104◇復刻! 難攻不落の魔王城○○○攻略
「おはようございます、レメさん。朝食出来ていますよ」
「おはよう……」
ミラさんの声で起きる。
彼女は月の輝きを浸透させたような金の長髪と、宝石めいた美しさを誇る赤い両目をしていた。僕を揺する彼女、その豊満な胸もたゆんと揺れている。
「うふふ、寝癖が出来ています。ささ、お顔を洗うついでにそちらも直してきてくださいね」
「うん……」
洗面所へ向かう。冴えない顔の男が、ださい寝癖をつけていた。
「おいしいですか?」
「んぐっ、うん。おいしいよ」
食卓でご飯を食べる。
「良かった。あ、始まりのダンジョンで角を解放した回、またニュースで取り上げられていますよ」
「んー、フェニクスの時はカメラ壊しちゃったからね……」
映像板をぼんやり眺める。
ニコラさん達はあの攻略映像を投稿した。
良い画が撮れたり話題になる何かを見出せたら、失敗動画を投稿することもある。後は投稿しないと費用が無駄になる、という理由でするパーティーもあるか。
彼女の意図したところではないだろうが――フィリップさんなら考えたかも――結果的にあのパーティーの知名度は一気にアップした。
理由は幾つかある。
「ふふふ、みんなレメゲトン様に夢中です」
一つは、僕の角解放が映像に残った初めての動画だということ。
僕の角の形状は極めて例外的なのだが、映像板に出てきた専門家いわく、まったくない例ではないらしい。
人に移植すること――ではない。
生まれつき、角が上手く生えない魔人というのがいるのだとか。
そういう魔人は角が『無い』のではなく、『生えていない』だけ。
つまり、体内に角がある状態。
解放時に、それが体外に出てくる。
僕はそういうタイプの魔人だと判断された。
――もしかすると、そういう例があるから師匠は僕への移植に踏み切ったのかな。
角を内包する状態で問題なく生きる魔人がいるなら、それを人間に適用させることも可能と考えたのかもしれない。実際、成功したわけだし。
「どうかな。みんなが見てるのはニコラさんな気もするけど」
もう一つ。
ニコラさんの容姿が美しく、それでいて彼女がとても強いこと。
フェニクスパーティーを苦しめた【隻角の闇魔導士】レメゲトンと激闘を繰り広げ、角を解放させたこと。
『白銀王子』の殻を破った、ファンにとって衝撃的な回でもあったこと。
先日の大会で活躍した【金剛の勇者】フィリップや【清白騎士】マルク、魔物側ではオロバスさんへの注目が高まっていたこと。
「む……まぁ確かに彼女は美しいですが……。と、とにかく、これであのダンジョンも安泰ですね」
始まりのダンジョンが明らかに初級の難度ではなかったこと。それに呼応し、賞金制度でしっかり潤った新人パーティーが数多くあることが判明。
つまり、難易度詐欺ではなく隠し要素――『全レベル対応』ダンジョンなのではという推測が立ったこと。それに伴い、事情を把握した攻略失敗パーティーが次々に情報を発信。信憑性が深まる。
一番の謎である、魔王軍参謀や四天王の参加については謎のままであること。
あの動画だけで、話題が盛り沢山なのだ。
一日二日では語り尽くせない。
「うん。僕の不安も杞憂に終わったようだし」
「あぁ……レメさんは本当に幼馴染思いなのですね」
少しだけ不安に思ったこと。
ニコラさんと戦った時の角解放は、上限が五だとすれば一か二。
フェニクスと戦った時は五。
そもそもニコラさんとの一騎打ちでは魔力の問題で三以上の解放は見せられなかったわけだが、それは視聴者には分からないことだ。
だからそう……フェニクスが、僕の一に負けたのだと思われるのが嫌だった。
しかしそこは世界四位。専門家もファンもしっかりと分かっていた。
そもそも魔人が有名な亜人なのが幸い。
フェニクス戦での第十層消滅がカメラに映ったのも良かったのだろう。
魔人の角は魔力を溜めるもの。言ってしまえば貯金。
フェニクス戦でほぼ全額下ろしたのだとして、『白銀王子』に見せたものは溜め直したものを急遽引き下ろしたようなものなのではないか。
という推測はばっちり正解。
「やめてよ、それ……」
「うふふ、嫉妬してみました」
どうでもいいと言うには、付き合いが長過ぎるというだけなのだ。
「レメさん、今日は雨が降るそうですよ」
食後。彼女が持ってきた上着に袖を通す。
「ありがとう。傘を持って行くね」
「はい。では、また職場で会いましょう」
僕はこれからカシュを迎えに行く。彼女とは一旦ここでお別れ。
「一説によると、出かける前にキスをするかしないかで、不注意で事故に遭うリスクが変わるそうですよ? 事故防止、していかれますか?」
一瞬、彼女のつややかな唇に目が行く。
「……あはは、行ってきます」
「むぅ。レメさんがしたくなったら、いつでもどうぞ」
ミラさんは露骨に残念そうな顔をしたが、小さく笑っている。彼女も、応じるとは思っていないのだろう。
――ミラさん、僕の部屋に馴染み過ぎだな……?
寮を出た僕は、自分でも驚くほど彼女との生活を受け入れているなと改めて思う。
嫌ではない。助かっている。目のやり場に困ることも多いけど。
……。
…………。
恥ずかしながら、僕は誰かとお付き合いということをしたことがない。
修行と仕事に集中していた……というのは言い訳か。
フェニクスやラークなんかはモテるし、アルバはアクティブだ。リリーはそういう話題になると目が冷たくなるので聞いたことないけど、どうだろう、分からない。
まぁ、【黒魔導士】が絶望的にモテない、というのもある。
とにかく、恋愛ごとというものがよく分かっていない。
とはいえ、さすがにミラさんの気持ちがファンの応援だけ……とは思っていない。
考えてはいるのだ。
だが絶望的に経験値が不足していて、こう、どうしたものかとここのところ悩んでいる。
「うぅん……」
僕のその悩みは、その日の出勤後に起きた問題によって、更に引き伸ばされることになる。
◇
「ふふっ……」
カシュの耳と尻尾が嬉しそうに震えている。
向こうでは大会あたりから一緒にいられない時間も結構あったので、寂しかったようだ。
手を繋いでの出勤。心なしかいつもより近い気がする。
彼女が元気ならそれが一番。
今日の彼女は服の上からレインコートを羽織っている。
フードには、しっかりと犬耳が収まる部分が用意されている。
「秘書さん、僕の今日の仕事は何かな」
「はいっ。今日はまず……会議室へ集合とあります。参加者さんは、してんのーのみなさんと、レメさんと、まおうさまです!」
「へぇ、強いパーティーの予約でも入ったかな」
「ぎだいについては、ふめーです……」
「そっか。いや、いいんだよ」
僕らは他愛のない会話をしながら、魔王城へ向かう。
◇
「あの男……!」
と、叫んだのは魔王様。
見た目は幼女だが、しっかりと僕らのボスだ。師匠やフェローさんと同じく、紅い髪と目をしている。角は黒く、側頭部から生えていた。
「魔王様、お父上をあの男などと呼ぶものではありません」
「黙れアガレス、昼休みに護衛させてやらんぞ」
「はっ、失礼致しました……!」
魔王様もアガレスさんも、その会話はいいんでしょうか。まぁ、いいか。誰も突っ込まないし。
【時の悪魔】アガレスさんは、幼い子供の守護者であるという。うん、安心安全だ。
「シトリーのフロアはきついかもー。かもかもー。狭いし、対象が増えるとちょっとねー」
ピンクの髪を二つに結った、ネコを思わせる少女だ。夢魔の姿をしているが、実際は豹の亜獣。可愛い姿が好きな、僕の同僚で友人。
「一パーティーならばともかく、現状の戦力で複数パーティーへの対応は困難かと……」
ミラさんも困った様子。
ちなみにフルカスさんは無言。多分寝てる。
「だが逃げることは出来ん。あの男は、余への引き継ぎの際にごっそり職員を引き抜いていったくせに、レメゲトンが魔力不足と知っているだろうに――レイドを仕掛けてきたのだからな! しかも申込みについても映像板で発表するときた! 逃げられん! 逃げるつもりも、ないが!」
魔王様はご立腹。
魔王様は全力のぶつかり合いが好きだ。そのあたり、気の合う職員が多い。
けれどフェローさんは、絡め手を使ってでも目的を果たそうとする。
次なる戦いそのものではなく、それを利用する父の思惑が気に入らないのだろう。
今回、彼が仕掛けてきたのは複数パーティーによる合同攻略――レイド。
かつて師匠が魔王だった時代に組まれ、冒険者が全滅して終了。以後は例がない。
「なにが『復刻!! 難攻不落の魔王城レイド攻略!』じゃ……!」
フェローさんの目的を思えば、結構単純な策だ。
難攻不落の魔王城。最強の魔王が君臨するダンジョン。
実は、これは完全攻略されたことがない。
全ての冒険者の、設定上の最終目的なわけだ。
フェローさんはダンジョン攻略を無くしたい。その後で、ダンジョンを競技に再利用したい。
その為に、魔王城の完全攻略は有効と判断したのだろう。
世間に、冒険者の目的は果たされた、ダンジョン攻略はもう終わったと印象づけたいのだ。
実際は魔王城が攻略されても業界の終焉とはならないが、そこを彼の根回しでそういう方向に持っていくつもりなのだろう。
これ一つで終わるわけではないが、そういう『空気』を作ろうというわけだ。
「参加者もすごいですね」
僕が笑っているからか、みんなの視線が突き刺さる。
参加は四パーティー。
【迅雷の勇者】スカハ率いる、世界ランク五位パーティー。
【魔剣の勇者】ヘルヴォール率いる、世界ランク第三位パーティー。
【嵐の勇者】エアリアル率いる、世界ランク第一位パーティー。
そして、つい先日精霊と契約したばかりだという、六十年ぶりの【湖の勇者】レイスと彼の集めた冒険者。
冒険者育成機関は必ず通わなければならないわけではない。
僕だって通っていないし。
【役職】判明後はそれに合った訓練を積む必要があるという考えが浸透しているが、すぐに活動を始める人もゼロではない。
フェローさんが許可したくらいだから、話題性『だけ』ってことはないだろう。
「何が面白いのだ、レメゲトンよ」
「え……いや、すみません。楽しみで」
「楽しみ?」
「戦うんですよね? みんなでどう勝とうか考えていたら楽しくて」
世界最高峰の冒険者達と、新たな四大精霊契約者と、闘えるのだ。
僕の言葉に、みんながぽかんと口を開け。
すぐに、それぞれがくすりと笑った。もちろん睡眠中らしきフルカスさんは除いて、だ。
「ふ……ふふっ、ははは! そうだな、貴様の言う通りであった! 先日のように、奴が何を企もうと潰せばよいだけのことだったな! 今回も頼りにしているぞ! みなもだ!」
とはいえ、みんなの懸念も尤も。
実力未知数のパーティーが紛れているとはいえ、これはあまりに強大な敵。
魔王城のみんなは頼りになるが、魔王様が言ったようにかつて多くの人員が引き抜かれた現実もある。
第十層なんて召喚で誤魔化していたが、フロアボスの僕一人だ。
仲間を集めねば。
そして……足りない魔力はどうしよう。




