Lv68
握手を交わしていたのは短い間。
別に舞の事がやっぱり信じられなくなったとかではなく、単純に気恥ずかしくなったので手を離した。
一度握っていた手を見た後で舞を見ると何やら嬉しそうに、とろけた顔で握手していた手を見ていた。
それからそのままの笑顔でこちらを見る。
「さっきまでずっと不安だったのに急に安心して変な感じだね」
「気恥ずかしくはあるな」
「そうだ、遊馬君携帯は持ってるよね? アドレスと番号教えて?」
「ん? ああ。携帯な」
そう返して、慣れないアドレス交換をする。
交換し終わって嬉しそうに携帯を見る舞に一応とばかりに声をかけた。
「好きに連絡くれてもいいがそんなに携帯見ないから返信等遅くなっても怒らないでくれよ?」
「そうなんだ、意外だね」
「俺がそんなにマメに見えるか?」
「遊馬君ってななゆめのメンバーなんだよね? それだったら女の子の知り合いたくさんいるしメールとかよくしてるのかなって思っていたんだけど……」
「ほとんどメール来ないからな。一番連絡を取る綺歩とは家が隣同士だからわざわざメールでなんてことはないし」
「ユメさんとは?」
「ユメは携帯持ってないからな」
俺が何気なくそういうと舞がパチクリと目を瞬かせる。
それから驚いたように声を出した。
「今時そんな子がいるの?」
「今時そんな子がいるんだよ」
「えっと、じゃあユメさんと連絡が取りたかったら……」
「今の舞だと俺の携帯にメールするしかないな」
「そしたらどうしようかな」
「どうかしたのか?」
何やら困ったように頬を掻きながら横を向いてしまった舞に尋ねると、言い辛そうに舞が口を開いた。
「えっと、知ってるかもしれないけどわたしユメさんと喧嘩しちゃって。
それで謝りたいなって思ってたんだけど……」
「それなら俺から言っておこうか? その方が舞も変に緊張したり不安になったりしないと思うし」
「でも、わたしがやらないと駄目かなって」
「ユメも分かってくれるって。今日はもう舞に会えないかもしれないとは本人言っていたし、携帯持っていない方が悪いんだし」
『少なくとも携帯の一点に関して言えば、わたしは悪くないと思うんだけど』
「それじゃあ「ユメさんには沢山きつい事を言ってごめんなさい。これからはわたしも遊馬君のために頑張るから、わたしの目標にさせてください」って伝えてくれる?」
『目標なの?』
「目標なのか?」
舞の言葉に俺とユメが同時に同じ反応をする。
舞には俺の声しか聞こえていなかったと思うけれど、もじもじと手を胸あたりで遊ばせながら恥ずかしそうに答えてくれた。
「ユメさんの歌を聞いて負けたって本当に思ったから。
だから嫉妬してひどい事言っちゃったんだよ。
ユメさんって本当に歌のために生きてるって人だよね」
「確かにユメは歌うために生まれたような人物ではあるけどな。
でも、舞だって負けないところたくさんあるだろ」
「そんな事ないよ。ユメさんの歌はドリムの悪いって言われているところが無くなったドリムの完成形みたいな歌で、わたしのはドリムの悪いっていうところまで真似した歌。
でも、その悪いっていうところも実は味があるんだって皆に思い知らせてやるんだ」
「それも前向きで良いとは思うんだが、舞には歌以外にも沢山あるだろ?」
これからの意気込みを言ってやる気に満ちている舞にそういうと、舞は少し不思議そうな顔をして何かに気が付いたかのように、パチンと手を叩いた。
「ダンスとかならユメさんには負けないね」
「むしろ歌以外でユメが勝っている所はないと思うけどな」
「それって可愛さも含めて?」
ちょっと悪戯っぽく聞いてくる舞に、俺は特に動揺することはせずにあっさりと答えるよう努める。
「ユメも舞もそういう意味では普通よりも頭一つ二つ上だろうから、どっちが上とかではなくて見る側の好みだろ」
「って事は遊馬君はわたしの事可愛いと思ってくれているの?」
「アイドルがそれを聞くのはどうなんだ?
まあ、可愛いか可愛くないかで言われたら可愛いけど……」
やっぱり面と向かってこういうことを言うのは照れる。
例えそれが当たり前のことだとしても、そんなに簡単に言えるものじゃない。
満足そうに笑う舞を見ているとさらに恥ずかしくなってきて、早口で言葉を続けた。
「じゃあ、ユメに伝えることはさっきので良いんだな?」
「うん。やっぱり歌に関しては目標みたいなものだから。
でも、よかったら最後に「今度はゆっくりお話ししたいです」って付け加えてくれる?」
「了解」
「それじゃあ、わたしそろそろ帰るから、じゃあね」
「送っていかなくていいのか?」
「うん。駅まではタクシーで行くから大丈夫。ありがとう」
舞はそう言うと、携帯を取り出してどこかに電話をかけながら歩いて行ってしまった。
『わたしが答える時間もくれたら良かったのに』
「そうは言ってもな。ユメ答えられたか?」
『遊馬を介してよかったら。まあ、どの道遊馬を介さないと舞ちゃんに連絡は取れないんだけど……』
「じゃあ、なんて返すつもりだったんだ?」
『まだ気持ちの整理はつかないけど、また一緒に歌ってね……かな?
後はユメさんって言うのは何だかくすぐったいからやめてとか』
少し考えた後でユメが後半おどけながら言う。まあ、舞はユメが言った条件はちゃんと満たしたわけだし、ユメもこれ以上つんけんする必要もないはずなのだろうけれど。
たぶん照れやバツの悪さが残っているのだろう。
ユメはその照れを隠そうとしてかからかうかのような声で俺に話しかけた。
『ところで遊馬はわたしと舞ちゃんはどっちが好みなの?』
「歌はユメの方が好きだな」
『そう言うことにしといてあげる』
そんな風にユメと話していると「遊君話は終わった?」と綺歩の声が聞こえてきた。
「片付けは終わったのか?」
「私はキーボード持っていくだけだったから。それよりも遊君が何ともなさそうで良かった」
「何ともなさそうってどういう事だ?」
「ちょっと言い方が悪かったかもしれないけど、文化祭でユメちゃんや遊君の様子が少し可笑しかったように感じていたからもしかしてドリムちゃんが関係しているのかなって思って」
「まあ確かに可笑しかったかもな。俺はドリムに会ったし、ユメは初代ドリムに間違えられていたし。
でも、綺歩が心配するようなことは何もないよ」
「うん。今の遊君の顔見てたらわかるよ。
でも、もしこれから何かあったら私にも力にならせてね?」
そう言われて、その場では頷いたが正直綺歩に話せないような内容で落ち込むことが多いような気がする。
それに今までだって十分綺歩の力は借りてきたと思うのだけれど。
「じゃあ、今日はもう帰ろうか」
「部活の方は良いのか?」
「稜子が今日はもう解散だって」
「確かに今さら何かできるわけじゃないしな。じゃあ、帰るか」
「早く帰ってあげないと優希ちゃんと藍ちゃんが待ちくたびれてるかもね」
「あー……そうかもな」
「それと、桜ちゃんが次の部活の時に話があるって言ってたよ」
「あー……あるんだろうな」
「遊君桜ちゃんに何かしたの?」
言葉だけ見ると俺を責めているように取れるかもしれないが、綺歩の顔は笑っていて綺歩が冗談で言っているということがわかる。
「何かした訳じゃなくて色々と手伝ってもらったんだよ」
「そういう時に私を頼ってくれてもいいんじゃないかなって思うんだけど」
「綺歩には頼みにくくてな」
「どうして?」
「文化祭中に綺歩が動くと目立つだろ? まあ、桜ちゃんも目立ってはいるだろうけど、のらりくらりと動いてくれそうだし」
「そう言われたらそうだね。でも、私に手伝えることがあったらちゃんと言ってね?」
念を押されるようにそう言われ、曖昧に頷いて返す。
綺歩に手伝ってほしい事があったとしても、やっぱり俺がドリムだったとばれるわけにはいかないし。
もしもばれたら俺が部活で歌っていた時に本当はやりたくなかったものを無理やりやらせていたなんて責任を感じてしまうだろう、この世話好きの幼馴染は。
「とりあえず遊君もユメちゃんも今日はお疲れ様」
「綺歩もな」
『お疲れさま』
綺歩には聞こえないだろうが、ユメもそう言って俺たちは帰路に着いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
綺歩の家の前で綺歩と別れ、数歩で俺の家。中に入っても誰も出迎えてはくれなかったけれど、代わりに美味しそうな匂いが漂ってくる。
リビングについて「ただいま」と声をかけると、妹たちがハッとこちらを向いた。
「兄ちゃんお帰り」
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
部屋着姿の妹たちが、そう言いながら右手と左手によって来る。
それから両手を引っ張られる形で連れられて椅子に座らされた。
「兄ちゃんの帰りが遅いからお腹すいた」
「先に食べておけばよかったのに」
「流石にここまで遅くなるなんて思ってなくて」
そう言われて出されている料理を見ると確かにもう湯気が出ていることはなく、冷めていると言えばそう見える。
とは言えおいしそうな事に変わりはないが。
「じゃあ、二人は座っててね。私温め直してくるから」
「俺がやろうか?」
「いいの、お兄ちゃん疲れてるでしょ?」
そう言ってお皿をもってキッチンに行ってしまった藍を見送る。
すると反対側から優希が声をかけてきた。
「やっぱりお姉ちゃんたちも後夜祭出たんだよね?」
「一曲だけだけどな」
「何の曲やったの?」
「そう言えば生徒以外入れなかったんだっけか。
ドリムと一緒にドリムの曲を歌ったな」
「本当に!?」
優希が驚いたのが意外で思わず「どうしたんだ?」と尋ねる。
優希は一度深呼吸をすると落ち着いた様子で説明をしてくれた。
「あたしの友達にドリムちゃんが好きな子がいるって話はしたでしょ?」
「言ってたな」
「今日そのドリムちゃんが兄ちゃんの学校に来るって話だったから一緒に見に行ったんだけど、やっぱりお姉ちゃんのライブにケチつけようとしてたんだ。
だからどうしてそんなに否定するのかって聞いて言ったら「ドリムちゃんが初代ドリムのいるあのバンドの事が嫌いだから」って言っててね。
でも一緒に歌ったって事はそんな事ないんだよね?」
「あー……ファン目線だと今でもそうなるのか。少なくとも今はもう諍いもなく行けると思うけどな。
舞の連絡先も知っているし」
「舞って言うのは?」
「今のドリムの事だな。でも、何かドリム抗争の対策をしないといけないな」
『それだったら桜ちゃん当たりに話を聞いてみたらいいんじゃないかな?
っていうか遊馬も一つくらいは考えているんでしょ?』
「まあ、考えていないこともないがユメに頼ることになるからな」
『わたしなら大丈夫だよ。って事はやっぱりわたしが初代ドリムとして舞ちゃんの歌を歌えばいいんだよね?』
「それが分かりやすく和解したって伝わるだろ。
何年も前の人物の動画を見てくれる人がどれだけいるかはわからないが。
結局素人の浅知恵よりも舞や桜ちゃんにどうしたらいいかちゃんと聞いた方が効果的だろうな。桜ちゃん話したいことがあるって言っていたみたいだし、ついでに聞いてみるか」
「え、兄ちゃんドリムちゃんのアドレス知ってるの?」
今まで黙っていた優希が興奮したように俺の腕をつかみ揺らしてくる。
揺らされている間は本当にまともにしゃべることが出来なくて、解放されてからようやく言葉らしい言葉を発することが出きた。
「まあ、頼まれても舞の了承がない限り教えないけどな」
「あれ? そしたら、ドリムちゃんは兄ちゃんが初代ドリムって事を?」
「知ってるわけだ」
「そうなんだ。
でも、いいな兄ちゃん。有名人と知り合いになれて」
「一応舞はまだ表に出てないだろ」
「そうだけど、すでに知る人ぞ知るって人ではあるから活動次第ではすぐに有名になるんじゃないかな」
「どうだろうな。舞がアイドルやっているのはあくまで歌と踊りが好きだからだと思うからあんまりテレビとかには出ないんじゃないか?」
「じゃあ、音楽番組に期待だね」
何か一人話が進みまくっている優希の事をどう扱おうかと考え始めたころ、ちょうど藍が料理をもってやってきてくれた。
「お兄ちゃんと優でライブの話してたの?」
「今はドリムちゃんの話。お姉ちゃん達のライブの話は藍もしたいでしょ?」
「でも、後夜祭の話もしてただろ」
「優ずるいよ」
「でも、まだちょっとしか聞いていないから大丈夫だよ」
「仕方ないなあ。今日は聞きたいことが沢山あるから、お兄ちゃんいっぱい話聞かせてね」
最初は疑うかのような目をしていた藍が持ってきたお皿を置いてすぐに楽しそうに俺の方を向いた。
それから迫るようにズイっと体を寄せてくる。
兄妹で別に触れ合っている訳ではないとはいえ最近妹たちとの距離が近いななんて感じるのは良い事なのかどうなのか。
ともかくその日は質問攻めにあいながら、それでも和気藹々あと夕食を食べた。
両親が帰ってきたのはそのあとで、藍に夕飯作ってと言う母親に藍が少し怒っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昼休み、生徒会室。
そこにいるのは秋葉会長とユメ。
文化祭の振り替え休日が終わって最初の登校日にこうやって会長と対面で昼ご飯を食べながら話をしている。
要するに文化祭の御礼って事でユメで会長のところに来たら、本当に昼休み中話をさせてくれたらいいと言われたので今みたいになった。
最初数分はまともに話もできなかったけれど――二回くらいユメの「やっぱり帰っちゃ駄目?」って言葉が聞けた。
「そう言えば、ユメさん達は振り替え休日ゆっくり休めたかしら?」
「休めは……しましたね」
「意味深な言い方ね」
「実際何かしたかと言われたら特に何もしていないんですが、舞ちゃんとメールしててちょっと気が気じゃなかったです」
「どうしてかしら? 確か仲直りはしたんだったわよね」
「遊馬とはそうですね。でも、わたしとは曖昧なままで終わっていたんです。
それで一昨日メールを送ったんですが、考えてみたら舞ちゃんは学校で。それを忘れていたので、やっぱり嫌われているのかなって冷や冷やしてました」
その時のユメを思い出すと少し笑えてくる。数分毎に「まだ返信来ない?」と心配そうな声で聴いてくるのだから。
とは言え俺も気が付いていなかったから一緒に心配していたのだけれど。
「でも、その様子だとちゃんと仲直りできたみたいね」
「お陰様で。でも、まだドリム抗争が終わっていないみたいで、今度はそれについて話さないといけないんですけどね」
「大変ね。私も何か手伝いたいけれど十月にある生徒会選挙の方の準備とかで忙しいのよ」
「秋葉会長も大変ですね」
そう言って笑いあう。秋葉会長のそれは途中からにやけに変わったけれど。
それから秋葉会長は不思議そうな顔をして口を開いた。もしかしたらこの人が知り合いの中で最も表情が変わるんじゃないだろうか。
「ドリムと言えば、ドリム人気の火付け役にもなった人って誰なのかしらね?」
「遊馬のアカペラに伴奏を乗っけた人でしたっけ?
そう言えばわたし達その動画見たことないんですよね」
「それは残念ね。確かその動画だいぶ昔に削除されたんじゃなかったかしら」
「そうなんですか?」
「いつかっていう情報はわからないけれど、多分ネットで調べたらすぐ分かるんじゃないかしら」
秋葉会長の言葉を聞いて少し残念に思う。でも、結局聞くのは俺の昔の歌だし、消されていてよかったかもしれない。
そんなところで腕時計が俺とユメの交代時間があと三分であることを告げる。
「もうそろそろ昼休み終わりそうですが、何かありますか?」
「そうね。やっぱり男子の制服を着たユメさんって超可愛いわよね」
「そんな真顔で言われると結構怖いんですが……」
「あら、本当の事だもの。勿論その下もそのままなのよね?」
話が変な方向へと向かいつつあることに気が付いたユメが警戒するように、手で体を隠す。
「秋葉会長はそういう事しない人だと思っていたんですけど」
「別に何もしないから安心して頂戴。
今は見ているだけで十分だもの」
「全然安心できないんですけど……」
ユメがそう言っても、秋葉会長は笑うだけで、結局俺に戻るまでユメを見続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の放課後、今度は科学部室に向かう。もしかすると理事長室かもしれないけれど。
普通の生徒なら入るのに尻込みしそうだけれど、俺としてはもう何度目になるかわからないので軽くノックをしてからガラガラとドアを開ける。
「そろそろ君たちが来ると思っていたよ」
「こんにちは巡せんぱ……理事長?」
「今まで通りで構わんさ。その様子だとワタシの事について生徒会長からきいたんだろうね」
「そうですね。どうして教えてくれなかったのかと思ってなりません」
「言ったとしても君は信じないだろう?」
「まあ、そうでしょうね。
とりあえずは文化祭では色々とありがとうございました」
「礼には及ばんさ。君たちのお蔭で今年の文化祭は大いに盛り上がったからね」
そう言って巡先輩がクックックと笑う。
巡先輩も大概いつも通りだな、なんてその笑いを見ながら、巡先輩に対して一つ溜息をついた後で興味本位で聞いてみることにした。
「そう言えば文化祭前に巡先輩が文化祭を盛り上げてほしいと約束したのは」
「科学部どうこうと言うよりも、単純に学校のトップとして文化祭が盛り上がった方が助かるからだね。
来年度の受験生が増えればその分ワタシの研究費用も増えるというものだからね」
「巡先輩が学生のように見えるのってどういう理屈何ですか?」
「どういう理屈と言うわけではなく、単純に老化が遅いだけって話だね。
いるだろう? 女子高生の娘と姉妹に間違われるような母親も」
「確かにいますが……」
薬のせいだと言ってくれた方が正直まだ信憑性があったのに、と言うと怒られるだろうか?
「じゃあ、年を取らなくなってしまったからそれを解明するために科学に精を出していると言ったら信じるかね?」
「……それだったら医者とかになるんじゃないですか?」
何かこれ以上話していても無駄なような気がしてきた。
してきたので「それじゃあ、そろそろ帰ります」と言うと、巡先輩はそれを引き留めるように口を開く。
「折角来たんだから、一応検査していった方がいいんじゃないかい?
文化祭中は入れ替わっている時間が長かっただろうから」
そう言われると、そうかもしれないけれど、でもそんな事ないとも思う。
今まで異常があったことはないし。
「ユメ、どうする?」
『一応調べてもらった方がいいんじゃないかな?
何もないとは思うんだけど』
「それじゃあ、お願いします」
「それじゃあ、適当に腰かけていてくれないか?
いつも通り勝手にデータを取らせてもらうのでね」
そう言われて、近くにあった椅子に腰かける。それからパソコンをカタカタと操作する巡先輩の背中を眺めていると、不意に巡先輩が声をかけてきた。
「そう言えばその腕時計、誤作動は起こしてないかい?」
「そんな事はないですよ。ちゃんと設定した時間に知らせてくれますし」
「じゃあ、他に何か気になるようなことは?」
「ユメ何かあるか?」
『とくにはないと思うけど……そう言えば二日目の秋葉会長とのズレって何だったんだろうね』
「それを巡先輩に言うのもどうなんだ?」
『わたしもそう思うけど一応気になることかなって』
「何かあるなら早く言ってくれないかね」
俺とユメが話をしていると巡先輩が少し不機嫌そうに割って入ってくる。
巡先輩を前にユメと話しすぎたかなと反省をしつつ、一応説明しておくことにした。
簡単に説明が終わって巡先輩から帰ってきた言葉は「それだけでは何とも言い難い」だった。
曰く連絡を取り合ってもいないのに測り始めが同時になる方が稀だと。
言われてみればその通りだし、実際そうじゃないかと思っていたのでそんなものかと特に驚くこともなく聞き流す程度にしておいた。
むしろ、巡先輩がこの事に食いついてこないのだから本当に何ともなかったんだなと、わずかに生まれていた疑念が消える。
それからいつものように勝手にデータを取られ、よくわからない画面を見せられた後で「特に異常はないだろう」と言われて改めて安心した。




