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Lv56

「この学校って美少女コンテストまでやっちゃうんだ」


 校舎に戻ってきた俺達が見つけたのは投票受付中と言う文字の下にある十ほどの女の子のポスター。その近くに大きな箱と机と椅子。


 その十枚のうち四枚はよく知った人物が移っていて、四枚のうち一枚は今俺の中にいる。


 舞は興味深そうにそのポスターを眺めていたかと思うと、悪戯っぽい笑顔を引っさげてこちらを見てきた。


「遊馬君はどの子に投票するの?」


「俺は投票する気はないな」


『良いの綺歩とかに入れておかなくて』


「見た目を競っているわけだし入れるならユメだが、それって何か身内票どころじゃない感じがしてな」


『そう言えばわたしって遊馬の理想なんだっけ』


「遊馬君何か言った?」


「いいや」


「そう? 遊馬君が入れないならわたしが一票入れちゃっていいかな?」


「まあ俺の名前で投票すればいいんじゃないか?」


 俺の言葉を聞いて舞が改めてポスターに目を移す。


 もしもユメの姿を知っていて対抗意識を燃やしているならユメに入れる事はないだろうなと思っていると「この子にする」と舞の声が聞こえた。


 その指さした先を見るとどう見てもユメのポスターがあり、内心とても驚く。


「その子って確か」


「さっき遊馬君が言っていた軽音楽部のボーカルの子。悔しいけど可愛いし、わたしなりの宣戦布告」


「宣戦布告?」


 俺が聞き返しても舞は笑うだけだったけれど、やっぱりユメの事意識しているんだなと確信する事が出来た。


 せがまれるように俺がユメの名前を書いて票を投じる。


「そろそろ時間になっちゃうね」


「もうそんな時間か」


「お昼までって案外短くて吃驚したよ。でも、結構楽しかった。


 遊馬君最後のちょっと二人で話せないかな?」


「いいけど、ここで?」


「できれば人がいないところがいいかな。どこか知らない?」


 文化祭中も人が来なさそうな場所。一か所知らないこともない。


 個人的にそこに向かうのは気が引けるのだけれど、他に思いつかないし舞の着替えの事を考えると都合がいいのは確かなのでそこへ向かうことにした。



 舞を連れてやってきたのは科学部があるブロックの過去何度か来た開き教室。


「窓から入るなんて遊馬君以外と悪なんだね」


「生徒会公認だから別に悪くはないだろ」


「遊馬君生徒会の友達が居るんだ」


「それで話って?」


 俺が尋ねると舞が少し話し難そうな顔をする。それから俺に背を向けると話し出した。


「わたしが投票した子覚えてる?」


「ユメ、だろ」


「その子ね、ネットだと初代ドリムだって言われているんだよ」


「ドリムって襲名制だったんだな」


「変な言葉のチョイスだね。でも違うんだよ」


 それはよく知っている。だって襲名させた記憶ないし。


 向こうを向いていた舞がこちらを見た。


 その目は何か決意したかのように真っ直ぐこちらを見ている。


「有名だったけど居なくなった人の名前をわたしが勝手に名乗ったの。


 その時から歌とかダンスとか好きで家に帰っても友達と遊ばずにその練習ばっかりやってて、それを沢山の人に見て貰いたくてね


 その時に見つけたのがドリムって名前。初代から譲り受けたって嘘ついて活動を始めたの。でもそこから先はわたしの頑張りだよ?


 だけどアイドルって言われるようになっても初代の名前は付きまとってきて、そんな中彼女が現れて。


 わたしが守って増やしてきた人気を取りにきたみたいで嫌だったって言うのと同時にこれはチャンスだって思ったの」


「チャンス?」


「今までは初代がいなかったから初代を超えようがなかった。でも現れてくれたならそれを超えられる。


 そうしたら、ネットから出てもっと色々な人にわたしの歌を聞いて貰おうって決めたんだ。だから明後日は負けないぞって宣戦布告」


 舞が手を後ろに組んで笑う。


 大体は桜ちゃんが言っていたことと同じ内容。最初に人気を利用したのは舞の方だろうと言えなくもないけれど、それはあくまで一要素。


「やっぱり遊馬君驚かないんだね。驚かないどころかわたしを悪く言おうともしないってちょっとお人よしだよ」


「やっぱりってどう言う事だ? そもそも何で今日会ったばかりの俺にこんなことを言ったんだ?」


 俺の疑問に舞は一緒に文化祭を回っていた時のような気軽さで話し始めた。


「何となく遊馬君が嘘をついている気がしたから、わたしが先に秘密をばらしたら遊馬君も嘘は付けないでしょ?」


 と言う舞の言葉に俺も諦めて一つ溜息をついて白状する。


「確かに俺は軽音楽部の事もドリムの事も最初から結構知っていたよ。


 それで舞は何を聞きたいんだ?」


「もしもわたしとユメって人が対決したとしてどっちが勝つと思う?」


「勝負の形式や条件次第って感じだろうな」


「じゃあ、その勝負が明後日のライブだとしたら?」


「十割ユメが勝つ」


「うわ~……バッサリ切られちゃった……


 やっぱりそれは向こうが初代だから?」


 舞があからさまに落ち込んだという様子を見せるが、それでも質問を追加した。


「理由をあげるといくつもあるが、何の為に歌っているかってところだろうな。


 後は向こうが初代だからと言うよりも、舞が二代目だから。初めて舞の歌を聞いた時に勿体ないと思ったな」


 舞が俺の言葉を味わうように目を閉じて何かを考えている。


 その反応が少し以外で俺は続けて口を開いた。


「怒ったり落ち込んだりしないんだな」


「これでも結構ショック受けているんだよ? ネットでいろいろ書き込みされることはあっても面と向ってこんなにバッサリ言われたのは初めてだから」


「俺はネットでもバッサリ言われたらショック受けるけどな。


 正直「わたしの事何も知らないくせに勝手なこと言わないで」くらいは言われるかと思ってた」


「たぶん遊馬君じゃなかったら言っていたと思うよ。でも、遊馬君わたしの話を聞いてもわたしの事悪く言わなかったよね。


 それってどうして?」


 舞が何かを求めるような声で、目で、俺に答えを要求してくる。


「少なくとも今のドリムの人気を作ったのは舞なんだろう? そのためにたぶん俺が想像できないほどの努力をしてきたんだろうし、それに目を瞑って批判したくはないからな。


 でも、最初が褒められた方法じゃないとも思うから肯定もしない」


「ね。ここまで考えてくれている人の言葉なんだからわたしもちゃんと受け止めたいの」


 舞はやや元気無く笑うと、そのまま続ける。


「それじゃあ、考えたいこともできたしわたしはそろそろ帰ろうかな。明後日は絶対遊馬君をわたしのファンにさせるんだから覚悟しておいてね」


「それは楽しみだな」


「今日は本当に楽しかったよ。ドリムでも学校のわたしでもないわたしで居られたような気がして、こんなのとっても久しぶりで。


 じゃあね」


 その言葉を残してこの空き教室のドアが閉められた。


『お疲れ様初代さん。ちゃんと伝わっていたら良いね』


「そうだが、難しい事ではあるだろう」


『でも、思っていたよりもいい子だったね』


「多少悪さしようと良い子じゃないとここまで人気になっていないだろうからな」


『問題は感覚の違いなんだろうね』


「それが大きいんだろうけどな」


 ユメとそんな会話をしながら舞が着替え終わって立ち去るのを待っていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 音楽室に行くと待っていましたと言わんばかりに桜ちゃんが俺の所に近寄って来た。


「さて、さっきの逢引きの話を聞きましょうか」


「逢引きじゃない。以上」


「冗談ですよ。何で先輩があの方と一緒にいたのかって話です」


「会ったの自体はたまたまだな。ドリムが今日のオレ達のライブを見にこようとして校門前で困っているのを助けた。


 その流れで一緒に見て回る事になったってところだ」


「それだと五十点の不可です」


「うちの赤点は三十点以下じゃなかったか? まあ単純にドリムの名前を使っている人がどんな人か知っておきたかってだけだよ。初代として。


 後はいくつか伝えたいこともあったし」


 「まあそんな所だと思いましたよ」と桜ちゃんが期待外れだと言わんばかりに、楽しくなさそうに言う。


 別にこんなところで桜ちゃんの期待にこたえる気はないので別に構わないが。


「それでどんな人でしたか?」


「たぶん基本は真っ直ぐな子なんだろうな。何だかんだで初代ドリムとの因縁をどうにかしてから次のステップに行こうとしているし。


 伝えたいことがちゃんと伝わったかは分からないけど、少なくともこっちの言葉に耳を傾けてくれる子ではあったよ」


「それなら先輩の策も無駄にはならないかもしれないですね」


「だったらいいけどな。とりあえずは今日のライブの準備だな」


 今日だって大事なライブの日。ユメが見せてくれる新しい世界を最も臨場感あふれる場所で楽しまないといけない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 集合は体育館だったのでユメに入れ替わって着替えを終わらせてから体育館へと向かう。


 大きな正面出入り口ではなく、ステージ裏につながる小さなドアから中に入ると桜ちゃんとユメ以外全員が集まっていた。


 綺歩の姿を見て今日は綺歩のメイド姿が見られなくて残念だったなと思ってしまったが、今はライブに集中。


 全員がそろったところで小声のミーティングが始まった。


「皆揃ったわね。今日やる事はいつも通り。


 いつも通りアタシ達のできる最高の演奏をすること」


「強いて言えば明後日に向けて体育館のステージに慣れておくって言うのもあると思いますが」


「明後日は負けられないものね。でも、それにばかり気を取られても仕方がないし、明日演奏できない分ひとまず今日出し切るわよ」


 桜ちゃんの言葉に稜子がそう返したところで前のグループの発表が終わり、ユメ達がステージに呼ばれた。




 ステージの上薄暗い中で皆がセッティングを行う。本来ならここで音の確認まで行うのだが、今日は演出上それは無し。


 セッティングが終わったところで照明が落ちる。


 今日やるのはライブハウスの再現。違うのは今日は最初からマイクが使えることと演奏が加わるタイミングがはっきりしていること。


 急に照明が落ちた事により急に場内がざわめき始める。そのざわめきの中に「おい、まさか」なんて声が聞こえるのはライブハウスでの一件が多少有名になったせいだろうか。


 始まりの合図はなく、今からはユメのタイミング。


 大きく深呼吸したユメはもう一度大きく息を吸い込んで歌い始めた。


 歌い始めたのと同時に体育館がユメの声に支配される。


 他の音を出す事など許されないのではないかと思うくらいに聞こえてくるのはただただユメの声。


 出だしのサビが終わったところでバッと明かりがつく、つくと同時にざわめきがよみがえる。


 そのざわめきに当てられたのかユメが練習の時に比べて幾分か感情をあらわにして歌い出した。


 聞きにきてくれた人に少しでもこの歌の良さを分かってもらおうと、例え多くの人にその変化が小さくて気がついて貰えなかったとしても、伝わりやすいように。


 演奏は滞りなく、皆一斉に入ってきた。


 稜子と鼓ちゃんのギターも、桜ちゃんのベースも、一誠のドラムも、綺歩のキーボードも、今までユメの歌に合わせて弾いていたのではないのだろうかと思われるほど正確。


 その音楽に合わせてユメの気持ちもますますのってくる。


 のってテンションが上がる曲ではないけれど、むしろ切ない感じのする曲だけれど。


 一曲終わると、割れんばかりの歓声と拍手を送られた。


「皆さんこんにちは軽音楽部です。


 たった今一曲目を聞いて貰ったところですがいかがだったでしょうか?」


 ユメがそう言った時に客席の方から「最高だった」と男子生徒の声が聞こえる。


 何と言うか、その人が自分から言ったのか何かしらの理由によって言わされたのかちょっと気になったりはするが。


「学校の皆の前に立つ機会はこれで二回目……いや、三回目って事になるんでしょうか。


 こんな広いところで演奏するのはわたしは初めてになります」


 ユメがそう言いながら体育館を見回すが、確かに今までとは比べ物にならない位に広い。


 ライブハウスや音楽室だとお客さんとの距離が近かったけれど、お客さんまでがちょっと遠くて代わりにずっと遠くに――見るとギャラリーにまで――人がいる。


「そんな初めてついでに聞きたいんですが、今日初めてわたし達のライブに来たよって人どれくらいいるのか手を挙げて貰ってもいいですか」


 ユメの言葉にパラパラと手が挙がる。手をあげた人のうち半分以上が後ろの方で、その中の三分の二くらいが真ん中、残りが手前と言ったところか。


「ありがとうございました。全体の三分の一くらいですかね。


 しかも後ろの方にいる人が多かった感じで、次の機会は是非前の方に来てほしいです」


「ユメ、メンバー紹介」


「えっと、そうでした」


 稜子に言われて慌ててメンバー紹介に入るユメ、その時に会場から笑いが起こったけれど、自然にそう言う笑いが出るのはいいことだと思う。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それからメンバー紹介をして次の曲に入って、休憩をはさんで。最後の曲の前に入るMC。


「次が最後の曲になります。いつもライブをして思うんですけど、本当に時間が経つのは早いですね。


 さて、最後の曲に入る前に一つ発表したいことがあります。なんて言うか……発表の発表って事になるんですが、明後日のライブで重大発表があります。


 ねえ稜子。こんなにハードルあげて大丈夫なの?」


「いいのよ。少なくともアタシ達には重大なんだから」


「まあ、そうかもしれないけど……


 それから、明後日のライブでは演奏する曲もガラッと変えて、新曲を三曲やるつもりなので今日見に来てくれた人も明後日また来てくれると嬉しいです」


 ユメは一度息を吸い直すと声をあげる。


「それでは今日最後の曲、聞いてください『ピュア&フーリッシュ』」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 一日目が終わって音楽室。そこそこの盛況っぷりで終わった一日目を皆で労う。


 それが一段落した所で稜子が部長らしく声を出した。


「わかっていると思うけど今日はあくまで前座。明後日がアタシ達の本番だから、今日は帰ってゆっくり休むように。


 それと、明日の事なんだけどたった今生徒会長から連絡が来たわ」


「明日って……美少女コンテストだっけ……忘れてた」


 ユメの呟き鼓ちゃんが固まる。


「一日ポスターで晒し物って案外いい気はしないですよね。桜午前中は音楽室待機でしたけど、写真見ながらあれこれ言われるの想像しただけで一発殴りたくなりました」


「それって桜ちゃんが勝手に思っているだけでしょ?」


「現状アタシと綺歩、それからユメはほぼ決定らしいわ」


「うわー、やったー」


「ユメちゃん全然嬉しくなさそう」


 まあ、基本目立ちたくないタイプの人間だからなと苦笑する綺歩に心の中でツッコんでおく。


 ただ例外である歌がユメのほぼすべてを占めているので傍目そうは見えないかもしれないが。


「それって桜は入っていないんですか?」


「何か桜と鼓が競っていてまだ何とも言えないらしいわ」


「あ、あたし辞退しますよ」


「つつみん。そんな施しはいりませんよ」


「施しじゃなくて……」


「まあ、でも決めるのは向こうなんだから、はるるんは諦めて待つしかないよな~」


「何かその待つって言うのが落ち着かなくて……」


「心配しなくても明日結果が出るわよ。って、事で今日は解散。


 泊まりだった分まで今日しっかり休むこと」


 解散になった後もすぐに帰ろうとする人はいなくて、鼓ちゃんはすでに泣きそうな顔で桜ちゃんと何か話しているし、稜子は一誠と恐らく今日のライブの話をしている。


「それじゃあユメちゃん帰ろうか」


「あれ? わたしのままでいいの?」


 と、なれば余るのはユメと綺歩で自然と声をかけられる。


「たまにはユメちゃんと帰りたいかなって思うんだけど、駄目かな?」


「遊馬良い?」


『まあ、俺は構わないが』


「いいって。でもそうなると何処かで着替えないといけないんだよね」


「今日両親どっちもいないから、私の家で着替えればいいよ。と言うかそうじゃないとユメちゃんのままで何ていえないもんね」


「そう言うことなら安心かな。さすがは綺歩」


「いえいえ」


 そう言う綺歩は見慣れない紙袋を持ってユメの手を引っ張った。


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