Lv78
時間は過ぎて次の練習日。
今日はユメが表に出ての練習と言うことで、一度全体で演奏したのちに桜ちゃんと鼓ちゃんは曲を作るからと帰ってしまった。
そんな二人を見送ってから、ユメが思い出したように稜子に問いかける。
「そう言えば、こっちは曲どうするの?」
「それが結構問題なのよね」
「稜子が作るんだよね?」
「まあ、一曲は作れるとは思うわよ。でも、一か月……アタシ達の技術力何かを加味して練習することを考えると実質二十日で二曲って言うのは流石に難しいわね」
「あれ? オリジナルって一曲しか演奏しないんだよね?」
稜子の言葉にユメが首を傾げる。
ユメの言う通り、一回戦ごとに演奏するのは一曲だけだったと思うんだが。
そう思っていると「いやいや、ユメユメ」と後ろから一誠の声がした。
「決勝で当たったら二曲演奏しないといけないだろう?」
「あ、そっか」
「それで、一曲はアタシが作るって事でいいんだけど……
もう一曲は綺歩が作ってくれないかしら」
「え? 私が?」
稜子の指名に綺歩が驚いて、柄にもなくあたりをキョロキョロと見回す。
綺歩はお前しかいないと思うんだが。
「まあ、綺歩嬢だわな」
「御崎君もいるよね?」
「オレは今回こっちのチームにつきっきりじゃないからねえ」
「それも、そうだよね。でも……」
いつになく自信がなさそうな綺歩に稜子が声をかける。
「まあ、最悪出来なくても構わないわ。
決勝で当たらなかったら良いだけだものね。
それに、決勝で当たって勝ったとしても後で桜に「負けはしましたけど、ルールを守らなかったから桜達の勝ちですね」って言われて終わりよ」
「はははっ。確かにそうかもね」
「何で笑うのよ」
「だって、稜子がいきなり桜ちゃんの真似をするし、それが結構似てるから」
俺は聞かれないので思いっきり笑わせてもらった。
一誠も噴出したし、ユメも笑いを堪えている。
そう言えば、一年生組が入ってくる前は常にこのメンバーだったはず――とはいっても、ユメではなく俺だったが――なのに、こんな光景は初めて見るような気がする。
一度深呼吸をして、笑いを抑えると綺歩は目じりの涙をぬぐいながら口を開いた。
「うん。分かった。作ってみるよ」
「じゃあ、任せたわ」
先ほどまで自信がなさそうだったのに、綺歩は笑顔で言葉を紡ぐ。
それが、昔の綺歩に重なって少し懐かしくなる。
例えば小学生の頃委員会に綺歩が推薦された時も、俺が勉強についていけなくて綺歩に教えてもらっていた時も、初めて俺が生の演奏をバックに歌うことになって緊張している時も何故かそんな笑顔をしていた。
そして、それらはすべて上手くいったのだ。だからきっと大丈夫だろう。
俺が心配することはない。
そう思っていると、ユメがメンバーに声をかけた。
「残りの二曲はどうするの?」
「そうね。曲数も少ないし盛り上がる曲が良いと思うんだけど何がいいかしら」
「lost&foundとか盛り上がると思うけど、流石に駄目だよね」
「さくらんが作った曲だしねい。稜子嬢が作ったので行くとVS Aとかピュア&フーリッシュって所だろうねえ」
「そう言う話になると、ななチームが使う曲ってlost&foundとななゆめだけになっちゃうような……」
ユメの言う通りそれぞれ作曲者がいる曲しか使えないみたいな流れになっているが、そうなると俺達が不利な気がする。
とは言え、桜ちゃんが作った二曲はどちらも盛り上がりと言う意味では問題ないはずなので大丈夫なのかもしれない。
「いいえ、桜はたぶんななゆめは演奏しないんじゃないかしら」
「オレ達七人の曲……だからなあ。まあ、いいんじゃない曲が被らなかったら」
「だから、あくまでアタシ達は桜の作った曲を使わないってだけよ」
「そういう事なら大丈夫なのかな」
ユメが安心したように言ったが、そう言えば俺達のチームは何を演奏するのだろうか。
オリジナル曲に関しては桜ちゃんがまだ作っている途中なのだろうが、他の曲に関しては話し合っていても良かったのかもしれない。
と、言うか二曲作らないといけないのか。以下に桜ちゃんと言えど、そんな事出来るのだろうか。
確かつい最近舞に一曲作ったんじゃなかったか?
考え始めると変に不安を煽られるのだけれど、まさか桜ちゃんがそんな事を考えていないわけないだろうとも思う。
「それで後一曲はどうするの?」
綺歩の声で我に返る。
「時間はあるし急いで決めずに、綺歩嬢の曲の出来次第って事でいいんじゃないかい?」
「それもそうね。とりあえず、VS Aとピュア&フーリッシュの二曲をアタシ達だけで演奏できるようにするのが先決ね。
綺歩、ベースお願いしてもいいかしら」
「良いけど、今日持ってきてないよ?」
「アタシのを準備室においてあるわ。でも、今度からは自分のものを持ってきた方がいいかもしれないわね」
VS Aもピュア&フーリッシュもそれだけじゃなくて、今まで演奏してきたすべての曲が今はボーカルを除いた五人で演奏するようにしてあるんだっけか。
今の二年だけの時にも演奏はしていたので、ある程度練習すればまたいつも通りに弾けるかもしれないが、考えてみると桜ちゃんが作った曲はそうではないだろう。
新曲二曲に、既存曲の編曲。いかに桜ちゃんでもオーバーワークだと思うが、俺にはどれも手伝う事すらままならない。
もしかしたら鼓ちゃんが編曲とかできるかもしれないが、また少し不安が頭をよぎった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
相変わらず綺歩はベースも上手く弾ききって、今日の練習が終わった。
着替えて入れ替わる時間を待つ俺とユメを置いて、おそらく皆帰っただろうなと思っていたが、ユメが制服を引きずるように準備室から出ると綺歩が待ってくれていた。
「綺歩、お疲れ様」
「ユメちゃんこそ、お疲れ」
ユメの言葉に優しい微笑みで持って綺歩が返す。
綺歩が曲を作ることについて少し聞いてみたくはあったけれど、俺は今回別チームなので黙っていることにした。
とは言え俺が気になることはおよそユメも気になることが多いので、俺に代ってユメが口を開く。
「そう言えば綺歩、曲作り大丈夫なの?」
「うーん……実は一曲作りかけている曲があるんだよね」
「そうなの?」
綺歩が曲を作っていた? それが何だか意外で俺も心の中でユメと似たような言葉をつぶやく。
綺歩は少し照れたような顔をして頷いた。
「本当に何年も前にね。それで、ちょっとユメちゃんに協力してほしい事があってね」
「わたしに?」
「まだ完成はしていないんだけど、その曲をちょっと聞いてみて欲しいなって」
「わたしは別にかまわないけど、それだったら稜子とかの方が良いんじゃないかな?」
俺達に出来るのは出来上がった曲を歌うだけで、どうしたらその曲がよくなるのかって言うのを言える自信が少なくとも俺はない。
しかし、綺歩は首を振って「ユメちゃんに聞いてほしいんだ」と真っ直ぐユメを見る。
ユメは戸惑いながらも「それなら、わかった」と言った後で続けて綺歩に尋ねた。
「でも、どうしてわたしなの?」
「歌うのはユメちゃんでしょ? それだったら、私がユメちゃんに歌って欲しいと思う曲、ユメちゃんが歌ってみたいなって思う曲を作れたらいいかなって思って。
それだったら、最初からユメちゃんに聞いてもらった方がよくない?」
「なんだか、綺歩がわたしの事をどう思っているのかわかりそうだね」
そう返してユメが笑う。それに反して綺歩が困った顔をして「なんだかハードル上がっちゃったかな」と苦笑いを浮かべた。
「それで、いつ聞きに行けばいいの?」
「出来るだけ早い方が良いから、明日の放課後とかどうかな?」
「遊馬、大丈夫?」
『まあ、大丈夫だろう』
「じゃあ、明日の放課後ね」
と、言ったぐらいで俺に戻る。
綺歩ももう殆ど驚かなくて、扉の方を向くと「それじゃあ、帰ろうか」と歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日の放課後。
制服のままで綺歩の家に上がり、綺歩の部屋で適当に座る。
部屋の主は「着替えてくるね」と着替えを持って部屋を出て行ってしまった。
「何か綺歩の部屋に一人って考えると落ち着いていいんだか悪いんだかわからないな」
『昔は結構あったよね。休みの日とか二時くらいになると急に綺歩が部屋から出て行って』
「それで、三時過ぎくらいに手作りのお菓子持って戻ってくるんだったな」
『そうそう、そのお菓子は美味しかったけど、特にやる事なくて退屈だったよね』
「当時の俺は良く机とかタンスを漁らなかったよな」
『今の遊馬も漁らないと思うけど、漁っちゃ駄目だよ?』
「じゃあ、ユメが漁るのは良いのか?」
『わたしも漁りません』
冗談を交えつつユメと談笑をしていると、ユメが少しだけ声のトーンを真面目の方向に振れさせた声を出す。
『当時と言えば、当時からすると遊馬結構変わったよね』
「俺が変わったって事はユメも変わったはずだろう?」
『そうかもね。でも、今はわたしと遊馬は違うから、他人みたいに思い出話しても良いでしょ?』
「それもそうだな。
小学生時代と今との違いって言うと、友達の数か?」
『確かに全然違うよね。今はななゆめのメンバーと少しって感じだけど、昔はクラス皆とお友達って感じだったし』
ユメがそう言ったところで部屋の扉が開き綺歩が手にお盆を持ち、腕にハンガーで制服をかけた妙に大変そうな状態で現れた。
「お待たせ」と言いながら中に入ってきたが、危なそうだったのでお盆だけ受け取り折り畳み式の机の上に載せる。
お盆の上には昔のように手作りの――今日は――ドーナツとお茶が載せられていた。
それを見て何だか可笑しくなって綺歩にばれないように笑みを作る。
しかし、聡く綺歩に気が付かれてしまい「遊君どうしたの?」と尋ねられてしまった。
「いや、ちょうどユメと昔綺歩が手作りのお菓子を持ってきてたなって言う話をしててな」
「あー……あの時は待たせてごめんね。そこまで頭働いてなくて」
照れたような笑みを浮かべつつ、少しだけ頬を赤くして綺歩が言葉を返す。
それも、今にしてみればいい思い出ではあるので俺は「でも、美味しかったから気にするな」と言っておく。
綺歩は安心したような表情を見せると、そのまま口を開いた。
「あの頃の遊君は人気者だったよね」
「今もある意味人気者だけどな」
「そうだね。ある意味ミス北高なんだから」
そんな冗談を言いつつ、ドーナツを肴に昔話を少ししたところで本題へ。
「それで、綺歩が作った曲を聞かせてくれるんだよな?
と、言うか俺が聞いていいのか?」
「出来ればユメちゃんになってほしいけど、遊君が聞いちゃうのは仕方ないよ。
でも、変でもあとから笑わないでね。たぶんユメちゃんにも笑われるから二回笑われることになっちゃう」
まだ聞いていないからわからないけれど、変って事は無いと思うのだが。
ともかくユメに一声かけて入れ替わる。
綺歩はそれを確認してからか立ち上がると、背中付近で一つにまとめられた髪を揺らしながらピアノの方へと歩く。
それからゆっくりと座ると、一度ポロロロロンと鍵盤を鳴らした。
「それじゃあ行くね」
緊張と不安の入り混じった笑顔でユメの方を見ると、綺歩はピアノに向き直り深呼吸をしてから音を奏で始めた。
前奏。綺歩の細く長い指から奏でだされた音は、決して派手な感じはしない。盛り上がるわけでもない。
でも、寂しい感じも全くしない。
爽やかと言うのが近いかもしれないけれど、それよりもむしろ優しく安心するイメージ。
「TIP TAP 弾む靴の音 青い空 白い雲
見知った道 過ぎ去るエンジン音」
ピアノを弾きながら綺歩が歌いだす。と、言うか綺歩歌うんだなとちょっと驚く。
歌うと言うよりもメロディーに合わせて話していると言った方が近いだろうか。
流石にユメほど声量があるわけではないので、少し聞き取り辛いかもしれないが綺歩の部屋この距離で聞く分には問題はない。
それよりも、自然と耳に入ってくる綺歩の歌、綺歩の曲に落ち着きさえ感じてしまう。
「1 2の3 ステップ踏んで くるりと半回転
歩いた道がほら 別の顔してる」
目に浮かぶのは、特に何かがあるわけでもない、でも柔らかな日差しの下にある昼下がりの道。
隣には道路があって、反対側には公園があって。本当になんてことない日常の一ページ。
「柔らかな日差し誘われて 何処に向かうでもなく 歩く」
盛り上がることを捨て、癒しを与えてくれるそんな感じの曲。
ただ、綺歩が歌うには少し可愛すぎるかなとも思うけれど。
でも、この安らぎは綺歩そのもので。
なるほど、綺歩じゃなくてもこれはユメに歌わせてみたいかもしれない。
「タッタッタ すれ違う子供たち 笑顔で見送り
楽しくなって 真似して走り出す」
とは言え綺歩の声で聴くこの曲もやっぱり捨てがたくて、普段聞くことのない綺歩の歌声に、ここから先は何も考えず聞くことにした。
◇◇◇◇◇◇
終始癒し空間だった曲が終わり、綺歩が目を閉じて大きく息を吐いた。
ユメがそんな綺歩に拍手を送る。
「何か綺歩らしい優しい曲だね」
「そう? 変じゃなかった?」
「そんな事ないよ。むしろ、今までななゆめで歌ってきた曲とかまた違った感じがして、歌うのが楽しみなんだけど……」
ユメの言葉に一度安心した表情を見せた綺歩が、今一度不安そうな顔になりユメの言葉を待つ。
「いっそのこと綺歩が歌った方がいいんじゃないかな?」
「それは無理だよ。ユメちゃんの前で歌うだけで緊張したし、何より声量が足りないんじゃないかな?」
それは少し思ったけれど、それでもまた聞きたいとは思ってしまう。
ユメも諦めたように頷くと「それじゃあ、また聞かせてね」と綺歩に約束を取り付ける。
照れた綺歩の返事は何だか曖昧だったけれど。
「でも、この曲どこが出来てないの?」
「うーん……まだ細かいところが、かな。私自身作り上げたことはないから、やっぱり最後は桜ちゃんとか稜子に聞いてもらってそれで完成だと思う。
でも、形にするだけならそんなに時間はかからないかな」
そう言った後で綺歩が「緊張した」と言いながら背伸びをする。
何だか今さらな感じも、綺歩がそんな事をするのが珍しい感じもしてユメと一緒にくすくすと笑った。




