彼女の仕事
「メル、念のため俺はマヌエラの仕事ぶりを確認してくるよ。調査依頼である以上は、何かないか確認しておくべきだろうから」
「歴史編纂の仕事について、ですか。トキヤがそう言うのであれば反対はしませんよ」
「わかった……それでメル、明日はヘレナと一緒に屋敷を訪問してくれ。色々と検証したいらしい」
「私がヘレナを見ていることから、情報が欲しいのでしょうね」
「だろうな。で、俺は一人素材採取をやる。内容的に近くの山へ踏み込むけど、たぶん一日くらいで終わると思う」
「大丈夫ですか?」
「あくまで目的は採取だからな。魔物と交戦するようなことは極力控えるさ……と、そういえばレメイト周辺に魔物がいるんだったな。マヌエラの主人は俺へ言及してこないけど」
「であれば、頼む必要性はないと考えているのでしょう」
そうメルは俺へ言った。
「私達は私達の仕事をこなしましょう」
「そうだな……よし、それじゃあ早速動くとするか。メル達はどうする?」
「今日のところはヘレナの魔力検証を。明日、マヌエラに情報を伝えるため、状況をまとめておきます」
「わかった。それじゃあ頼む――」
話し合いの後、俺は一人レメイト内にある図書館の一つを訪れる。
「十年前の戦争に関する歴史……その編纂した記録を閲覧したいのですが」
館員へそう告げると、相手は頷きあっさりと通してくれた。広い図書館の一角にたどり着くと、館員は丁寧に書物まで渡してくれた。
俺は近くにある円卓へ近づき、備えられた椅子に座り内容を確認する。異世界の文字だが、剣の能力による恩恵かきちんと読める。編纂者の中にマヌエラの名前を確認し、内容を確認し始める。
――こういう書物を読むことは、異世界であまりなかった経験だ。二十年前の旅は勉強よりもほぼほぼ実戦で学び強くなったし、二十年前は椅子に座り落ち着いて本を読むなんて暇はなかった。
周囲に人の姿は少なく、なんだか時間の進みだって遅い気がする……斜め読みをしつつ、マヌエラが執筆を担当した場所に到達。その内容を確認すると、
「……なるほどな」
俺は一つ呟いた。彼女が記した内容は、簡潔に言えば魔王が二度滅ぼされるまでの軌跡。俺が召喚される前からどういった活動をしていたのか。そして、二十年前に俺の手によって滅ぼされ、十年前の戦争でどういった行動をしていたか。
魔王という存在が何をしていたのかを人間視点ではあるが考察するのが、マヌエラの役目だったらしい……十年前の戦争で最前線に立ち、魔王が行う侵攻の一端を知っていたからこそ、任された仕事だろう。
やりがいのある仕事ではあるが、研究をしたかったマヌエラからすれば、不満があるのは無理もないだろう……ただまあ、この仕事はやり遂げたわけだし、これが原因で研究者を辞めたわけではない。
で、俺としては……内容を確認して結論を出した。
「……ま、これについてはいずれマヌエラに話をするとして」
俺は他の部分についても一通り目を通した後、本を閉じた。
「マヌエラが研究者を辞めた理由はおおよそわかったから、後はメルに仕事を持ち込んできた人物に対しどう対応すべきか、だな。ここはマヌエラと相談した方がいいかな」
そう口にしつつ立ち上がる。そして俺は図書館を出ることにした。
その後、メル達には「マヌエラの有能ぶりがよくわかる内容だった」とだけ伝えて、宿に戻り休んだ。
翌日、メルとヘレナはマヌエラの屋敷へ向かうこととなり、俺は足らない素材を採取することに。
「場合によって、町へ帰ってくるのは明日になるかもしれない。夜を迎えそうだったら魔法で連絡するよ」
「わかりました、気をつけてください……連絡が届かない場合は探しに向かいますので」
「了解」
そうやりとりした後、俺は町を出た。目指す方角は北方向……レメイトの北には、それなりに標高のある山脈が存在している。
その場所に、素材がある……元々、魔力集積点として山々には魔物が多いのだが、それと共に珍しい植物も多数存在している。
理由としては山脈内に存在する魔力……普通、強い魔力を受け続けても植物などが変化することはない。だが山脈に存在する魔力集積点の中には、特殊な性質を帯びる魔力を発しているケースがあり、そういった場所に自生する植物は他とは異なる生育をしていることがある。
どうやら特殊な魔力によって変質するらしく、場合によっては性質の変わった植物が群生しているケースもある……のだが、その場所が崖のど真ん中とか、普通の人が採取できないような場所にあったりする。
ただし、採取できないというのはあくまで魔法が使えない場合の話。魔法で空中浮遊などができる人間からすれば、どんな場所にあっても採取できる。もっとも、変質した植物の多くは役に立たない物なので、基本物好きでもない限りは採ろうと考えない――それこそ、マヌエラのような変わった薬を作る人間以外は。
「さて、久しぶりに探索だな……!」
俺は一声発した後、全速力で山へ向かって進み始めた。




