D級テイマー、村の異変を知る
翌朝。
レン達はビセクトブルクへ向けて、旅を再開する。
昨日旅立ったばかりだと言うのに、早くも野営で一夜を過ごしてしまった。
お陰で少しばかり身体が痛い。
マオやスライムがすやすやと眠る横で、何度寝返りを打った事だろう。
テントを張るにしても、もう少し寝心地のいい空間を確保しなければならないと、レンは小さく欠伸を噛み殺す。
「ふああああ…」
同じくして、今度は大きく欠伸をする声が前から聞こえて来た。
声の主はフウマで、何処か疲れた顔をしていた。
彼もまた、寝心地の悪い体勢で寝ていたのだろうか。
「フウマ。凄い欠伸…」
「お前こそ」
「私は昨夜、なかなか寝付けなくて」
「俺もだよ」
そう言って彼は大きく肩を落とす。
やがてその眼は、じろっとフウマの前方を歩くウォルターを見据えた。
何故かその眼は彼を睨んでいるようにも見える。
「あんなに鼾が煩いだなんて、思わなかったぜ」
「…悪かったと言っているだろう」
その声に気付いたのか、ウォルターが静かに振り返って眉を顰めている。
「ま。おっさんだからしゃーねぇか」
「だからフウマ。おっさんはよしてくれ…」
どうやら、フウマの寝不足の原因はウォルターに在るらしかった。
レンも夜中は起きていた方だと思うのだが、彼の鼾とやらは聞こえていない。
昨夜はレンも、マオやスライムを寝かしつけてから早々に目を閉じていた。
もしかすると、またウォルターが見張りを買って出た時間だったのかも知れない。
「レンも眠れなかったのか?」
「私は単純に身体が痛かっただけ」
「そ、そうか」
何処かほっとした様子でウォルターは笑う。
そんな三人を、ディーネが不思議そうに首を傾げて見ていた。
「昨夜はとても穏やかな夜でしたよ?」
「ディーネ。いいんだぜ? おっさんに気を遣わなくても」
「いえ、本当なんですが…」
昨夜の出来事とやらを、ディーネは知らないらしい。
それならそれで別に蒸し返す必要もないのだが、一番被害を被ったとされるフウマの表情が、何とも面白くなさそうではあった。
「お前らの耳、おかしいんじゃねぇの?」
「流石にその言い方はないよ、フウマ…」
そんな会話をしながら、レン達は山道を登り歩いている。
景色は山岳地帯に入り、空気が湿っぽくなった。
雨が降るような前触れだった。
剣の王国『ビセクトブルク』の地域は、比較的雨量が多い。
こうして山道を少し歩くだけでも、青空は段々と見えなくなっている。
いつしか太陽も隠れ、空は厚い雲に覆われていた。
「振り出しそうだね」
「そうだな」
「この山道はまだ続くのかしら」
「まだまだだな。けど、どっかに村の一つはあった筈だぜ」
フウマはこの辺りの地理に詳しいのだろうか。
そう思っていると、ぽつりと何かが頬に触れる。
雨だ。
「まだ弱いが、先を急いだほうがよさそうだな」
「そうですね」
「フウマの言う村って言うのは、何処かに在るのかな?」
辺りを見渡しつつ、レン達は足早に山道を登る。
雨の勢いは弱かったのが幸いだった。
山の斜面は徐々に泥でぬかるみ、足元を汚すだけでなくその足取りを悪くする。
これ以上酷くなれば、歩くですら危険を伴うだろう。
それに、崖からの落石にも注意しなければならない。
『わぁっ。滑っちゃう!』
早くも泥の上を跳ねたスライムが、慌てた声を上げた。
流石に雨や泥に塗れさせる訳にはいかないと、レンは素早くスライムをクロークの中へと隠した。
新しい装備が、早くもこんな形で役立つとは思ってもみなかったけど。
「マオちゃんは大丈夫?」
「おうっ」
レンはマオの様子を窺いつつ、ゆっくりと確実に山道を登って行く。
やがて、その山道の途中に一つの小さな農村を発見した。
見渡す限りひりがる畑と、点在する家々が素朴な雰囲気を醸し出している。
「此処か? お前の言っていた村は」
「俺の知ってる村とはまた違うな。でも丁度いいし、どっかで休ませて貰おうぜ」
フウマの意見には賛成だった。
先程よりも雨足が少し強くなり始めている事もあり、何処かで少し雨宿りさせて貰える場所があるといい。
何処かに宿はないかと辺りを見渡した所で、レンはふと一人の女性に目を留めた。
その女性は雨が降るにも関わらず、村の入り口付近で佇んでいた。
空を見上げるそのその顔は何処かぼーっとしている。
「あの…大丈夫ですか?」
「…え?」
その女性は何故か驚いた顔でレンに顔を向けた。
レンもまた、驚いた様子で彼女を見る。
どうして声を掛けてしまったのか、自分でもよく解っていなかった。
「こんにちは。旅のお方」
彼女は一瞬戸惑う様子を見せたものの、直ぐに優しそうな笑みを浮かべる。
「道中は雨が降り出して大変だったでしょう。よければ家で雨宿りをしては如何ですか?」
「宜しいのですか?」
「えぇ、勿論です」
彼女は雨に降られるレン達を見て、声を掛けてくれたらしい。
レン達が特に断る理由もなく、そのご厚意に甘えさせてもらう事にした。
「家はこちらです。どうぞ」
村の女性の案内に従い、レン達は村の中を進んで行った。
村のど真ん中には小さな広場があり、村人達が何やら難しい顔をしている様子が見える。
その周辺の雰囲気には、何処か不穏な空気が漂っており、降り出した雨を気にも留めず、ただただ思案している――と言った印象がとても強い。
それに比べて、他の村人達の姿は徐々に家の中へと引っ込みつつあった。
ふと、一人の村人が此方を見た気がしたものの、何故か怪訝そうな顔をされてしまった。
「何だろう…?」
村人の事は気になったものの、それ以上は解らなかった。
やがて村の女性が足を止めたのは、一軒の木造家屋。
その家からは、丁度一人の男性が姿を現した所だった。
「あら、あなた」
「おかえり。…もしかして彼らが?」
「いいえ。旅の方よ」
「…と言う事は、今日も違うのか」
今日も――?
レンはその言葉に首を傾げる。
まるで何かを待ち望んでいるかのような口ぶりだ。
「雨に降られて困っていたところ、此方の女性にお声掛け頂きました。ご夫婦ですか?」
「えぇ。そうです。どうぞお入り下さい」
「助かります」
ウォルターが一礼するのを見て、レンもまた深々と頭を下げる。
この家にはご夫婦で暮らしているらしく、レン達は家に招かれる形で雨宿りをさせて貰う事になった。
「いきなり雨に降られて大変だったでしょう?」
「そうですね。この辺りは雨が多いと聞きますが、これほどまでとは」
「宜しければ、この中に在るタオルをお使い下さいね」
案内してくれたのは男性の奥さんだった。
これからお昼時と言う事もあり、彼女が手料理を振る舞ってくれると言う。
「食事までご馳走になるなんて…」
「いいんですよ」
おまけに食事までご馳走して貰うと言う歓迎ぶりに、レンだけでなくウォルターもまた驚いていた。
「普段は主人と二人なので、簡単な物しか出来ませんが…」
「とんでもない。十分過ぎるほどです」
ウォルターの言葉は、決して謙遜ではなかった。
食卓には、村で採れたばかりの新鮮な野菜をふんだんに使ったスープや、サラダ、焼き立てのパンが並べられている。
レン達の分まで用意して貰うとなれば、並ぶ量もそれなりにあった。
特に雨に降られたばかりの身体には、それは有り難いくらいの温かい食事だ。
その料理を目の前にして、早くもテーブルの上ではスライムが涎を垂らしている。
こんな所に魔物が?と、最初こそスライムを見て驚いていたご夫婦も、そんな様子に思わずくすりと微笑んでいる。
「旅の方や冒険者がこの村を訪れる事は珍しくないのですが、スライムを連れてらっしゃる方は初めてです。なあ?」
「えぇ、本当に」
『ボク、悪いスライムじゃないから大丈夫だよっ』
歓迎されていると雰囲気を感じ取っているのだろう。
ニコニコと笑うスライムの声は、とても明るかった。
「さあ、冷めない内にどうぞ」
「うまっ! うまっ!」
奥さんがと言うや否や、マオが美味しそうにパンを頬張り出した。
その食べっぷりに驚いた彼女だが、直ぐにふんわりと優しい笑みを浮かべている。
「美味しい? 沢山食べてね」
「このパン、凄く旨いな!」
「うちで採れた小麦を使っているんだ。味は間違いないぞ」
美味い、美味いと美味しそうに食べる小さな子どもの姿に、夫婦の表情はとても優しかった。
しかし、気のせいだろうか。
奥さんの眼には少しだけ、涙が見えたような――…
「俺達も頂くとしよう」
「はい。そうですね」
「頂きます!」
夫婦の厚意に感謝しながら、レン達の食事に手を伸ばした。
「そう言えば、村の広場で人が集まっていたように見えたのですが?」
「あぁ、あれですか…」
食事が進む中、ふとウォルターが気になっていた事を口にする。
村人達の中で、不穏な空気が流れているような姿を、同じように彼も目撃していた。
するとそれを聞いた奥さんが、少しだけ困ったような顔で旦那さんを見る。
旦那さんもまた彼女と顔を見合わせると、どちらともなく頷いた。
「村では最近、少し物騒な事が続いてましてね」
「物騒?」
「えぇ。この村は見ての通りただの小さな農村でして、あなた方の様な旅の方が立ち寄られる事は少なくありません。しかし、どうやら俺達が呼んだ冒険者ではなさそうだ、街でクエストを請け、此処に来た訳ではないのでしょう?」
「クエストは知らないですね…?」
レンが首を振ると、旦那さんは少しだけ困ったような顔をして見せた。
「そうですよね。先程出したばかりだと言うのに、もう来て下さるなんて不思議だと思いましたから」
ふとレンは思い出す。
もしかして旦那さんは、自分の奥さんが連れて来た冒険者らしき人達を、クエストの受注者だと期待したのでは?
そして恐らく彼女も――
「ごめんなさい。私が街の入り口でお声がけしたのも、見た目からして冒険者の方だとお見受けしたからなのです。でも気付いて貰えてよかった」
要するに、勘違いだったと言う事だ。
深く頭を下げるご夫婦に全く落ち度はない。
「なるほど…」
しかし、一度気になる話を耳にしてしまった以上、聞かない訳には行かなかった
真っ先に口を開いたのはウォルターだった。
「それで、その物騒な事とは?」
夫婦は一瞬驚いた顔を見せたものの、レン達全員が話を聞く姿勢を取っている事を悟る。
やがてその詳細が、旦那さんの口から徐々に語られる事となった。
「実は最近、村の農作物が荒らされたり家畜が盗まれたりと、何かと被害に遭う事が多いんです。最初は野生の動物や魔物かと思ったのですが、どうにも違うみたいで…」
「違う?」
「荒らしているのは、どうやら人―-それも冒険者らしいのです」
「そうなんですね…」
それを聞き、レンは眉を顰めて同情の色を示す。
「実は近くにあるビセクトブルクと言う街に依頼して、冒険者を何度か雇ったりしたんですが…その冒険者達が戻って来る事はありませんでした。誰もが消息を絶つなどして連絡が付かずで」
「連絡がつかないだって?」
「そんな事ってあるの?」
ウォルターに問い掛ける様にして見ると、彼は何処か難色を示した様に頷いた。
「クエストを請けても、何かしらの理由で達成出来なかったりはあるだろうが…それでも理由ぐらいは依頼人に伝わる筈だ。それがないと言う事は、冒険者ギルドの方でも状況が把握できていない事になる」
「えぇ…ギルドの方もそう言っていました。クエストは受注されたものの、達成報告がなければ放棄した記録もない、と――」
自分に不向きなクエストであると判断した場合、冒険者が依頼を受注後に破棄する事はそう珍しくもない。
しかしその場合、必ず冒険者ギルドにはその旨を伝えると言う、冒険者側の義務がある。
それがなければ、その冒険者やギルドの信用が落ちてしまうからだ。
「冒険者もギルドも信用第一だからな。それがないとやってられないんだ」
「それは解るんだけど…」
「どうして、そんな事になっているんでしょうか?」
ディーネが不安そうに口を開く。
何か問題が起こり、状況がただならぬ方向へと変化しているのかも知れない。
「その冒険者達は、本当に一人も戻って来ていないのですか?」
「はい。パーティで来られたり、一人だったりと様々でしたが、誰一人として帰って来ていません。なかには歴戦の勇者の様な凄い装備の冒険者の方も居たんですよ」
「そんな人なら、村を襲った冒険者もすぐにやっつけちゃいそうなのにね…?」
村に問題を起こしているのが冒険者なら、それを駆除する役目の冒険者もまた行方不明だと言うのは、何ともおかしな話だ。
ウォルターは暫く考えた様子を見せ、再び口を開く。
「村を襲ったと言う冒険者に、何か特徴はありますか?」
「特徴、ですか…」
旦那さんは少し悩んだ後、言葉を続けた。
「…そう言えば、村を荒らす冒険者にしては身形がいいと言いますか――特に食い扶持に困っている様子ではないように見えました」
「と言うと?」
「田畑を荒らすくらいに食べ物に困っているのなら、身に付けている装備を売るなりしてお金にすればいい話でしょう? 我々も鬼ではないんです。話し合いや交渉などで野菜を渡すことだって出来ます。ところが、あの冒険者達はどうも違う…綺麗過ぎるんです」
「綺麗過ぎる冒険者、か…」
「冒険者っつーか、ただの盗人じゃねぇか」
話を聞いていたフウマが、何処か詰まんなそうな顔をして見せた。
「どうせ、村を荒らした隙に金品でも奪ってんじゃねぇの?」
「いえ。奪われているのは本当に農作物や家畜ばかりで、お金なんかは何も…」
「ふーん」
「その所為で村の人も困っているんです。このまま村が襲われ続ければ、自分達の生活も危ういんですから…」
「確かに。それは大変ですよね」
今は何とか生活が出来ているかも知れないが、この先も同じような事が続くとなれば、村人にも危険が及ぶ。
それなのに自分達ん為に此処までしてくれたこの夫婦には、感謝もあり申し訳なさもあった。
一体この食事だけで、二人の何日分の食糧だったのだろう…
「すみません。こんな話、旅の方に聞かせる事ではありませんよね。あなた方は先を急ぐ身でしょうし」
「俺達はそのビセクトブルクへ向かう途中で、この村に立ち寄ったんです」
「ああ、そうなのですね。それでしたら此処から半日も歩けば、見えて来るかと思いますよ」
此処までの道のりは草原を超え、森を超え、険しい山身を登って来た。
消して楽ではないが、それでもあと半日も掛かると言われると、少しだけ気が滅入る。
おまけに外は雨が強くなっており、これ以上山道を進むのは困難と思われた。
「この村には宿がない。ですから今晩はうちで休まれるといいですよ」
「明日になれば天気も回復していると思います」
「いや、しかし…」
「オレ、腹いっぱいだー!」
『ボクも―!』
話の腰を折るようにして、マオとスライムが声を上げた。
彼らの前にあった野菜スープやパンは全てなくなり、マオはぽんぽんと満足げに膨らんだお腹を撫でている。
「マオちゃんとスライム。全部食べちゃったんだ…?」
話を聞いている間、レン達の手は停まっていたのだが、スライムや魔王は黙々と口を動かし続けていた。
お陰で一人と一匹はとても大満足で笑い、そして早くも眠たそうにしている。
そんな様子を見て、奥さんはふふっと笑顔を零した。
「どうぞお好きに寛いで下さい。お部屋も子供部屋でよければあるので」
「子供部屋? お子さんが居るのですか?」
「えぇ…居たんです、昔は」
そう言った奥さんは、少しだけ沈んだ声を発した。
冷たい雨がしとしと降り続く夜、レン達は親切な若いご夫婦の家で、一晩を過ごす事になった。
とは言え、家の中に部屋はそう多くなく、ウォルターとフウマはリビングのソファで。
そしてレンとディーネは子供部屋に寝床を用意させて貰える事になった。
「今夜は野営せずに済んでよかったですね」
「そうだね」
客人用の布団を二組借りたレン達は、早速寝る準備を始めている。
ディーネの顔は何処か嬉しそうだ。
旅の間、野営をする事も少なくはなさそうだが、少し身体にも精神的にも堪えてしまう部分もありそう。
しかし、たった一夜でも布団で眠れると考えれば、レンも気が楽だった。
「この家には、小さなお子さんも居たみたいですね」
子供部屋にあるのは木製のベッド。
棚には色褪せたおもちゃや古びたぬいぐるみ、小さな子が作った様な紙細工達が並んでいる。
壁には同じく子供が書いた落書きの絵が幾つか貼られており、両親とその子どもと思われる人物画もあった。
レンがふとその絵に触ると、壁越しに微かに絵の主の笑い声が、聞こえて来るような気がした。
明るく無邪気なその声は、まるでマオのような笑顔を浮かべている――様に思える。
これを描いた子どもは、マオと同じくらいの年頃だったのだろうか。
自分の身近にいる子ども言えば、彼くらいなものなのだ。
きっとその影響もあって、顔が似ているように思えたのだろう。
マオもまた、ぬいぐるみを手に取ってじっと見つめ、その小さな瞳をほんの少しだけ寂しそうに揺らしている。
「どうでしょう。休めそうですか?」
ふと、奥さんが扉の傍からそっと部屋の中をを見ている姿に気付く。
「あ、はい。ありがとうございます。何から何まで…!」
「いいんですよ。少し散らかってますけれど、此処でよければ――あっ…」
「奥さん…?」
レンが気付いた様に声を掛けると、彼女は少し驚いた様に微笑み、涙ぐんでいた目を逸らした。
「…この部屋は昔、私達の息子が使っていたんです」
少し掠れた声で、彼女は呟くように話した。
「あの子はとても元気で、毎日外で駆け回っていたんですよ。でも、息子はある日突然、還らぬ人になったんです」
「え…?」
「普段は村の外に出る事を固く禁じていたのですが、その日は何故か外にまで出て行ってしまっていて…行方不明になった日の夜、必死で村の皆が捜索すると、崖下に転落している息子の姿が…」
其処まで口にしたところで、奥さんは悲痛な面持ちでまた涙を流す。
今は部屋の主の居ない子供部屋。
だが、定期的に掃除や空気の入れ替えがされているようで、埃一つない綺麗なものだった。
両親が――特に奥さんがこの部屋を管理しているのだろうか。
「…ごめんなさい。マオ君を見ていると、まるで息子が還って来たみたいに思えてしまってね」
「奥さん…」
そんな彼女達の会話を、リビングに居たウォルター達も耳にしていた。
特に旦那さんは思うところがあるのか、何処か悲しそうに笑った。
「妻は本当に息子を愛していましたから、そのショックは大きかったのでしょう。それに加えて村での被害がありますから、余計に心を痛めていたのかも知れませんね」
「…お察しします」
「でもマオ君が。貴方達がこの村に立ち寄ってくれて、本当に良かったと思っていますよ。あんなに明るい表情の妻は久しぶりだ」
しかしマオが居る事でこの家に、そして奥さんの顔にまた明るさが戻った。
それが旦那さんにとっては、何よりの喜びだったのだろう。
「いえ。それは此方の方こそです。奥さんや貴方が受け入れてくれなければ、あんな風に温かい食事も頂く事はなかった」
そんな会話をしている二人を横目に、フウマはごろんとソファに寝転ぶ。
欠伸をし、まるで感謝も何の一言もない。
話がつまらないのか、興味がないのか。
はたまた、昨夜の寝不足が未だに祟っているのか。
どれにしても、ウォルターにとってはいい顔をしなかった。
「フウマ…」
「俺、もう眠ぃ」
「はは。そろそろお休みになって下さい。妻と寝室に居ますので、何かあれば遠慮なく」
「あぁ、はい。すみません」
深く頭を下げるウォルターに、旦那さんは気にしないで下さいと笑顔を零し立ち上がる。
廊下の方で涙を見せていた奥さんに声を掛け、二人は扉の向こうの寝室へと消えて行った。
村の現状。
そして村人達の不安を耳にし、ウォルター眉間には深い皺が刻まれる。
「消える冒険者か…」
「――なあ。おっさん」
フウマがふと呼び掛ける。
「何だ?」
彼が自分をそう呼ぶのには未だに抵抗はあるものの、言っても聞かないと言う事は解っている。
少し肩を竦める様にしてフウマを見たのだが、その表情は真面目で、真剣そのものだと気付いた。
「あんた言ってたよな。急ぐ旅じゃないって」
「あぁ、そうだが…」
其処まで言って。ウォルターははっとする。
「まさかお前…?」
すると、暫く天井をぼんやりと見つめていたフウマが、勢いをつけてばっと起き上がった。
「俺達であの夫婦の依頼を請けようぜ」
「しかしだな。奴らが何処の誰かも解らないんだぞ?」
「そんなの、これから調べればいい話じゃねぇか」
「先を急ぐ旅ではないと言ったのは確かだが、そう時間は掛けてられないぞ…」
しかし、あの二人を助けたいと言う気持ちはウォルターも同じだった。
「そんなの、俺が居るから大丈夫だって」
「何だって?」
「俺が『盗賊」って事を忘れたのかよ? あの時もちょっとした情報を手掛かりに、直ぐ依頼人の家を見つけたじゃねぇか」
「お前に、それが出来ると言うのか?」
「やってみなきゃ解んねぇけどな。でもやる。困ってるんだあの夫婦は」
フウマは胸の前でぐっと拳を握り締める。
「それに一宿一飯のお礼もせず、何をしろってんだよ? これだからおっさんはよぉ…」
「其処におっさんは関係ないとは思うが…解ったよ」
口ではおどけたように言うものの、フウマの決意は固い。
それは表情からも解る事で、彼が絶対にこの依頼を請け負う決意を、十分に固めたのだとウォルターは理解していた。
「それなら、明日にでもレン達に話をしなければな」
「あの二人なら、絶対に賛成してくれるだろ。お人好しだし」
「まあ、否定は出来ないな…」
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。




