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〇〇テイマー冒険記 ~最弱と最強のトリニティ~   作者: 紫燐
第3章『光と影』~剣の王国篇~
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D級テイマー、村の異変を知る




翌朝。


レン達はビセクトブルクへ向けて、旅を再開する。

昨日旅立ったばかりだと言うのに、早くも野営で一夜を過ごしてしまった。


お陰で少しばかり身体が痛い。

マオやスライムがすやすやと眠る横で、何度寝返りを打った事だろう。


テントを張るにしても、もう少し寝心地のいい空間を確保しなければならないと、レンは小さく欠伸を噛み殺す。




「ふああああ…」




同じくして、今度は大きく欠伸をする声が前から聞こえて来た。

声の主はフウマで、何処か疲れた顔をしていた。

彼もまた、寝心地の悪い体勢で寝ていたのだろうか。




「フウマ。凄い欠伸…」

「お前こそ」

「私は昨夜、なかなか寝付けなくて」

「俺もだよ」




そう言って彼は大きく肩を落とす。

やがてその眼は、じろっとフウマの前方を歩くウォルターを見据えた。

何故かその眼は彼を睨んでいるようにも見える。




「あんなに鼾が煩いだなんて、思わなかったぜ」

「…悪かったと言っているだろう」




その声に気付いたのか、ウォルターが静かに振り返って眉を顰めている。




「ま。おっさんだからしゃーねぇか」

「だからフウマ。おっさんはよしてくれ…」




どうやら、フウマの寝不足の原因はウォルターに在るらしかった。

レンも夜中は起きていた方だと思うのだが、彼の鼾とやらは聞こえていない。


昨夜はレンも、マオやスライムを寝かしつけてから早々に目を閉じていた。

もしかすると、またウォルターが見張りを買って出た時間だったのかも知れない。




「レンも眠れなかったのか?」

「私は単純に身体が痛かっただけ」

「そ、そうか」




何処かほっとした様子でウォルターは笑う。

そんな三人を、ディーネが不思議そうに首を傾げて見ていた。




「昨夜はとても穏やかな夜でしたよ?」

「ディーネ。いいんだぜ? おっさんに気を遣わなくても」

「いえ、本当なんですが…」




昨夜の出来事とやらを、ディーネは知らないらしい。

それならそれで別に蒸し返す必要もないのだが、一番被害を被ったとされるフウマの表情が、何とも面白くなさそうではあった。




「お前らの耳、おかしいんじゃねぇの?」

「流石にその言い方はないよ、フウマ…」




そんな会話をしながら、レン達は山道を登り歩いている。

景色は山岳地帯に入り、空気が湿っぽくなった。

雨が降るような前触れだった。


剣の王国『ビセクトブルク』の地域は、比較的雨量が多い。

こうして山道を少し歩くだけでも、青空は段々と見えなくなっている。

いつしか太陽も隠れ、空は厚い雲に覆われていた。




「振り出しそうだね」

「そうだな」

「この山道はまだ続くのかしら」

「まだまだだな。けど、どっかに村の一つはあった筈だぜ」




フウマはこの辺りの地理に詳しいのだろうか。

そう思っていると、ぽつりと何かが頬に触れる。


雨だ。




「まだ弱いが、先を急いだほうがよさそうだな」

「そうですね」

「フウマの言う村って言うのは、何処かに在るのかな?」




辺りを見渡しつつ、レン達は足早に山道を登る。

雨の勢いは弱かったのが幸いだった。


山の斜面は徐々に泥でぬかるみ、足元を汚すだけでなくその足取りを悪くする。

これ以上酷くなれば、歩くですら危険を伴うだろう。

それに、崖からの落石にも注意しなければならない。




『わぁっ。滑っちゃう!』




早くも泥の上を跳ねたスライムが、慌てた声を上げた。

流石に雨や泥に塗れさせる訳にはいかないと、レンは素早くスライムをクロークの中へと隠した。


新しい装備が、早くもこんな形で役立つとは思ってもみなかったけど。




「マオちゃんは大丈夫?」

「おうっ」




レンはマオの様子を窺いつつ、ゆっくりと確実に山道を登って行く。


やがて、その山道の途中に一つの小さな農村を発見した。

見渡す限りひりがる畑と、点在する家々が素朴な雰囲気を醸し出している。




「此処か? お前の言っていた村は」


「俺の知ってる村とはまた違うな。でも丁度いいし、どっかで休ませて貰おうぜ」




フウマの意見には賛成だった。

先程よりも雨足が少し強くなり始めている事もあり、何処かで少し雨宿りさせて貰える場所があるといい。


何処かに宿はないかと辺りを見渡した所で、レンはふと一人の女性に目を留めた。

その女性は雨が降るにも関わらず、村の入り口付近で佇んでいた。

空を見上げるそのその顔は何処かぼーっとしている。




「あの…大丈夫ですか?」

「…え?」



その女性は何故か驚いた顔でレンに顔を向けた。

レンもまた、驚いた様子で彼女を見る。

どうして声を掛けてしまったのか、自分でもよく解っていなかった。


「こんにちは。旅のお方」



彼女は一瞬戸惑う様子を見せたものの、直ぐに優しそうな笑みを浮かべる。




「道中は雨が降り出して大変だったでしょう。よければ家で雨宿りをしては如何ですか?」


「宜しいのですか?」

「えぇ、勿論です」




彼女は雨に降られるレン達を見て、声を掛けてくれたらしい。

レン達が特に断る理由もなく、そのご厚意に甘えさせてもらう事にした。




「家はこちらです。どうぞ」




村の女性の案内に従い、レン達は村の中を進んで行った。

村のど真ん中には小さな広場があり、村人達が何やら難しい顔をしている様子が見える。

その周辺の雰囲気には、何処か不穏な空気が漂っており、降り出した雨を気にも留めず、ただただ思案している――と言った印象がとても強い。


それに比べて、他の村人達の姿は徐々に家の中へと引っ込みつつあった。

ふと、一人の村人が此方を見た気がしたものの、何故か怪訝そうな顔をされてしまった。




「何だろう…?」




村人の事は気になったものの、それ以上は解らなかった。


やがて村の女性が足を止めたのは、一軒の木造家屋。

その家からは、丁度一人の男性が姿を現した所だった。




「あら、あなた」

「おかえり。…もしかして彼らが?」

「いいえ。旅の方よ」

「…と言う事は、今日も違うのか」




今日も――?



レンはその言葉に首を傾げる。

まるで何かを待ち望んでいるかのような口ぶりだ。




「雨に降られて困っていたところ、此方の女性にお声掛け頂きました。ご夫婦ですか?」


「えぇ。そうです。どうぞお入り下さい」

「助かります」




ウォルターが一礼するのを見て、レンもまた深々と頭を下げる。


この家にはご夫婦で暮らしているらしく、レン達は家に招かれる形で雨宿りをさせて貰う事になった。




「いきなり雨に降られて大変だったでしょう?」

「そうですね。この辺りは雨が多いと聞きますが、これほどまでとは」

「宜しければ、この中に在るタオルをお使い下さいね」




案内してくれたのは男性の奥さんだった。

これからお昼時と言う事もあり、彼女が手料理を振る舞ってくれると言う。




「食事までご馳走になるなんて…」

「いいんですよ」




おまけに食事までご馳走して貰うと言う歓迎ぶりに、レンだけでなくウォルターもまた驚いていた。




「普段は主人と二人なので、簡単な物しか出来ませんが…」

「とんでもない。十分過ぎるほどです」




ウォルターの言葉は、決して謙遜ではなかった。

食卓には、村で採れたばかりの新鮮な野菜をふんだんに使ったスープや、サラダ、焼き立てのパンが並べられている。


レン達の分まで用意して貰うとなれば、並ぶ量もそれなりにあった。

特に雨に降られたばかりの身体には、それは有り難いくらいの温かい食事だ。


その料理を目の前にして、早くもテーブルの上ではスライムが涎を垂らしている。

こんな所に魔物が?と、最初こそスライムを見て驚いていたご夫婦も、そんな様子に思わずくすりと微笑んでいる。




「旅の方や冒険者がこの村を訪れる事は珍しくないのですが、スライムを連れてらっしゃる方は初めてです。なあ?」


「えぇ、本当に」


『ボク、悪いスライムじゃないから大丈夫だよっ』




歓迎されていると雰囲気を感じ取っているのだろう。

ニコニコと笑うスライムの声は、とても明るかった。




「さあ、冷めない内にどうぞ」

「うまっ! うまっ!」




奥さんがと言うや否や、マオが美味しそうにパンを頬張り出した。

その食べっぷりに驚いた彼女だが、直ぐにふんわりと優しい笑みを浮かべている。




「美味しい? 沢山食べてね」

「このパン、凄く旨いな!」

「うちで採れた小麦を使っているんだ。味は間違いないぞ」




美味い、美味いと美味しそうに食べる小さな子どもの姿に、夫婦の表情はとても優しかった。

しかし、気のせいだろうか。


奥さんの眼には少しだけ、涙が見えたような――…




「俺達も頂くとしよう」

「はい。そうですね」

「頂きます!」




夫婦の厚意に感謝しながら、レン達の食事に手を伸ばした。




「そう言えば、村の広場で人が集まっていたように見えたのですが?」


「あぁ、あれですか…」




食事が進む中、ふとウォルターが気になっていた事を口にする。

村人達の中で、不穏な空気が流れているような姿を、同じように彼も目撃していた。


するとそれを聞いた奥さんが、少しだけ困ったような顔で旦那さんを見る。

旦那さんもまた彼女と顔を見合わせると、どちらともなく頷いた。




「村では最近、少し物騒な事が続いてましてね」

「物騒?」


「えぇ。この村は見ての通りただの小さな農村でして、あなた方の様な旅の方が立ち寄られる事は少なくありません。しかし、どうやら俺達が呼んだ冒険者ではなさそうだ、街でクエストを請け、此処に来た訳ではないのでしょう?」


「クエストは知らないですね…?」




レンが首を振ると、旦那さんは少しだけ困ったような顔をして見せた。




「そうですよね。先程出したばかりだと言うのに、もう来て下さるなんて不思議だと思いましたから」




ふとレンは思い出す。


もしかして旦那さんは、自分の奥さんが連れて来た冒険者らしき人達を、クエストの受注者だと期待したのでは?


そして恐らく彼女も――




「ごめんなさい。私が街の入り口でお声がけしたのも、見た目からして冒険者の方だとお見受けしたからなのです。でも気付いて貰えてよかった」




要するに、勘違いだったと言う事だ。

深く頭を下げるご夫婦に全く落ち度はない。




「なるほど…」




しかし、一度気になる話を耳にしてしまった以上、聞かない訳には行かなかった


真っ先に口を開いたのはウォルターだった。




「それで、その物騒な事とは?」




夫婦は一瞬驚いた顔を見せたものの、レン達全員が話を聞く姿勢を取っている事を悟る。

やがてその詳細が、旦那さんの口から徐々に語られる事となった。




「実は最近、村の農作物が荒らされたり家畜が盗まれたりと、何かと被害に遭う事が多いんです。最初は野生の動物や魔物かと思ったのですが、どうにも違うみたいで…」


「違う?」

「荒らしているのは、どうやら人―-それも冒険者らしいのです」

「そうなんですね…」




それを聞き、レンは眉を顰めて同情の色を示す。




「実は近くにあるビセクトブルクと言う街に依頼して、冒険者を何度か雇ったりしたんですが…その冒険者達が戻って来る事はありませんでした。誰もが消息を絶つなどして連絡が付かずで」


「連絡がつかないだって?」

「そんな事ってあるの?」




ウォルターに問い掛ける様にして見ると、彼は何処か難色を示した様に頷いた。




「クエストを請けても、何かしらの理由で達成出来なかったりはあるだろうが…それでも理由ぐらいは依頼人に伝わる筈だ。それがないと言う事は、冒険者ギルドの方でも状況が把握できていない事になる」


「えぇ…ギルドの方もそう言っていました。クエストは受注されたものの、達成報告がなければ放棄した記録もない、と――」




自分に不向きなクエストであると判断した場合、冒険者が依頼を受注後に破棄する事はそう珍しくもない。

しかしその場合、必ず冒険者ギルドにはその旨を伝えると言う、冒険者側の義務がある。

それがなければ、その冒険者やギルドの信用が落ちてしまうからだ。




「冒険者もギルドも信用第一だからな。それがないとやってられないんだ」

「それは解るんだけど…」

「どうして、そんな事になっているんでしょうか?」




ディーネが不安そうに口を開く。

何か問題が起こり、状況がただならぬ方向へと変化しているのかも知れない。




「その冒険者達は、本当に一人も戻って来ていないのですか?」


「はい。パーティで来られたり、一人だったりと様々でしたが、誰一人として帰って来ていません。なかには歴戦の勇者の様な凄い装備の冒険者の方も居たんですよ」


「そんな人なら、村を襲った冒険者もすぐにやっつけちゃいそうなのにね…?」




村に問題を起こしているのが冒険者なら、それを駆除する役目の冒険者もまた行方不明だと言うのは、何ともおかしな話だ。

ウォルターは暫く考えた様子を見せ、再び口を開く。




「村を襲ったと言う冒険者に、何か特徴はありますか?」

「特徴、ですか…」




旦那さんは少し悩んだ後、言葉を続けた。




「…そう言えば、村を荒らす冒険者にしては身形がいいと言いますか――特に食い扶持に困っている様子ではないように見えました」


「と言うと?」


「田畑を荒らすくらいに食べ物に困っているのなら、身に付けている装備を売るなりしてお金にすればいい話でしょう? 我々も鬼ではないんです。話し合いや交渉などで野菜を渡すことだって出来ます。ところが、あの冒険者達はどうも違う…綺麗過ぎるんです」


「綺麗過ぎる冒険者、か…」

「冒険者っつーか、ただの盗人じゃねぇか」




話を聞いていたフウマが、何処か詰まんなそうな顔をして見せた。




「どうせ、村を荒らした隙に金品でも奪ってんじゃねぇの?」

「いえ。奪われているのは本当に農作物や家畜ばかりで、お金なんかは何も…」

「ふーん」


「その所為で村の人も困っているんです。このまま村が襲われ続ければ、自分達の生活も危ういんですから…」


「確かに。それは大変ですよね」




今は何とか生活が出来ているかも知れないが、この先も同じような事が続くとなれば、村人にも危険が及ぶ。

それなのに自分達ん為に此処までしてくれたこの夫婦には、感謝もあり申し訳なさもあった。


一体この食事だけで、二人の何日分の食糧だったのだろう…




「すみません。こんな話、旅の方に聞かせる事ではありませんよね。あなた方は先を急ぐ身でしょうし」


「俺達はそのビセクトブルクへ向かう途中で、この村に立ち寄ったんです」

「ああ、そうなのですね。それでしたら此処から半日も歩けば、見えて来るかと思いますよ」




此処までの道のりは草原を超え、森を超え、険しい山身を登って来た。

消して楽ではないが、それでもあと半日も掛かると言われると、少しだけ気が滅入る。


おまけに外は雨が強くなっており、これ以上山道を進むのは困難と思われた。




「この村には宿がない。ですから今晩はうちで休まれるといいですよ」

「明日になれば天気も回復していると思います」


「いや、しかし…」

「オレ、腹いっぱいだー!」


『ボクも―!』




話の腰を折るようにして、マオとスライムが声を上げた。

彼らの前にあった野菜スープやパンは全てなくなり、マオはぽんぽんと満足げに膨らんだお腹を撫でている。




「マオちゃんとスライム。全部食べちゃったんだ…?」




話を聞いている間、レン達の手は停まっていたのだが、スライムや魔王は黙々と口を動かし続けていた。

お陰で一人と一匹はとても大満足で笑い、そして早くも眠たそうにしている。


そんな様子を見て、奥さんはふふっと笑顔を零した。




「どうぞお好きに寛いで下さい。お部屋も子供部屋でよければあるので」

「子供部屋? お子さんが居るのですか?」

「えぇ…居たんです、昔は」




そう言った奥さんは、少しだけ沈んだ声を発した。







冷たい雨がしとしと降り続く夜、レン達は親切な若いご夫婦の家で、一晩を過ごす事になった。

とは言え、家の中に部屋はそう多くなく、ウォルターとフウマはリビングのソファで。

そしてレンとディーネは子供部屋に寝床を用意させて貰える事になった。




「今夜は野営せずに済んでよかったですね」

「そうだね」




客人用の布団を二組借りたレン達は、早速寝る準備を始めている。

ディーネの顔は何処か嬉しそうだ。

旅の間、野営をする事も少なくはなさそうだが、少し身体にも精神的にも堪えてしまう部分もありそう。


しかし、たった一夜でも布団で眠れると考えれば、レンも気が楽だった。




「この家には、小さなお子さんも居たみたいですね」




子供部屋にあるのは木製のベッド。

棚には色褪せたおもちゃや古びたぬいぐるみ、小さな子が作った様な紙細工達が並んでいる。

壁には同じく子供が書いた落書きの絵が幾つか貼られており、両親とその子どもと思われる人物画もあった。


レンがふとその絵に触ると、壁越しに微かに絵の主の笑い声が、聞こえて来るような気がした。

明るく無邪気なその声は、まるでマオのような笑顔を浮かべている――様に思える。


これを描いた子どもは、マオと同じくらいの年頃だったのだろうか。

自分の身近にいる子ども言えば、彼くらいなものなのだ。

きっとその影響もあって、顔が似ているように思えたのだろう。


マオもまた、ぬいぐるみを手に取ってじっと見つめ、その小さな瞳をほんの少しだけ寂しそうに揺らしている。




「どうでしょう。休めそうですか?」




ふと、奥さんが扉の傍からそっと部屋の中をを見ている姿に気付く。




「あ、はい。ありがとうございます。何から何まで…!」

「いいんですよ。少し散らかってますけれど、此処でよければ――あっ…」



「奥さん…?」




レンが気付いた様に声を掛けると、彼女は少し驚いた様に微笑み、涙ぐんでいた目を逸らした。




「…この部屋は昔、私達の息子が使っていたんです」




少し掠れた声で、彼女は呟くように話した。




「あの子はとても元気で、毎日外で駆け回っていたんですよ。でも、息子はある日突然、還らぬ人になったんです」

「え…?」


「普段は村の外に出る事を固く禁じていたのですが、その日は何故か外にまで出て行ってしまっていて…行方不明になった日の夜、必死で村の皆が捜索すると、崖下に転落している息子の姿が…」




其処まで口にしたところで、奥さんは悲痛な面持ちでまた涙を流す。



今は部屋の主の居ない子供部屋。

だが、定期的に掃除や空気の入れ替えがされているようで、埃一つない綺麗なものだった。


両親が――特に奥さんがこの部屋を管理しているのだろうか。




「…ごめんなさい。マオ君を見ていると、まるで息子が還って来たみたいに思えてしまってね」


「奥さん…」




そんな彼女達の会話を、リビングに居たウォルター達も耳にしていた。

特に旦那さんは思うところがあるのか、何処か悲しそうに笑った。




「妻は本当に息子を愛していましたから、そのショックは大きかったのでしょう。それに加えて村での被害がありますから、余計に心を痛めていたのかも知れませんね」



「…お察しします」


「でもマオ君が。貴方達がこの村に立ち寄ってくれて、本当に良かったと思っていますよ。あんなに明るい表情の妻は久しぶりだ」




しかしマオが居る事でこの家に、そして奥さんの顔にまた明るさが戻った。

それが旦那さんにとっては、何よりの喜びだったのだろう。




「いえ。それは此方の方こそです。奥さんや貴方が受け入れてくれなければ、あんな風に温かい食事も頂く事はなかった」




そんな会話をしている二人を横目に、フウマはごろんとソファに寝転ぶ。

欠伸をし、まるで感謝も何の一言もない。


話がつまらないのか、興味がないのか。

はたまた、昨夜の寝不足が未だに祟っているのか。


どれにしても、ウォルターにとってはいい顔をしなかった。




「フウマ…」

「俺、もう眠ぃ」

「はは。そろそろお休みになって下さい。妻と寝室に居ますので、何かあれば遠慮なく」

「あぁ、はい。すみません」




深く頭を下げるウォルターに、旦那さんは気にしないで下さいと笑顔を零し立ち上がる。

廊下の方で涙を見せていた奥さんに声を掛け、二人は扉の向こうの寝室へと消えて行った。



村の現状。

そして村人達の不安を耳にし、ウォルター眉間には深い皺が刻まれる。




「消える冒険者か…」

「――なあ。おっさん」





フウマがふと呼び掛ける。




「何だ?」




彼が自分をそう呼ぶのには未だに抵抗はあるものの、言っても聞かないと言う事は解っている。

少し肩を竦める様にしてフウマを見たのだが、その表情は真面目で、真剣そのものだと気付いた。




「あんた言ってたよな。急ぐ旅じゃないって」

「あぁ、そうだが…」




其処まで言って。ウォルターははっとする。




「まさかお前…?」




すると、暫く天井をぼんやりと見つめていたフウマが、勢いをつけてばっと起き上がった。




「俺達であの夫婦の依頼を請けようぜ」

「しかしだな。奴らが何処の誰かも解らないんだぞ?」

「そんなの、これから調べればいい話じゃねぇか」

「先を急ぐ旅ではないと言ったのは確かだが、そう時間は掛けてられないぞ…」




しかし、あの二人を助けたいと言う気持ちはウォルターも同じだった。




「そんなの、俺が居るから大丈夫だって」

「何だって?」

「俺が『盗賊」って事を忘れたのかよ? あの時もちょっとした情報を手掛かりに、直ぐ依頼人の家を見つけたじゃねぇか」

「お前に、それが出来ると言うのか?」

「やってみなきゃ解んねぇけどな。でもやる。困ってるんだあの夫婦は」




フウマは胸の前でぐっと拳を握り締める。




「それに一宿一飯のお礼もせず、何をしろってんだよ? これだからおっさんはよぉ…」

「其処におっさんは関係ないとは思うが…解ったよ」




口ではおどけたように言うものの、フウマの決意は固い。

それは表情からも解る事で、彼が絶対にこの依頼を請け負う決意を、十分に固めたのだとウォルターは理解していた。




「それなら、明日にでもレン達に話をしなければな」

「あの二人なら、絶対に賛成してくれるだろ。お人好しだし」

「まあ、否定は出来ないな…」





お読み頂きありがとうございました。

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