142◇不屈の勇者と黒魔導士
【不屈の勇者】アルトリート。
十年ほど前、一年だけとはいえ世界ランク一位に輝いたパーティーのリーダー。
必然、僕が最後に観た時から十年経っているわけだから、その容姿には時の経過が感じられる。
とはいえ、五十を過ぎているとは思えないほどに若々しい。今でも冒険者を鍛えているそうだから、彼自身鍛錬を怠っていないのだろう。
これからダンジョンに潜ると言われたら、心配より期待の方が遥かに勝るだろう。
こうして見ると、やはりレイスくんにどこか似ている。いや、逆か。
でも、ひと目でそうと見抜けなかったのは、髪と瞳の色が異なったからだ。
レイスくんは深海を思わせる暗い青だが、彼は茶髪に同色の瞳だ。
「ん? あぁ、レイスは母親似でね」
僕の視線で察したのか、アルトリートさんが言う。
じろじろと見過ぎたかもしれない。
「あ、いえ……すみません」
「いやいや。なんでも君は誰に言われるでもなく気づいたそうじゃないか。ということは、俺と息子にも似ているところはあるのかな?」
レイスくん本人から伝えられたとは、なんとなく思えない。レイスくんがエアリアルさんに漏らし、彼からアルトリートさんに、という感じだろうか。
誰に言われるでもなく、というのは間違い。
フェニクスに聞いたからだが、確かに既視感は抱いていた。それは――。
「顔に……面影が」
「ほう! それは嬉しいなぁ。今度あいつに言ってやろう」
彼は子供のようにニコニコと笑う。
「盛り上がっているところ悪いが、まずレメに座ってもらってはどうかな」
今僕らがいるのは、ある食事処の個室だった。
普段飲み食いするような開けた場所とは違い、お客さん同士のプライベートを守るよう仕切りなどの配慮が見られる。
「! そうだな、済まない。さぁ、掛けてくれ。もちろん、君が嫌でなければ」
「まさか!」
思ったより大きな声が出てしまった。
僕は赤面しつつ、彼らの向かいに座る。
エアリアルさんとアルトリートさんは並んで座っていた。
新旧の第一位と食事ってどういう状況……?
単に強いというだけでなく、どちらも憧れの存在なのだ。緊張もするというもの。
「今日はわざわざすまないね。エアリアルから、息子が君にご執心だと聞いて、出来るなら一度逢ってみたいと思ったんだ」
「いえ、僕の方こそお逢い出来て……その、光栄です」
「あはは、君は良い子だな」
「レメは世辞で言っているのではないよ。貴方のファンだそうだ」
エアリアルさんの補足に、こくこくと頷く僕。
「おや? それは嬉しいな。君のような若い子にも知られているとは」
「小さい頃、よく拝見してました」
「ほぉ。それは……渋いね」
確かに、子供が好きになるのは派手な魔法をガンガン放つ【勇者】だ。
泥臭く立ち回る者は、どちらかというと格好悪いと言う子が多い。
「格好良かったです。いつも、勇気をもらっていました」
フェニクスの前では平気な顔をしたが、多人数との喧嘩はいつだって心臓がバクバクだった。
それでも助けに入ったのだから、負けるわけにはいかない。
颯爽と駆けつけ、一瞬で全員を倒せるような強い人間ではないけれど。
何をしてでも、助けるという目的は果たす。決して諦めずダンジョンを攻略する、【不屈の勇者】のように。
アルトリートさんは、今度は真剣に受け止めてくれた。
「そうか……それなら、冒険者をやっていて良かった」
「私もレメに同じです」
「あはは、お前は随分と素直になったものだね」
そういえば……以前レイスくんの父親とは友人だと、エアリアルさんは言っていた。
特に交流があったとか、そういう情報は無かったと思うけれど。
しかしこうしてエアリアルさん伝いに僕を呼んでいるし、先程から親しげでもある。
「さすがに、逢ったばかりの頃のことは忘れてください」
「『俺は勇者になんかならねぇ』と言っていたあの少年が、今や世界ランク一位だ」
アルトリートさんがからかうように言うと、エアリアルさんが恥ずかしそうに頬を掻いた。
「……貴方は変わりませんね」
「二人は、友人同士だと聞きましたが」
「あぁ、友人だとも。今でこそ最強の勇者をやっているけれどね、昔は……そう睨むな、後輩のイメージを壊したくないんだな、分かったよ」
当たり前といえば当たり前かもしれない。
誰にだって複数の顔がある。仕事の時の顔と、家での顔には違いがあるものだ。
もっと細かく、恋人といる時の顔、友人といる時の顔、家族といる時の顔……なんて風に分けられる人もいるだろう。
仲間といる時、後輩といる時、映像板に出る時。
昔から知っている、年上の友人といる時。
エアリアルさんのその顔を見るのは、非常に難しい。
彼がトップで、冒険者の中でも年長者だから。
「今日は昔話でなく、レメに用があったのでしょう」
「あはは、そうだったな。済まない。先程も少し言ったが、息子のことでね」
「はい」
「あれは少し……こう、気にしなくていいことを気にしていてね」
彼の悩みについて、僕の方から口にすべきではないように思う。
だがこの様子だと、アルトリートさんも気づいているようだ。
当然か。
レイスくんが今のようになる過程を、彼は全部見てきているのだから。
「……そのことを、本人には?」
「もちろん。ただ……情けない話なんだが、口を利いてくれなくてね」
「あぁ……」
レイスくんの目的は、自分が【不屈の勇者】のやり方で成功を収めることで、その正しさを証明すること。
自分の存在がアルトリートさんに引退を選ばせた。それが、レイスくんには許せないのだ。
アルトリートさんはそもそも、その引退を間違いだとは思っていない。
意見が対立していて、レイスくんは話し合いや説得に応じるつもりがない。
結果、息子は父を無視している。
「これも反抗期というやつなのだろうか……」
アルトリートは分かりやすく落ち込んでいる。
「いや……」
どちらかというと、父親を尊敬するあまり……という感じだと思う。
自分を否定してしまうくらいに、父を強く格好いい勇者だと思っているのだ。
「私がレメの話をしたら、『そこまで気に入った先達の言葉なら、聞く耳を持つかもしれない』と言い出してね」
もしエアリアルさんが、僕がレイスくんの父に気づいたことを彼本人から聞いたのだとしても。
どうやら彼は、その後の会話については話していないようだ。
「こういうのは、ほら、当事者だと余計に状況がややこしくなることもあるだろう?」
「えぇ」
頷く。
僕がフェニクスパーティーを離れることになった時。もちろんフェニクスは引き止めてくれたし、その後はメールでもフォローの連絡をくれた。
だが、落ち込んだ僕の心を救ったのは親友の言葉ではなく、果物屋の童女の健気な笑顔だった。
ある問題に無関係な人のおかげで、事態が好転したり気持ちが救われることは、ある。
「ただ……」
僕は言い淀む。
それだけで、アルトリートさんは理解したようだ。
「あぁ、無理だったのだね」
半ば予想していたのかもしれない。
「お役に立てず、申し訳ないです」
「いやいや、本来ならば人に頼むようなことではないんだ。なんだか既に巻き込んでいたようで、こちらの方が申し訳ない思いだよ」
「レイスくんは……」
言い掛けて、僕が口にすべきことではないかと思い直す。
「いいんだ、話してみてくれないか?」
「レイスくんは……レイスくんが、間違えているとして。それを言葉で改めさせるのは、難しいと思います」
「頑固なんだ」
アルトリートさんは力無げに苦笑している。
「理屈は、躱したり跳ね除けたり出来ます。人それぞれのものを持っていていいから。でも、現実は違う。もちろん、捉え方は人それぞれと言えるでしょうけど、たとえば負けは負けです。見方を変えれば勝ち、とはならない。明確な判定がありますから」
「うん」
「そのやり方ではダメだということは、そのやり方が通じないという現実を突きつけることでしか、実感させることが出来ないのではないかな、と」
「ほほう。つまり、レイド戦で負ければ息子は自分の行動を見つめ直す、と?」
彼が興味深げに顎を撫でる。
「自分が正しいと思っているやり方で負ければ、あるいは……」
「なるほどなるほど。しかし息子は諦めが悪い。エアリアルに何度負けても最後は勝つと言うくらいでね」
「彼の目的が【不屈の勇者】になることなら、退場はとても重いものだと思います。レイド戦は特に、配信しないなんて選択肢はないものですから」
「……そうだね。君の言う通りかもしれない」
最後に必ず勝つ、ということが達成出来ない。
それを軽視するような子ではない。性格的にも、目的を考えても。
アルトリートさんの表情に一瞬、陰が差した気がした。
しかし次の瞬間には、肩を竦めている。
「では、俺達に出来ることはないね。魔王城の皆さんに期待するしかない」
「おいおい、息子の負けを期待する父親というのはどうなんだ」
「目先の勝ち負けよりも、最終的な幸福の方が大事なのさ」
「ふむ……私もなんとかしてやりたいが、攻略には本気で臨まねば」
「あはは、それはもちろん。完全攻略するつもりで挑んでもらわないとな。レメくんが言っているのは、その上であいつが負けることがあれば、自身を見直す機会になるかもしれない、ということだろう?」
「はい」
「うん、そうだな。どうにも出来ないことをごちゃごちゃと考えていても仕方がない。いつかまた口を利いてもらえる日が来るまで、見守るとしよう」
そう言って話をまとめると、次の話題はタッグトーナメントに移った。
最初は緊張していた僕も、途中からは好きな攻略動画について話を聞いたりすることが出来た。
夢のような時間はあっという間に過ぎ、解散しようという時間になった頃。
「レメくん」
エアリアルさんがお手洗いに立ったタイミングだった。
「なんでしょう」
「息子をよろしく頼む」
…………?
「えぇと、僕に出来ることがあれば。でも、彼のパーティーには入れないんです」
彼は優しげな微笑を湛えている。
「ルキフェル殿は後継に恵まれたね」
「――――」
それは、師匠のダンジョンネーム。
【魔王】ルキフェルは、最強の魔物の名前。
ここで咄嗟に演技が出来ないのは、予想外過ぎるセリフということもあるが、僕がまだまだ未熟という証拠。
「やはり、君は良い子だね。素直で、嘘がつけない」
「……どうして」
「済まない、ほとんど勘なんだ。誰でも気づくというものではないから、安心してほしい。もちろん俺も、他言はしないさ」
ハッタリに、引っかかってしまったというわけか。
だが、それを咎めようとは思わない。
「魔力、ですか?」
以前、エアリアルさんは僕と初めて逢った時にルキフェルを連想した、と言っていた。
「いや……気配、だろうか。これでも一応、彼とは戦ったことがあるからね。君を見た時は驚いた。画面越しでは分からなかったが、直接見たらビビッときたよ。あの魔王と対峙した時と、似た震えが走った。事情は知らないが、継承者だというのなら凄まじいことだ。君の意志の強さに、敬意を表するよ」
理屈じゃないのなら、どうしようもない。
特殊な感覚ともいうべきものを備えている人は、いるのだ。
「友人と息子の敵に言うべきではないんだろうが、期待しているよ」
「……レイスくんは、素晴らしい勇者です」
「そうか」
「だから、倒します。きっと、もっと素晴らしい勇者になる」
「あはは、一視聴者として、楽しみにしているよ」
丁度、そこでエアリアルさんが戻ってきた。
「おや、随分と楽しそうだね」
「あぁ、だが秘密の話だ」
そう言って、彼は立てた人差し指を唇に当て、片目を閉じた。
僕は苦笑しながら、小さく頷いた。
◇
「どうだった? 良い子だろう、レメは」
店の前で別れたレメが角を曲がって見えなくなった頃、私は年の離れた友人に話しかける。
「あぁ、お前が誘ったというのも頷けるよ。びっくりするくらい上手に隠しているが、とんでもなく鍛えているな」
「彼の向上心には果てがない。その上、その心は決して折れない」
「確かに、四位まできたところで幼馴染のパーティーを追い出されたら、普通心が折れるな」
「彼らなりに、事情があったのだろう」
「……まぁ、特に今の時代はな。【黒魔導士】というだけで辛いことも多いだろう」
【勇者】でさえ、精霊持ちかそうじゃないかで世間の関心が段違いなのだ。
【役職】から受ける印象は、相当なハンデとなる。
「それでも、彼は上がってくるつもりだ。私も、越えるのだと」
「そりゃあいい。競う相手がいるのは、いいことだ」
「そうだね。楽しみが一つ増えた」
「少し、羨ましいよ」
冗談っぽく放たれたそのセリフはだが、本心のように思えた。
「そういえば、フェロー殿を知っているだろう?」
「そりゃあ、息子を時の人にした御仁だからな」
「貴方にも面白い話があると言っていた」
「よしてくれ。こんな年寄りに」
「今すぐでなくともいいんだ」
普段の彼なら、もう引退した身だと笑って断っただろう。
だが、その日は違った。
「……少し、考える」
「あぁ」
もしかすると、レメのおかげだろうか。
そんなことを考えながら、私達は歩き出す。




