E級テイマー、嫉妬の悪魔と出会う
「お家を購入されたんですかっ!? しかもロイヤル・ハウスだなんて凄いですっ!」
「はは…」
宿屋の看板娘の言葉に、レンはただただ苦笑いを浮かべた。
昨日、勢いで契約したロイヤル・ハウスだが、事務処理や引き渡しに二日ほど要するとの事だった。
流石に親子でも個人情報秘匿の義務は行使されており、レンが家を買ったと言う内容は、自分自身が語る形で彼女に伝わった。
「では此処を出て行かれるんですね。寂しくなりますが…新しいお家が楽しみですねっ」
「はい。でも此処のご飯も美味しいから、絶対にまた食べに来ます」
「嬉しいですっ。ところでお連れ様がお待ちの様ですが…?」
「あぁ、はい…」
そんな話をしていると、看板娘が気付いた様にレンの向こうへと視線を送る。
先程から、背中に突き刺さるチクチクとした視線が痛い事を、レン自身も感じ取っていた。
振り返るとマモンが居て『いつまで魔王様を待たせるつもりだ』なんて、圧の強い視線を投げつけて来る。
視線は痛いが、言葉にしないだけマシだと思った。
「レンー。早く行こうぜー」
『はーやーくー』
「はいはい…」
そして件の魔王様は、ぶんぶんと大手を振ってレンを呼んでいた。
彼の足元ではスライムが飛び跳ね、自分の合流を今か今かと待ち望んでいた。
「今日はどちらへ?」
「何か、家を買ったからには家具を揃えないとって言われて…これから買いに…」
「まあ、それはいい物と巡り合えるといいですねっ」
看板娘がニコニコと笑って見送った。
見れば見る程彼女は受付嬢にそっくりであり、コンシェルジュにも笑顔が重なった。
流石三つ子、流石親子…
その日、ラ・マーレの街では月に一度、二日に渡って行われるフリーマーケットが、大々的な催しとして行われていた。
会場内は活気に溢れ、人々の喧騒と色とりどりの商品が並んでいる。
フリーマーケットと言えば、大きなイベントホールを貸し切ったりして行われるイメージだが、此処では街の中央に位置する噴水広場をの中で、沢山のお店が展開されていた。
噴水広場に於いて行われる催しやイベントは、月ごとに様々な傾向で行われ、中でもこのフリーマーケットはとても大人気。
小物から大きな家具に至るまで、様々なジャンルの商品が立ち並び、人々は何処かに掘り出し物がないかと、興味深く吟味している。
出品数が多ければ出店数もまた多く、この二日間は特に人の出入りでごった返していた。
時に入場制限まで出てしまうほどである。
昨日は『シーサイドハウス』へ行く道すがら、その賑わいに気付いてはいたが、噴水広場へ向かう道を逸れてしまった。
一体何のイベントだろうと何気なく目にはしたが、素通りしてしまっていたし、帰り道は勢いで契約を二つもしてしまった為、ほぼほぼ放心状態で宿に帰った。
とんでもない契約を交わしてしまったと、レンは朝になるまで殆ど眠れていなかった。
そして――…
『家を買ったなら、次は家具を揃えないとですね!』
…家主よりも張り切った様子で、朝一番にマモンがやって来た。
本当に朝一番過ぎて、レンはぼけーっと爽やかな笑顔の彼を見る。
家の物を揃えるのもまた、それなりにお金が掛かる。
『何処にそんなお金が…』と思ったが、マモンは『ロイヤル・ハウス』同様に、家具や家電も彼のポケットマネーから『貸す』そうだ。
また借金が増える…と、がっくり肩を落としたのは言うまでもない。
「着きました。此処ですね」
「わぁ…っ」
しかし、いざ訪れたフリーマット会場は活気に満ち溢れ、四方に広がるカラフルなテントや露店の賑やかな光景が広がっていた。
通りには色とりどりの勝因が並べられ、家族連れや冒険者達が楽しそうに品定めをしている。
『うわぁー! 見てみて、あれすごい!』
噴水広場一杯に広がる沢山の店構えに、スライムは興奮気味な様子で跳ねている。
大小様々な椅子やテーブルが無造作に並べられていた。
見るからに古びた物から、現代風のデザインなものまで多種多様。
「スライム、人が多いから気を付けてーー」
『わぁっ』
「…って、言ってる傍から」
ころりん、とスライムが小さな声を上げて、その場で転がった。
もう既に、彼が人混みに揉みくちゃになりそうなのを、レンは慌てて自分の方に乗せた。
スライムはほっとした様子で、レンに擦り寄っていた。
「マオちゃんも、はぐれないようにね」
「おー」
「魔王様は俺が傍に居るので大丈夫です」
今日もマモンは、冷静な表情でそう言ってくる。
早速その眼は掘り出し物を探し始め、きょろきょろと辺りを見渡していた。
「魔王様に相応しい物を見つけましょう!」
フリーマーケットの楽しい賑わいに、マモンもまた、心を動かされている様子だった。
「これだけお店があると、何処を見るか迷っちゃうね…」
「一先ず、家具を取り扱っている店を焦点に回ってみましょう」
マモンの言葉に、レン達は頷く。
全てを見て回るにしても、きっと一日二日じゃ足りない。
こうしたフリーマーケットは掘り出し物市の様な部分もあり、何処に何が隠れているか解らない。
中には貴重な品を安く売っていたりと、販売者自身が価値を解っていなかったりと、本当に多種多様。
その為、レンは気になったお店では目を皿のようにして、商品を吟味していた。
『あんなに沢山のソファが積み上げてあるよ! レン、どれにする?」
「確かに…でも予算の事を考えないと。このフリーマーケット、安い物も多そうだし、上手くやりくりすれば…」
「魔王様には最高級の品々を使用して頂くのです。もしや、その辺のボロい椅子でも選ぶつもりでしょうか?」
「うう…圧が強い…」
出来る事なら安い金額で全部揃えたい。
そうすれば借金が大きく膨らむ事もない。
しかし、この金貸し悪魔。
ちょっとの妥協も許してはくれなさそうだ。
「ソファは当然必要だけど、それより寝る場所が先だろ? オレ、でっかいベッドが欲しいぞ!」
「流石魔王様。寝具は特に重要です!」
小さな体を一杯に広げ、その『でっかいベッド』を表現する魔王。
マモンも魔王に賛同し、真剣な顔で頷いた。
「他にもシャンデリアの様な豪華な照明など、快適さを極限まで追求するなら、ソファも寝具も、それに匹敵する調度品を揃えねば!」
「そんなに都合よく見つかるかなぁ…」
「見つけます!」
「いいないいな…」
不意に耳に入る、少し湿った声。
その声に反応するなり、レンは顔を上げた。
辺りを見渡す
人混みの中、離れた場所で此方を見ている人の姿があった。
こんなにも大勢の人の姿があると言うのに、どう言う訳かレンは、その人物に惹かれる様な気がして目が離せない。
「…こんなにたくさんお店があるんだ…僕なんかの所に、来てくれる訳ないよね…」
「…誰?」
喧騒の中、はっきりと聞こえてきた声。
レンは不思議そうな顔で首を傾げた。
知らない人――だが、声は確かに聞こえて来た。
真っ黒なフードを目深に被り、これまた真っ黒なローブを着ている。
その姿はまるで西洋の魔法使いの様だ。
「どうしたんです?」
「あそこに…人が」
「? 人間ぐらい何処にでも――…あぁ、なるほど」
其処でマモンは、レンが見ている方向に居る人物を眼に捉えた。
「『彼』も此処に来ていたのですね」
「彼?」
「丁度いい。行きましょう魔王様」
「おう」
「えっ。ちょ、待って…!」
二人がスタスタと歩いて行くのを見て、レンは慌てたように走り出した。
「いいないいな…あんなに楽しそうで。皆で一緒に買い物か…」
「ジェリー!」
「やあ、こんにちは…」
フードの人物は男で、眼の下には大きな隈が出来ている。
一見すると不健康にも捉えられる見た目と、何処か陰のある雰囲気だ。
しかしレンは、それが普通の『人』ではないと感じた。
少なくとも、魔王が彼の名を呼んだ時点で、顔見知りだと言う事が確定している。
「マオちゃん、知り合い?」
「ジェリーだぞっ!」
「ジェリーさん?」
「うん、そう…嫉妬の悪魔…だからジェリー…」
「悪魔…!」
出会って早々『悪魔』だと隠すことなく、彼――ジェリーはそう口にした。
視線をそらし、指先を合わせてもじもじとしている。
顔見知りであり、人見知りでもあるのかも知れないと、レンは思った。
「ジェリーも俺の配下だ!」
「…小さくなったの…本当なんだ…」
「ジェリー。魔王様の御前だぞ」
マモンがわざとらしく咳払いをした。
「あぁ、そうだ、そうだった…こんなに小さいから、ね…でも、確かに魔王様だ…」
「お前はどうして此処に居るんだっ?」
するとジェリーは、すっと顔を上げて真っ直ぐに魔王を見た。
その瞳は、紫水晶の様な輝きを持っていた。
「こんにちは。可愛い魔王様…僕はね、此処で月に一度、お店屋さんをしているんだ…」
「お店屋さん?」
「ジェリーは手先がとても器用でしてね。精巧な造りの小物から大きな家具までを作り上げる職人なんです」
「へぇ…って事はこれ、全部この人が作ったの!?」
彼の出品する数々の品々を眼にし、レンは驚きの声を上げる。
ブレスレットやネックレスと言ったアクセサリーを始め、煌びやかな小物入れ、カトラリー類やワイングラス、更には卓上ランプと言った多種多様の商品が並んでいる。
どれもマモンの言う通り、確かに精巧な造りである。
繊細かつ温かみのある、重厚で素晴らしい作品に、レンは思わず目を奪われていた。
「…?」
不思議そうにレンを見上げるジェリー。
すると、何かに思い当たったかのように彼は小さく『あぁ…』と頷いた。
「その人間が、小さな魔王様のテイマーか…君の事はマモンから聞いてる。煩いくらいにね」
「煩いとは何ですか、煩いとは」
「僕が寝ている時間に鬼電しないでおくれよ…愚痴に何時間付き合わされたと思ってるの…?」
「愚痴ではなくお説教です。昼夜問わず作業に没頭しているからでしょうが。規則正しい生活を送ってるのは俺の方です」
根っからの職人気質なのか、ジェリーには時間の感覚がない。
造りたい時に造るのが当たり前。
時間を忘れ、食事を忘れ、睡眠を忘れる。
マモンが時折掛けている電話には、彼への生存確認の意味も込められていたりする。
「ちゃんと食べてますか? 『フーディー』が心配して、貴方に食事を持って来ているでしょう」
「フーディー…あの子の食事は量が多すぎるから、返って眠くなるんだ…」
「またあの人は…自分と同じ量を食べると思ったら大間違いですからねぇ」
魔王とスライムはそんな身内話をする大人組の足元で、商品をじっと眺めていた。
レンにしてみれば、見た事のない装飾、そして家具がいっぱいだった。
彼のデザイン性が活きているのだろう。
家具や調度品もさる事ながら、装備品も取り扱っていて、ステータスを確認すれば『ちょっとした魔力が込められている』と出る。
流石、悪魔が作った代物と言う訳だ。
…呪われたりしないよね?
「ジェリーさんが作ってる装備は、人間でも装備が出来るんですか?」
「うん…そうじゃないと売れないからね。人間が買って行く所だから、此処…」
まさか一人の悪魔がこうしてお店を開いているとは、誰も思わないだろう。
レンも声を聞かなければ気付かなかったし、見た目も頭から被っているフードの所為か、悪魔らしい角や耳の特徴も見えない。
知らなければ、ただの内気な男にしか見えないだろう。
「その、バレないんですか…?」
「意外とね…もうずっと、人間の世界でこうしてる」
「なるほど」
「僕、人間は嫌いじゃないから」
「俺は嫌いです」
にっこりとマモンは笑顔で言った。
悪魔によっては人間にも好き嫌いはあるらしい。
それはマモンを見ても明らかだ。
その眼が私に向いてるのはどうして、ねぇどうして?
「マオちゃん以外でそう言う人、初めて見た」
…いや悪魔か。
「人間は、腕さえあればどんな素性でも認めてくれるからね…ところで、何か買ってくれるのかい?」
「ジェリー。レンが家を買ったんだ!」
「家?」
「えぇ。それで家具や照明なんかを揃えに来たのです。貴方の所でも取り扱ってますよね?」
「あるよ。家具はそっちだから、ゆっくり見て行くといい」
会場の一角にあるジェリーの店は、製作者の見た目こそ怪しげだが、並べられた家具や調度品には不思議な魅力が漂っていた。
レン達が案内された方へと足を踏み入れると、其処には沢山の家具が並んでいる。
椅子やテーブル、照明器具、本棚やベッド、更にはカトラリー類、ワイングラスに食器なども手掛けており、彼の店一つだけでもう全てが揃い踏みだ。
「何か興味がある物があれば言ってね」
ジェリーはそう言って、小さく微笑んだ。
彼の作品は、魔法の力を活かした特別な機能を持つ物が多かった。
例えば、夜になると自然に柔らかな光を灯すランプ(自動点灯の照明だ…)
魔力を少し注ぎ込むだけで、一瞬にして温かくなる絨毯
(ホットカーペットだ…)
風を取り込んで、心地よい音を奏でる鈴(風鈴だ…!)
――等、レンにしてみれば、何処かで見たような物ばかり。
しかも便利でありながら、美しいデザインが施されている。
他にもジェリーは、静かに次から次へと商品の特徴を説明してくれた。
その時だけ、彼は饒舌に喋ってくれるので、作品への愛がとても伝わって来るようだった。
「このテーブル。見た目は普通だろう? でもね、魔力を籠めれば好きな色に変わるんだ。その時の気分に応じて変えるといい」
「魔力…?」
「人間でも、魔力を使える人は居る。君は…どうだろうね?」
「テイムしか出来ないダメテイマーですからね。魔力なんてこれっぽっちもありませんよ」
自分の代わりにマモンが答えてくれた。
有り難いけど、間違っちゃいない。
すると、ジェリーの眼がじっとレンを見つめた。
「本当だ…血分けをした人間だって聞くから、どんな凄い魔力の持ち主かと思ったんだけどね…」
「私、魔力ないの…? 増えたりもしない?」
「どうだろうね…あるかも知れないし、やっぱりないのかも」
『魔力』は、その人の持って生まれた資質や環境なんかによっても左右される。
レンは異世界転生をした身だからか、魔力は愚かそんな物にはそもそも縁がない。
テイマーと言う職業の実態も解っていないし、この先どうなるかも今はまだ解らない事だらけだ。
「まあ、魔力がなくてもこのテーブルは使えるからね…いいないいな。こんなものを買ってくれる人が増えてくれると、嬉しいんだけどな…」
更に彼が紹介してくれたのは『重さを自由に変えられる椅子』。
軽くすれば持ち運びがしやすく、重くして頑丈に使えるという物だ。
何と言うか、発想が独創的なものもある。
「おもしれ―!」
マオとスライムは楽しそうに家具や調度品を一つ一つ眺めている。
マモンもまた、それらを眺めては感心した様子で頷いていた。
見る人には、価値が解るらしい。
「どうかな…欲しい物があるなら売ってあげるよ。気に入ればだけどね…でもきっと、別の店で買うんだろうな…いいないいな…」
「オレ、これがいい!」
「何に使うの、それ?」
「何か面白そうっ」
「絶対に邪魔になるからやめよう?」
マオは何処から持って来たのか、それも何に使うのかも用途が不明な物をよく選んでいた。
人によって物の価値はそれぞれだけど、彼に限って言えば、ちょっとだけ感覚がずれていると思うのは、人間である自分との差なのだろうか…
そんな事をふと、レンは思った。
しかしながら、独創的なデザインで作られた家具や雑貨が並ぶ姿は、本当に壮観である。
彼の細部まで拘った作品と愛情が、ひしひしと感じられる様だ。
「これ、素敵だね」
レンが何気なく、木製の小さな飾り棚に触れながら、感心したよう言った。
だがジェリーそれを聞いたジェリーの表情は、初めて見た時よりもまた少し暗い。
「…それ。失敗作」
「えっ、これが?」
「装飾を少し失敗してる。気に入らないから壊そうと思ってたんだけど、手違いで並べてたみたい.まとめて持って来てたから…」
気に入らないから壊すという発想は、妥協を許さない彼の情熱の表れだった。
しかし、失敗作と言われてもレンにはそれが、とても素敵な作品の一つにしか見えない。
「こんなに綺麗なのに、壊しちゃうなんて勿体ないなぁ…」
「…気に入ったの?」
「うんっ。部屋に飾りたいって思ったよ!」
この飾り棚を自分の部屋に置いたら、どんな空間になるだろう。
それを想像するだけで、胸の内が熱くなる。
大きな家を勢いで買ってしまったけれど、やはりインテリアを決めるのは、いつだって楽しい。
ジェリーは目を細め、少し戸惑った様子を見せた。
「…じゃあそれ、君にあげるよ…お金は要らない」
「えっ!? でも…」
「…僕の作品。褒めてくれたお礼、それに、魔王様がお世話になってるから…」
ジェリーもまた、魔王に仕える悪魔。
そう言うところはしっかりしていた。
「ありがとうっ、ジェリーさん!」
「…ジェリーでいいよ」
「じゃあ私の事も、レンって呼んで下さい!」
そんな会話を聞いていたマモンは、眉間に眉を顰めた。
普段は感情を自分と同じように感情を表立って出さないジェリー。
その表情が和らいだようにふっと微笑んだのを、マモンの鋭い眼は見逃さなかった。
「…マモン」
「何ですか?」
「この人間…いい子…」
「やめて下さい、貴方まで…!」
ジェリーのお店は、全てを見て回るにしても作品数が多く、目移りする物ばかりだ。
とてもじゃないがこれでは直ぐに決める事も難しい。
しかもフリーマーケットはこの二日間のみしか開催されず、今日が最終日だ。
普段は魔王城に籠って製作をしているとの事だが、次に彼と会えるのは一か月後の開催日である。
「うーん…もっと気軽に買えたらいいのになぁ」
「フリーマーケット自体が、月に二日間だけだからね…」
「もういっその事、ネットで購入できたらいいのに!」
「ネット…? なんだいそれ」
スマホの様な通信機があっても、出来る事と言えば通話かメッセージを送るくらいだ。
他に機能的なアプリがあると言っても、それは冒険に役立つ豆知識だとか、クエスト情報だとか、生活の知恵だとか。
とにかく、役に立つようでそうでないアプリが多い。
某ネットショッピングサイトに接続出来るアプリはあるが、売っている物は現物じゃないとちょっと解らない部分もある。
便利何だかそうでないんだか解らなかった。
「それなら――…君達の為に、いつでも優先的に作ってあげるよ」
「え?」
「どうせお客なんてたまに来るくらいなんだ…」
「たまに…と言いますが、貴方の顧客は相当な資産家ばかりですよね?」
「そう…僕の作品を気に入ってくれてね。昨日もぽんっとお金を出してくれた…おかげでまた、新しい作品を頑張れるんだ」
資産家って、相当なお金持ちが買って行くんだろうか。
一体、一度の買い物でどれくらいの金額をポンっと出したんだろう。
「此処に買いに来るのはニンゲンだけど、僕には誰だって『お客さん』だ。悪魔も魔物も人間も、そういう意味では、みんな一緒…此処を見て、楽しんでくれればそれでいい」
「楽しいぞっ、ジェリー!」
魔王は、確かに終始笑顔で楽しんでいた。
「ありがとう、魔王様…いいないいな…そんな風に喜んでくれる人が、もっと増えればな…」
そんなジェリーの眼は、レンを真っ直ぐに見ていた。
羨望の眼差しの様なそれは、レンを強く惹きつけ、簡単には逸らせてくれない。
彼のアメジストの様な色合いに、まるで自分自身が吸い込まれそうな感覚さえあった。
深く。
深く。
意識が持って行かれてしまいそうになる。
「レン」
静かに、マオがレンのを呼ぶ。
はっとして下を見ると、手には柔らかくも温かな感触があった。
魔王がレンの手をぎゅっと握っていた。
その感覚ですら、彼が呼び掛けるまでレンは気付けないでいた。
「え、あ…」
「マモンが粗方家具を決めてくれたぞっ」
「はい。魔王様にぴったりの物をご用意致しました」
「そ、そうなんだ…」
既に『ご成約済み』と書かれた札が、ありとあらゆる家具や調度品に貼られている。
一体どれだけの数を、彼は選び抜いたんだろう。
そして私の借金は、どれくらいまで膨れ上がったんだろう…!
「…まだまだあるよ。全部買って行ってもいいよ」
「いや、流石にそれは…家に入るかも解らないし」
「そう、か…そうだね、人間の家は狭いから…」
「でもロイヤルだぞっ! すっごくデカいんだ!」
「あぁ、そうなんだ…じゃあやっぱり、どれだけ買って行っても安心だね…」
『ご成約済み』の札が貼られても尚、ジェリーの作った作品は数多く展示されていた。
『いっぱい作ったからね』と事も無げに言う彼だが、一体どれだけ作ったんだって言うくらいにまだまだ在庫がある。
「それで、どうするんだい? 契約さえ交わしてくれれば、君の家まで訪問販売をしに行く事も出来るよ?」
「ま、また『契約』…」
この先、また何か必要な物があれば、月に一回のフリーマーケットを待たずとも、購入が可能になるとの事。
『契約』と言う言葉に若干の不安を感じつつ、しかし、ジェリーのその提案は、余りにも魅力的な響きだった。
頭がくらくらする――
レンは静かに頭を抑えた。
「君にだけ特別扱いさ。…いいないいな。そんな特別な顧客がもっと増えたらなぁ…」
「ジェリー。無意識でしょうが、魔王様の前ではやめなさい」
「…あぁ、うん…つい羨ましくなっちゃってね」
マモンの咎める声が、何に対してなのか、レンには解らなかった。
先程の吸い込まれるような感覚と、何か関係があるのかも知れないが、まだ少し頭がぼーっとしているので考えが纏まらない。
そんなぼんやりとした様子のレンに、マモンがそっと口を開く。
「…家具や調度品だけでなく、彼は装備や珍しい物も作りますからね。何か欲しい物があれば、提案して見るのもよろしいかと」
「そう、ですね…」
「何でも作ってくれるのかっ!? 毎日ハンバーグが出て来る機械とか!」
「それは…マモンに頼んだら、直ぐに美味しいのが出来ると思うよ、魔王様…」
「えぇ。腕によりをかけましょうっ」
頷くマモンに、魔王の顔は期待十分だった。
「契約か…」
「大きな買い物ではないのですからいいでしょう?」
「でも、相手は一応悪魔なんですが?」
「そんなに堅苦しく考えないでいいよ…ほら、ただの契約書さ」
そう言って、ジェリーはマモンの時と同じように、何もない所から一枚の紙を出現させた。
思わず身構えたものの、手に取って眺めれば、本当にただの何の変哲もない契約書。
マモンの様な威圧的な文面でもない。
概ね『欲しい時に、欲しい物を、欲しい分だけ売買する』と言った内容だった。
勿論無償ではないが、それでもお得意様としてある程度の譲歩はしてくれるらしい。
「普通だ…!」
「俺との契約が、まるで普通じゃないみたいですね?」
「えっ、そ、それは…!」
口をモゴモゴとさせ、レンはマモンから視線をそらした。
彼の溜息みたいなのが聞こえた気がしたが、聞こえなかった事にしたい。
最終的に、レンはジェリーと契約を交わす事になった。
「――契約成立…これからは君の家に直接品を届けるよ。気に入らないものがあればすぐに修正も出来るし、修理だってしてあげる。注文があれば、いつでも言ってね」
「至れり尽くせり…! ありがとう、ジェリー! 嬉しいよっ」
「…そう喜ばれると、僕も特別扱いされてる気分だよ」
その後、ジェリーの店を後にしたレン達。
彼が家に来てくれる事に期待を抱きつつ、新しい家具や調度品で自分達の家づくりが進んで行くのを楽しみにしていた。
〇月×日 晴れ
フリマに行って、ジェリーのお店に行った!
此処でもマモンが散財してた!
新しい家が楽しみだ!
●完成したロイヤル・ハウスの内装
レン達が手に入れたロイヤル・ハウスは、広々として優雅な内装が特徴的
どの部屋も異なる雰囲気を持ちながら、統一された高級感が漂っている
外観は石造りで、庭には手入れの行き届いた芝生と小さな噴水があり、玄関ドアを開けると広いエントランスホールが出迎える
・エントランスホール
大理石の床で、天井は高くシャンデリアが輝いている
両側には大きな窓や扉があり、リビングルームなどに続いている
昼間は柔らかな自然光が差し込んでとても明るい
ホールには来客用のソファセットとガラス張りのテーブルが設置されており、軽く挨拶や雑談を交わすのに適している
壁には絵画や装飾品が飾られていて、訪れた人々を出迎えるには相応しい豪華さを感じさせる
レン曰く『もう落ち着かない』
・リビングルーム
広々としたリビングルームは、床に柔らかい毛足の長いカーペットが敷かれ、家具は木製の高級品揃っている
大きいな暖炉が壁の中央に在り、寒い夜には温かい炎が家全体を包み込むらしい
まだ夏で暖炉を使う事もないが、その内活用する事も増えるだろう
魔王やスライムと一緒に寛ぐ場所として、長いソファやゆったりとしたアームチェアが置かれ、魔力を込めると色が変わるガラステーブルが中央に在る
キラキラと綺麗な模様が浮かび上がったりと、眼にする人を楽しませる
窓際には、外の風景を眺める事が出来る小さな本を読むスペースがあり、子ども用の絵本なんかが多い
小さな魔王様が読む事もあれば、スライムも読む
レン曰く『微睡みには最適』
・ダイニングルーム
リビングルームに隣接している
長い木材のダイニングテーブルが特徴的で、12席ほどの席が用意されている
『こんなに要らないのにな』とレンは言うけれど、『来客用も兼ねればこれくらいは必要だ』とマモンは言う
ホームパーティーでもするつもりなのかな
中央には豪華な花が飾られており、特別なパーティーでも対応出来るような広さがある
テーブルクロスやカーテンは、高級感のある深緑と金のコントラストで、壁には温かみのある木材が使われている
レン曰く『やっぱりホームパーティー好きだ!』
・キッチン
ダイニングルームの奥にあるキッチン
広々として機能的で、最新の家電ばかりが揃っている
料理を余りしないレンなので、マモンの城扱いになっている
その為、料理はマモン担当
大理石のカウンターと壁には、手入れしやすいタイルが使われており、シンクは二つと大きめ
IHコンロは高火力調整が可能
本格的な中華だって楽々出来る優れモノ
マモンがキッチン用品をあれこれ取り揃えている為、日々何かしら増えている
キッチン用品も彼好みで、使い勝手のいいものばかり
収納スペースもたっぷりで、食材や食器類を効率よく整理出来る
レン曰く『マモンの城。立ち入りを禁ず』
・レンの部屋
落ち着いたトーンでまとめられ、実用性を重視したデザイン
床はウッドフローリングで、ベッドは広めのクイーンサイズ
デスクにはクエストで得た報酬や、冒険者になってつけ始めた日記なんかがある
壁には地図や計画表が張られている
計画表には『ゴミを捨てなさい。掃除しなさい。片づけなさい』なんて言う指示ばかり
マモンがだらしないレンの為に貼り付けた
やらないとチェックがつかず、チェックがつかないと何が手付かずなのか直ぐに解る仕様
また、やらないとお仕置きとして『部屋から出られない』魔法が掛けられてる
窓際にはふかふかのソファがあり、其処に座って景色を眺めながら、一息つくのが彼女のリラックスタイム
魔物とコミュニケーションを重視するテイマーらしく、部屋には動物や植物を模した小さな彫刻も置かれている(ジェリー作)
レン曰く『ただの監禁部屋!!!』
・魔王の部屋
ロイヤルな雰囲気が漂う豪華な装飾が施されている
やたら気合の入った内装は、マモンが誠心誠意込めて作り上げた空間
天井は高く、シャンデリアが輝き、深紅のカーテンが大きな窓を覆っている
キングサイズのベッドには、魔法で伸縮できるクッションがあり、魔王様がいかに寝相が悪くても自動で守ってくれる有能ぶり
クッションにお給料を与えていいんじゃないかって言うくらいに、素晴らしい働きをする
その為、給料代わりにマモンがいつも綺麗にしている
壁には魔法陣の紋様が施されたタペストリーが掛けられている
書物や魔法に関する古文書が並んだ本棚も完備され、ランクを上げる以外に呪いを解く方法はないかと探している
魔力を集中できる個別の小さな瞑想スペースがある
子どもの姿でも、大人の姿でも違和感なく使えるように、家具は可動式で調節が可能
レン曰く『魔王様の、魔王様による、魔王様の為だけの部屋』
・スライムの部屋
レンが特別に考えてあげたもので、柔らかいクッションやベッドが配置されている
実はベッドよりも自然の中で眠る方が好きな為、ふかふかの葉っぱ仕様ベッド。
床は滑りやすい素材で、スライムが自由に移動できるようになっている
眼に優しい自然溢れる空間
天井からはカラフルなガラス玉の照明ランプがぶら下がており、スライムが遊びながらリラックス出来る様、小さな水の噴水や植物が配置され、楽しい空間が作られている
どれだけ分裂しようが、部屋に圧迫感は一切ない
レン曰く『ぷるんぷるんに囲まれたい』
・ゲストルーム
来客用のゲストルーム
シンプルかつエレガントなデザインが特徴的
床には上品な絨毯が敷かれ、ダブルサイズのベッド、デスク、そしてクローゼットが備え付けられている
来客が長期滞在する際にも快適に過ごせるよう、十分な収納スペースやプライバシーが確保されている
窓からは庭の風景が一望出来る
ゲストルームはいくつかあり、知り合いを一人一部屋は与えられるぐらいには数が多い
たまにマモンが此処で寝泊まりしている
レン曰く『返済を追い立てる男の部屋』
・地下室
ワインや食料の貯蔵庫として使用
大きなタルやワインボトルが並んでおり、特に魔王様やマモンが好みそうな高級なもの揃えている
年代物のワインがびっしりと並べられたラックが広がり、重厚感のある木のタルが幾つも置かれている
実年齢的にレンも飲める為、こっそり飲んではマモンに怒られている
ワインは赤、白、特別なスパークリングまで揃っており、ラベルにはレンでも聞いた事のない名前が刻まれている
地下の奥に広がる食糧の備蓄エリアでは、長期保存が可能は乾燥肉、缶詰、穀物が並べられており、調味料や香辛料も豊富に取り揃えている
他にも長期の滞在や緊急時にも備えて、保存食や調味料が整然と収納されている
レン曰く『こっそりが駄目なら堂々と!』
お読み頂きありがとうございました。
ブクマやご感想等を頂けましたら、励みになります。




