に弾かれ、一つは僕の回避が間に合って床を抉って終わる。
「よいしょ~」
そして、もう一つは【一角詩人】の振るう、斧槍によって砕かれていた。
文字通り斧の機能も備えた槍で、鋭い穂先、斧部分、その反対側には鋭い突起と、三つの要素が組み込まれた長柄の武器。
突くことも斬ることも引っ掛けることも、鎧相手には鈍器のように叩きつけることだって可能。
戦闘適性のある彼女が振るえば、ちょっとした岩をも砕く威力が出る。
「うふふ、ぱきんって音がしました~」
本職は【調教師】。それも心を通わせるのが難しいとされる植物系を使役することに成功し、本人は戦闘適性も持った彼女。
更には人と人馬両方の姿をとることが出来る。
腰にゆったりとした布を纏っているのは、人馬化した時に、馬の胴部分にかかるようにだろう。
そして、彼女の武器は斧槍だけではなかった。剣、鞭、投剣などを装備している。
「レメゲトンさま、わたしも褒めていただけますか~」
「あぁ、よくやった」
「はい、もっとよくやっちゃいますね?」
不思議な雰囲気の女性だが、彼女もまた【勇者】を倒す気概で第十層に志願してくれた一人。
現に、【嵐の勇者】の攻撃に気後れすることもない。とうに覚悟を決めているのだ。
「行くぞ」
先程の攻撃は、小手調べ。
僕個人ではなく、この三人からなる集団の連携などを確かめる意図があったのだろう。
もう一つ、僕が先んじて黒魔法を放ったことで、挨拶を返すように『風刃』で応じたというのもあるか。
エアリアルさんの『天空の箱庭』の厄介な点は、黒魔法の発動にも影響を及ぼすこと。
考えれば、とても当たり前のこと。
たとえば火属性魔法の火炎球を僕が使えたとして、正しいルートを知らないままにエアリアルさんに当てることは出来ないだろう。
適当に放っても様々なブロックを経由し、壁やら天井に激突して終わるのではないか。
黒魔法は、自分から放った魔力を相手に当てて初めて発動する。
だからこそ、魔力を纏うことで他者の魔力を弾く抵抗が意味を持つのだ。
残り数個のブロックになってから、ようやく僕は黒魔法を放った。正しいルートを進むことに集中してたので、ここまで近づいてようやくその余裕が出来たのだ。
エアリアルさんは、僕を警戒している。相当な脅威と認めてくれている。
『天空の箱庭』がなければ、フィールドの仲間はいつどんな黒魔法に晒されるか分からない。
このフィールドには僕だけでなく、『初級・始まりのダンジョン』の魔物、エリーパーティーの二人など【黒魔導士】が沢山いる。公式には知られていないが、フォラスだってそうだ。
激闘が予想される中、それらを放置するのは危険。
実際、フェニクスパーティーやニコラパーティーのメンバーが落ちる時には、瞬間的に僕の黒魔法に当てられていた、というパターンが多い。
「さぁ、レメゲトン殿」
ただ、一つ気になることがあるとするなら。
それらさえも、彼が単身僕に飛び込んでくることで解決出来たのでは、ということ。
もちろん簡単に負けるつもりはないが、大抵の者は【嵐の勇者】の勝利を疑わないだろう。
では何故?
答えは、きっと単純。
このレイド戦を率いる者として、より確実な方を選んだというだけ。
「あぁ」
一度は、僕を追うことで若き日の彼を彷彿とさせる動きをしていたが、仲間が追いついてきてからは再び全体を意識するようになった。
その変化が僕にとって良いものなのか悪いものなのか分からない。
僕らは、ついにそのブロックに足を踏み入れる。
目前に、エアリアルさんがいた。
「私は、感動している。『天空の箱庭』をこのような形で攻略した者は、君が初めてだ」
「そうか、貴様を倒す魔物はこれで何人目だ?」
「あはは、私は結構負けているからなぁ。ここ二十数年に限定すれば、ゼロだがね」
エアリアルさんが公式に負けたのは、まず師匠が初めて。
それから何度か魔王城に挑み、当時師匠の下についていた歴戦の魔物達と死闘を繰り広げた。
何度も攻略失敗に終わりながら、若き日のエアリアルパーティーは第七層まで至ったのだ。
それが、人類の最高到達記録。
以後、それはフェニクスパーティーが第十層に至るまで破られなかった。
エアリアルパーティーは当時の魔王が消えたとの報を聞いてから、魔王城に挑んだことはない。
いや、なかった。このレイド戦までは。
「なら、二十余年の無敗に我々が傷をつけてやろう」
「それを口にする者は多かったよ。だが、実現出来た者はいない。君はどうかな」
「すぐに分かる」
「楽しみだ」
まず、僕らに有利な点。
一つ。彼が強引に僕を追ってきたのは確かに驚いたが、それによって彼自身相当量の魔力を消費していること。
魔力器官にも限界がある。全力疾走を永遠に続けられないのと同じ。走っている内に最高速度は落ちていき、やがて体力が尽きる。
一つ。彼の聖剣が破壊されていること。
聖剣は精霊の加護が宿った武器。その耐久性や切れ味は通常武器とは比べ物にならない。それがなくなったのは大きいだろう。
一つ。彼が『天空の箱庭』を維持していること。
それだけでも絶えず魔力を消費している。
一つ。僕とフォラスが極めて優秀な【黒魔導士】であること。
抵抗に必要な魔力は並ではない。結果、彼が僕らとの戦闘に回せる魔力はそう多くない。
意識と魔力を箱庭の維持、黒魔法の抵抗、戦い全てに向けねばならないわけだ。
僕らに不利な点。
相手が世界一位の【勇者】であること。
山のように積み上げた策も、それ一つで消し飛ぶほど。
それほどまでに、世界第一位は圧倒的。
その攻防にかかった時間は、十数秒。
実際は多分、それくらいの時間しか流れていないだろう。
だからこれは、極限の集中が引き伸ばした感覚が捉えたものだ。
エアリアルさんが、動いた。かと思えばアムドゥシアスの斧槍が半ばから断たれ、彼女の胴に彼の右腕が突き刺さっている。違う。手は触れていないのに傷だけが――風の刃を、腕から生やしているのか!
アムドゥシアスはすぐさま槍を捨て右手で敵の腕を掴み、左手で剣を抜きつつ、人馬状態に変化。
「む」
人間の腹部に刃を刺したと思ったらケンタウロスになった。これで起こる変化は、彼女の体長が人間状態よりずっと高くなるということ。腕を掴まれているエアリアルさんは必然、宙に浮くことになる。僕とフォラスは全力で黒魔法を飛ばしつつ加勢に向かう。
アムドゥシアスの剣はエアリアルさんの首にぶつかるが、それで終わる。『空気の鎧』いやもっと小規模なもの、ピンポイントに『空気の板』とでもいうべきものを首の防御に展開し、剣を弾いたのだ。同時にエアリアルさんは左腕にも風の刃を纏わせアムドゥシアスの右腕を切断。自分の右腕を彼女の胴から引き抜こうとした。
しかしそこでアムドゥシアスは――走り出す。対象が前方に向かって移動したため、腕の引き抜きが間に合わない。それだけではない。彼の動きが遅れたのは、ついに僕らの黒魔法が通ったから。
『速度低下』。正確には脳から体に命令を出すまでの速度を遅らせることで、結果的に相手の速度が落ちるもの。二人分の大量の魔力で彼の眼球に向かって魔法を飛ばしたのだ。
抵抗といえど、粘膜回りに分厚い魔力は纏わない。魔力を感知出来る人間からすると鬱陶しいし、そもそも戦闘の最中でピンポイントに目を狙って当てられる【黒魔導士】などそうそういないからだ。完全に無駄なのである。
僕とフォラスほどの遣い手であっても、至難の技。だが成功。ぴくりと彼の動きが止まった一瞬にアムドゥシアスは再度剣を振るい、フォラスは盾ごとぶつかる勢いで肉薄し、僕は右腕に角の魔力を纏わせながら続く。
「『風刃』」
アムドゥシアスの剣が届くより先に、彼女の体が縦に裂けた。その体が即座に魔力粒子と化し、周囲に飛び散る。退場だ。ゼロ距離で巨大な『風刃』を喰らってしまった。
だがあのエアリアルさんがわざわざ初歩の魔法の名を口にしたのは、『速度低下』が効いている証拠。魔法はイメージを魔力操作で実現するもの。そのイメージに掛かる時間まで遅くなっているため、言葉を発してそこから効力を思い浮かべるという、育成機関で習うような基礎を実践せざるを得なかったのだ。
その頃にはフォラスが彼に迫っている。アムドゥシアスが退場したことで右腕を固定していたものがなくなり、エアリアルさんは落下中。だが彼は左腕を横薙ぎに振るい、フォラスを迎撃。
【黒き探索者】の盾が半ばまで裂かれたところで、フォラスが盾に体重を掛けたのが分かった。刃を噛ませたのだ。エアリアルさんの体が引っ張られ、途中で剣が折れた。エアリアルさんの体勢が崩れる。
不意に、僕らの黒魔法が抵抗された。
エアリアルさんは空中で回し蹴りを放った。蹴りは空振ったが、これも腕の件と同じ。足に風の刃を纏っていたのだ。
フォラスの体が上下に分かたれ、魔力粒子と化す。
そこを突っ切って、僕はエアリアルさんの眼前に飛び出した。
着地と同時、エアリアルさんを襲う僕の右腕。
展開された『空気の盾』をガラスのように割り砕き、僕の拳は進む。
エアリアルさんは、避けようとしたのか。
出来なかった。
「――――これは」
「シアをいじめたなー!」「こらー!」「おこったぞー」「いけさんぼー」「ぶちのめせー!」
アルラウネだった。
【調教師】はあくまで魔物を従えているだけ。【調教師】が退場しても、使役する生物は残る。
彼ら彼女らは、それぞれ自分の魔力体を持っている存在。
アルラウネは種の状態でアムドゥシアスが運び込み、彼女は人馬になったタイミングでそれを撒いた。ルート探索のために力を借りたのが全員ではなかったのだ。
種はすぐに芽吹き、大事な主を真っ二つした男に伸ばした蔦を絡ませていた。
植物系は魔力を感知しにくい。よほど濃くない限り空気中の魔力を感じないように、あまりに自然で感知能力が違和感として捉えてくれないのだ。
拳が、ついに。
――これは、みんなで放つ一撃だ。
エアリアルさんがここまで倒した全ての魔物の力あってこその一撃だ。
【地獄の番犬】ナベリウスを、【恋情の悪魔】シトリーを、【怪盗鴉】ラウムを、【海の怪物】フォルネウスを、鳥人や水棲魔物のみんなを、龍人を、【一角詩人】アムドゥシアスを、【黒き探索者】フォラスを、みんなを倒すために使われた魔力。
それ以外にもフルカスさんの鎧を破壊し、エリーさんの攻撃を防ぎ、『天空の箱庭』の発動・維持に掛かった魔力。
それらがあったからこそ、『少ない魔力で僕ら三人の相手をしなければいけない』という状況に繋がった。
無駄なんて一つもない。誰から見て塵のようだとしても、積み上げたそれを勝利に繋げ、僕が証明するのだ。
力を合わせた魔物たちが、【勇者】に勝つことがあってもいいんだって。
彼を地面に留めるアルラウネたちにも感謝を捧げ、拳を振り抜く。
「吹き飛べ、【嵐の勇者】」
彼の腹に拳を叩き込む。
かはっ、と彼の肺から空気が吐き出され、その体が突風のように空間を流れていく。
アルラウネたちが絡ませていた蔦が千切れ、彼の体は一瞬で数十のブロックを経由。
やがて天井に激突。
――『天空の箱庭』が、解除された。
彼の体がそのまま落下し、地面に激突する――寸前。
ふわりと浮かび上がり、ゆっくりと着地する。
「くっ……ふっ、ははは……」
笑っているのか。
「素晴らしい。一本角の女性は初撃の負傷の度合いからすぐに仲間のための時間稼ぎを目標として動き、自身が退場したあとのことを考え種を撒いた。【牛人】の彼は君の盾ではなく、君と同じく極めて優れた【黒魔導士】だったのだね。更に彼は最後まで、君を背後に庇いながら戦っていた。アルラウネたちも、完全に意識の外だったよ。君の黒魔法と拳も当然、最高だった」
彼の脇腹は、僕の拳でえぐれている。中心に穴を穿つ軌道だった筈だが……。
――拳を逸らしたのか、あの一瞬で。
だがあの位置は……。
「拳を受け流すのに失敗してしまった。魔力器官は、もう使えない。だから――」
残った体内魔力で落下衝撃は緩和出来ても、これ以上の戦闘は無理だろう。
もちろん、彼らにはまだ選択肢が残っている。精霊契約者には、まだ手がある。
「シルフィード、君の力を借りたい」
大気が震える。この感覚、懐かしいというには最近すぎるか。一年も経っていない。
フェニクスがサラと呼ぶ火精霊の力が開放された時も、同じものを感じた。
四大精霊・風を司るシルフィードが、契約者の求めに応じその力を分け与えたのだ。
精霊。気に入った勇者と契約してくれる、超常の存在。そんな精霊達にはそれぞれ性格がある。
特に四大精霊は、扱いづらいことで有名だった。契約者が中々現れないのも、四大精霊の契約者を選ぶ基準が特殊だからというのも理由の一つと言われる。
レイスくんの水精霊なんかは、傍観者として来たければ来いという言葉でついてきたのだ。
普通の【勇者】持ちが力を貸してくれと頼む程度では、気を引くのは難しいのだろう。
シルフィードが自分の魔力を与えるのは、契約者の命の危機を認めた時のみ。
たとえば、魔王様が迫っていた時などはエアリアルさんの呼び声に応じていた。
今、風精霊がエアリアルさんに力を貸したということは、僕らはちゃんと彼を追い詰めたということ。
ここまでは想定内。
大規模な精霊術に『嵐衝』がある。嵐を凝縮したような、渦巻く風を放つ攻撃だ。彼がこのタイミングで使うならこれだろう。
普通なら粉微塵に裂かれて終わりだが、僕はそこに勝機を見出していた。
景色を歪めるほどに掻き回されたその攻撃の中に敢えて突っ込むことで、カメラからこの身を隠せる。後は高密度の魔力を纏いながら残りの角を解放し、技の軌道を逆に辿って遣い手に急接近。
素早き一撃を叩き込み、角を収納する。タイミングが難しいが、出来るはずだ。
「『嵐纏』」
な――。
『嵐衝』じゃない。それどころか、こんな魔法、これまでたったの一度も――。
「本当は……ルキフェル殿のために用意したものなんだ。だが、うん。君こそ相応しい相手なのかもしれない」
師匠を倒すために、彼が考えていた精霊術。
嵐の音がする。遠くからでも聞こえてくる風の鳴く音。近づくほどに大きくなって、不安を煽られる風の音。人が決して逆らうことの出来ない、天災が撒き散らす恐怖の音だ。
その発生源は、なんと人の腕だった。エアリアルさんの右腕に、嵐が纏わりついている。
似た技を有する風魔法使いは多いが、ここまでの魔力量を完全制御するとなると、例がない。
――これじゃあ、角の完全解放は……。
「私も【勇者】だからね、負けるわけにはいかない」
考えろ。初めて見るからなんだ。想定外だからなんだ。精霊の力だからなんだっていうんだ。
勝つんだろ。
「その希望、次こそ砕いてやろう」
互いに拳を握る。




