Lv99
締め切りまで一週間を切ろうとしていた日。俺達は未だ歌詞を考えられずにいた。
今日は部活が無いので真っ直ぐ家に帰って妹達が勉強をしているであろう部屋の隣で机に向かっている。
「これを藍とか優希に頼んだらかなり良い歌詞を書いてくれそうな気がしないか?」
『気持ちは分かるけど、それしちゃうと色々と遊馬が残念になっちゃうよ?』
「そこにユメは含まれないんだな」
『だ、だって、わたしは自分でちゃんと考えるもん』
焦っているユメの声が何も思いついていない事を示しているようで心の奥底で安心する。
それがまるで意味がないどころかむしろ逆効果だと言うのも分かっているのだけれど。
「綺歩にアドバイスを貰って、多少進みはしたとは思ったんだけどな……」
『実際替え歌みたいなのならいくつか出来たもんね。
「明日雨が上がったら 水たまりに飛び込もう」みたいな感じでは』
途中メロディに乗せてそう言ったユメの言葉に俺も頷く。
ユメが言ったモノの他には「クリスマスパーティ 今から始まるよ」とか。
「赤信号が変わる だから今すぐ 走ろ」とか。
「ジングルな鈴の音が 知らせる楽しいクリスマス」とか。
そもそもクリスマス関係無かったり、クリスマスっぽくても童謡に引っ張られていたり、取りあえずクリスマスって入れとけばいいやってなっていたり。
自分自身これってモノが全く思いつかない。
任意場所のリピートに関しては結局稜子から度々借りている音楽プレイヤーを借りたのでお手の物になったのが大きな進歩って所だろうか。
おかげでサビだけならもうどんな歌詞でも完璧に歌える自信がある――きっとユメなら。
やっぱりまた綺歩の手を借りないと駄目か、一週間は考えたわけだからそろそろ何か教えてくれるんじゃないかと楽したいと言う思考がよぎり始めた頃、携帯のバイブレーションがヴーヴーと机の上でなった。
それに合わせて近くに置いてあった鉛筆立てやホチキスなんかも一緒に振動して変な音を立てるので思わず一度驚いてビクッと体が震えてしまう。
しかし、それが携帯だと気が付くと脅かすなと言う意味を込めてため息をつき携帯を手に取った。
ロックを解除して、メールボックスを開くと未読のメールに表示されていたのは見たことのある名前。
『from:舞
件名:週末の事
本文:突然なんだけど、今週の土曜日時間ないかな? 久しぶりにちゃんと時間が開いたから久しぶりに遊馬君と会いたいなって思うんだけど……』
『誰から?』
「いや、ユメにも見えてるだろ」
『ちょっとくらい乗ってくれてもいいのに。
それで、遊馬どうするの?』
拗ねたような声だったユメがすぐに気分を変えて尋ねてくる。
どうすると簡単に言われても正直俺は今すぐにこれに答えられるような気がしない。
あの告白未遂があって以来舞とは会っていない――特別会わないようにしていたわけではなく単純に舞が急がしたかっただけだが――ので、少し会い難い。
かと言って会わなければ会わないで、それは舞を傷つけることになりそうで。
色々と思考を巡らせているうちにしびれを切らしたようなユメの声が頭に響いた。
『いつも通りに接するって決めたんじゃなかったの?』
「そう……だったな」
変に思考を巡らせても仕方は無い。俺と舞は友達で、友達と久しぶりに会えると言うのであれば喜んで会いに行くべきなのだ。
「それに、舞なら何か歌詞を考えるヒントをくれるかもしれないしな」
『舞ちゃんってわたし達よりもずっと長い間音楽と本気で向き合ってきたんだもんね』
ユメの言葉に「そうだな」と頷き返して、でもそれから首を振った。
「俺だって負けないくらい音楽に向き合ってはきたぞ?」
『そこにわたしは入れてくれないの?』
「それはユメがどう思うかだろう?」
『じゃあ、わたしはまだまだかな』
ユメから返って来た言葉が少し意外だったけれど、あえて尋ねることはせずに携帯で文字を書く。
『件名:Re
本文:分かった。土曜日何処に行けばいい?』
『件名:Re:Re
本文:返事ありがとう、それから急な申し出を受けてくれてありがとう。とりあえず朝の十時くらいに遊馬君のところの駅に集合って事で良いかな?』
『件名:
本文:了解。じゃあ、土曜日に』
最後のメールを送って携帯のモニターの電源を落とす。
『今日はReを消すのが早かったね』
「まあ、気分だな」
『そっか気分なんだ』
「ああ、気分だ」
『まあ、気分だよね』
「当たり前だが、気分だよ」
そこまで言いあった所でユメがくすくすと笑いだす。
それにつられて俺も笑ってしまう。
気が付けば夕飯の時間になったらしく、母さんに妹達のついでのように名前を呼ばれたので返事をしてリビングまで歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
土曜日になって、集合時間少し早めに駅に着いた。
さて、どこで舞を待とうかななどと考えて歩いていると、携帯電話が急に鳴り出したので慌てて通話ボタンを押して耳にあてる。
「もしも……」
『遊馬君? こっち、えっと……左側見て』
こちらの言葉を無視するように――とはいっても言おうとしていたものは「もしもし」だけだが――舞の声が聞こえて、不審に思いながらも言われた通り左を見ると、眼鏡の女の子がこちらに向かって手を振っていた。
白のコートの下、黒いスカートが見え、さらにその下からはタイツが顔をのぞかせている女の子に近づくと「待ったか?」と尋ねる。
「勿論。だいぶ待ったよ」
「悪かったな」
「でも、遊馬君は時間より前にはちゃんと来ているから謝る必要ないよ。
ちょっと、いつもと逆のパターンをやってみたかっただけだったから」
「いつもと逆?」
その言葉に引っかかり首を傾げると、舞が不服そうな顔で口を開いた。
「遊馬君いつも先に来てて「お待たせ」って言うと「ああ、待った」とか言ってくるんだもん」
「なるほど、仕返しされたのか」
「でも、遊馬君そんなに何とも思ってなさそうだよね」
「まあ、本当に待たせていたんなら申し訳ないしな」
特に深い意味も考えずそう返すと、舞が一つ溜息をついてしまった。
それからすぐに気を取り直したように顔をあげると、駅の中にある喫茶店を指さす。
「取りあえず、あそこでお話ししない?」
「突っ立っていても仕方がないしな」
そうして、すぐに一歩前に出てしまった舞の後ろをついて喫茶店まで向かった。
喫茶店に入るとすぐに席まで案内されて注文を聞かれる。
舞が少し迷っているようだったので「後にするか?」と尋ねると、首を振られたので取りあえず先に「カフェオレのホットを」と店員さんに伝えた。
直後前の席から「キャラメルマキアートで」と声がする。
「ホットとアイスがございますが」
「ホットで」
そこでようやく注文が終わって舞がふうと息を吐く。
「注文一つに大騒動だな」
「むしろ、遊馬君が悩まなすぎ何だよ。わたしこれでも決めるの早い方なのに」
「そうか?」
「と、言うか前もカフェオレ飲んでたよね」
「まあ、気分だな」
「気分も大事……かもしれないけど」
何を言って良いのか困っているような舞の返事に、ちょっと悪い事をしてしまったかなと言う気になったので助け舟を出してみることにした。
「そう言えば最近忙しかったのか?」
「そうなの。年明けからラジオのパーソナリティをするって話はしたよね?」
「翠さんとな」
「そうそう、それでわたしは喋るのは専門外じゃない?」
「歌と踊りが本職だろ?」
「だから、滑舌の練習とか台本を読む練習とか今までやってこなかった事の練習がいっぱいあって。
それに加えて例の曲の収録とかもしなくちゃいけなくて、学校に行けないとか一週間休みが無いって言うほど忙しくは無いんだけど、それでも今までに比べたら格段に忙しくなっちゃった」
なっちゃったと言う割には楽しそうに話す舞を見ながら内心喜びと安心に包まれる。
「曲の収録には呼んでくれなかったんだな」
「ごめんね。本当は呼ばなきゃとは思ってたんだけど、やっぱり収録は向こうでやるし短期間に何度も誘えないかなって」
「まあ、そんなところだろうなとは思ってたから別に気にはしていないけど。
何にせよ、舞が楽しそうで良かったよ」
「勿論。いろいろな縁があって、いくつかお仕事も貰えるようになって。遊馬君には感謝してるよ?」
そこまで言うと舞は口が渇いたのか、話の途中で届いたキャラメルマキアートを口に含む。
一度それをコクリと飲み込むと美味しかったのか、すぐに二口目を口に着けた。
「ところで、舞って歌詞を書いたことってないか?」
「歌詞?」
「ああ、何か俺もユメも分け合って歌詞の一部を書かないといけなくなってな。何か上手い感じの歌詞が書けないと悩んでいる所なんだよ」
「歌詞……ね」
諦め気味と言うか、ため息交じりと言うか、そんな風にお手上げ感を出した俺の言葉に舞が真面目に頭を使ってくれているらしく、視線が一度俺から外れる。
それからほどなくして口を開いた。
「わたし自身は作った事ないんだけど、例えばテーマが決まっているのならそのテーマから連想するものを取りあえずかき集めてみるとか、実際に歌詞の場面を想像してみるとか、言うのは聞いたことあるかな」
「連想するもの?」
「例えば、十二月だしクリスマスってテーマがあったとしたら、トナカイとかツリーとかプレゼントとか恋人とかって言うのが思い浮かんだりするでしょ?」
「そうだな。そこまでは考えなくも無かったが……」
「それでここから恋人って言う所に注目して、例えばクリスマスに恋人と過ごすって言うのは一つあったり、クリスマスに気になるあの人に想いをぶつけて恋人になるって言うのが一つあったり。
そうやって行くうちに書きたいことが見つかるんだよ、って言っている人もいたかな」
舞の言葉を頷きながら聞いていく。
要するに連想ゲームか。
舞の言葉をそのまま参考にするなら、クリスマスからパーティ、人が来るのをソワソワ待っていると言う所までは連想ゲームが進められていると考えるのはどうだろう。
待っている人と言うのは本当にワクワクしているだけなのだろうか……?
明確に何か足がかりが見えたような気がして俺は舞の存在を忘れたかのように大きく何度も頷くと舞の方を向いて「何とかなりそうな気がしてきた。ありがとう」とお礼を言った。
舞も自然に「どういたしまして」と返してくれる。
それで話もひと段落したかなと思ったのか舞が俺に尋ねてきた。
「遊馬君が歌詞って何かするの?」
「どうなんだろうな。桜ちゃんはせっかくだからななゆめ全員で歌詞を作りたいみたいなことしか言っていなかったけど」
「そうなんだ。でも、いきなり遊馬君とユメちゃんにもやらせるって流石桜ちゃんって感じだね」
「そう言えば、舞はあれ以来桜ちゃんと会ったりはしてるのか?」
「この間ちょっと会ったけど、基本的には会ってないかな。連絡は取っているんだけどね」
やっぱり今同じものを作っているだけあって連絡を取ったり、実際に会ったりしないといけないのだろうか。少し気になるけれど、ここで踏み込み過ぎるのも悪い気がしてあえて尋ねることはしなかった。
「ところで今日は何処か行きたいところとか、やりたい事とかあったりするのか?」
「それって、わたしが?」
「他には誰もいないしな」
『わたしは居るけどね』
「ユメはあるのか?」
『舞ちゃんにお任せします』
「遊馬君。独り言」
舞がそう言って俺の口元に人差し指を伸ばしてくる。
それが唇に触れることは無かったけれど、触れるんじゃないかと少し焦ってしまった。
「ああ、悪い」
「まあ、ユメちゃんが中に居るのは分かっているから良いんだけどね。
それで行きたい所だっけ? 実は一つだけあるんだ」
「映画とかか?」
俺の問いに舞が首を振ると俺を指さして口を開いた。
舞と二人、ユメもいるから三人。駅から離れるように歩いている。
舞が口にした場所は俺がよく知る場所で、ユメも良く知る場所で。
そのせいもあって見知った道を歩いている。
「遊馬君ってこういう街に住んでるんだね」
特に珍しいものもないだろうに、まるで初めて都会に出てきた若者のように舞があちらこちらに視線を移す。
時には足を止め俺に説明を求めてくるのだけれど、なんで電話ボックスの中身が無いのとか、売っているものが一種類しかない自動販売機があるのとか聞かれても正直困る。
困るし、殆ど事実なので「俺も知らなかった」と返していた。
そうすると舞は大体「遊馬君ってやっぱりインドア派なんだね」と笑うので「悪かったな」と返す。
駅から歩いて三十分かからない道のりを歩きながらもう一度ちゃんと舞に聞いておくことにした。
「本当にいいのか?」
「本当にいいって言うと?」
車道外側線。要するに白線の上を落ちないように歩いている舞は、ダンスをしていることもあってか殆どぶれずに顔だけこちらに向けた。
「今から行くところで」
「何か問題あった?」
「いや、別に問題ないと思うが……なあ?」
『何もないよね。本当に』
「じゃあ、わたしは行ってみたいんだけどな」
「ああ、わかった」
そう言われると諦めるしかなく、俺達が足を止めたのは今日の俺の出発地点。要するに俺の家の前だった。




