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Lv73

「遊馬君からユメちゃんになる方法はわかったんだけど、ユメちゃんから遊馬君になる時にはどうするの?」


「わたしが歌わずに十五分経ったら戻るみたいだよ」


「ユメちゃんってわたし以上に歌に囚われているっていうか、本当に歌うために生まれたって感じなんだね」


 そんな風に舞が感心している時にはもう俺に戻るまで三分を切っていたのだけれど、ユメはどうするのだろうか。


 そう思っていると、舞が不意にカラオケの機械を操作し始めた。


 それから画面をユメの方へ向ける。そこには俺がまだネットの世界にいたころに流行っていた曲が映し出されていた。


「ユメちゃんはこの曲歌える?」


「歌えると思うよ」


「じゃあ、えい」


「えい……って」


 子供っぽい掛け声とともに送信ボタンを押した舞に、ユメが溜息にも似た返しをする。


 それから舞は楽しそうにユメにマイクを渡すと、自分もマイクを持った。


 曲名が画面に映りすぐに前奏が始まる。歌が始まるまでの間に舞が口を開いた。


「この間はちょっとギクシャクした中だったから、ちゃんとユメちゃんと一緒に歌いたいなって……駄目かな?」


「良いけど、この曲デュエットじゃないよね?」


「もしかして遊馬君誰かと一緒にカラオケ来たことない?」


 なぜか俺の方に質問が飛んできたところで、歌詞が表示され「あ、ユメちゃん始まっちゃう」と慌てたように舞が歌いだした。


 それからユメも少し間を取ってから躊躇いがちにその歌に入った。




 舞の予想通り俺は誰かとカラオケに行った事は殆どない。


 それは同時にユメも無いと言うわけで、でも確かに同じ曲を二人や三人で歌っている人たちの歌が度々聞こえてきたことはある。


 その時には個々人が勝手に歌っているなと言うイメージだったのだけれど、それはそれでありかもしれないとユメと舞の歌を聞きながら思った。


 どちらも遠慮することなく、サビに入れば互いに主張しあう。ライブでこんな歌い方をしたら稜子にどやされそうだが、ここはカラオケ。


 誰かを楽しませ自分も楽しむライブとは違い、自分とせいぜい一緒に来た人が何となく楽しめればいい空間。


 いつもとは違った楽しみ方を見つけたとばかりに歌うユメの声はこちらまで楽しくなってくるし、舞も終始笑顔で歌っていた。


 如何にもカラオケらしい瞬間。


 ただ、ユメと舞の歌い方が近いからか、二人の歌唱力が高いからか時折二人の歌が噛み合うとカラオケ離れした感じになるが、それはそれ。


 後奏まで含めて五分少々の曲を歌い終わり、俺は心の中で拍手を送る。


 せめてユメにだけでも伝わらないかと思うが、そうすると音声で「パチパチパチ……」と言わなくてはならず、それはもうただの煽りにしか聞こえないだろうから止めておく。


 歌の途中から立っていた二人は力が抜けたようにストンとソファに座ると、お互いに顔を見合わせる。


 それから先に舞が口を開いた。


「やっぱりユメちゃんは凄いね」


「わたしは舞ちゃんの方が凄いと思うけどね。途中から手とかそれっぽく動いてたし」


「一つ聞きたいんだけど良い?」


「わたしに答えられて、答えてもいいって思うものなら何でもいいよ」


「それって何でもって言わないよ」


 冗談を言うように言ったユメの言葉に舞も頬緩ませてそう返す。


「でも、答えたくなかったら答えなくて大丈夫。


 ユメちゃんは初代ドリムじゃないって言うけど、ユメちゃんの歌は初代ドリムの歌なんだよね?」


「う~ん……それに肯定はしたくないんだけど、もともと遊馬の歌だって事を考えるとそう言うことになるんだよね」


「良かった」


「なんでそんなに嬉しそうなの?」


「わたしはちゃんと初代ドリムの歌、ちゃんとわかっていたんだなって思って。


 一度ユメちゃんは初代ドリムじゃないって否定されちゃったから少し引っかかってたんだよね」


「そう言う意味だと舞ちゃんの耳は確かだったって事になるかな」


『そう言えば桜ちゃんも歌で俺がドリムだって気が付いていたな』


「そうだったね。そんなに特徴的なのかな?」


「ユメちゃん……急にどうしたの?」


 舞が一歩身を引いてやや冷めた目でユメを見る。


 それに対してユメが慌てたように口を開いた。


「あ、えっと。遊馬が桜ちゃんも歌を聞いて遊馬が初代ドリムだって気が付いたなって言っていたから……」


「そっか、遊馬君も聞こえているんだったよね。急に妖精さんとでも話し始めたかと思ってびっくりしたよ」


『俺はそんなファンタジーな存在じゃないんだけどな』


「その妖精さんが自分はそんなにファンタジーな存在じゃないって言ってるよ?」


 ユメが俺の言葉を繰り返すと、舞が笑いながら「ごめんごめん」と謝る。


 それから、目じりを拭うと舞はそのまま続けた。


「でも、女の子と男の子を行ったり来たり出来るって十分不思議な事だと思うよ?」


『そう言われるとそうなんだけどな』


「一応サイエンスな方の超常現象だから、ファンタジーと言うよりもSFの方が近いんじゃないかな?」


「まあ、SFかファンタジーかは置いといて……」


 話を変えるためかそう言った舞は何故か不穏な空気を漂わせていて、ユメが思わず身を引く。


 不穏な空気を際立たせている舞のどこかで見たことあるような笑顔。


 それが度々桜ちゃんが何か楽しかったりからかったり悪戯したりするときに見せるものに似ているのだと気が付いたとき舞が言葉を紡いだ。


「ユメちゃんって小さいよね。ななゆめに居た一年生の子よりは背が高いかもしれないけど、少なくともわたしよりは」


「それは……そうかもね」


「一回ハグしちゃ駄目?」


「ど、どうしてそうなるの?」


「自分で言いたくはないんだけど、わたしって小柄でしょ? そうなるとなんでか皆人形のように撫でたり抱き着いたりしてくるんだよ。


 で、わたしも誰かにやろうかなって思っていたんだけど出来る人いなくて」


「目が怖いのをどうにかしてくれたらわたしは構わないんだけど……」


「そしたら目を閉じてたらいいよね」


 きっとユメは俺の事を言おうとしたのだろうけれど、それ以上に舞の行動の方が早かった。


 ユメ目線からだと一瞬で光が遮られたかと思ったらほぼゼロ距離に舞がいたのだから。


 何か俺が表に出ていてもユメが表に出ていても誰かに抱き付かれるのは避けられないのだろうかと思ってしまうが、今はそれどころじゃない。


 何か甘い匂いがするし、首にあたる腕がちょっとヒンヤリしているのが妙にリアルだし、下から見上げるように見たまつ毛は目を閉じていてもわかるくらい長いし、肌にはシミ一つないし。


 驚いているからなのだろうけれど、ユメが目を閉じるまでに時間がかかりそこまでわかってしまった。


 幸か不幸か体が密着するほどではなく、ふんわりと腕を回されている感じなので体型が分かるわけではないけれど、ユメの制服を普通に着ていたのでユメのそれとあまり変わらないと言うのは想像できる。


 むしろ綺歩のような体型なら今の状況でも体が密着しているだろう。主に胸部分が。


 何かを満足したように舞がユメを開放したが、妙に疲れた気がするのは俺が男故の気疲れなのか、それともユメ自身が疲れたのか。


「なんかこう上から抱き着くって自分がお姉さんになったみたいで気分が良いね」


「その気分の良さはわたしも記憶があるんだけど……


 舞ちゃん遊馬の存在忘れてない?」


「え、うん。……うん?」


 俺の名前を聞いて舞が混乱したように首を傾げ始めた。


 それから「あー!」と叫ぶ。ここがカラオケボックスで良かったと本気で思う瞬間。


 見る間に顔を主に染めて顔をそむけた。


「もしかしなくても、遊馬君にも?」


「そう言うことになっちゃうね」


「もう、ユメちゃんが小さいのが悪いんだよ」


「人の話を最後まで聞かずにいきなり抱き着いてきた方が悪いです。


 あと、わたしと舞ちゃんの身長そこまで変わらないよね」


 ユメの言葉に舞が何も返せずに「むー」と唸る。


 その時にユメを睨むのだけれど睨んでいるというよりも駄々をこねているようにも見えなくもなくて少し可愛いなと思ってしまった。


 しかし、舞はすぐに「まあ」と肩の力を抜く。


「遊馬君ならいいか。あくまでもわたしがハグしたのはユメちゃんにだし」


「まあ、結局わたしだからって言って納得する子は多いけどね」


「って事はユメちゃんとハグする女の子って結構いるんだ。


 遊馬君にしてみたら役得って言うやつなんだろうね」


「全くそう思っていないわけじゃないと思うけど、毎回ドキドキして逆に困っているんじゃないかな?


 遊馬って女っ気なかったし。小学校くらいまでは幼馴染だった綺歩とよく一緒に遊んでいたけど。


 後わたし達の関係分かっていない人だったら罪悪感に苛まれていそう」


 何だかユメに言いたい放題言われている気がするが、否定しきれないのが悔しいところ。


 むしろ、俺と同じくらいの年齢でそんな事に慣れている奴ってどれくらいいるのだろうか。


「じゃあ、もしかしてわたしがさっきハグした時も遊馬君ドキドキしてたのかな?」


「どうだろう。本人に聞いてみてもいいけど、答えてくれるかわからないよ?」


『ノーコメント』


「ドキドキしてたって」


 多少期待して先んじてそう言ってみたんだけど、どうしてもばれてしまうのは仕方がないだろう。


 どうせ無言でも肯定と取られるのは目に見えていて、下手に嘘ついたところでユメにはすぐにばれる可能性が大きい。


 と言うか、ユメは俺がさっきの出来事をどう受け止めているのかを何となく察しているだろうから最初から詰みだったのだ。


 さて、舞がどんな反応をするだろうか、反応次第ではこの後ずっとユメでいてくれないだろうかと思っていると、舞がそわそわしていた。


「聞いておいてなんだけど照れちゃうね」


「アイドル何だからこう言うの慣れているんじゃないの?」


「確かに「今のダンス、何だかドキドキしました」みたいに言ってくれる人もいたけど、わたしの場合今まで顔も分からない誰かからのコメントだったから。


 こう、相手の顔が分かったうえで言われたら勝手が違うって言うか」


「それならこれから慣れていかないといけないね」


「そうかもね」


「っと、そろそろ遊馬と入れ替わるけど舞ちゃんは遊馬とわたしどっちと話していたいかな?」


 腕時計が震え始めたのでユメがそう尋ねると、舞は少し怒ったように頬を膨らませた


 ユメは何で舞がそんな表情を作るのかわからないのか首を傾げる。


「そんな質問されたらわたしどっち選んでも酷い子みたいじゃん」


「そうかな?」


「ユメちゃんを選んだらユメちゃんの中にいる遊馬君に悪いし、遊馬君を選んだらユメちゃんに悪い気がするんだもん」


「そこまで真剣に考えなくてもいいと思うけど……わたし達の場合二人一緒には無理なようで、常に二人一緒なんだから。


 気分的にどっち、みたいなのでも別に怒らないよね?」


『確かにそうだが、凄いタイミングで聞いてくるな』


 思いっきり舞との会話の途中だろうに。そしてなんでユメはふふんと言いたげな笑顔をするのだか。


 またユメが妖精と会話しだしたと思ったのかユメを不思議なものでも見るかのようにみていたが、すぐに俺と話しているのだとわかったのか頷いていた。


 それから舞はおずおずと口を開く。


「じゃあ、今日はユメちゃんが良いな。さっきのでちょっと遊馬君と顔を合わせ難いし」


「わたし十五分に一回は歌わないといけないけど大丈夫?」


「それは仕方ないし、大丈夫だよ」


「それなら手始めに……」


 と言ったところで、舞がまた何か曲を入れた。今度は一人だけマイクを持ったユメが少し首を傾げながらも一曲歌い切った。



◇◇◇◇



「そう言えば此処の時間って大丈夫?」


「一応フリータイムにはしてるから大丈夫だよ。あんまり夜遅くなると駄目だけど」


「まだ、昼前だけどね」


 ユメが一度腕時計に目を落としてから舞にそう言うと、舞も「本当にね」と笑う。


 カラオケに来てこんな風に人と話していることはなかったのでそわそわしてしまいそうなのだけれど、話をしているユメはそんな事もないらしくリラックスしているのが分かる。


「そう言えば、で思い出したんだけど」


「どうしたの?」


 ユメの言葉に舞が首を傾げる。


 そう言えば、で思い出す事なんかあっただろうか。いや、結構ありそうだけれどどれを言っているのかわからない。


「わたしと遊馬の関係が予想外だったみたいなことを言っていたけど、最初はどんな事を予想してたの?」


「えーっと……二人は付き合っているから、今後ちょっかいかけないようにしてほしい。みたいなこととか言われるんじゃないかって、ちょっと思ってた」


「わたしと遊馬ってそんな風に見えるの?」


「何かお互いの事分かりきってますよ、みたいなところあったし、よく名前出していたし」


「わかりきってなんかいないと思うんだけどね。でも、確かにそう言われたらそうかも」


 舞の口から付き合っているなんて言われたので思わずドキリとしてしまう。


 何だか女子トークになりそうで正直此処にいてもいいのかと言う気になって来た。


「ユメちゃん的には遊馬君の事どう思ってるの?」


「どう……って言われると言い難いんだけど、一番大切な人……ではあるのかな。


 でも、付き合うとかそう言うのじゃなくて、兄妹……に感覚としては近いのかもしれないんだけど……」


「じゃあ、例えば遊馬君に好きな人が出来たらどうするの?」


「応援するよ? わたしがいてもいいって人じゃないと難しいとは思うけど……」


『出来れば、そう言う女子トーク的なのは止めてくれないか?』


 何か見てはいけないモノを見ているような、これ以上聞かれるとこちらに飛び火しそうな、ユメ通り越して俺にダメージが来そうな、そんな嫌な予感がするのはどうしてだろうか。


「えっと、遊馬がこういう話は居辛いから止めてくれって」


「そっか、遊馬君いるんだっけ」


 そう言って舞は笑みを作る。それから、その顔のままでもう一度口を開いた。


「でも、女の子同士の会話ってもう少しえぐい事もあるんだよ?


 その辺はユメちゃんも慣れていないかもしれないけどね」


「わたしは出来ればそう言うのは無い方向で行きたいなぁ」


「もっとくだらない話もするんだけどね。


 さて、それじゃあ今度はわたしが歌おうかな」


 そう言って舞が曲を入れる。それから流れてくる音楽を聴きながら、あまり見たくない世界ってあるんだなとしみじみ感じていた。


◇◇◇◇


 カラオケと言うものはもっぱら一人で来るもので、途中休憩は入れるもののほぼ数時間歌いっぱなしと言うことが基本だった。


 歌いながら三曲先何を歌うか考えているなんてことも普通にあって。


 結局何が言いたいのかと言えば二回に一回しか歌えない今の状況で妙にユメがうずうずしているのだ。


 舞もその様子が可笑しいのか楽しそうにユメの方を見るだけ。


 仕方がないのでユメは昼ご飯代わりに頼んだポテト何かをつまんでいる。


 舞が歌い終わりマイクを置くと、ユメがマイクを取るより先に舞が一時停止を押してユメの曲が始まるのを阻止した。


 それにユメがちょっと口元をゆがめる。


「何度も言うみたいだけど、ユメちゃん本当に歌好きだよね。


 私が歌っている時も何かうずうずしていて見ててかわいかったし」


「えっ……わたしそんなに態度に出てた?」


「その折り曲げた袖や裾とうずうずのせいで一回り、二回りくらい幼く見えたかな」


 舞の言葉に何やらユメがショックを受けている。


 それから意気消沈したような声で俺に尋ねてくる。


「ねえ遊馬。わたし本当にそんなだった?」


『俺からするとすぐにわかるレベルだったな。舞の歌に入りたいけど邪魔しちゃいけないみたいな感じなんだろうなとは思ってた』


「そっかぁ……」


 ユメは落ち込んだようにそう呟くと、すぐに首を振って顔をあげる。


「じゃあ、ちょっと舞ちゃんに相談したいことがあるんだけど良い?」


「わたしに相談?」


 ユメからの突然の言葉に舞が首を傾げる。


「とりあえず今のドリム問題について舞ちゃんはどう思っているの?」


「ユメちゃんが初代でわたしと対立している……って話だよね。


 確かに今までよりも事が大きくなっちゃっててユメちゃんや遊馬君には悪いなとは思っているんだけど……」


『舞が悪いと思う必要はないと思うんだけどな』


「舞ちゃんが悪いなんて思わなくてもいいんだけど、何か解決策とか考えていないかなって」


「今のところは様子を見て、収まってきたかなって思ったら本当のことを言って初代と和解しましたって言おうかなとは思ってるよ。


 二人には迷惑かけられないから、わたしだけで何とかしようとは思っているんだけど……」


「本当のことを言って舞ちゃんに何か不利になったりするんじゃないの?」


 ユメが真っ直ぐ舞を見ながらそう言うと、舞は露骨に目を逸らして唇を噛んだ。


「たぶん多少は叩かれると思うし、和解したなんて表に出せる証拠がないんだけど、でもちゃんと言っておかないといけないかなと思って……」


「でも、まあ。初代ドリムとの問題で舞ちゃんの足枷になるのは良くないと遊馬は思っているんだよね?


 だから上手く解決できる方法をずっと考えていたわけだし」


『まあ、ユメと舞が好きに活動できるようになるようにやって来たからな』


「そんなわけで舞ちゃんの意見は却下」


 ユメの言葉を聞いて舞が安心したような申し訳なさそうな顔で何かを言おうと口を開こうとする。


 しかしそれよりも早くユメが次の言葉を紡ぐ。


「実は桜ちゃんが一つ解決案を持ってて、一応別の案も考えていた方が良いかなと思って聞いてみただけだから。


 もう少し時間かかるみたいだけど気軽に待っててね。わたしもできることは協力していくし」


「ううん。ありがとう」


 舞は今度こそちゃんと安心したと言う顔でそう言った。


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