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BREVE NEW WORLD ―蒼色症候群(ブルーライトシンドローム)―  作者: PRN
幕間 【NOAH ―フレクサー―】

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64話 至高の一品? 至福の手料理?

挿絵(By みてみん)

日常の日々は

絶え間なく


抗いがたき

人の3欲求


睡眠欲


性欲


そして食への欲求

 艦橋地区管理棟周囲は今日も多くの人々が雑踏にまみれている。

 新政府の立ち上げとノアの復興が同時に行われているためか、日々忙しいくも充実した日々を過ごしていた。

 革命による居住区への被害確認をはじめとし、修繕工事の手配やらライフラインの復旧確保やら。やることを数えたらキリがない。

 新たな仕組みが組まれたことによる反動とも言えるだろう。ノアの船員たちは日々をより良く生きるため精励(せいれい)敢闘かんとうする。


「破裂した配管の引受先と修理先の確認を急いでくれ。このままでは同地域の復興どころか他地区にも影響がでかねん」


「ですが修理業者も手一杯で連絡が取りにくい状態がつづいています。出来る限りライフライン復旧の優先順位を上げるよう要請してみます」


「忙しいだろうがなるべく今週中に頼む。それから午後はアザーへの重機搬入のチェックリスト作成に入ってくれ」


「かしこまりました。いよいよ本格的な物流による建築資材と化石燃料の確保が期待出来そうですね」


 ビシッとした管理棟制服をまとった男女2人が街の方へと向かっていく。

 これから現地を視察しつつ現場で働く職人たちと適宜対応しながらのミーティングを行うのだろう。

 彼彼女らはいわゆる公務員という役職に準ずる者たち。そこそこの学歴と能力適性を認められた者が管理する側に立つ。

 と、すれ違うようにして近未来的パラスーツを着込んだチームが管理棟へと駆けていく。


「こりゃ書類の不備だ! トイレットペーパー1000ロールっていったいなにに使うんだよ!」


「いやでもバレルとトイレットペーパーなら形は似てるし案外間違ってないのかも!」


「なら尻拭く紙でもエンジンが動くってか!? さすがの人類でもそこまでぶっ壊れた未来に生きてないぞ!?」


 少年少女たちも大人に負けじと右往左往した。

 使う側と使われる側ははっきりとしている。

 しかしそこに上下関係はない。あくまで作業は分担だ。使う能力に長けた者もいれば使われることで光る人材もいるというだけ。

 とにかく管理棟は、その名の通りあらゆる管理を一手に担っている。そのため人の出入りが尋常ではない。この地区に至っては復興した居住地区以上に日々目まぐるしく時が流動していた。

 そのため管理棟近くの有人食堂ハレルヤは、本日も仕事の合間に訪れる客をもてなしている。


「ンーッ! スパイシーッ!」


 今日も今日とて団らんの場に笑顔と活気があふれていた。

 ノアの心臓部でもある管理棟には人の出入りが激しい。そのため勤労に励む者たちによって近所にある食事処とは食事だけならず貴重な憩いのひとときも提供している。

 並べられた卓に着いた2人の少女は昼食の真っ最中である。


「ラミィちゃんラミィちゃん! やっぱりスパイスカレーはスパイシーで絶品だよ!」


「……スパイス入ってないカレーとかないしスパイスカレーって意味が重複してるよね」


 椅子に座った活気ある少女が卓の下で足をぱたぱたさせた。

 対面にはガリガリに痩せ細った少女がいて、低血圧そうな動作でカラフルな頭を揺らしている。

 2人とも音楽を嗜むのか。それぞれの隣の席には弦楽器が置かれていた。


「ラミィちゃんもうどんばっかり食べてるしたまにはカレーうどんとか食べればいいのに?」


「私は素うどん派だから。なお主食はきつねうどん」


「私はたぬきうどんが好きー!」


 友と語らいながら昼食というのも団らんを楽しむのもまた一興というもの。

 なお広々とした大衆食堂の体を成す店内は、幾分か伽藍堂としていた。

 昼というかき入れ時はとうにすぎている。そのため若干暇時というやつで、どこの席もちらほらと空きがある。

 ここハレルヤにはこれといって大きな売りがあるわけではない。ただこの店の特筆すべき点は手料理であること。

 いつの時代も機械で作られる完成された味より人の手によって作られた料理のほうを讃える派閥が存在するくらいだ。需要という点に関していえばそこそこある。

 そんな腹の虫が喜ぶ良い香りのなか、店内にがちゃんと大きな騒音が響いた。


「ねえちょっと聞いて聞いて聞いてったらぁ! 昨日の夜に私もついに見ちゃったのよう!」


 従業員の少女が客席のひとつを叩いた音だった。

 叩かれた長卓にはチーム《マテリアル》とチーム《セイントナイツ》の男性陣が着いており、空腹で食事の到着を待ちわびている。


「リカお前勤務中じゃねぇのかよ。こっちは朝から飛び入りの派遣任務に繰り出して朝飯すら食ってねぇんだ。腹減ってしゃーねから早く料理もってきてくれよ」


 聞き手のジュン・ギンガーは、あまり気乗りした風ではなかった。

 なにせ任務先に直行し調査を終えとんぼ返りしたばかり。行く船で呑んだスムージーだけでは腹持ちが悪いのだ。

 未開惑星アザーであるていど自由に行動できるチームは非常に少ない。そのため飛び入りで任務を与えられる機会が増えつつあった。

 なにより2チームは前回の虎龍院剛山捜索任務で大手柄を上げている。往々にして躍進とは認められることであり比例して苦労を買わされることと同義でもあった。


「それどころじゃないのよお! あの噂知ってるでしょあの例のう・わ・さ!」

 

 ぞんざいに扱われているというのに少女はなおも食い下がった。

 少女の名はミトス・カルラーマ・ヒカリ。

 品衛生管理や調理の技術を磨くためここハレルヤでアルバイトをしている。

 身には清潔なエプロンをまとい頭にも白い三角巾が巻かれている。その後部からぴょこんと結い髪が1本垂れていた。


「もー! 男子ならこういうことに興味もつべきでしょ!」


「いやだから腹減ってんだって……」


 ヒカリはうんざりするジュンと大局的だった。

 目に星をまぶしたかの如くのきらきらと輝いていた。

 虎龍院(こりゅういん)夢矢(ゆめ)は手を拭いた生地を几帳面に畳み終える。


「噂ってあのノアでよく語られている都市伝説的な話?」


 きょとん、と。中性的で愛らしい顔を斜めに傾けた。

 コップに注がれた水をちびり、ちびり。舐めるように喉を潤す。


「あの思春期まっさかりな連中が語るピンク色をした艦のことか? 小型艦いっぱいにセクサロイドが乗ってて春を提供しているとかいうくだらねーヤツ」


「それなら僕も聞いたことあるね。船の人口が過多にならないよう昔は飛んでたらしいっていう艦のことだよね」


「とはいえ現実味のある話に尾ひれがついただけの都市伝説らしいぜ。今となってはんなもん必要ないくらい人口激減してるっての」


 ジュンは頬肘をついていた腕を倒しぐったりと突っ伏す。

 呼び出しが早朝だったこともあって寝不足も併発していた。目の下にはうっすらとクマが浮かんでいる。


「あぁ~マジ腹減ったぁ……。東のヤツ便利に俺らのことこき使いすぎだってのクソがぁ……」


 口で文句を言うと同時に、腹の虫も豪快にぐぅぅ、と不満を奏でた。

 そしてもう1度ガチャン、と。卓に両手が打ち付けられる。


「そういう健全じゃないやつじゃなくて別なのがあるでしょー! っていうか食堂でそういう不健全な話するの止めなさーい!」


 どうやら先ほどのはヒカリの望む都市伝説ではなかったらしい。

 内容が破廉恥極まりないため彼女の頬は怒りとは別の朱色を灯していた。


「じゃあ食堂らしく飯を出せって言ってんだろ……。だいたい他の都市伝説っていうと……なにがあったっけか?」


 話を振られた夢矢はしばし宙に視線を向けた。

 白い指を頬に添えう~ん、なんて。未熟な喉を唸らせる。


「裸の女の子が闊歩しているやつとかかな?」


「あー……女の子に触れたら気絶する代わりに翌日からフレックスの量が増えるってヤツあったなぁ。でもそれも不健全だし違ぇだろ」


 次の瞬間パチン、と弾ける音がした。

 ヒカリは機を見たとばかりに夢矢を真っ直ぐ指さす。


「それそれ! 蒼く発光する裸んぼの女の子の都市伝説!」


「おおいなんでだよ!? どう考えてもさっきの話と同じレベルで不健全な話題だろうが!?」


 長い航海生活。噂や都市伝説の類いは蜜の味と言ったところか。

 とにかく同じ集団で同じ時を長く過ごしていればそういうエンターテイメントも事欠かない。

 しかし横で聞き耳だけを立てていたミナト・ティールは、どうしても他人事ではなかった。


――……それオレ知ってるヤツだな。


 細腕をどっしりと組んで眉間いっぱいにしわを寄せる。

 衣服をまとわず蒼く発光する少女。そんなピンポイントな情報に合致するものなんて記憶に1つしかない。


――たぶんだけど管理棟の地下で見たエキゾチック物体の話してるよなぁ……。


 もしジュンたちの話している都市伝説がミナトの想像と同じモノならば良くない噂ということになる。

 あれは7代目人類総督長岡晴紀との決戦の際に見たものだ。心そうなると霊現象でもなければ、都市伝説ですらない。 

 であれば、この場にミナト以外もう1人ほどその現象を知る者がいる。

 ミナトはすす、と視線をそちらに向けた。


「…………」


 食堂の端に陣取った親友、暁月信と目が合う。

 どうやら彼もジュンたちの話を聞いて思うところがあったようだ。


「…………」


――あ、目を逸らしやがった。


 が、すぐに信の視線はミナトから逸らされてしまう。

 思い当たる節はあれど元より会話に参加するつもりは毛頭ないというう意思表示だった。

 結局相談相手を失ったミナトは、眉間にしわ寄せ天を仰ぐ。


――うーん……危険なモノかもしれないしなぁ。


 椅子の上で大股を開きながら踵で幾度と床を叩いた。

 記憶が正しければあの少女は人類の敵である7代目に加担していた。

 あのエキゾチック物体もとい蒼く発光する裸の少女を易々と表沙汰にするのはどう考えてもよろしくない。


――明かすにしても8代目のミスティさん辺りに相談してから……だよなぁ。


「なにうんうんやってんの?」


 唐突に耳横から声がして、現実に引き戻される。

 ミナトはドキッとしつつも反射的に「いえ、なにも?」狼狽する心持ちを隠蔽した。

 そしていつの間にかテーブルの上に皿が置かれている。


「ほらこれが私特性の手料理よ! ありがたくいただくといいわ!」


 少女は得意げにエプロン越しでも成長度合いがくっきりとわかる胸をふんと反らした。

 身にはミニスカウェイトレス風の衣装をまとっており、焦げ色の髪にもヘッドドレスがちょこんと乗っている。

 少女自身の身長はそれほどではない。が、部分部分の成長は著しい。

 なにより丈の短いスカートから覗く明け透けになった太ももが白く眩しかった。

 そんなうら若くも芯のある少女、国京(くにきょう)(きょう)は手料理を振る舞おうと言っていた。

 可愛い女性からの手料理なんて男にとってはこれ以上ない祝福だった。

 そんな嬉しい提案をされては手放しで喜んでも罪にはならぬはず。


「なに……この……なに? 茶色い……なにぃ!?」


 だがミナトは現実に戸惑う。

 ここ1番の困惑顔で皿の上を凝視した。

 皿の上に乗っているのはどう見ても立方体だった。半透明の立方体は皿に触れるだけでもぷるぷると揺れる。

 1辺およそ20cmといったところ。なかなか――巨大(デカ)い。立方体としていえばかなり美しい出来の料理とは思えぬ物体――立方体――が皿の上を占拠していた。


「せっかく女の子の手料理だってのに文句ありありって顔してるじゃない?」


「こ、これはその、なんだ? 創作料理がでてくると思って待ってたら装飾品を出された不満って言うか……不安?」


「なにぐちぐち言ってんのよ? 教養のないアンタでも煮こごりくらい知ってるでしょ?」


 やけに偉そうな口ぶりの制作者が言うには、煮こごりとのこと。

 なぜそれほど自信満々になれるのか。杏は傑作とばかりにご満悦顔をしている。

 杏の料理をわりと楽しみにしていたミナトとしては、文句しか沸いてこない。


「まさかあれだけ時間をかけて煮凝りを1品だけ!?」


 30分まるっと待たされ1品のみ。

 だけならまだしも完璧な立方体がでてくるとは思いもよらぬ。

 杏はさも当然と「そうよ?」言ってのけた。


「ちなみに指矩(さしがね)を使ってミリ単位まで正確に作ってあるわ。時間という愛情もたっぷり注いで作ったから味わって食べなさい」


「皿の中央にメインですよと言わんばかりの煮凝りを添えてだす女の子に教養の話とかされたくないッ!? あとこの煮凝りデカすぎるだろこれェ!?」


「別名こごり、こうごりとも言うらしいわね」


「わりとどうでもいい知識を与えてくるんじゃないよ! ちょっとこの料理を作ってたシェフのかたを呼んできてくれないかしら!」


 とはいえ見た目がどうあれ食べ物である。

 しかも杏ががんばって作ってくれたもてなしの品ともなれば食べるしか選択肢はない。

 ミナトは絶賛練習中の箸を避けて銀匙を選んで手に取る。


「……い、ただきます」


 緊張の面持ちで立方体の角を刮ぎとった。


「よく噛んで食べなさいよ。ちなみにそれを作る練習するまで私料理とかしたことなかったんだからね」


――さらに追い打ちかけるか!? あとこれ噛む要素がない!?


 煮こごりを匙に乗せるとぷるぷるしている。

 視界に入ってからこの琥珀色の立方体はずっとぷるぷるしている。きっと口の中にいれてもぷるぷるするのだ。

 様々な憶測を盾ながらもミナトは、ええいままよの精神で、杏の手料理を口に放り込む。


「で、どう? いちおうヒカリに色々教わりながら仕込みをしたから味に間違いはないと思うけど?」


「く、クソ上手い……! 食レポとか出来ないけど旨味の塊だ……!」


「そっ。ならがんばった甲斐があったわ」


 テーブルに崩れながら白旗を上げるしかなかった。

 杏はそんなミナトを見てにんまり猫のように目を細める。

 これはまるで舌の上で旨味が着火したかのよう。ぷるぷるしているのは脂ではなくゼラチン質か。そのため味も繊細優美でくどくない。

 さらにこの煮こごりには鳥、魚、野菜などの様々な食材が存在をなくすほど煮込まれている。そのためひとくちのなかに旨味や甘みがぎゅっと詰まっていた。


「でもこのデカさはさすがに食えないぞ!? しかも煮こごりって単品で出す料理じゃなくないか!?」


 総評としては絶品だった。

 だがミナトの萎みきった胃で食べきれるかといえば、それはまた別の話になる。


「この私が手間暇かけて作ったんだからありがたく食べ切りなさい。あんた痩せすぎだから食べ過ぎる位で丁度いいのよ」


「こんなに近くにいるのにオレの声が届いてない!? こんなにハートから叫んでるのに聞こえてないのはなぜだ!?」


 そんな抗議は無視され、そそくさとエプロンドレスを外されてる。


「で、あっちは何の話で盛り上がってるのかしら?」


 杏の興味がジュンたちのほうへ向くと、もう完全にミナトは蚊帳の外ととなった。

 あちらでもまさに今料理が完成したらしい。ちーん、というベルの音が食堂に響き渡った。


「はーい! 配膳しまーす!」


 ぱたぱた、と。ヒカリが厨房に駆けていく。

 すぐさま戻ってくる彼女の両手には盆がもたれて、ジュンたちの卓へと料理が配られる。

 飢えた男たちは料理を前にして「おおきたきた!」「お腹すいたー!」と、手揉みしながら垂涎(すいえん)を啜った。

 ヒカリは踊るような足どりで注文の品を配膳する。


「ご注文の合い挽き肉50大豆50のハンバーグと濃厚チーズリゾットお待ち!」


 なんとジュンたちの料理は立方体ではないのだ。

 じゅうじゅう音を立てる肉の塊と独特の臭いをまとうチーズの飯物である。

 対してこちらは立方体だった。


――……無料で女子の手料理が食べられるとか幸せだなぁ。


 すでにミナトは目から魂を失っていた。

 3口目にして飽きつつある。煮こごりを口へもそもそ作業的に運んでいく。

 杏の手料理は食べても食べても減らず。世はすでに永久機関を完成させていたのだと未来の船で学ぶ。




………………

挿絵(By みてみん)

ちょっとセクシーバージョンの杏

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