306話 いわくつきのデート2《Hell or like》
神聖な頭巾が外される。
ヴェールの奥から現れたのは呼びつけた張本人だった。
「待ち合わせ場所に1人しかいないんだから消去法すら必要ないだろ」
「非モテのゴミを淑女ごっこでもてなしてやろうっつー腹づもりだったんだがよぉ」
「騙したいのならせめてもっと清い心を志せ。そんなドS顔のシスターがいてたまるか」
唐突に面々を呼びつけたのは、いうまでもなく彼女である。
冥府の巫女、棺の間の主。レティレシア・E・ヴァラム・ルツィル・オルケイオス。
ミナトは、彼女の格好をため息混じりに観察する。
「それでその格好は一体なんなんだ。実は聖職者でしたって冗談はやめてくれよ」
レティレシアの召し物は福音に跪く経験たる信徒の装い。
紺色頭巾と肩をぐるりと包むマントが肌を覆い隠す。反比例してざっくりと入ったスリットスカートから艶やかな白いおみ足が伸びている。
「普段の格好のままだと街の雑魚どもの目に止まるからなぁ。ちょっとした趣向を懲らしたってとこよぉ」
意図的に消せるのか頭の山羊角もなく、尾羽もない。
否応にも目を引く姿には、質素さと色気と清楚さが混同していた。
レティレシアはおもむろにミナトの腕をとる。
「そんなにじろじろ見てまさか聖職者の姿に欲情したかぁ? ええおいなんとかいってみろよぉ?」
「どういうテンションなんだよロケーションとか考えろ……」
嫌がるミナトを捉え、身をこれでもかとばかりに寄せた。
臆面もなく身体を密着させ腕に絡みつき腰を左右に揺らす。
メチャクチャな女、突飛な女、ヘンな女。だがグラマラスであることだけは否めない。
ミナトは幸と不幸を同時に噛みしめる。そうやって好き放題にされていると、囁き声が聞こえてくる。
「なんかレティレシアやけにご機嫌じゃない? なにかいいことでもあったのかな?」
「あれでも超がつくほどの男嫌いだかんな。だってのに無理してまでからかいたいとかいったいどういう心境してんだよ」
ヨルナとルハーヴでさえ手の施しようがないらしい。
墓場へ唐突に現れた痴態の聖職者に困惑を露わにしていた。
とはいえこちらは1分1秒が大事。悠長にこんな墓石ばかりのところで油を売ってる暇はない。
「オレらを呼びだしてなにがしたいんだ。出来れば早めに解放していただけると修行に戻れて嬉しいんだが」
「用があるのはテメェだけでルハーヴとヨルナはおまけ、つーか護衛みたいなもんだ」
それを聞いた2人は「ハァ?」「護衛?」異口同音を重ねる。
未だ趣旨が定かではない。その上、妙ちくりんな変装まで。
謎が謎を呼んでいる。決して楽しいサプライズではなく、死刑を言い渡される直前の焦燥に似ていた。
しかしレティレシアは一向にミナトの身体にまとわりついて離れようとしない。
「いい加減離れろっての……。だいいちあのとき言っていた婚姻とかの意味が本当にわからんぞ」
眉を渋くしているが嫌というわけではなかった。
どちらかといえば役得に近い。肘で潰れる柔らかい感触が男性の本能をチリチリと焦がすかのよう。花でも色でもない襟元や髪から昇る女性の香りも鼻腔にこそばゆい。
どうあっても彼女は美しくあらゆる意味で恵まれた女性だった。ただそれらを差し引くほど性格があれなだけ。
レティレシアは、ミナトにしなだれかかりながら口角を引き上げる。
「キキッ! テメェには使い道がたんとあるからなぁ!」
晒された牙は犬歯より幾分長く、鋭利。
なにより彼女の笑みには切れ味が含まれていた。
ミナトは、ぞっとしながらも仏頂面に励む。
「使い道ってたとえばなんだよ?」
「テメェの種を使って大陸世界に人種族を養殖するとか面白ぇよなぁ!」
案の定、碌でもなかった。
しかしレティレシアは歌うかような声色で上機嫌になっていく。
「女のイージスならケチつくがオスのテメェなら痛くもかゆくもねぇ! つまり決闘で敗北した暁には種馬成り下がるってどうよぉ!」
ゲスな笑い声が墓標ひしめく死者の寝床に木霊した。
「テメェがいりゃオーガニックな人種族栽培が出来るって寸法だぜェ!」
声たかだかに嬉々として語るが、その奥には執着のようなものがある。
人種族にはF.L.E.X.という蒼き力が備わっている。そして彼女の求めるものもまた蒼き力だった。
癒着している呪いは時間をかければ剥がせる。ならば無理に壊さず利用してやろうということか。
「うちのお姫様ときたらとことん性格悪ぃな。誰かの不幸を語るときが1番生き生きしてやがる」
「婚姻なんて言葉使っておきながら絶対そんなことするつもりないでしょ……」
彼女自慢の救世主から白い目が向けられる。
そもそもレティレシアにとってミナトの存在はあってないようなもの。生きていていようが死んでいようがどちらでも構わないのだ。
しょせんイージスから継承された神羅凪の呪いの中継役でしかない。
「お前……オレのこととことんモノにしか見てないのな……」
肩を落とし辟易するも、もう慣れていた。
出会いの時からそもそもが、ぶっ飛んでいる。
大鎌で肩を抉られたさいに2人の関係には超えようのない亀裂が生まれていた。
「だぁかぁらぁ! そんなテメェと今日はデートをしてやるっつう話よォ!」
思いもよらぬ提案に落ちかけた目線が留まる。
虚を衝かれて「……へ?」と声が裏返った。
「デートって比喩とかじゃなくてガチなのか? オレとレティレシアの2人で?」
「はじめっからデートだっつってここに呼んだだろうが。こんな変装して姿偽ってるのもゴミの多い聖都じゃないのも邪魔が入らないようデートをするための小細工だ」
レティレシアはミナトから離れてくるり、と回ってみせる。
結っていない長髪が深い川のように流れ、腰辺りまで入ったスリットの裾が広がった。
意外だった。それはもう目を剥き凍りつくくらいには、驚天動地の心情だった。
あれほど娘の敵の如く嫌っていた相手とのデート。とてもではないが簡単に信じられるものではない。
レティレシアは戦慄するミナトへにんまりと悪戯に目を細める。
「ヨルナにテメェを知れといわれたときはクソくだらねぇ冗談だと笑い飛ばしたさ。だがテメェは余の目の前で余の選定した救世主を実力で討ちとりやがった。数ヶ月前まではただのヒョロガリの易々と地べたに転がる雑魚だったテメェがな」
初めて会ったときの印象は、最悪だった。
しかしいまのミナトがレティレシアに向ける心境は、若干ほど違う。
聖職者の格好をした彼女は死者の埋葬される調和の墓場に佇む。
吹き抜ける風が裾と髪を流し、口元には消える直前の三日月の如き半弧を描く。
「テメェへの興味なんてもんは皆無だった。が、この間の決闘で0.1パーセントていど興味が湧いた」
彼女は影をまといて血色に笑む。
醜悪で悪辣で品性の欠片もありはしない。
しかしミナトの目に映る彼女は、気高く、美しい。
そしていままで出会ってきた人生のなかでトップクラスに、ヘンな女。
「今日のデートで余の想定を超えたテメェのキャパを改めて計ってやる」
なんだか大変なことになってきた。
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