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Lv91

 レコーディングがひと段落して、一度休憩しようと言うことになった。


 レコーディング自体は特に滞ることもなく、むしろスムーズに進み過ぎているくらいなので一曲一曲の間にしっかり休みを入れておこうと、そういう事らしい。


「やっぱりこんなに長時間レコーディングに必要なかったですね」


 舞が飲み物を買ってくると言って外に出て行ったあと、桜ちゃんが椅子に座ったまま一人そんな事をボヤいていた。


「それは褒めているって受け取っていいんだよな?」


「先輩方から見たらそれでいいと思います」


「桜ちゃんから見ると?」


「余った時間の扱いに困ります。折角借りた事だし何かやってみてもいいかな、なんてさっきまで思っていました」


 背もたれに体重を預けている桜ちゃんが少しだけ妙な言い回しをする。


 俺はそれに対して首を傾げるように「思っていた?」と尋ねた。


「今は別にこんな風に雑談していてもいいかなと思ってます。


 幸い話したい事もありますし」


「話したい事?」


「まあ、あまり大したことじゃないのですが、大学祭の時にユメ先輩が最初に歌っていた歌の事です」


『綺歩が作った歌だよね』


「あの可愛い感じの曲だよね。わたしも気になってたんだ」


 ユメの呟きの直後俺が何かを言う前に、そんな声が後ろから聞こえてきた。


 振り向くとペットボトルを持った舞がすぐ後ろに居た。


「あの曲っていつもななゆめの曲作っている人でも、桜ちゃんでもないんでしょ? 作曲者」


「ああ、ななゆめでやる時にはキーボードを担当している俺の幼馴染が作った曲だな。


 桜ちゃんはともかく、舞も気にしてたんだな」


 桜ちゃんはここ数か月で綺歩がどういう人物なのか分かっているだろうし、少なくとも綺歩は軽音楽部内で曲を作った事は無い。


 そんな綺歩がいきなりあの曲を作ったとなれば確かに驚くとは思うのだけれど、舞は綺歩とも稜子ともあまり接点は無いし、俺だったらいつもとは雰囲気が違う曲なんだなくらいにしか思わないと思う。


 舞は俺の返しに少しだけ首を捻ると、真っ直ぐこちらを向いてから口を開いた。


「なんて言うのかな。とってもドリムっぽい曲だなって思ったんだよ」


「桜もその辺が気になっていたんです」


「ドリムっぽいって言うと、舞の事じゃなくて俺……と言うかユメって事か?」


 二人の反応にそう尋ねると、ほぼ同時に二人が頷いた。


「でも、ドリムとして俺が歌った曲ってその時にその動画サイトで流行っていた曲だかららしいってことは無いと思うんだが。


 そもそも、綺歩の曲とドリムとして歌った曲は殆ど似ていないだろ?」


「そうなんだけどね……何かそんな気がしたから気になったんだよ」


「あの曲ってこの間作り始めた曲なんですか?」


「確か昔作りかけていた曲って言っていたと思うが……」


 俺が答えると桜ちゃんは何かを考えるように地面の一点を見つめると何かを納得したように俺の方を向いて口を開いた。


「たぶん偶々って感じでしょうね」


「俺もそう思う」


「でも、そう考えるとななゆめってすごいバンドだよね。そう考えなくても凄かったんだけど」


「SAKURAと初代ドリムがいるって言うだけで知名度が普通の高校生バンドとは違いますしね」


『まあ、それは隠しているんだけどね』


「そうだな」


 ユメの言葉に短く返すと、二人の視線を集めてしまった。しかし、首を振ると二人ともユメとの会話だとわかってくれたのか話を再開する。


「一応パート別れているけど、多分適当に割り振ってもちゃんとした演奏になるよね」


「綺歩先輩と稜子先輩と桜は基本的にどの楽器も弾けると思いますが、つつみんと御崎先輩はどうでしょうね。


 さて、そろそろレコーディングに戻りましょうか」


 そう言って、桜ちゃんが立ち上がったが、ふと気になることがあったので最後桜ちゃんに問いかけた。


「そう言えば、今日ここに来る前桜ちゃんって何していたんだ?」


「プライベートに踏み込んでくるんですか?」


「確かにそうだが、桜ちゃんは一応この約束があって遅刻してきたわけだからな。


 対等な立場なら聞いてもいいかなと思っただけだよ」


「まあ、別に隠す必要はないと思いますから良いですが、ちょっと二人で巡先輩のところに行っていたんですよ」


 予想外の名前が出てきて思わず驚いてしまう。でも、それ以上聞くのは流石に悪いかと思ったので「なるほどな」とだけ返して舞の方を向いた。


「悪いな分からない話して」


「ううん、気にしないで。でも、お詫びにレコーディング終ったら少し時間貰えないかな?」


「ああ、わかった」


 気にしないでと言いながらお詫びを求めるのはどうかと思わなくもないけれど、間違いなく最初から何か話があっての事だろうから素直に頷いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お疲れ様でした」


 最後舞のレコーディングが終わって桜ちゃんはいち早く声を出した。


 それから舞が此方にやって来て「お疲れ様でした」と返す。


「お疲れ様。それでこれからどうしたらいいんだ?」


「そうですね。先輩には次の練習の時にでもデータを渡しますのでそれをそのままいい感じに投稿してください」


「そのままなのにいい感じにしないといけないんだな」


「コメントくらい書いて投稿しますよね?」


「それをいい感じに考えろって事か」


 俺が言うと桜ちゃんが満足そうにうなずく。それから桜ちゃんは向きを舞の方へと変えた。


「舞さんには後ほどメールで送りますから……」


「遊馬君が投稿したのを確認してから投稿したらいいんだよね?」


「そうです。まあ、投稿直後はごたごたすると思いますが我慢していただければ」


「それくらいは承知の上だよ。今でも十分ごたごたしてるからね。


 ドリムとSAKURAさんが組んだって」


「そんな事になっているんだな」


 この一週間はネットにかじりついていたけれど、正直IDとパスワードの事しか考えていなかったので気が付かなかった。


 俺の言葉に桜ちゃんが呆れたような表情で「遊馬先輩は相変わらずですね」と首を振る。


 それから思い出したように口を開いた。


「お二人はこの後話があるんでしたっけ」


「うん。遊馬君ちょっと借りるね?」


「どうぞ、お好きなだけ借りて行ってください。桜はもう帰りますがもう少し此処借りてありますし此処で話しますか?」


「ううん。場所は移そうかなって思ってるよ」


「分かりました」


 俺が口を挟むことなく進む話に思わず「やっぱり俺は貸し借りできるんだな」と一人つぶやくと『遊馬はちゃんと人間だよ』といつかのようにユメが応えてくれた。


 そうしている間に舞も桜ちゃんも出入り口のところにいて、桜ちゃんに「先輩行きますよ」と言われて初めてその事に気が付く。


 それから桜ちゃんはお金を払って一人先に帰ってしまった。


 外はもう夕暮れを過ぎ暗くなりかかっていて、昼間に比べると数段寒く感じる。


 吐く息が白くなることが寒さを急加速しているようにも思えた。


「話って言うのはどこでするんだ?」


「出来れば公園とかあればそこが良いんだけど、遊馬君知らない?」


「公園なー……」


 舞の要望に必死でこの辺の地理を思い出す。


 あまり駅付近には来ないので少し思い出すのに時間がかかってしまったが、一か所思い出して舞を連れて歩く。


 向かっている間舞は何も話すこともなく、たどり着いた公園はひっそりとしていた。


 時間が昼とも夜とも分からない時間だからか誰もおらず、大通りから少し外れた所にあるので車の通りも少なく、街灯も少ない。


 まだ点灯していない街灯の下にあるベンチに何やら真剣な顔をした舞を座らせると「何か飲み物買ってくるけど、何が良い?」と尋ねた。


 舞はその声に驚いたのか小さな悲鳴を上げると慌てたように「じゃあ、コーヒーがあれば……」と返してきた。


 「了解」と返した後で一度公園を出て、来るときに目に入った自動販売機に向かう。


 初めてあの公園に行ったのは小さい頃、綺歩と一緒にだったか。


 大通りに面したコンビニと同じコンビニが隣の通りに見えたのが面白くてコンビニを探していたら見つけた公園。


 後から考えてみると、何のためにあんなところに公園が何て思ったけれど、こうやって今日使っている所を見るとちゃんとその意義を果たしているらしい。


 自動販売機の前について一通りそのレパートリーに目を通したところでユメに尋ねる。


「ユメは何が飲みたい?」


『わたしが選んでいいの?』


 そう言ったユメに頷いて返すが、多分ホットレモンだろうなと当たりをつける。


 少し迷った様子のユメが結局『ホットレモン』と答えたことに思わず笑ってしまうと、ユメが『なんで笑うの?』と頬を膨らませたかのような声で言ってきた。


「いや、予想が当たったなと」


『遊馬が飲みたかっただけでしょ?』


「そうかもな」


 ガコンと音を立てて落ちてきたペットボトルを取り出すと、もう一度お金を入れて今度はホットのコーヒーのボタンを押す。


 出てきた缶を空いた手に持ち、公園に戻りながらユメと何の話をするのだろうかと話した。



 公園に戻って来た時には街灯に明かりが灯っていて、それに照らされてベンチに座る舞の姿がよく見えた。


 寒さのせいか頬のあたりが赤くなっている。


 俺が歩いて近づくと、足音で気が付いたのか舞が顔を上げてこちらを向いた。


「これで良かったか?」


「うん、ありがとう」


 舞にそう言ってコーヒーの缶を渡してから舞の隣に腰を下ろす。


 誰もいない公園の遊具を見ながらペットボトルのふたを開け一口ホットレモンを飲んでから、舞の方を向く。


 舞は両手で缶を持って開いていないそのプルタブをじっと見ていた。


「それで、何か話があるんだろ?」


「あ、うん。えっとね……」


 俺の言葉に舞は驚いてこちらを見たかと思うと、また視線を落としてしまう。


 それから、意を決したように顔を上げ真っ直ぐにこちらを見ると口を開いた。


「遊馬君。あのね……


 好きです。付き合ってください」


 俺の中で時間が止まる。舞が言った事を理解できない時間が訪れる。


 舞はただ、俺の答えを待つように真っ直ぐにこちらを見ている。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか、ようやく俺の中で舞の言った言葉の意味を理解できた。


 だが理解できてしまったからこそ舞の顔を見ているのが辛くなって一度視線を下に向ける。


 それでも言わないといけないだろうと「ごめん」と口を開きかけた所で舞の方が先に声を出した。


「何てね。冗談だよ」


「そんな冗談はやめてくれよ」


 笑顔で冗談と宣言した舞に俺は全身の力が抜けたかのような声を出した。


 それを見た舞が楽しそうに笑うとそのまま言葉を紡ぐ。


「遊馬君も知ってるでしょ? これでもわたしはアイドルなんだから恋愛事はご法度。


 ちょっと考えてみたらわかるでしょ?」


「確かにそうかもしれないが……」


「でもね、半分は本当の事だよ?」


「半分……?」


 舞の言葉の意味が分からなくて問い返すと、舞は誰もいない公園の方へと視線を移した。


「遊馬君が好きっていう事。それは本当の事。


 ちゃんとしたお仕事も貰えるようになって、新旧ドリムの問題も解決への道筋が見えて来て、きっとわたしの生活も変わってくると思ったから、遊馬君にどうしても今それだけは伝えておきたくて」


「何で俺の事が……」


「それは内緒。でも、わたしは遊馬君が好き。


 遊馬君との約束があるから誰とも付き合ったりしないけど、遊馬君との約束があるから遊馬君が誰かと付き合ったとしても今まで通り接していくからね?」


 俺はそれに答えることが出来なかったけれど、舞はそれを肯定と取ったのか一人立ち上がると数歩歩いてからこちらに振り返った。


「それじゃ、遊馬君またね」


 笑顔で言った舞の声はどこか震えているようで、目の端が光っているようにも見えた。


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