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E級テイマー、勧誘される


先日、レンはフィオナの前で盛大な『決意表明』をした。

勢い任せて行った部分もあるが、口が滑ったとかそう言うアレではない。

レン自身が考え、想った事を口にしたまでである。


そうしたら今日、何故かまたフィオナによって、彼女の執務室にレンは呼び出された。




「ギルドに入れ」

「…はい?」


「君をギルドの監視下に置くと言う話はしたな?」

「えぇと…ウォルターが監視役なんですよね?」




決意表明をする前から、ウォルターはレンと魔王の監視役を担っていた。

本人はやる気がなく、特に監視らしい事はしていない。

たまに街で会うと食事をしたり、談笑したり、パーティを組んだりするくらいだ。


それ以外の彼の行動は解らないが、日々のギルド仕事に追われているのかも知れない、とレンは思っている。




「そうだ。しかしあの『アホルター』はろくな役に立っていない! この前は隣街に遊びに行っただと? ふざけてる!」


「アホルター…?」

「おい。思っていても本人が居るまで口にするなよ…」

「其処に居たのか。アホルター」

「お前なぁ…っ」




その『アホルター』…いや『ウォルター』の無能な仕事振りには、目に余るものがあるのだろう。


とうとうフィオナは、レンを『クロス・クラウン』に加入させる手段に出た。


この街では、誰もが憧れる高名なギルドだ。

人々や街の為に設立された『自警団』であり、日夜ギルドは魔物討伐や調査などのクエストに動いている。


街を歩けば、彼女の息の掛かった冒険者達の姿が絶えないとウォルターは言うけれど、実際にどれくらいの人がギルド関係者なのかはレンは知らない。

知らない方がいい事もあると言う事で、ギルド自体にも自分は縁がないと思っていた。


それが今日、いきなり勧誘されるとは思いもしなかった。




「ギルドに入れば君を囲う…いや、君の傍で堂々と監視が出来る」

「囲う…?」




その言葉が気になり、レンはそっとウォルターを見た。

彼は額を抑え、溜息を吐いていた。




「…他所のギルドにレンを引き抜かれる前に、うちで身柄を拘束したいんだそうだ」

「えっ。拘束…」

「ちょっと! 人聞きの悪い事を言わないで頂戴っ!」

「そう言ってるようなもんだろう?」




レンが『テイマー』だと言う事は、この街でも噂として伝わっていた。

テイマーが珍しいと言う事もあり、クロス・クラウンだけではなくそのほかのギルドも、まるで争奪戦の様に勧誘しようとしている。


そう言えばある日『冒険者ギルド』で、どのクエストを請けるか迷っていた時に、自分に声を掛けて来る人は少なくないと、レンは思い返していた。

自分達は『ギルド・チーム』に入っており、その説明をたらたらとされた気がする。

余りにも長くて、途中から右から左へと受け流していたのだが、あれはギルドへの勧誘だったのだろうか。


結局、説明をするだけして肩を落とし、帰って行ったが…




「えぇと…ギルドに入るのは遠慮しておくよ」




フィオナからの勧誘を受けたが、レンは眉を顰めた。

ギルド加入と言う形で監視されるなど、息の詰まるような生活が眼に見えていた。




「えぇ。そう言うと思っていたわ」




当然フィオナも断られると予想していたのか、その程度では引き下がらない。

彼女は冷静な表情のまま、何とかレンをギルドへ入れようと策を講じて来る。




「では、家を与えるわ。見晴らしのいい一等地よ。住み心地も最高の物を保証するわ」


「…もっと早くに知りたかったなぁ。そう言うのは」

「そうでしょう、そうでしょうっ」


「でも、遅すぎだなー…それは借金する前に教えて欲しかったかも」




レンが借金をしている事は、個人情報な事もあり、ウォルターは報告として挙げていない。

つまり『家を買った』事自体をフィオナは知らないのだ。




「オレんちはロイヤル・ハウスだぞっ!」


「ロイヤル…っ!? あんな馬鹿みたいに高いハウスを買う冒険者が居るなんて。頭は大丈夫…!?」


「本人の前で、そう言う事言う…?」




結果的に契約したのはレンだが、お金を出したのはマモンだ。

今日も今日とて、彼に対しお金を送金した。


受け取った旨の連絡がメッセージで送られて来るのだが『もっと頑張りましょう』の一言である。

赤ペン先生かっ!!!



すると『お金がない』胸を即時に理解したフィオナが、にやりと口元に笑みを浮かべる。




「それなら、うちのウォルターやお友達の僧侶、そして君自身の治療費を耳揃えて払って貰おうかっ


「治療費って…この前の?」

「そうだっ! あの時のお金はうちのギルドが立て替えているからな」

「フィオナ…俺やディーネの治療費は、痕で自分達で払っただろう?」

「そうだったか?」

「お前、そう言う請求書関係は殆ど見ないからな…ちゃんと確認してから言え」




少なくとも、二人の治療費自体は問題なく支払いが完了しているらしい。

しかしレンの治療費はまだ未払いである。




「まあ、二人の分はさておき…レン! 君はどう支払ってくれるのだろうか? ロイヤル・ハウスを買ったからには、お金に余裕があるのだろう?」


「あー…それが、只今家計は火の車の借金地獄でして…」


「そうかそうか! では身を粉にして働く他ないなっ! うちでなら雇う事が出来るぞっ。給料も勿論出す。三食昼寝付きでどうだろうっ!」


「…それって、缶詰にされるのと同じじゃないの? 監視される上に、ギルドに縛り付けられる生活なんて絶対に嫌だ」




フィオナは少し困った様子を見せたものの、直ぐに微笑を浮かべた。




「それなら、好きな物を何でも買ってあげるわっ! さあ言いなさいっ!」

「…好きな物だってさ?」


「オレ、ハンバーグ!」


『こんぺいとー!』


「そっちには聞いてないっ!」



「「酷い…」」






提案が尽く拒否される中、とうとうフィオナはドストレートに聞いて来た。




「では、どうすれば入って貰えるのかな?」




入るも何も、元から入る気はないと言っている。




「だから、入らないってば…」




社畜時代もブラック企業で朝から晩まで働いていたし、過労が祟って自殺と見られてもおかしくはない死に方だった。

(現に友人達は、そう勘違いして泣いていた)


そんな酷い生活をこの世界でも行うのは、断固拒否だった。

せっかく異世界転生をしたのだから、もっと自由に人生を謳歌したかったのだ。




「と言うか、よく私を入れようなんて考えましたね? あんな啖呵を切ったのに…」


「昨日の敵は今日の友よ!」

「はぁ?」

「レン。こいつはこう言う奴だ。細かい事はグチグチ言う癖に、自分のいいように解釈する」




ウォルターがそう言うくらいなのだから、フィオナ自分主義な所もあるのかも知れない。

それを聞いて、フィオナはバンッと大きな音を立てて机を叩く。




「煩いっ。そもそもウォルターが奥手だからよっ」

「奥手…?」

「もっと強引に行きなさいよっ! 何よ街を案内って! アホ過ぎるわっ!」

「ギルド加入の話をしてるんだよな??」




提案が拒否される中で、フィオナは考えを切り替えた。

レンを懐柔する事は難しいが、彼女の傍にはスライムと小さな魔王がいる。


魔王はともかく、スライムを此方に引き込めば、もしかしたらと言う考えが其処にはあった。

そして、流石に言い合うのも疲れたとレンが息を吐くのを見て、ウォルターが困った顔をした。




「帰っていいぞ」

「え、いいの?」

「あぁ。今は無理だとあいつも解っただろうからな」

「…今は?」




彼の言い方が気になった。

どうやらこのままでは終わらないと、暗に言われているような気がしてならない。






◇◆◇





その日の午後。


ハウスに帰ろうと『シーサイドハウス』のロビーに入ると、いつもの様にコンシェルジュが出迎えてくれた。

24時間365日、コンシェルジュはこの受付で対応しているのだが、彼女は一体いつ休んでいるのだろう。

交代制だとしても、他のコンシェルジュの姿は彼女以外に、まだレンも眼にした事がない。


ラ・マーレの入り口を護る門番の男と言い、この街は不思議な事が本当に多いと思う。




「お帰りなさいませ、レンさん! そうそう、レンさん宛てに小包が届いてますよっ」


「小包? 解りました。見てみます」




ロイヤル・ハウスに引っ越してから、家に何かが届くと言うのは初めての経験だった。


小包や郵便関係は全て、コンシェルジュを通して、一階のロビーにある専用の『宅配BOX』に預けられている。

中には危険物が入り混じっていないかの検査も行われる為、中身の確認こそないが、スキルによる徹底的な『観察』はされるそうだ。

そして受け渡しには、ゲートと同じく『カードキー』が必要だと言う事を、レンは思い出していた。




「何が届いてるのかな」


『何かなー?』




カードキーを読み取って宅配BOXを開けると、其処には確かに小包が届いていた。



宛名は『レン・アマガミ 様』


そして送り主は――




「…フィオナ?」




それはどう言う訳か、フィオナからだった。

内容物は『お菓子』と書かれている。


まさかとは思うが、これもギルドに勧誘する為の言ってだとでも言うのだろうか。

彼女に限って『お詫びの品』とも考えにくい。


しかもさっきの今だ。



ウォルターが不安視していた通り、どうやら彼女がまだ諦めていないと言う事が解る。




「お菓子だってっ!?」

「あぁ、うん。そうみたい」


『おかしー!』


「開けていいかっ!?」

「流石に家に帰ったらだよ」




目を輝かせる魔王様に小包を手渡すと、彼は嬉しそうにそれを両手で掲げていた。

ロイヤル・ゲートを潜り、庭の長い石畳を歩いて居る時も、彼らは中に入っているのかを想像続けている。



飴やクッキー、マシュマロ、スナック菓子など、様々な空想が苦理路げられている。

しかしレンは、どうしてフィオナがいきなりそんなものを送って来たのかと、ずっと悶々と考え続けていた。


今日のお詫びにしては、何と言うか―ー『らしくない』




ハウスの中に入るなり、魔王はビリビリと小包を破り始めた。

勿論レンの許可の元である。


中にはやはりお菓子の詰まった箱が入っていた。




「わぁ。こんなに沢山…」

「食べていいかっ!?」

「うーん…まあ、貰ったし、開けちゃったからいいか」


『やったー!』




『これは旨いな!』と魔王は小さな身体にお菓子を頬張りながら、満面の笑みを浮かべていた。

スライムもまた、葉っぱ以外の甘いお菓子に興味津々だった。

お菓子の中には何と『金平糖』もあり、どうしてフィオナがそれを選んだのかは、後日ウォルターから聞き出したと言う事を知った。


レンは腕を組み、少し困ったように息を吐いた。




「…金平糖は、またウォルターから聞き出したのかな」




スライムの言葉はフィオナにも解らない為、金平糖を知らなければ何を選んでいいのか、解らなかった事だろう。


しかし結果として、スライムと魔王への懐柔は、見事に成功していた。




「んまっ! んまっ!」


『うまっ! うまっ!』


「晩御飯が入らなくなっちゃうから、ほどほどにね?」




お日様も傾き、夕焼けが空が覗いている。


このハウスを持ってよかったのは、綺麗な夕焼けだけでなく、満天の星空と言った何物にも邪魔されない空間を味わえるところだろうか。

天気予報では明日も晴模様で、今夜ももしかしたら素敵な星空が望めるかも知れない。


そう思うと、一日をこの場所で過ごすのも悪くはなかった。




「今日は飯は何だっ!?」

「そうだなぁ、何にしよう…」

「本日はマモン特製『お肉とお野菜たっぷりシチュー』でございます!」

「マモン、来てたのか」

「マモンさん…」




そしてマモンは、定期的にハウスを訪れては、魔王の為に手料理を振る舞ってくれる。

魔王城と此処を行ったり来たりと大変そうだが、魔王に呼ばれればいつでもどこでも文字通りすっ飛んで来る。

何なら時にゲストハウスで夜を明かす事もある。




「野菜は嫌だ。肉だけ入れろっ」

「好き嫌いは駄目ですよ魔王様」




マモンが来るのは週に六日と言うハイペースさで、もういっその事此処に住めばいいと言う魔王の提案には、痛く感動をしていた。

だがマモンが城を空け続けるのはよくないらしく、週五で通っていても魔王が寝静まる頃には城に戻る為、その後は忙しく城の為に動いているのだろう。


そう考えると、マモンもまた、24時間365日、魔王の為城の為に働いている。


皆、ご苦労様です…!




「ところで、そのお菓子の山はどうされたのですか?」

「オバサンに貰ったんだ!」

「オバサン…?」




あぁ、フィオナの事だろうな…


彼女の年齢は『29歳』だと聞いているが、まだ『オバサン』の域には達していないと思う。

出も本人が聞いたら怒るのは間違いなさそうだ…




「本当にしつこい人だな、フィオナは…」




そうぼやくものの、レンは少しだけ笑っていた。




フィオナのしつこさに対して、何処か憎めない部分があるのは事実だった。





〇月×日 晴れ


オバサンがお菓子をいっぱいくれた!

あのオバサンもいい人間だ!


お読み頂きありがとうございました。

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