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LV46

 桜ちゃんが家に来た次の日、部活は休みではあるけれど綺歩と二人で部室に来ていた。


 人気のない学校、美少女と二人きり。なんて字面では緊張してしまうような状況ではあるが、幼馴染だし二人きりの二人の中に俺は入っていない。


「どうしてわざわざ学校に来たの? 私の家でも練習出来ると思うんだけど」


「そうなんだけど、リハビリを兼ねて……かな。


 家で桜ちゃんの前だと歌えても、ここじゃ歌えなかったなんて事にならないとも限らないし」


「そっか。それじゃあ、いつも通り練習始めるけどその前に桜ちゃんに貰ったって言う譜面見せて貰ってもいい?」


 今日学校に来たのは桜ちゃんが作ったという曲を練習するため。


 相変わらず楽譜はちゃんと読めないし、試しに弾く楽器もないので綺歩に手伝ってもらう事にしたのだ。


 桜ちゃんも俺達が譜面渡されただけで歌えるようになるわけがない事くらい分かっているだろうけれど、やっぱり感謝はしているしたまには桜ちゃんを驚かせたい。


「これなんだけど、コピーしてきたから綺歩の好きに使っていいよ」


「ありがとう……やっぱり、桜ちゃん三曲作ったんだね」


 と、綺歩が言うとおり桜ちゃんに渡されたのは三曲分の譜面。


 綺歩がそれにざっと目を通してから声を出す。


「何と言うか、本当に桜ちゃんってSAKURAだったんだ」


「そんな感心することなの?」


「例えばこの曲なんだけど……」


 そう言って綺歩が示したのは『lost&found』と言う曲。


 譜面を見せた後すぐにキーボードに向かうとすぐに何かを弾きだした。


 弾いているのは恐らく本来歌うべきところと他のパートをキーボード用にアレンジしたものだろう。


 歌詞を眺めている時にはわからなかったけれど、実際にこうやって曲になるととてもカッコいい。


 勢いがあると言うか、音が跳ねながらも着実に地面を蹴っていると言うか。


 テンポがやや速く、それでいてとても耳に残る。


 音の高さが俺と言うかユメが最も歌いやすいもの――曰くユメの音域はかなり広いのだそうだけれど、その中でも出しやすい所はある――で俺であっても早く声に出したいとうずうずしてしまう。


 桜ちゃんの曲ばかり褒めているが、初見でここまで弾ける綺歩も綺歩ですごいと思う。


 俺自身初めて聞いた曲なので例え間違えていてもそれに気がつかない可能性も大きいが、スッと自分の中に収まる違和感のない演奏。


 四分ほどの曲を弾き終わった綺歩にユメが拍手をする。


「かなり格好いい感じの曲だね。それが桜ちゃんらしさなの?」


「半分正解」


「残りの半分は?」


「ユメちゃんは桜ちゃんの曲が何で有名なのか知っている?」


「そもそも有名だと知らなかった側の人間だから……」


「そうだったね。桜ちゃんの曲って格好いいのが多いんだよ」


「それだとわたしの答えは正解だよね」


「それから、とても簡単なんだよ」


「簡単なの?」


「そうそう。難しい事は覚えなくても弾けるものが多くて、例えば楽器初心者が始めて練習する曲に丁度いいみたい」


「それでいて格好いい……と」


 桜ちゃんなんて恐ろしい子なのだろうか。


 なるほど、それで綺歩も初見であんなにも弾けたというわけか。


 ただ、そうだとして一つ疑問も残る。


「でも、わたしが歌いやすい曲って他の人には高くて歌い難かったりするはずなんだけど……」


「そこは桜ちゃんがユメちゃんに合わせて作ったからじゃないかな?


 色々と条件を出して頼めば曲を作ってくれるって言うのもSAKURAが有名になった理由の一つだったはずだし、ユメちゃんの歌を何回も聞いていたからできたんだと思うよ」


「なるほどね」


 桜ちゃんの話を思い返す限り何回も何てレベルじゃなくて何十回、何百回と聞かれている感じもするし、ある意味当然と言えば当然なのかもしれない。


「まあ、そのせいか残りの二つは曲者と言うか結構難しいんだけどね」


「あ、やっぱりそうなんだ」


「それだけ桜ちゃんが私達をかってくれているって事ではあるんだろうけど」


「先輩として恥ずかしいところは見せられなくなっちゃうね」


「ねえユメちゃん。久しぶりにユメちゃんの歌聞かせてくれない?」


「いいけど、歌うならさっきの曲ね」


 当然の如くユメも歌いたかったのか。


 綺歩は少し驚いた顔をしていたけれど、ユメの顔を見て諦めたのか納得したのか鍵盤をたたき始めた。


 始まった前奏は両手になった分さっきよりも躍動感が増していて、歌う側としてもそわそわしてしまう。


「モノクロだった世界 色をくれたキミは


 だけど 最初から居なかった



 夜空に浮かぶ 星のように 月のように


 はたまた 昼間の太陽のように


 輝いていた」


 まだ盛り上がる前のAメロ。ユメが緊張していたのはそれこそ最初の最初だけ。


 普段ユメが話す時よりもだいぶ大人っぽい声で丁寧に上げすぎないように歌う。


 途中綺歩と視線が合い互いに笑い合う。


「見ていたモノは ただの残光


 残った光 だからこそ 確かにそこにあったはず


 だからもう迷わない」


 Bメロに入るとサビに向けて声のボリュームを上げて行く。


 音量だけじゃなくて気持ちも、声をあげて歌えることの楽しさを、そのまま歌に乗せる。


 カッコいい曲を歌っている時、どうしてこんなにワクワクするのだろうか。


 俺は歌っていないし、分からないけど、ユメも同じ気持ちだと言う事だけはわかる。


「lost&found


 いつか僕が キミのように 輝けたら


 きっと見つけられる



 見つけてみせる たとえそれが不可能だったとしても



 make efforts


 立ち止まっていられない 今すぐに駆け出そう」


 こういう曲のサビを歌うと言うのは一種の気持ちよさがある。


 自分の限界に挑戦していると言うか、高さ的に声に意識を向けなくてもいいからただひたすらにカッコよさを追い求められると言うか。


 雑に投げ捨てる様に歌うのとはまた違った思い切りの良さ。


 もちろん俺はそれを聞いているだけに過ぎないのだけれど、ユメの歌を聴く楽しみはユメには得られないものだろうからそれはそれでいいかななんて思う。




 一曲終わってユメが楽しかったとばかりに息を吐く。


「ユメちゃんの歌はすごいね」


「ありがとう。でも綺歩の演奏だって凄いと思うよ?」


 ユメの言葉に綺歩は答える事はせずに、ふふっと笑うと「あーあ」と残念そうな声をあげた。


「ユメちゃんを励ます事が出来るのは私だけだって思っていたんだけどな。


 桜ちゃんにその役目とられちゃった」


「それって嫉妬?」


「そうかもね。遊君の事なら誰よりも知っているつもりだから」


「でも、わたしと遊馬は違うから」


「そうだよね。遊君はこんなに可愛くないし」


 そう言って笑う綺歩にユメもつられて笑う。


 綺歩は暗に俺に可愛くないって言っているのだろうけれど、俺が可愛くても困るんじゃないだろうか。少なくとも俺は困る。


「でも、わたし達が一番頼れるのはやっぱり綺歩だよ。休みの日なのに付き合ってくれるし、今までだっていっぱい助けられてきたんだから。


 綺歩ありがとう」


「もう、ユメちゃん急にどうしたの? 嬉しいけど照れちゃうよ。


 それに……」


「それに?」


「ううん。何でもない」


 そう言って綺歩が首を振る。


 はたして綺歩が何を言い掛けたのか、気になるけれどユメはそれを尋ねない。


 俺が表に出ていても訊かないだろうから文句を言うつもりもないけれど。


「ねえ綺歩。この二曲目歌詞が書いていないんだけどどう言う事だと思う?」


「それは桜ちゃんに尋ねないとはっきりとは言えないけど、『voice called tool』ってタイトルだからたぶんユメちゃんの声を楽器にしたいんじゃないかな?」


「声を楽器に?」


「そうそう。たぶん何を言っていてもいいんだと思うよ、ラララでもタタタでも」


「つまりメロディーだけ追っていたら良いの?」


「単に歌詞をつけ忘れただけだとしてもユメちゃんなら音が頭に入っていたら何とかなるでしょ?」


「そうかもしれないけど……」


「とりあえず、一回弾いてみようか。今回はユメちゃんのパートだけ弾くね」


「うん。よろしく」


 ユメが頷くと綺歩の手が動き出す。


 綺歩の手は白くて細くて、指が長くて。白魚には悪いが、白魚のような手と表現するには勿体ないような、もっと的確な表現があるのではないだろうかと思ってしまう。


 曲の感じとしては幻想的と言うのが正しいだろう。森の奥深くにある隠された入江。


 人の痕跡など微塵もないその場所に日が差し込むのだけれど、葉っぱを通り抜ける光が緑色に替わり緑と白の光が照らしている。


 そんな風景を彷彿させる綺麗な曲。


 歌と言う事を考えると、一音一音が長く全力で声を出し続けると息切れしかねない感じだろうか。


 でも、こんな風に歌詞の事を考えずただ綺麗な声を意識して出すと言うのは俺もユメもした事がないので、楽しみだと言えば楽しみな曲。


 繰り返しになったところで既にユメはメロディーを追いかけはじめた。





 一曲終わって時間は五分強。もう少し短い感じがしたのだけれど、ほぼずっと声を出すことになるので短く感じたのだろう。


「これはとても綺麗な感じだよね」


「そうだね」


「でもこれって文化祭のステージの上で演奏するにはちょっと落ち着き過ぎじゃない?


 鼓草以上に眠くなっちゃいそう」


「この曲はたぶん休憩中用の曲じゃないのかな?」


「休憩中用?」


「休憩中用。私達の出演って二枠に渡っていて、半分くらいの所で休憩を入れないといけないらしいの。


 その時に何もしないって言うのも稜子的に面白くないらしいから、一曲やろうって事になってね。桜ちゃんに頼んでいたんだよ」


「綺歩達は休憩しなくていいの?」


「休憩は十分くらい取るらしいから、私達も少しは休めるんだよ。


 それよりもユメちゃんが休憩取らなくて大丈夫かなって思うんだけど」


「ライブって半日とかやるわけじゃないでしょ? だったら大丈夫だよ」


「何か歌が好きと言うか歌にとりつかれているみたいだね」


「わたしの存在意義みたいなものだからね。


 それと半日って言ったけど、実際もって八時間くらいかな。曲と曲の合間に水を飲めると仮定して」


「それだけでも十分だと思うんだけど。むしろそこまでされるとこっちが疲れちゃうかな。


 特に御崎君の腕とか大変な事になりそう」


「じゅあ、今度一誠に頼んでみようかな。


 一緒に練習しない? って」


「それで八時間ほぼ休みなしでやるの? 御崎君ならそのこと言っても付き合ってくれそうだけど」


 綺歩がそう言ってからクスクスと笑う。


 それにユメが「どうでしょう?」と笑って返す。


「それで綺歩、この三曲目なんだけど……」


「私達の代表曲みたいなのを作れって言う稜子の指示で作ったんだと思うんだけど、ライブで盛り上がるための曲って感じだよね」


「歌詞にもそんな事が書いてあるしね。代表曲って言う事はこの曲のタイトルって」


「それはきっと今度の部活で稜子が教えてくれると思うよ。


 それよりも、ちょっと弾いてみようか」


 そう言って今日何度目かの綺歩のキーボードが音楽室に響いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「綺歩今日はありがとう助かったよ」


「いえいえ、遊君とユメちゃんのためだもん」


 練習が終わって俺に戻った後、音楽室を出る時に綺歩にお礼を言う。


 相変わらず綺歩は面倒見がいいなと思っていると「三原君」と声をかけられた。


 声がした方を見るとユメも俺も面識のあるツインテールの上級生が立っていた。


「志原さんもこんにちは」


「秋葉会長どうしたんですか?」


「ユメさんの件、結果が出たから伝えに来たんだけど今日は貴方達以外来ていないみたいね」


「そうですね。次の全体練習は週明けでしょうか」


「それならその時にまた来ようかしら」


「えっと、どうなったか聞いても大丈夫でしょうか?」


 綺歩が緊張した面持ちで尋ねるけれど、秋葉会長の顔を見ていたら何となくわかるのではないだろうか。


 むしろ、その嬉しそうな顔がすべてを物語っていると思うのだけれど。


「多少条件はつくけど、許可は貰ったわ」


「その条件って言うのは?」


 俺が尋ねると秋葉会長は首を振る。


「それは本人の前の方がいいと思うのよ」


「確かにユメちゃんが居ない時に私達が先に聞いてしまうって言うのは良くないかもしれないですね」


「だからまた来るわね。月曜の練習のときにはユメさん居るんでしょう?」


「たぶん全員居ると思いますよ」


「あ、俺は家族で出かけるから居ないと思います」


「そう言えばそんな事言っていたね」


 もちろん家族で出かけるなんてことないし、綺歩と何か口裏を合わせていたわけではない。


 ただここまで自然に嘘をつけるようになったのは一概にユメのおかげだろう。


 ユメのせいと言うのが正しいのかもしれないけど。


「それじゃあ、また……って言いたい所なんだけど、三原君をちょっと借りてもいいかしら。一応学校側に三原君が辞めさせられたんじゃないってことをはっきりさせておきたいから」


「それってどれくらいかかりますか?」


「悪いけど、はっきりとは分からないわ。話がこじれたら長くなるかもしれないわね」


「それなら私は先に帰りますね。遊君のことよろしくお願いします」


「なあユメ」


『大丈夫、遊馬はちゃんと人間だよ』


「だと良いんだけどな」


 俺が口を出すことなく俺の次の行動が決まってしまうって何でこんなに虚しいものなのだろうか。


 溜息をつけど聞いてくれるのはユメばかり。溜息なんてあまり人に聞かれたくはないからいいけれど。


「さて、じゃあ場所を移しましょうか」


「職員室ですよね?」


「いいえ、この下の空き教室ね」


 何故先生との話がそんな所で行われるのだろうかと思ったけれど、秋葉会長はそれ以上何も云わずに歩きだす。


 仕方がないので俺もその後に続いて歩く。


 見知った道を通りついたのは副会長に連れていかれた空き教室。


 ただ前回と違うのは鍵を使ってちゃんとドアから入ったこと。


「こんなところで先生と話すんですか?」


「先生は来ないわ」


 俺の後から入った秋葉会長が後ろ手にドアに鍵をかける。その鍵がかかる音に俺は思わず身構えた。


「なんで鍵をかけたんですか?」


「万が一誰か来たら困るでしょ?」


「別に困らないと思うんですが……」


 俺のその言葉は無視され、窓の方の鍵も閉められる。


 要するに閉じ込められた状況。特に何も悪い事はしていないのに、妙に鼓動が速くなる。


 たぶん今この場で「お前がアレをやったんだろ」みたいなことを言われたら俺は首を縦に振るだろう。


 俺の事を真っ直ぐ見る秋葉会長が何を言い出すのかと、気がつくと痛いくらいに拳が握られていた。


「さて、それじゃあユメさんがステージに上がれる条件なんだけど……」


「え、あ。ちょっと待ってください」


「どうしたのかしら?」


「それはユメ本人の目の前じゃないと言わないんじゃなかったんですか?」


 想像していたこととはまるで違う発言に、別の意味で嫌な汗が背中を流れる。


 そんな俺に対して秋葉会長は涼しい顔で会話を続ける。


「だから、貴方の前で言っているんじゃない三原君」


「い、言っている意味が、分からないんですが……」


「三原遊馬君、貴方がユメさんなのよね?」


「どうして、そんな風に思うんですか?」


「どうしてって、三原君ユメさんの為になんて言いながら一緒にいるところ全然見ないんだもの。


 違うなら今ここで裏声出してもらってもいいかしら?」


『そこまで知られちゃっているなら、隠しようがないと思う……かな』


「まあ、そうだよな……」


『それならもうわたしと変わった方が話が早く進むよね』


「ああ、頼む」


 何で秋葉会長がそこまで知っているのかなんて分からないけれど、入れ替わる条件まで知っているのなら単に鎌をかけてみましたってだけじゃないだろう。


 確信していたからこそ鍵をかけたのか。どう間違えてもこの教室に俺たち以外誰も入れないように。


「どうして秋葉会長はわたしと遊馬の関係を知っていたんですか?


 一緒にいないからってだけじゃないですよね?」


「すごい、生ユメさんがまた私の目の前に……」


「あの、会長?」


「あ、えっと、そうね。何で知っていたのかだったわね」


「遊馬、わたしもう無理かも」


『十五分はそのままだ。頑張れ』


「確かに一緒に居ないなんて私の中では全く判断材料にはないわ」


「それならどうして?」


「いくつかあるんだけど、最終的にはある人に教えて貰ったのよ。条件を果たすためにどうしても私のサポートが居るからって」


「ある人?」


 知っているのは部活のメンバーと妹くらいだと思うのだが、皆俺に黙って教えるなんてことはしないはず。


 それなら誰が……と思っていると、予期していなかった人が挙がってきた。


「この学校の理事長……って言っていいのかしら」


「そんな人いたんですかこの学校に。と言うか、何でそんな人がわたしのことを知っているんですか?」


「貴方達も何回もあったはずよ。何せ全ての元凶なんだもの」


「すべての元凶……まさか、巡先輩……?」


「そう、巡雪理事長。自称科学部部長ね」


「まさか、だってわたし達と見た目そんなに変わらないですよ?」


「曲がりなりにも人の願いを叶える機械を作った人なのだから、老化防止とか若返りとかできても不思議ではないと思わない?」


 そう言われるとそんな気もしなくはないけれど、頭が付いて行かない。


 そもそも何で秋葉会長があの機械の事を知っているのだろうか。


 と、思ったところであることを思い出した。


「もしかして、遊馬があの光を浴びた時巡先輩と会話していたのって」


「そう私。生徒会長って事で前々から交流があって、その日珍しく呼ばれたから行ってみると「見てくれ漸く長年の研究が形になったのだよ」って嬉々として機械を見せられてね。


 まさかあれが何かに作用しているなんて思っていなかったんだけれど……」


 秋葉会長の言葉にユメも俺も言葉を失ってしまう。


 今すぐ全部ウソでしたって言って欲しいところなのだけれど、一ミクロンたりともそんな様子はない。


「私の中では三原君に会った日にユメさんと三原君の関係に気が付いていたんだけどね」


「そんな、嘘ですよね? これでも気は配っていたはずです」


「まあ、普通は気がつかないと思うわよ。そもそもユメさんと三原君じゃ体型が全然違うもの。


 むしろ二人が同一人物だって言っても誰も信じないわね」


「それならどうして秋葉会長はわかったんですか?」


「理事長の存在を知っていたって言うのが一つ。それから三原君私の事「秋葉会長」って呼ぶでしょ?」


「呼びますけど……」


「私と三原君が顔を合わせたのはあの時が初めてのはずなのにいきなり下の名前って呼びにくいと思わない?


 本来なら千海会長ってなると思うのよね。


 だけど秋葉会長って呼んだのはたぶん萩がそう呼んでいたからじゃないかしら?」


 図星を指され思わずたじろぐ。たじろいだのはユメで俺はあくまで気分的にだけれど。


「何より抱きしめた時の反応。これが面白いくらい一緒だったの。


 これは私以外にも簡単に分かるわよね」


「いや、秋葉会長にしか分からないと思います」


 とはいえ、こちらが大きなミスをしたわけではなさそうで少し安心した。


 それ以上に会長が巡先輩で非常識なことに慣れていたことの方が安心感が大きかったけれど。


「ごめんなさい、秋葉会長」


「どうしてユメさんが謝るの?」


「はじめてわたしを抱きしめた時はわたしと遊馬の関係に気がついていなかったんですよね。


 それって知らぬ間に遊馬に抱きついていたって事ですから……」


「それは気にしなくていいと思うわよ。抱きついた方が悪いし、何より一粒で二度美味しいって感じじゃない」


 そう言って笑う秋葉会長はやっぱり上級者なんだなと思う。


 そろそろ一周回って冷静になってきたのか、ユメがとりあえず話を進めようと声を出す。


「それで条件って何なんですか?」


「ミスコンに出場することね」


「えっと、何を言って……」


「ユメさんがミスコンに出場することが条件」


「どうしてそうなるんですかっ?」


「理事長が言っていたわよ「文化祭を盛り上げるために頑張ってくれ」って。


 今回すんなり話が通ったのは理事長が裏で話を付けてくれていたから……と言えば理解してくれるとも」


「あー……はい。理解しました」


 確かにそんな約束をした。その上で生徒会長のサポートが、と言う事は。


「出場にあたって秋葉会長がいろいろ手伝ってくれるんですよね?」


「歌わないと十五分しかユメさんでいられないって話だものね。


 運営側に事情を把握した人が居ないと辛いでしょ?」


「それは確かにありがたいです。


 一応確認なんですが、今日学校側と話し合うって言うのは……」


「もちろん冗談よ」


 ですよね。と心の中で呟く。


 何かもう誰の手のひらの上で踊っていたのかもわからないけれど、とりあえずはあまり難しい条件無くユメが文化祭に出る事が出来るそれは喜んでいいのかもしれない。


 これがミスコンで優勝しろとかだったら難しかった。何せ稜子や綺歩、それに桜ちゃん他身近にライバルが多すぎるのだから。


 そう思っていると、秋葉会長が衝撃的なことを口にする。


「まあ、ユメさんを文化祭に出すだけなら、ドリムさんみたいにゲストって形で呼んでもよかったのよね」


「言われてみれば……」


「でも、そうするとユメさんがこの学校の生徒じゃないみたいでしょ?」


「実際わたしはこの学校の生徒じゃないですし……」


「そんな事無いわ。特殊な例かもしれないけれど、三原君が此処の生徒ならユメさんが此処の生徒でないわけがないと思わない?


 それに此処の生徒なら生徒会長の私はユメさんの味方になれるでしょ?」


「……ありがとうございます」


 ユメが恥ずかしそうに少し俯いて言うと、興奮した秋葉会長の声が返ってきた。


「ねえ、ユメさん。一つお願いがあるんだけどいいかしら」


「抱きつくなら、少しだけで……」


 ユメが言い終わる前に抱きつく秋葉会長。


 流石に三度目となれば意識して意識しないようには出来る。


 こうやって抱きつきを許可したのはユメが感謝しているからだろう。だとすると、俺も何か返さないといけない。


 ユメが秋葉会長へなら俺は巡先輩へ、だろうか。


 それならば文化祭を盛り上げればいいのだろう。それが先輩が俺達に出した条件なのだから。


 巡先輩が思っている以上の盛り上がりを。


 意識して意識しないため、意識的にこんな事を考えていると一つ面白そうな事を思いついた。


 それを俺に戻らないように抱きつかれながら歌っているユメに伝える。


 それを聞いたユメが一瞬歌うのを止めたが、すぐに再開した。




「えっと、もういいですか?」


「え、あ……ごめんなさい。ちょっと意識が飛びそうになっていたわ。


 十五分って時間の為かも知れないけれど、あのユメさんが私のためだけに歌ってくれていたんだもの……ああ、どうして携帯のボイスレコーダーを起動させなかったのかしら」


「そんな事が出来たらできたで驚きですよ。


 一つ訊きたいんですけど、会長はわたしとドリムさんの関係は知っていますか?」


「ええ、彼女の反応を見てしまった以上調べないわけには行かなかったもの。


 大雑把にユメさんが初代で今のドリムさんが二代目って言われているのよね」


「正確にはわたしは初代かもしれないって思われているだけなんですけどね」


「時系列に見てユメさんが初代ドリムって事はあり得ないものね」


「その事なんですけど、これから話す事は誰にも言わないって絶対に誰にも言わないって約束してくれますか?


 特に綺歩には」


「約束するわ」


「わたしが初代ドリムって言うのは半分正解みたいなんです」


「半分正解ってそんなわけ……まさか、もしかして」


「当時中学生だった遊馬が初代ドリムだったみたいなんですよね。


 わたしも遊馬も全然知らなかったんですけど」


「私も一度は聞いたことがあるけど、あれが三原君だったってことよね?」


『この知名度本当に何なんだろうな』


「本当にね。


 今はもう証明する事は出来ないですけど、そうみたいなんです。


 まあ、わたしはドリムを名乗る気はないんですけど」


「どうしてそれを私に教えてくれたのかしら」


「それを踏まえたうえで、文化祭を盛り上げるために秋葉会長に協力してくれないかなと思いまして。


 たった今遊馬が考えた案で穴だらけかもしれないですが……」


「いいわ、聞きましょう」


 楽しそうにそう言った秋葉会長にユメが俺の案を説明する。


 それを聞いた秋葉会長は少し難しい顔をしたけれど、すぐに笑顔になって「何とかして見るわ」と頷いてくれた。


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