307話 いわくつきのデート3《Hands To Hands》
「Pegegegege!」
慣れている。
そう、人はいうだろう。
「魔物だあああ!! 魔物が街に入ってきたぞ!!」
だがそれはまったく違う。
「Pryaaaaaa!!」
はじめてのころより多く許容しているだけ。
言い換えるなら上手くなったともいえる。
「まず1つ」
抜剣に淀みはなかった。
もしもう0.1秒ほど悩んでいたら間に合わなかっただろう。
銀髪女性の眼前にまで迫った3つ叉がぼとりと落ちる。
「ひ、ひぃっ!?」
遅れて奇っ怪な首もどす黒い飛沫のなかへと朽ちた。
鎧を着ているところから彼女は冒険者だろう。しかし一介の死に狂いとて死を前にすれば引きつる。
唐突な襲来にすくんだか、はたまた足を滑らせ尻を落として怯んだか。どちらにせよ彼女の結末は決まっていた。
だが、その運命のままでは帰結せず。あろうことかヒュームと同等の亜種族によって窮地に一生を得る。
「立てるか戦えるか逃げられるか! 座りこむ以外ならどれでも好きなものを選べ!」
「きゅ、救援感謝! このまま戦える!」
得たものとは、かくも強い。
銀髪女性は落ちた杖を拾い上げるなりすぐさま立ち上がって掲げた。
状況は良くも悪くもない。街中に攻め入ってきたヒレ脚の数は列挙するほど多い。
いまのところは崩れておらず均衡といったところか。街中の冒険者たちが混戦模様で処理にかかっている。
「ヒレ脚の魔物が多いな。そのぶん周囲に冒険者がぼちぼちいるから戦線は維持できてる」
「ね、ねぇ。アナタちょっと」
「しかしなんでこんないきなり大量の魔物が街に攻め入ってくるんだ」
ミナトは降って湧いた緊急任務を思考する。
いまは爪を噛んでいる暇はない。1人は助けられたが次いつ自分が逆に立場になるかわかったものではない。
「ねぇってば!」
思考を邪魔されたミナトは「……?」片眉を渋らせた。
声のしたほうには先ほど助けた銀髪女性が佇んでいる。
「アナタヒュームなのにさっきの剣はいったいなんなの! 私たちエーテル族の振るう剣に並ぶほどの鋭さだった!」
ほう。過分な評価に固まった表情筋も緩むというもの。
しかしあの西方の勇者に打ち勝ったのだ。この身に技が染みついていてもなんらおかしいことではない。
ミナトは、彼女の言葉は正当な評価として受けとるとする。
「袖振り合うも多生の縁ということで後方からの支援を頼んでもいいかい」
「なにをいってるのかわからないけどおっけい! ところであちらのお連れ様は共闘しないの?」
ちら、と。前方警戒を休まず視線を横に滑らせた。
そこにはテラス席で悠々自適に茶を嗜む修道服女が足を組んで座っている。
「よお英雄気どりィ! さっさと終わらせねーと犠牲者がわんさか増えんぜェ!」
相も変わらず醜悪な微笑だった。
どうやらレティレシアは参戦するつもりは皆無のようだ。
それどころか高みの傍観を決めこむ腹づもりらしい。
なんとしてもミナトはこの場をやり過ごさねばならなくなってしまう。
――この状況を無事にやり過ごしたらその無駄にデカいケツひっぱたいてやる。
そうやっている間にも路地裏や水路から魚顔がわらわら這いでてきていた。
魔物のもつ武器はフジツボや藻の絡んだ粗製の三叉槍。錆びている辺りどこぞ廃棄船などから得ているのだろう。
敵の集団数はまちまちといっところか。こちらへの殺意は本物だが数的優位の連携をとるほど知能はないらしい。
それに1体の強さもさほどではない。そのため各所で冒険者たちが対応しつづけている。
「ぼったちしている間に向こうから新手がきてんぞー。がんばってお姫様守れたらご褒美があるかもしれねぇから気張ってけー」
レティレシアは退屈そうに頬肘をつきながらしっしと手を流す。
こんな動乱状態で暢気にデートなんてしていられるものか。
しかも彼女はどうやら本気で力を貸すつもりはないらしい。まるで対岸の火事。
「ああくそまだ増えるのか! あとそんな横柄なお姫様いてたまるか国が滅べ!」
「うだうだいってねーでさっさと終わらせろ魚臭くてたまんねーからよぉ」
けんもほろろとは、まさにこのこと。
しかしレティレシアに苛立っていても進展は望めないのも事実だった。
ミナトは頬をぴしゃりと打つ。怪魚の骨剣で空を薙ぐ。
「使える技はあるかい? なるべくなら1撃で多くを巻きこめるようなやつが望ましい」
「うってつけのがある。でも少しだけ詠唱する時間が欲しいかも」
横目をくれると銀髪女性は首肯し杖を前に押しだす。
さすが冒険者といったところか。すでに瞳に滲んだ怯えは消え、戦う意思を宿している。
「じゃあオレが敵の前衛を引きつけて時間を稼ぐ。だからキミは後続で連なってでてくるヤツを叩いて欲しい」
「……っ。わかった任せて」
僅かな迷いがあった。
しかし銀髪女性はすぐさま切り替えて詠唱を開始する。
『助けてあげたから信頼が得られたみたいだね』
『エーテルがヒュームに頼るってんだからなかなかに柔軟な女だぜ』
頭のなかに響く声が2つあった。
1つは借り暮らしのヨルナで、もう1つはルハーヴのもの。
きっと誠心誠意で頼めば2人の助力を願えるだろう。
だが、いまのところ必ずしも必要とする状況ではない。
「さて、舞うか」
雑音はいらないのだ。ミナトの瞳からすぅ、と熱が失せていく。
戦闘行為にせーの、はない。ぱちん、とタイムラグなくスイッチを戦闘に切り替える。
「Pheeeeeeeeee!!」
「そっちからきたんだ抗われても文句をいうなよ」
体温を置きざりに靴裏で地を蹴った。
目視可能な的の数はいまのところ20ほど。間合いにもっとも近い6体の集団目掛けて姿勢低く地面と平行に駆ける。
そして即座に体勢の整っていない1体の懐に潜りこむ。
「――PEッ!?」
「まず1つ!」
閃が風を薙ぐと同時に敵の血潮が弾けた。
首7分ほどの切れ込み。ヒレ脚の魔物は喉と動脈静脈がすっぱりと裂かれて血の泡を吐く。
「Pryaaaaaa!!!」
すかさず崩れ落ちる死骸の背後から三叉が迫る。
ミナトはすかさず身を横に開いて回避を試みた。
軽やかな転回にて最小動作で躱し、剣閃を振るう。
「2つ!」
「PRYA!?」
流れるような剣技でもう1匹の首を刈った。
首の全面を狙うのは骨を断てぬかもしれないから。心臓を狙うには突かねばならないが集団戦にて突きは諸刃。さらにいえば脳の大きさすらわからない。魔物によって弱点は異なっている。そのためとりあえず1匹目で効いた攻撃が最善手だった。
「3つ、4つ!」
手応えのない木枯らしの如き剣閃が舞う。
さらに繋げの1手にて2匹の首を同時に削いだ。
剣閃が吹きすさぶたび1匹、また1匹とヒレ脚の魔物が沈んでいく。
それを銀髪女性はシルバーグレーの瞳で瞠目する。
「すごっ……!」
曲芸めいた芸当を前に開いた口が塞がらない様子だった。
これくらいならなんとかなる。これくらいを打開出来ぬのであれば甲斐がないだろう。
「5つ!!」
またも1匹の命が血だるまとなって転がる。
やけに脳が冴えていた。決闘で西方の勇者を相手どったときよりもさらに向こう側にある感覚だった。
――見るのは槍じゃなくて足! 武器を振るにはまず踏む、滑る、捻るという初期動作が必ず入る! 足運びこそがすべての動作の原点だ!
多くの師から教わったことをフル動員し、こなす。
回避は最小の動作で呼吸を乱さない。刃は叩くのではなく滑らせる。
「むっ――ッッ、つぅ!!」
「Peeeeeeeeeeee!!?」
ミナトの逆袈裟が敵を斜めに削いだ。
腰辺りから肩口がぱっくりと開く。断末魔とともに袋を失った内臓がどぼりとあふれる。
そして前衛の排除がすんだところで、ようやく。
「《滞留せしあまねく精よ我が杖に宿りて破壊と衝動を振りまき給わん》!」
意味ある言を紡がれる。
女性の甲高くも勇壮な声によって掲げた杖先に雷光が爆ぜる。
「横に避けて!」
「ッ、あとは頼むぞ!」
ミナトは即興の合図に従って急ぎ横へ飛んだ。
そして女性は確保された射線に杖を仕向ける。
「《ハイライトニング・リテンション》!!」
詠唱の締めとともに中空へと巨大な光球が出現した。
球体の周囲には雷光がひしめき合っている。丸く眩しいというより際立って鋭利な形だった。
現れた雷光の玉はゆっくりと空を漂うようにしながら街のなかをふわふわと浮遊する。
「P――eeeeeeeeeee!?!」
「Byaaaaaaaa!!?」
「Geeeeeeeeeee!?」
しかし下では阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられていた。
5mほどの球体から発される雷撃によってヒレ脚たちが次々に焦げていく。
球体から伸びる鮮烈な光は触れるものすべてを焼き尽くす。ぼやりとしている順から呑まれ、消滅した。
「うわぁエグい……そこらじゅうから焼き魚の匂いがする……」
「ふっふっふ! これこそ上級雷魔法の真価! さあ私の雷球ちゃんサハギン如き焼き尽くしちゃって!」
まさに転ずるといった状態だった。
もはや傍観するのみ。銀髪女性の放った魔法によって盤面が引っくり返る。
街道に群れていたヒレ脚の一段は間もなく炭となって灰燼と化す。雷撃に穿たれ全身を硬直させ、やがれ黒煙を吐いて息絶える。
「おいこっちにも魔物が入りこんでるのか!」
「大捕物だ大捕物だァ! 功績欲しけりゃ駆けずり回れェ!」
いまさらな救援の到着だった。
どうやら別の箇所での一掃が終わって駆けつけたらしい。
そして最後の1体の断末魔が響く。
「Prooooooooooooo!!!?」
圧倒的な偉業によって惜しくもない命が絶えた。
敵影なし。周囲には冒険者たちがぞくぞくと集まり談笑を交わす。
それぞれ切りとった魔物の一部をもつ。そうして互いの功績の数をひけらかし合う。
これにて突発的な事態の収束だった。ミナトは血ぶりをくれて剣を鞘に叩き入れる。
「ん?」
ぱち、ぱち、ぱち。拍が耳を打つ。
レティレシアがはじめと変わらぬ姿勢のままで、ほくそ笑んでいた。
「功績の数は6つか。相手は雑魚だがそこいらの駆けだしヒュームじゃこうはいかねぇ」
「たまたま強い魔法使いがいてくれたおかげだよ。奥にいた20体近いヒレ脚も相手するのならさすがに骨が折れただろうけど」
「だがそのたまたま襲われてた強い魔法使いを一瞬の判断で救ったのはテメェだぜ」
あの瞬間ミナトに大いなる意思も、考えも、あったわけではない。
ただ身体が勝手に動いて救っていたというだけ。なんの変哲もない日常を送る今日に抵抗も出来ず奪われる者を作りたくなかった。
「キキッ。いい気になって自惚れんじゃねぇぞ」
「けっきょくそれがいいたかっただけか……本気で微動だにしないやつがあるかよ」
なにはともあれ。
なんとかなったのだからレティレシアそれ以上いってくることはなかった。
「ほらとっととデート再開すんぞボケカス」
「オレさっきまで戦ってたんだけど!? ちょっとくらい休ませてやろうとかいう優しさってないのか!?」
強引に手を引かれながらデート再開だった。
ただなんとなく、気のせいだったかもしれない。
「……?」
はじめて触れた彼女の手から温もりが伝わってきた。
どことなくレティレシアの横顔が普段ミナトの見ている彼女より優しい色をしている。
そんな気がした。
…… …… ……




