どれだけ想っていようが、言葉にしなければ伝わらないこともある……という事になかなか気付けなかった不器用な私達の話。
私とシルヴィオ王太子殿下は幼馴染だった。
私が公爵家の娘で、シルヴィオ殿下と歳が近かった事もあったから、当初は婚約者候補として名が挙がっていたのだと思う。
そんなこんなで顔を合わせる機会も多かった私達の関係は、きっと悪いものではなかった。
私もシルヴィオ殿下も口数が多い方ではなかったけれど共に過ごす穏やかな時間に流れる空気は心地良いものであったし、王宮や我が家が決めた顔合わせの日時以外に私達が望んで会う日だってあった。
良き友であり理解者になれていたと思う。
けれど……結局、私達は大人達が予想するような関係にはならなかった。
シルヴィオ殿下は婚約者を定める事をせず、歳を重ねるごとに互いの生活が忙しくなっていった私達は顔を合わせる機会も減っていき……やがてプライベートで会う事は無くなった。
そして更に成長し、王立学園で入学してから一年が経っても、互いに婚約者を作らないままでいた。
「キアーラ」
学園へ向かう支度を済ませた私がエントランスへ向かおうとすると、父に声を掛けられる。
「婚約の申し出が何件か届いている。目を通しておいてくれ」
「畏まりました。お父様。それでは、行って参ります」
「……キアーラ」
私が一礼してその場を去ろうとすると、更に呼び止められる。
父は困ったような、私を憐れむような顔をしていた。
「殿下の事は、もう諦めてはどうだ。お前も殿下ももう良い歳だ。ここまで来てお声が掛からないという事は……」
「お父様」
私は父の声を遮る。
「お父様がお考えになっているような理由ではございませんわ」
私はそう言って微笑む。
それからもう一度一礼し、その場を後にするのだった。
学園での生活は、悪くはなかった。
勉学は嫌いではなかったし、穏やかな性格の友人達と談笑をしながら過ごす休憩時間も楽しかった。
友人達とは時折学園以外でも顔を合わせる程仲を深めていた。
けれど……。
「昨日、お花が送られて来たの」
「まぁ、例の婚約者様から?」
「ええ。婚約を交わしてから一年が経ったのを記念して、と」
「婚約記念日? ロマンチストなのですね」
友人達が話す婚約者絡みの話には、あまりついていけないでいた。
学生の間から婚約を交わす貴族は珍しくない。由緒正しい家であれば特にそうだった。
友人達の中でいまだに婚約相手が決まっていないのは私のみだったのだ。
とはいえ、楽しそうな友人達の様子を見ているだけでも充分に有意義な時間と言えるだろう。
時折、友人達の言葉に相槌を打ちつつ私は昼休憩を過ごしていた。
そんな最中。
「キアーラ様は、理想の殿方とかはおられるのですか?」
「え?」
友人の一人に話しを振られ、私は少し驚く。
シルヴィオ王太子殿下と親しくしていた事は昔の事。
同年代の者でそのあたりの話を知っている者もそう多くはない。
友人達からすれば何気ない世間話の延長くらいの問いだった。
けれど私の頭に真っ先に過ったのはシルヴィオ殿下の顔。
「……いいえ、特には」
私はいつも通りの微笑で否定するが、返答までに僅かに間が空いてしまった。
そしてその不自然さに目敏く勘付いてしまうのが私の友人達である。
「いやいや、今のはいる人の間じゃないですか!?」
「そうなのですか、キアーラ様! 是非私達にも教えてください!」
「い、いえ、本当にそのような事は」
友人達に問い詰められた私はぎこちなく笑いながら否定する。
その時だった。
私の視界の端に人影が過る。
「失礼」
黒髪に青い瞳の美青年。
彼は地面に手を伸ばし、ハンカチを拾うと体を起こした。
「先程、こちらを横切った際に落とし物をしてしまったようでね。邪魔をしてすまない」
「し、シルヴィオ王太子殿下……ッ!!」
友人達が一斉に畏まり、席を立つ。
私もそれに倣った後、頭を下げた。
「ああ、気にせず、楽しんでくれ。私も失礼させて頂こう」
そう言い、離れていくシルヴィオ殿下。
その際、彼の青い瞳が確かに私を見てから……何も言わずに去って行った。
「……今日もお美しいですわね、王太子殿下」
ほぅ、と友人達が感嘆の息を漏らす中、私の鼓動は僅かに高鳴っていた。
問題という程の事ではないのだけれど、私には度々面倒事が降り掛かって来る。
大抵は私の地位や称賛を妬む女性や、婚約を断られた逆恨みをする男性。
彼らは難癖をつけて私の評判を落とそうとするのだが、大抵は私の日頃の行いもあり、相手方に非があるという結論で片付けられる。
今回もその類ではあったのだが、それがどうにもしつこかった。
「お前のような選り好みが激しく、男を装飾品のように目利きする事しかしないような女に婚約者が出来る訳もないだろうな! 誰もお前の事なんて見なくなるぞ!」
そう大勢の生徒の前で叫んだのは、婚約を申し出た男性の一人。
色々とつけられた難癖全てを正論で返し、その場をさっさと離れようとしたところ、私はそう言い放たれたのだ。
あんまりな言い草ではあるが、全てが誤った言葉とも思えなかった。
私がシルヴィオ殿下をお慕いしているが故に、いつまでも未練がましく婚約者を選べないでいるのは事実。
王太子であるお方の傍にある事を望むというのは、高望みであり我儘であることは事実だった。
せめて彼がさっさと別の女性を選んでくれでもすれば……などという思いが過ってしまうのも、私が我儘であるが故の考えだろう。
シルヴィオ様と久しぶりに顔を合わせた事もあってか、これまで誤魔化して来た自分の本心に改めて気づかされる。
変に気分が落ちてしまった私は、普段よりもぎこちない微笑を浮かべてしまった事だろう。
「ええ。そうかもしれませんわね」
それではこれで、と、ボロが出てしまう前にその場を退散しようとする。
その時だった。
「失礼」
私の前に一人の青年が立つ。
シルヴィオ殿下だった。
「どのような事情があったにせよ、淑女にそのような言葉をぶつけるべきではないだろう。……それと、彼女の事を見る男がいなくなると貴殿は申したが、それはあり得ないだろう」
シルヴィオ殿下は私の手を取り、その場を去るように歩き出す。
「彼女程気品に溢れ、学においても優秀な女性もそういないだろうからな」
周囲にざわめきが走る中、シルヴィオ殿下は私を連れてその場を離れるのだった。
学園の中庭で私達は足を止める。
「……申し訳ありません」
「何を謝られているんだ、俺は」
彼は公私で一人称を使い分ける。
プライベートの際の言葉遣いで自分に接してくれる事。
それだけで心が浮足立つような感覚になった。
「あのようなくだらない騒ぎで、お手を煩わせてしまいましたから」
「俺が気になったから口を挟んだだけだろう。そもそも、あのような振る舞いをする方が愚かだ」
その後、私達の間には沈黙が訪れる。
風に煽られる木々の音だけが遠くで聞こえた。
やがて……
「何故」
「え?」
「何故、独り身を選ぶ。君程の女性であれば引く手数多だろうに」
一瞬呆けた後、私は目頭が熱くなるのを感じた。
何故よりにもよって、彼がそう言うのだろう、と思った。
早く別の男のところに行けと突き放されている様な気すらした。
その時だ。
「で、殿下ぁ――――ッ!!」
やや離れた場所から咎めるような声が飛ぶ。
声の方を見れば、木の幹に身を隠している、シルヴィオ殿下の護衛騎士の姿があった。
その言葉にシルヴィオ殿下は肩を跳ね上げた後、気まずそうに咳払いをした。
「……君にもし、好ましいと思う者がいるのだとすれば、余程良い男なのだろうと思う」
シルヴィオ殿下は憂いるように視線を落としながら私の髪に触れる。
「だから……君がもしそのような者を見つけているならば、俺の一声で縛りたくはないと思った」
「殿下、そ、それは……」
青い瞳が、私を映す。
何かを期待するような、望むような視線。
「いないのか」
「え?」
「もしまだ、君がそのような男と巡り合えていないというのなら……俺では、駄目だろうか」
僅かの頬を染めながらも、真剣な眼差しが私に向けられていた。
「何年経っても俺は……君以上に魅力的な女性に会えないんだ」
私の瞳から、今度こそ涙が溢れた。
「ッ、キアーラ!?」
「……います」
私は嗚咽を何とか押さえ込みながら答える。
「ずっと……ずっと、殿下の事だけを、お慕いしておりました」
シルヴィオ殿下がハッと息を呑んだ。
それから彼は私を強く抱き寄せる。
「…………すまない」
私は首を横に振る。
……認めましょう。
幼い頃から、私は殿下に恋心を抱いていた。
けれど自分に自信は持てず……そもそも、婚約者を定めるという決定権は殿下や国王陛下にあるのだからと、自らの想いを告げる恐怖から逃げてしまっていた。
そして殿下はきっと、王族という絶対的な立場から想いを告げる事が、私の将来を縛りつけることになるのではないかと考えていた。
……王族からの婚約の申し出を断れる者などいるはずもいないから。
だからこそ、私が心から望む相手が現れるのならば、と想いを口にしなかったのだ。
……私達はきっと、互いの幸福を思うが故に、言葉で伝えることが出来なかっただけだったのでしょう。
何とも不器用で、どうしようもない性格だ、と私は密かに思う。
けれどそんな呆れよりも、シルヴィオ殿下の心が私に向いていた事が嬉しくて、自然と笑みが零れる。
それから私達は互いに笑い合い、愛を伝え合って――甘い口づけを交わすのでした。
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