99◇四天王と馬人の射手
試合開始と、オロバスさんが矢を射掛けるのは同時。
ベリトの出した白銀の壁越しに、矢の弾かれる音が聞こえる。
フルカスさんは動く巨像サイズなので、僕らの身長ほどの壁があっても動きが見えた。
「それじゃあベリト、武運を」
「そっちもね」
僕らは一瞬互いの拳を打ち合わせ、それから分かれた。
壁が、フルカスさんの前蹴りで吹き飛ぶ。
その足を殴りつけたのは、白銀を纏ったベリトだった。
「……レメではないのか」
あんな啖呵を切っておきながら、彼女の相手をするのは僕ではない。
「ガッカリした声出さないでよ、こっちも楽しいからさ」
「それは自分が決める」
「うん、じゃあそうして」
僕は振り返らない。
杖に魔力を流しながら、向かうは馬人の射手オロバスさんの許。
「その二本の足で、わたくしに追いつけるとでも?」
彼女は馬の下半身を持ち、四本の脚でフィールドを高速で駆けている。
彼女の方もしっかり僕と他人行儀に話してくれている。
一時的に同じ職場で働いているなんて、誰も想像しないだろう距離感だ。
「どうでしょう、追いつけないかもしれませんね」
「そこは嘘でも捕まえてみせると言うところでは?」
「嘘は苦手なんです」
「素晴らしい。ですが、それでどのようにわたくしを打倒するおつもりですか?」
どれだけ速くとも、存在が認識出来れば黒魔法は掛けられる。
馬人は種族柄、魔力耐性が低い。掛かりは良いだろう。
杖に通した魔力を使っての、速度低下。
彼女の動きが目に見えて落ちる。高純度の魔力を注ぎ対象制限と時間制限を掛けることで効力を高めた黒魔法。
僕は全速力で彼女に向かって走る。
彼女は速度低下を意識し、ミスがないよう丁寧な動きで矢を番え――放った。
速いが、動きの全てが見えているので狙いも丸わかり。
問題は僕にそれを防ぐ術がないことで、回避による僅かな減速さえ惜しいこの状況。
だから避けない。
僕は矢の予想軌道上に手をかざす。
矢は僕の手のひら部分に当たり、弾かれた。
「! ……白銀ですか」
離れた場所に出してもらうには魔力と時間が掛かる。
だから、拳を打ち合わせた時に纏わせてもらった。
ローブにも隠せるし、僕の装備で気になるものといえばやっぱり仕込み杖になる。杖を持つのと反対の腕に白銀を纏わせていることを隠すのは、そんなに難しくなかった。
「それにしても些かも速度を緩めぬとは……」
そう言いながら弓を仕舞ったオロバスさんは、自分の胴に垂らした布から――槍を引き抜いた。
槍術を修めているなんて話は聞いていないから、フルカスさんにざっと習ったのか。
この大会で彼女が槍を抜いたのも初めてなので、腕前については判断出来ない。
僕とオロバスさんの距離が縮まる。
もう少しで彼女の槍の攻撃圏内。
あと一歩で踏み込むというところで、それは来た。
予測していたのに、完璧に避けることは出来なかった。
魔力器官はなんとか外したが、腹部を貫かれる。
フルカスさんの魔法具。変幻自在の槍による超長距離刺突だ。
「……このフルカスを無視して行けると……思うたか」
彼女はベリトと戦いながら、一瞬の隙を見つけて僕に攻撃してきたのだ。
長く長く伸びた槍が、彼女の手元から僕の腹部の裏側まで伸びている。
――よし。
試合前の言葉に嘘はない。僕はベリトと二人でならフルカスさんとオロバスさんにも勝てると思っている。
その発言の後で、彼女の相手をベリトに任せ、その後一切意識を向けなかった。
彼女からすれば、僕は隙だらけ。
意識が強くオロバスさんに集中する瞬間を狙ってくるのは、考えていた可能性の中でも有力なものだった。
だからベリトに伝えていた。
僕を狙う突きだけは、邪魔しないようにと。
槍が伸び切った頃を見計らい、僕はその柄を――握る。
「ベリト!」
「分かってる!」
フルカスさんの槍は不思議だ。
槍という武器の形を逸脱しなければ好きに形を変えることが出来、その上損耗した部分は捨てることが出来る。
フェニクスとの戦いで、あいつの火がついた部分は切り離して全焼を免れたように。
そうなると気になることがある。
捨てられた部分は、もう魔法具ではない。ただの槍の一部だ。これは検証済み。
では、何を以って本体と『一部』を分けるのだろう。
穂先、ではない。これは何度も捨てていた。石突も同様。つまり先端部分ではないわけだ。
見ている限り、特別な装飾や印はない。
聞くことはしなかった。いくら仲間でも、気安く尋ねてはならないことがある。
だから、ここからは賭けになる。
僕らしくないからこそ、フルカスさんも想像していない筈だ。
確証もないのに、事前の情報収集で明らかになっていないことなのに、それを前提に作戦を組むなんてレメらしくない。
そんな作戦だからこそ、彼女に通じた。
「よそ見なんて余裕だね、四天王サン!」
フルカスさんが僕に向かって突き出した槍の柄を、ベリトが殴りつけたのだ。
「!」
フルカスさんの身のこなしは鎧を纏っても健在。
これまでの戦いでただの一人も彼女の鎧に触れることは叶わなかった。
でも、槍は?
当然、別だ。槍は攻撃の手段。武器。どうしたって相手に触れ、時に相手の武器に触れるもの。
此処でベリトが彼女を殴ろうとすれば反応されただろう。というか、フルカスさんはそれを予想していた筈だ。
だが、槍。ぶつかり合うことが前提の武器であるが故に、再生が可能であるが故に、この状況とも相まって、警戒度は肉体よりも低かった筈。
そこを突いての一撃。
槍が、圧し折れる。
普通ならば何の問題もない。
即座に伸ばしてベリトを串刺しに出来る。
でも、出来なかった。
「来い」
命じたのは、僕。
賭けに、勝った。
槍は――長い方が本体となるのだ。
距離の開いた僕に向かって突きを放ち、手元からすぐのところをベリトに折られた。
そこから先、僕に至るまでの全ての方が、ずっと長い。
槍は僕の念じるままに短くなり、腹からも抜ける。
……なんだかアルバの時といい、人の魔法具奪ってばかりだな。
いや、レメゲトンとレメで一回ずつなので、そう思う人は限られるけど。
速度低下を維持したまま、片手で槍を握る。
「やっぱり、追いつけませんでした」
「……最初から」
――伸びろ。
フルカスさんの槍がケイさんの胸を貫く。
「――返してもらう」
声が、近かった。
白銀の壁を壊し、纏わりつく液状の白銀をものともせず、巨大な黒騎士がこちらに迫っている。
「ボクを、無視すんなッ……!」
巨大だからといって鈍重ではない。歩幅も広いので、彼女が走ると追いつくのは難しい。
必然、逃げるのも。
けど、逃げる。
フルカスさんの拳が地面をえぐる。
一瞬前まで僕の体があった箇所。
今は違う。
僕は槍を急速に縮めることで、移動していた。
ただこれには、穂先が固定されていなければならない。
オロバスさんを貫いた槍の穂先には返しが出来ていて、容易には抜けないようにしていた。
だから僕が向かうのは、まだ退場していないオロバスさんだ。
「……随分と、酷いことをなさるのですね」
「すみません」
「いいえ、わたくしもただではやられませんから」
槍の投擲。僕は杖を投げ捨て槍を持ち替え、白銀を纏った方の手を向ける。
「……ぐっ」
勢いの乗せられたその一撃は、薄く貼った白銀を貫いて僕の手を貫通した。
だがその槍を、僕はなんとか掴もうとする。
オロバスさんが弓を構えていたからだ。
間に合うのは一射か。いや二か。
放たれる矢の一本を、彼女から貰った槍で弾く。
二本目は、僕の肩に突き刺さった。
そのまま、僕らは激突する。
フルカスさんの槍を引き抜き、もう一度彼女に――いや、その必要はなかった。
重傷を負った状態で槍の投擲に踏み切ったことの負担と、今の激突、更に槍が引き抜かれたことによる魔力流出。
これらにより、彼女の体は崩れていた。
強力な速度低下が掛かった状態で、退場寸前なのにあの動き。素晴らしい射手だ。
後ろに迫る黒騎士の足音を聞きながら、僕は次の一手に出る。




