ZOMBIE 8
「エイン、現状報告を」
「はい。いつもと変わらず、ゾンビ達はあーあー言ってます」
「うむ、もう少し詳しく。ビズラ」
「は、皆、畑仕事に精を出してます」
気分は兵隊の上官である。
窓際に立ち、自室のあるマンションの上層から街並みを眺めるように辺りを見渡した。
計算されたように立ち並ぶ家々は相変わらず無人で、所々にゆっくりと歩くゾンビ達が見える。
前に比べると(ゾンビ達により)大分掃除と手入れが施されたので、パッと見は人間が突如消えてしまったような、完全なゴーストタウンだ。
ここから車で30分、自転車で一時間辺りの場所に私たちの畑がある。勿論無断で拝借した畑である。
「ほう。季節的にトウモロコシ、オクラ、トマト辺りだね」
瑞々しい夏の野菜たちを呟いた私の横で、エインは至極真面目な顔で囁いた。
「焼きトウモロコシ…。オクラとトマトの冷製パスタ…」
「…カボチャも今の時期だな。ホクホクとした…」
「パンプキンケーキ…、はっ!や、止めてよ二人とも!お腹が余計すいちゃうじゃん!」
折角空腹を紛らわすために兵隊ごっこという下らない事を始めたのに!
私はベッドへとダイブしてゴロゴロとのたうち回った。
ヤバい、超お腹すいた。時計を見ると11時で、そろそろ昼食の準備をする時間だ。
イコール、究極の腹減りタイムなのである。
「折角の兵隊ごっこも空腹には勝てないのね…」
「腹が減っては戦は出来ぬ、ということと掛けてるな」
「なるほど、そう言う意味だったのか!真里、クッション一つどうぞ」
「なにも上手くない!やめて!キッチン行くよホラっ」
グーッとお腹を鳴らせながらベッドから立ち上がった私の後ろを二人は着いて歩いた。
エインが「何食べようか?」と尋ねたが、何も思い浮かばない。
私の返事は「んー」と気のないものだけだった。
「冷凍のパンが結構あるね」
冷凍庫を覗きポツリと呟いた。
米を入手するのは困難で、――――虫が湧いたり、傷んでしまっていた――――主食として手短に手に入るのが、パンの材料である粉類だった。
自家発電をしているため、ある程度の電力がここにはある。
無駄にはできないものの必要最低限である冷蔵庫や洗濯機、その他を賄える程度の発電機が、マンションの地下に設置されている。
その電気を使って、拾ったホームベーカリーでパンを焼いたのだ。…ビズラが。
「食パン、ベーグル。あー腹減り窮地でヤンス」
「あ、チーズ発見。ハムも」
「ん…。サンドウィッチにするか」
三人でゴソゴソと冷蔵庫を漁る。冷気が逃げてしまっているからか、冷蔵庫からピーピーと警告音が発された。
パパッとサンドウィッチに必要なものだけを取り出して、バタン!と冷蔵庫を閉めた。
「ねービズラぁ。ホットサンド作ってよ、ホットサンド」
最近の料理担当はもっぱらビズラ。元ゾンビとは思えないほどの器用な包丁さばきで料理をする。
エイン曰く「僕だってやろうと思えばやれるんだ」らしいけど、本当のところは分からないし、知ろうと思わない。
言ったら泣くから「へーそうなんだ」の一言で終わらせるけど。
「ミミがカリカリでチーズがトローリのやつ。お願ぁ~い」
「トマトあるよビズラ。これも入れて」
「…はぁ」
私のお願いとエインの遠回しな強制。面倒だ、と明らかに語る表情を浮かべながら、ちゃっかりガスコンロの上にホットサンド用のフライパンを置いている辺り、彼の性格が伺える。
うん、ビズラは私たちの兄貴分のようなものだ。
ビズラは手際よく料理していく。卵サンドを作るためにゆで卵を作る傍らで食パンにバターを塗り、ホットサンドに取りかかり…。
うーん、生粋の人間として、私もここは一肌脱ぎたいところだ。
瑞々しいトマトが洗われたまま置かれているのに気づいた私は包丁を取り出した。
包丁を握る私を見たエインは、ギョッとしたように目を見開いた。
「真里、何してるの!」
「えっ?トマト切ろうと思って」
急にエインは怒ったように声を荒げる。ビズラは無言だったが、私に向ける目元に力が入っているから、きっとエインと同じころとを考えているのだろう。
「良いよそんなの!ビズラにやらせておけば」
「…納得いかないが、俺も賛同しかねるぞ」
「なんで」
トマトを切るだけだ。ある程度の薄さに、見慣れたハンバーガーとかに入ってるトマトの形に切るだけなのに。
包丁を握ったまま不服そうに、さも不満げにトマトと包丁を見やる私に、エインはじりじりとにじり寄った。
「良い子だね真里。さぁ、その包丁をゆっくりと僕に渡すんだ」
「何そのセリフ!お前はネゴシエーターか!」
「怪我をすると危ない」
あー。…血ですか。
「血が出たら出たで良いと思うけど」
「駄目だよ、勿体ない!」
お前エイン、それが本音だな!!
ビズラはパッと素早く私の手から包丁を抜き取り、代わりに水筒を握らせた。
「飲み物入れて。今日は外で食べよう」
「あ、兄貴ー!」
「まりぃ、僕にもハグしてー」
ビズラの背中にギューっと抱きついた私に、エインが何やら言ったがシカトした。
すると私の背中に暖かい腕が回されて、力強く抱きしめられた。
ビズラが動くたびに抱きついている私もズルズルと動き、同じように私に抱きつているエインもズルズルと移動する。
なんて気持ち悪い!それに暑苦しいことこの上ないが、何だか妙に楽しかった。
「外ってどこまで行くの?」
「畑」
「畑って、ゾンビ達が管理してる?」
ビズラはフッと小さく笑った。
今サンドしているこのトマトは、なんとゾンビ管理の無農薬野菜である。
よくスーパーで見かける、<わたし達が作りました!>のフォントに、その横の写真でピースする彼らを想像し吹き出した。
「や、ヤバい…、かわいいかも」
「え?何がかわいいの?僕?」
「お前黙れ」
エインは「もう!酷いなー」と言って、「でも、まぁ」と話を続けた。
「あそこら辺は自然が豊かだからね。気分転換にはなると思うよ」
「エイン行ったことあるの?」
「え、あ、…うん」
釈然としない返事。別に行ったって怒らないのに。
前方からはパンの焼ける良い香りが漂い始める。
「車に乗るなら僕はオープンカーが良いな」
「良いねー」
ビズラから離れ、飲み物の準備に取り掛かる。アイスティーが良いなぁ。ストレートでさっぱりと。
焼き上がったホットサンドを台に乗せ、包丁を差し込むビズラ。
サクッと音を立てたパンは、音と同時に香ばしい匂いを放ち、涎を誘う様にチーズとハムの香りが鼻に届いた。
「あ、あ、あ、ヤバいヤバい。待てない待てない」と私は一人わたわたと落ち着きをなくし始め、視線はサンドウィッチへと注がれた。
一個くらいなら、うん。一個くらい食べても良いよね?
手を伸ばしたら軽くパシッと叩かれた。全く全然これっぽっちも痛くなかったが、か弱い振りをして「いたーい」と言った。
「真里、駄目」
「ご、ごめんなさい…」
「そうだよ、つまみ食いは、ハフハフ、良くない。モグモグ」
「おためごかしー!」
口の横からチーズ出てるっつの!トローリと、黄色い、チーズが…、…。
「うわーん!素敵な赤いオープンカー探してきてやるーっ」
「ま、真里ー!」
キッチンから飛び出た真里を追い、エインは口からチーズを出したまま勢いよく走りだした。
それを見送り、大きなサンドイッチボックスに出来上がったばかりのサンドイッチを詰め込み、綺麗に包むとビズラは静かにキッチンを後にした。
外に出る前に指笛を一回吹くと、階段から一匹の犬が勢いよく駆け降りてくる。
茶色い体をした大型のボクサーのゾンビ犬だ。嬉しそうに尻尾をブンブンと振っている。
「今から少し出る。何かあったら直ぐに言え」
『わふっ』
ビズラは無表情のまま頷くと、地肌が見えた犬の頭部を優しく撫でた。
「じゃあ、行ってくる」
『わん!』
どこか遠くで車のエンジン音が聞こえた気がした。
ふと見上げた空は快晴で、乾いた空気の中時折吹く風が心地いい。
ビズラはどこか胸を弾ませている自分に気づき、苦笑した。
おためごかし↓
表面はいかにも相手のためであるかのように偽って、 実際は自分の利益をはかること(コピペ)
今回の場合、つまみ食いは良くないと言いつつ、自分が食べてたので真里が「おためごかしー!」と叫びました。
<わたし達が作りました!(^q^)v>
↑真里の頭に流れたスーパーの紙。かわいい
ZOMBIはすぐにシリアスに流れそうになるので困ります。
実際何話か作ったのですが、暗くなってしまい没になりました。
今回のお話も最後シリアスに(何故か)なってしまい、急きょ書き直し。
恐るべしゾンビパワー。
どれ程の方が半年経った今でも待ってくださっているのか分かりませんが、大変お待たせしました。
また難産になり消えるかもしれませんが、気長にお待ちくださいませ。




